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登録リスト(該当:180件)

管理番号写真タイトル説明登録日
2925戸隠神社戸隠神社急峻な山容と、裾野を潤す豊かな水が、 古くから農耕民に仰がれ、 水をつかさどる神・九頭龍が棲む所とあがめられていた戸隠山。 鎌倉時代の仏書「阿娑縛抄(あさばしょう)」には、 849年、戸隠山を開山した行者・学問が窟の中で祈念して 九頭一尾の龍が現れたことが記されています。 その後は、多くの修験者が入り、 信仰と修験者のメッカとして栄えた神域・戸隠。 その名残は今も、戸隠古道や戸隠神社、宿坊にみられ、 毎年春から秋にかけて全国から講仲間が大勢この地を訪れ、 代々継がれてきた御神楽、祭りの数々が献奏されます。 戸隠奥社2021-05-16
2901矢立池の石碑矢立池の石碑地元の人間でさえあまり知らない石碑。市立中学の敷地際に立っているもので、その昔存在していた池の跡地であることを示している。池の名前は矢立池であり、かの源頼朝が矢を突き立てた事で水が湧き出たという伝説が残されている。2021-05-06
2895馬車鉄道石碑馬車鉄道石碑何故かミニストップ(コンビニエンスストア)の裏にある石碑。明治時代に鉄道が栄える前に存在していた馬車による鉄道の停車場跡地。 歴史の存在を思わせる。2021-05-06
2880富士山文化遺産センター富士山文化遺産センター富士山文化遺産センターという名前の通り、富士山が文化遺産として登録された理由を示す歴史館のような施設。 学生は無料ではいることが出来、訪問時はあいにくの曇りであったが、晴れの際はテラスから富士山を眺めることも出来る。2021-05-06
2877富士山本宮浅間大社富士山本宮浅間大社富士宮市に現存する有名な神社。 木花咲耶姫を御神体として祀っており、富士山信号の総本山として今でも親しまれている。2021-05-06
2856毘沙門天毘沙門天毘沙門天は、仏法を守る四天王の一人で北の方角を守る神です。善光寺七福神でも一番北にまつられています。豪華絢爛な外観が美しい寺院です。2021-05-06
2853国重要文化財が眠る長福寺国重要文化財が眠る長福寺生島足島神社のすぐ隣にあるお寺。「信州夢殿」と称される八角のお堂の中には、国重要文化財である救世観音が祀られている。2021-05-06
2774やまへいやまへいやまへいは小諸市にある美味しい蕎麦を頂くことができるお店で、連日賑わいをみせている。また敷地の外には日本庭園を楽しむことができ、観光目的としても利用されている。個人的な感想として、建物が前の時代などにありそうな造りをしていてお店に入る前に見入ってしまうほどでした。昔の雰囲気を味わう事が出来ると思います!2021-05-05
2770小諸城大手門小諸城大手門小諸城は城が城下町より下にある日本唯一ともいわれる穴城で、大手門はその入り口の城門である。平成の大修理を終え、以前の姿に甦った。この大手門は重要文化財に指定されており、東日本を代表する大手門建築の一つである。歴史と照らし合わせながら見ていくと、その時代にいるような気持ちにさせてくれるという印象でした。2021-05-05
2749安楽寺安楽寺安楽寺では、ご本尊に釈迦牟尼仏。 両脇に文殊と普賢の菩薩をまつっている。 本堂に突き当たって左の階段から国宝八角三重塔へ向かうことができる。 参道沿いには重要文化財や記念碑が並ぶ。 安楽寺は禅宗としては、鎌倉の建長寺と並んで日本では最も古い臨済禅宗寺院の一つです。 1588年頃、高山順京が曹洞宗に改めました。 高い山の上でひっそりとたたずむ安楽寺には神秘感が漂います。 かやぶき屋根で厳かな雰囲気の安楽寺に心が浄化されます。2021-05-05
2747太郎山神社太郎山神社太郎山神社は登山道の山頂付近にある神社です。 本殿は明治6年に再建され、平成元年には上田市指定有形文化財に指定されています。 神社の側には休憩所があり、そこから上田市を眺めることが出来ます。2021-05-05
