蚕種製造による上田の繁栄①

蚕種製造による上田の繁栄①

その1
【1870年(明治3年)上田藩領内の蚕種製造による利益】
全国で141万枚の卵紙を輸出しました。上田藩領内から62万7000枚を輸出しました(全国の45%)。1枚を4両で販売したとすると、250万8000両の収入がありました。4両でお米(150キロ)買えた時代です。ということは、お米で62万石余り入ってきたわけです。こういうことが幕末から明治初めにほぼ10年も続きました。

その2
【そのお金はどこへ行ったのでしょう?】
上田藩のほとんどすべての村に入って行きました。あなたの住んでいるところもあるはずです。この地方の全村が豊かになりました。あまりもうかったから、つらくて止めたいという人までいました。なぜかというと横浜で売って得たお金は全部現金(本当の金貨・銀貨)だから、とても重くて持って帰るのが大変だったのです。

登録日:2026-02-12 投稿者:りんご
ハッシュタグ
(キーワード)
ライセンスこのライセンスは原作についてあなたに対するクレジットの表示を行う限り、あなたの作品をリミックスし、改変し、あなたの作品を使って新しい作品を作ることを許すものです。これはもっとも懐の広いライセンスです。ライセンスされた資料の流通・利用の最大化のためにお勧めしています。 表示(BY)
投稿者りんご
管理番号16
カテゴリ名私の地域探究2025(信州上田学)
トップにもどる
地図で見る
情報を探す
キーワード
同じキーワードを持つ記事
カイコの一生

カイコの一生

蚕種製造の道具と蚕の成長②

蚕種製造の道具と蚕の成長②

蚕種製造の道具と蚕の成長①

蚕種製造の道具と蚕の成長①

蚕種製造による上田の繁栄②

蚕種製造による上田の繁栄②

蚕卵台紙の価値と蛾輪

蚕卵台紙の価値と蛾輪

蚕糸業とは?

蚕糸業とは?

蚕種業とは?

蚕種業とは?

藤本蚕業歴史館へ行ってきた!

藤本蚕業歴史館へ行ってきた!