蚕種製造による上田の繁栄②

その3
【上田の委種のなぜそんなに売れたのでしょう?】
それは、ヨーロッパに蚕の病気が流行して、蚕が全滅し、病気に強い蚕を求めていたこと、塩尻村の藤本善右衛門が「青自種」という病気に強い蚕を作っていたからです。上田藩のほとんど蚕種業者がこの品種の蚕を作っていました。

その4
【なぜ塩尻村でそれほどすばらしい蚕が作られた?】
塩尻村は千曲川の洪水に一番泣かされる村でした。このため、渋水に強い桑を栽培して、養養で生活を立てるのが最善の方法てした。しかも、この洪水は佐々地方の最も肥沃な土壌をもたらしたから、桑の栽培に最適でした。その上、岩鼻を通過する強い風によって、カイコノウジバエという害虫を桑の葉から振り落すし、裏山の斜面は日当たりが良いので柔の葉が早く芽吹くことも養蚕に向いていました。いわば、日本で最も委種製造に向いていた村だったのです。千曲川や自然のめぐみを生かした塩尻村の人々の智恵と苦労のお蔭で、上田は都になれたといえます。

登録日:2026-02-12 投稿者:りんご
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