2744夫婦杉夫婦杉北向観音堂境内にある夫婦杉。 杉本から2本に分かれた杉の大木が並んで立っています。 上田市別所温泉のパワースポット…? 杉の木の下に来ると、大きく高い杉の姿に圧倒されます。 この夫婦杉が、北向観音のそばで、信州の歴史を見つめてきたのではないかと思います。2021-05-05
2740丸子顕彰碑丸子顕彰碑 丸子町の工業100年を記念した碑。この碑は、1990(平成2)年に丸子町の工業が100年になったのを契機に、丸子文化会館の向かい側に丸子工業百年記念公園が造営された際に建てられた。顕彰碑やその周りには、丸子の工業の発展に尽くした幾人の偉人の碑やその紹介文があり、丸子の工業史を知ることが出来るスポットの1つとなっている。2021-05-05
2735松本神社松本神社 松本城の真北に位置する松本神社は、暘谷大神社を前身に持ち、1797年以降そこに5つの神社が合祀する形で現在の松本神社となったそうです。そのため地元の人々からは「五社」という呼称で親しまれています。  松本城と隣接していることからもわかる通り、松本城主松平康長をお祀りしている社であり、国の重要文化財にも指定されています。  つつましやかな造りの社殿が厳かな雰囲気を醸し出しています。 画像引用:「新まつもと物語」https://visitmatsumoto.com/spot/%E6%9D%BE%E6%9C%AC%E7%A5%9E%E7%A4%BE/ 画像アドレスhttps://visitmatsumoto.com/spot/%E6%9D%BE%E6%9C%AC%E7%A5%9E%E7%A4%BE/attachment/sp_3291/2021-05-05
2734上田蚕種-2上田蚕種-2 上田蚕種協業組合事務棟の説明文。建物の特徴について説明されている。上田蚕種株式会社は時代の進行に伴って蚕糸の中心地から軍需工場、そして戦後の名称変更等、様々な役割を担っていた。このような建物の存在は、主に20世紀における上田の様相の変化を知るうえで重要であると考える。2021-05-05
2733上田蚕種-1上田蚕種-1 上田蚕種協業組合事務棟の写真。この建物は、1916(大正5)年に上田蚕種株式会社として建てられた。上田蚕種株式会社は、上田蚕糸専門学校(現・信州大学繊維学部)や小県蚕業学校(現・上田東高校)を抱える上田市常田に設立され、上田蚕糸の中心地として機能した。戦後に協同組合及び協業組合として一時名称が変更されたが、2003(平成15)年に再び株式会社の名が復活した。協業組合時代に建物が国の登録有形文化財に指定されたため、この名になっている。2021-05-05
2708塩野神社(保野)塩野神社(保野)市内にある塩野神社と名がつく2つの神社のうちの1つである。黄色く塗られた鳥居も特徴的である。この宮を中心に行われる祇園祭が市の無形文化財にしてされている。加えて廻り舞台も文化財にしてされている。毎年夏に祇園祭が執り行われるので、機会があれば参加してみたいとも思う。2021-05-05
2706五加八幡神社石灯籠五加八幡神社石灯籠これほどの大きな石灯籠はなかなか見ることは出来ない。灯篭の正面には勝海舟の筆とされる「修善生洪福」という文字が刻まれている。近くに八幡大神縣社もあるのでぜひ行かれてみてはいかがでしょうか。2021-05-05
2673前山寺の三重塔前山寺の三重塔この三重塔は国の重要文化財である。また、この塔は「未完成の塔」と呼ばれています。 この建物は元々は塩田城の安全を祈る寺としての役割もあったらしいと言われています。2021-05-05
2665太神宮社(通称おたやさん)太神宮社(通称おたやさん)この神社もバイトへ向かう途中にあり、毎回気になっている所でした。太神宮社は「おたやさん」という通称で親しまれているらしく伊勢御師による大麻頒布の旅屋に祀る神社です。境内には八坂社・津島社・猿田彦社蛭子社・天満社・稲荷社・秋葉社四条公神社といった多くの社が奉られていました。その中でも稲荷社の赤鳥居の存在感が強く、引き寄せられるように鳥居をくぐりました。不思議な空間で神隠しを連想させるようなスピリチュアルな場所でした。一つ一つの鳥居の大きさは私がギリギリ通れるサイズでした。2021-05-05
