山本鼎は、1919(大正8)年の暮れに神川小学校の一室を借りて「農民美術練習所」を開所する。農閑期に行われたこの講習は、男性は主に木彫を、女性は主に刺繍や染織などを行うもので、彫刻家などが講師を担当していた。 農民美術にとってデザインは最も重要な要素として早くから意識され、自然の草花使って構成の学習を行い、クッションやテーブル掛け、木箱や鉢などのデザインの発案を行っていた。 (参考、写真:サントミューゼHP)
山本鼎の版画作品「ブルトンヌ」
上田市の芸術文化:山本鼎
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