築造年数不明。寛永14(1637)年に増築の記録が残っているためそれ以前から築造されていたと考えられる。総貯水量46,000㎥、満水面積14,000㎡。皿池。狭山水系の一番下流にあるため池。
昭和37(1962)年からため池養鯉を行うようになった。年間の水揚げ量は、昭和50(1975)年で17トンであり、事業も20年間継続した。
また、村上義清に関する伝承がある。昔、村上義清の家来の手塚久兵衛という人がいた。久兵衛は戦で手柄をたて、義清から本郷村において五十貫文の土地を頂いた。久兵衛は、神様のおかげだと感謝して上原の地に祠をたて、八幡大菩薩(今の誉田別神社)を祀った。その祠を守るために寛永2(1625)年頃からその子孫がこの地に住みついた。という話が村に伝わっている。
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| カテゴリ名 | 私の地域探究2024 |
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