2649願行寺願行寺 願行寺は、天正14年(1586年)に真田昌幸が上田城下町を造る際に、海野郷(東部町)から城近くの厩裏町(大手末広町)に移転され、その後、元和七年(1621年)、信之によって現在地に移されました。  看板にも書いてありますが、門の造りが細かく、細部までこだわっているのがわかりました。また天井には、実際に何か描かれていた形跡があります。  こちらは日輪寺と比べ、大通り沿いに出来ているほか、入り口も整備されているので、よく人が来るのではないかと考えられます。2021-05-04
2648水沢観音水沢観音 群馬県渋川市にある天台宗の寺院です。1300年あまりの歴史を持ち、高光中将の妻・伊香保姫の御持仏だったと伝えられる本尊「十一面千手観世音菩薩」は安産や子育てにご利益があると言われています。お線香をお供えすれば健康運が、鐘をつけば金運が。県の指定重要文化財にもなっている六角堂は県内屈指のパワースポットとしても呼び声の高い場所です。  毎年初詣に訪れるので今回調べてみました。お参りだけでなく近場で新鮮な野菜や、美味しい食べ歩きができるようなものが売っていたりします。そこで味噌おでんを食べたことがありますが、とても美味しかったです。  また、食べ物では水沢うどんがとても有名です。 写真引用元 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%B4%E6%BE%A4%E5%AF%BA https://www.ikaho-kankou.com/wp/wp-content/uploads/2019/02/udon13_thumb.jpg2021-05-04
2626高田城址公園観桜会高田城址公園観桜会高田城址公園は高田城の城跡公園です。明治42年、在郷軍人会が第13師団の入城を祝い、城跡に2200本の桜を植えたのが観桜会の前身と言われています。 また、日本三大夜桜と呼ばれており、お城と桜のコラボレーションが見られたり、桜ロードを楽しむことができます。現在では約4000本の桜があり、ほとんどがソメイヨシノです。昼間に見る桜もきれいですが、おすすめはライトアップされた夜桜です。2021-05-04
2604保野公民館保野公民館地域にある公民館であり、通常であればその地域に生む住民の方々に向けたイベントや子供たちを集めてイベントを行っている。コロナ禍前は人が集まっており、じっくり調べてみたいと思い選んだ。このような公民館を見るとどこか懐かしい気持ちになった。掲示板もあり、更新されていればその地域特有の情報が入ってくると思った。2021-05-03
2603保野の市神保野の市神今回の街歩きで初めて発見したが、上田に住んで以来の疑問を解決できる発端になった。保野という地域では、昔に市場が開かれておりその市場ががあった跡である。市神とは市場が安全に開かれるために見守る神様のことである。夏場にこの地域にお神輿があるが、地域の伝統的なお祭りが開かれていることに関連していると思った。2021-05-03
2599他田塚古墳他田塚古墳古墳が崩れないように石を重ね合わせてつくったとみられるトンネルのようなものを見て、昔の時代にこんなにすごいものをつくることができたことを不思議に思った。2021-05-03
2583富士山本宮浅間大社富士山本宮浅間大社全国に約1,300社ある浅間神社の総本社で、本宮の本殿は徳川家康による造営で、「浅間造」という独特の神社建築様式であり、国の重要文化財に指定されています。GWということもあり、流鏑馬祭りを行っていました。とても賑わっていました。2021-05-03
