信濃国分寺本堂は上田市国分にあるお寺のことである。信濃国分寺本堂は天台宗の寺院で別名薬師堂と呼ばれている。信濃国分寺の歴史は、741年に聖武天皇の命令により国ごとに設立された国分寺から始まった。今までに2回ほど燃えており、何度も建て直しされ現在に至っている。信濃国分寺本堂はもともと現在の信濃国分寺史跡の場所に建っていたが938年の平将門の乱に巻き込まれ、創建時の寺院は焼失した。この事件を契機として約300メートル北方に移転し、現在の場所に移建した。律令制度の崩壊を境として国家の保護を失った信濃国分寺は次第に衰退していった。1197年に源頼朝が信濃国分寺の再建を誓願し、再建が決定した。1585年の上田合戦では信濃国分寺本堂が焼失してしまい、1829年には上田藩主の支援を受けて信濃国分寺の三重塔の改修や本堂の再建が行われ、寺域が整備された。このようなさまざまな出来事を経て歴史が紡がれていったのだ。
| 地区コード | 上田地域(上田市) |
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| 管理番号 | 2 |
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| カテゴリ名 | 私の地域探究2024 |
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