山田池は慶安3年(1650年)に2つの池を1つにまとめて造られたといい、この時の工事の指揮を執ったのが伊勢国の山田の人であったため、そこから池の名前がとられたとの伝承が残っている。江戸時代後期には養鯉(ようり)や畔での薬草の栽培が行われた。水争いの歴史もあり、1829年には配水を巡る大紛争が記録されている。
小島大池
手洗池
カモ
幕宮池
舌喰池
ログイン
トップページへ