2580姨捨山姨捨山姨捨山には寺社や棚田などがあった。特に棚田は、現在は水を張っていないが、水を張る季節になれば田毎の月を見ることができる。また、自然の美しい場所だった。2021-05-03
2575潮海寺潮海寺奈良時代、聖武天皇のころ(およそ750年)名僧行基により開かれたと伝えられる当地方きっての古刹高野山釈迦文院の直末といわれ、平安時代に坂上田村麻呂の帰依によって寺領が寄進されたといわれている。往古は寺領3千石、寺域に75坊を数える名刹として知られていたが、兵火により全焼し、伽藍の規模は残された22の礎石と布目瓦によってしのばれるのみ。 現在、この地には朱塗りの薬師堂金剛院が建てられ、薬師如来縁日の毎月8日午前10時から護摩が焚かれている。不動明王像が安置されている書院風の学頭坊は、薬師堂の南200メートルほどのところにあり、さらに100メートルほど南に市指定文化財の仁王門がある。江戸中期に建てられ、平成3年に解体修理が行われた寄棟造りの八脚門の左右には、高さ3メートルほどの寄木造りの仁王像が立ってい2021-05-03
2574黒田代官屋敷黒田代官屋敷黒田代官屋敷とは、現在の静岡県菊川市下平川にある江戸幕府旗本・本多助久の代官となった黒田家の屋敷。現存している18世紀中頃の建築物として大変価値が高く、主屋、長屋門、米蔵、宅地など 屋敷全体が重要文化財に指定されている。この貴重な文化財の黒田代官屋敷は、現在、22代黒田家のご家族が居住されている。2021-05-03
2570赤レンガ倉庫赤レンガ倉庫明治33年に建てられた製茶構造の一部である。構造はレンガが主。イギリス積みであり、内部は木造2階建てである。茶産業に関わる建築物として貴重な遺構である。この赤レンガ倉庫は登録有形文化財として登録された。(第22-0194号)静岡県菊川市の街のルーツかつ当時の製茶工場の様式を現在に伝える日本で唯一の産業資産。2021-05-03
2569カーリングホールみよた 類を見ない手づくりカーリング場カーリングホールみよた 類を見ない手づくりカーリング場カーリングという競技は何をおいても競技場がないとできません。競技場があるところにカーリング文化が育まれていきます。カーリングホールみよたは全国的に数少ないカーリング競技施設の一つです。明らかに工場を競技施設に転用したもの。入口にはtotoのスポーツ助成金で出来た施設であることが記されています。(写真は2018/04/30撮影のもの) ネットで調べてみて、さらにその状況に感心をしました。 ★「カーリングホールみよた」のお話(みよた広報) http://www.town.miyota.nagano.jp/file/7252.pdf この記事に設立経緯が書かれています。なるほど! 目から鱗のようなお話です。何より地元有志の熱意がプロジェクトを動かしたこと。中越興業の建物を改造した施設。事業体がNPO法人あさまハイランド2021-05-02
2557[14/09/11]角間区民広場[14/09/11]角間区民広場安智羅明神と日向畑遺跡の間に矩形の公園「角間区民広場」があります。真田氏館跡とされる日向畑遺跡の屋敷跡であるようです。ゲートボール場になっているようです。
角間区民広場  真田昌輝第十二代 真田幸雄 書 (以下裏面の文面) 昭和五十四年末中電送電線架設実施計画がはじまりこれに対する地域補償金を基金とし公共施設の区民広場建設に当り、町当局をはじめ土地所有者・工事施工者・関係区民の深いご理解とご協力によりここに完成をみるに至りました。 ここに所在する日向畑遺跡をはじめ松尾城跡は真田氏発祥の関係域跡群の一つとして重要な文化財であります。この遺跡を誇りとし この広場が区民のさわやか健康づくりの場として大いに活用されることを期待します。 昭和五十七年九月吉日 (略)
2021-05-01
