上田城
上田城は、天正11年(1583年)に真田昌幸によって築城が開始された城である。完成後には真田氏の居城となり、天正(1585年)の第一次上田合戦、慶長5年(1600年)の第二次上田合戦において徳川軍の攻撃を受けたが、落城されなかったことで知られている。
関ヶ原の戦い後、真田昌幸・信繁父子が九度山へ幽閉されると、上田城は破城され、櫓や塀などの建築が壊され、堀も埋められた。その後、上田領を継いだ真田信之は城の復興は行わず、三の丸に屋敷を構えて藩政を行ったため、上田城は一時的に廃城の状態となった。
しかし元和8年(1622年)、仙石忠政が上田城主となると、幕府の許可を得て城の復興が進められた。堀や石垣、櫓などが整備され、江戸時代を通じて上田城は藩の中心として機能するようになる。その後は松平氏が治め、明治維新を迎えた。
明治時代の廃城令により、多くの建物が取り壊されたが、昭和以降、城跡は公園と整備され、市民の憩いの場へと姿を変えた。現在では、櫓や櫓門の復元が進められ、春の千本桜まつりなどを通じて多くの人々に親しまれている。
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| 投稿者 | asitaka |
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