上田城

上田城は、天正11年(1583年)に真田昌幸によって築城が開始された城である。完成後には真田氏の居城となり、天正(1585年)の第一次上田合戦、慶長5年(1600年)の第二次上田合戦において徳川軍の攻撃を受けたが、落城されなかったことで知られている。

関ヶ原の戦い後、真田昌幸・信繁父子が九度山へ幽閉されると、上田城は破城され、櫓や塀などの建築が壊され、堀も埋められた。その後、上田領を継いだ真田信之は城の復興は行わず、三の丸に屋敷を構えて藩政を行ったため、上田城は一時的に廃城の状態となった。

しかし元和8年(1622年)、仙石忠政が上田城主となると、幕府の許可を得て城の復興が進められた。堀や石垣、櫓などが整備され、江戸時代を通じて上田城は藩の中心として機能するようになる。その後は松平氏が治め、明治維新を迎えた。

明治時代の廃城令により、多くの建物が取り壊されたが、昭和以降、城跡は公園と整備され、市民の憩いの場へと姿を変えた。現在では、櫓や櫓門の復元が進められ、春の千本桜まつりなどを通じて多くの人々に親しまれている。

登録日:2026-01-20 投稿者:asitaka
地区コード上田地域(上田市)
ハッシュタグ
(キーワード)
    ライセンスこのライセンスは原作についてあなたに対するクレジットの表示を行う限り、あなたの作品をリミックスし、改変し、あなたの作品を使って新しい作品を作ることを許すものです。これはもっとも懐の広いライセンスです。ライセンスされた資料の流通・利用の最大化のためにお勧めしています。 表示(BY)
    投稿者asitaka
    管理番号2
    カテゴリ名私の地域探究2025(信州上田学)
    トップにもどる
    地図で見る
    情報を探す
    キーワード
      同じキーワードを持つ記事