2530明治28年の海野町を記録した写真明治28年の海野町を記録した写真海野町のすや(酢屋)呉服店が所蔵している古い写真の一枚。写真の裏面には「明治二十八年」との書き込みがある。1895年(明治28年)は、日清戦争が終結、勝利した年に当たる。旭日旗や「送小林」の旗などが見える。出征兵士を送り出す情景の記録ではないだろうか。海野町商店街の沿道に大勢の人々が繰り出し、人々の目線が写真機の方を向いている。向かいの店の看板「酢屋本治郎」が読み取れる。 驚くことにその軒先の屋根上に楽隊が陣取っている。大太鼓、小太鼓、クラリネット、チューバ、ホルン(他にシンバルも?)が確認できる。明治のこの時代にこれだけの楽器を有する音楽隊があったことを物語る貴重な証拠写真である。当時、上田が西洋文明をいち早く吸収した先進的な文化都市であったこと、経済的にも反映していたことを雄弁に物2021-03-26
2528塩尻村大字上塩尻字信福寺/宮田全図(地籍図[旧公図])塩尻村大字上塩尻字信福寺/宮田全図(地籍図[旧公図])小県郡上塩尻村大字上塩尻之内 第六番字真福寺 第七番字宮田 全図 (上田市税務課所蔵) 塩尻村大字上塩尻(かみしおじり)字信福寺(しんぷくじ)/宮田(みやた)の地籍図である(現在は上田市上塩尻)。 字信福寺、字宮田は区画が小さいことから合体した全図となっている。藤本蚕業歴史館から南に150mほど下った辺りの区画である。かつては水田であったが、現在は宅地化している。 なお、「上田市文化財マップ」に字信福寺にあった「上塩尻板碑」の解説がある。 地籍図は1889年(明治22年)の市制町村制施行に伴い、上田町大字常磐城(旧常磐城村)の地籍図として1890年作成したものと思われるが、年代の記載がないため確認できない。2021-03-22
2497上田松本電鉄計画上田松本電鉄計画1951年に運輸省告示第二百四十八号にて告示されたものである。 国立国会図書館デジタルコレクションのURLを以下に張り付けておく。 https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2963979/4 この計画は「上田松本電鉄」という会社のもので、一説によるとかなり本格的なものであったとされる。 以下、内容を要約する。 申請の理由 ・もともと国鉄信越本線、篠ノ井線が開通するまでは松本~東京間の街道筋に当たっていた ・現在は急峻な峠を越えて往復する1日4回のバスがあるだけである ・上田~松本間が3時間以上かかる ・冬季は降雪に阻まれて運行不能となる不便さがある ・輸送力が少ない ・沿線の産業、文化、観光資源の開発などに、非常な障害となっている 開通のメリット ・上田~松本間がわずか1時間半で到達される ・沿線住民が多大な利便を2021-02-27
2440上田とYouTube上田とYouTube上田市に興味がある人にも上田市に住んでいる人にも、上田のことをもっと知ってもらいたい!そこで上田のことを取り上げているYouTubeチャンネルの皆さんを紹介したいと思います。 1.上田市行政チャンネル  上田の行政についての報告や上田で働くことの魅力、上田自然の魅力などが知れる。 2.上田市交流文化芸術センター  上田市の文化的な活動を紹介していて、特に文化・芸術を活かしたシティプロモーション映像はぜひ。 3.一般社団法人 信州上田観光協会  上田の武将達が上田の食や文化、観光を楽しく紹介!30秒間に上田の四季がつまった動画も。 4.上田地域振興局農地整備課  上田の自然に着目した動画がたくさん。水と巡る信州上田地域の旅シリーズは上田に住んでいるからこその楽しさがある。2021-02-10
2439上田のシティプロモーション 上田物語上田のシティプロモーション 上田物語上田市交流文化芸術センターが作った上田市のプロモーションビデオ「上田物語〜中村蓉と巡る、映画ロケ地とうえだの大自然」 昔の映画風な編集に音楽、服装が上田の雰囲気ととてもマッチしている。レトロなものが好きな人には是非見てもらいたい。2021-02-10
2416硬玉製大珠硬玉製大珠【作品】 硬玉製大珠 【所在地】 群馬県高崎市 【作品説明】 縄文時代(中期)の前3000~前2000年のものであると考えられている。大きさは長11.3 幅4.1 厚2.7 重量149.5で、表裏側面をていねいに整形した典型的な鰹節形大珠で、上端は丸味をもち、下端は少しとがっている。全体を美しく研磨し、中央断面は楕円形を呈する。表面の色調は緑色と白色が入りまじり、裏面は緑色少なく白色の部分が多い。孔は中央よりやや上に穿孔されている。硬玉製大珠は、縄文時代の中期によくつくられ、北陸を中心に中部地方や関東地方に分布している。具体的用途は 【参考資料】 ・文化遺産オンライン:http://bunka.nii.ac.jp/herita%E3%81%86%E3%81%88s/detail/541535/1 ・文化遺産データベース:https://bunka.nii.ac.jp/db/heritages/detail/1594612021-02-09
2415内行花文鏡内行花文鏡【作品】 内行花文鏡 【所在地】 群馬県高崎市:蟹沢古墳 【蟹沢古墳】 別名柴崎古墳と呼ばれる円墳である。この古墳からは本遺品以外にも一緒に銅鏡四面、鉄斧二箇、鉄釶一本、刀剣類・土師器残欠九箇が発掘されている。 【作品説明】 内行花文鏡とは後漢代の中国や、弥生時代から古墳時代にかけての銅鏡である。群馬県内ではほかの古墳からも発見されている。 【参考資料】 ・文化遺産オンライン:http://bunka.nii.ac.jp/herita%E3%81%86%E3%81%88s/detail/541535/1 ・Wikipedia:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%86%85%E8%A1%8C%E8%8A%B1%E6%96%87%E9%8F%A12021-02-09
2414埴輪 盾持人埴輪 盾持人【作品】 埴輪 盾持人 【所在地】 群馬県太田市:若水塚古墳 【若水塚古墳】 他8基の古墳が確認済み。中央部には埋葬施設が残存し、方形の板石を組み合わせた箱式の石棺と判明。棺内からは、互い違いに置かれた男女2体の遺体と、ヒスイの勾玉(まがたま)1個、ガラス製の小玉7個が発見された。棺や玉類からみて、5世紀代に造られたものと思われている。 【作品説明】 3世紀から6世紀、権力者の墓の上やまわりに立て並べられた土製品である埴輪(はにわ)。この埴輪の役割は、古墳を守ること。盾持人は全国で見つかっているが、ほとんどが古墳の中心から離れた縁(ふち)に置かれていたことから、古墳を背に盾を持って立ち、邪悪なものの侵入を防いでいたと考えられる。 【参考資料】 ・文化遺産オンライン:http://bunka.nii.ac.jp/herit2021-02-09
2413埴輪 犬埴輪 犬【作品】 埴輪 犬 【所在地】 群馬県伊勢崎市:上武士天神山古墳 【作品説明】 古墳時代、6世紀のもの。土製で高47.1 長52.5 重量7.9kg。犬は縄文時代から狩のパートナーとして人間との長い付き合いがある。古墳時代には人物埴輪の登場と同時期に、狩の対象である猪や鹿の埴輪とともに造形される。首輪をつけ舌を出した姿は、犬の愛くるしさと狩での息遣いを的確に表していると思われる。   【参考資料】 ・文化遺産オンライン:https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/135427 ・東京国立博物館:https://www.tnm.jp/modules/r_collection/index.php?controller=dtl&colid=J207112021-02-09
2391自文化と異文化自文化と異文化2020年度プロジェクト研究の最終成果です。 自国の文化とルーツを知りまた、他国(他地域)の文 化を学ぶことの大切さについて研究しました。 https://mmdb.net/mlab/mae2020/j17502.pdf 2021-02-01
2366上田市立美術館サントミューゼ上田市立美術館サントミューゼ今までの投稿で長野県全体の美術館について探求してきた。今回は上田市の美術館であるサントミューゼについて調べていく。 〈サントミューゼの概要〉 サントミューゼ(上田市交流文化芸術センター・上田市立美術館)は、平成26年10月2日に開館しました。大小ホール、美術館、交流芝生広場など、多くの皆さまが芸術とふれあい、人々が交流する場として整備されています。 苗木を植え、育て、木になり、森になる 芸術を通じて感じたこと、体験したことは心のどこかにずっとあり続けます。 森になるには、長い時間がかかります。 でも、まちやひとが芸術や芸術家を通じて感じたことが、このまちの財産となって、いつか大きな木になり、森になってほしい。 サントミューゼがまちとともに続ける活動には、そんな想いを込めています。 2021-02-01
2362長野県にはどうして美術館多いの?長野県にはどうして美術館多いの?長野県には美術館が多いとよく聞きます。実際どのくらい美術館があるのか、どうして美術館が多いのかを調べてみました。 〈美術館の数〉 全国の美術館数は1,064館で、人口10万人あたり0.84館です。美術館数が最も多いのは長野県で人口10万人あたり5.24館(偏差値96.1)と全国平均の6.3倍。総数ベースで見ても長野県の110館は全国最多で、日本の美術館の約10%が長野県に集中しています。 〈どうして美術館が多いのか〉 ◆振興策 戦前、長野県が教育県と謳われた時代の名残からか、現在でも芸術・文化の振興に関しては精力的です。県民の意識調査でも、学力実態に伴って教育県としての自覚が削がれている一方で、芸術・文化面での関心は高いです。そのため、内部からの需要が高いです。 ◆避暑地 長野県は全国の中でも比較的乾燥した中央高地式2021-01-31
2361上田蚕種上田蚕種国の登録有形文化財に指定されています。 上田に残る蚕の卵を採取、販売している貴重な数少ない場所。蚕は生糸をつくるだけでなく他の用途を研究される最先端の技術となり得る現状がある。その大本が上田にあるということを何とか生かせないかと考える。開発の成功次第では需要の上昇が期待できる産業ではあるが、現状は経営が厳しいと聞く。上田の蚕糸業関連全体の活性化を求めるので有れば上田ならではのPRや技術開発を必要とするのではないかと考える。今後、うえだの蚕糸業がどのような形態で存続していくか分からないが、重要な場所となり得る産業資源と思う。2021-01-31
2355信州上田学B2020⑪12/10デザインでたどる上田の地域文化(1)信州上田学B2020⑪12/10デザインでたどる上田の地域文化(1)長野大学2020年度後期教養科目「信州上田学B」講義 講師 石川義宗(企業情報学部准教授) 2021-01-31
2353信州上田学B2020⑬デザインでたどる上田の地域文化(3)山本鼎と農民美術信州上田学B2020⑬デザインでたどる上田の地域文化(3)山本鼎と農民美術長野大学2020年度後期教養科目「信州上田学B」講義 2020/12/24 特別講師 小笠原正氏(上田市立美術館学芸員) 講師 石川義宗(企業情報学部准教授) 89分 2021-01-31
2348常田館製糸場常田館製糸場国指定重要文化財の常田館製糸場です。 蚕都上田に関連する製糸場の遺産2021-01-31
2329私の地域探求テーマ一覧(情報通信文化論2020)私の地域探求テーマ一覧(情報通信文化論2020)長野大学の講義科目「情報通信文化論2020」(講義担当:前川道博)では、情報通信文化の根幹をなす文化伝承・知識伝承を概念的に学ぶだけではなく、受講生たちに自ら文化伝承・知識伝承による「キュレーション型」の学びを実践してもらいました。地域循環型社会にシフトしつつ現代においては、自ら問いを立て、一次資料に当たったり、地域に赴いて自ら得たデータを新たな一次資料とし、主体的に探求していくことが求められます。その学習プロセスが文化伝承・知識伝承に他なりません。 それらの課題探求テーマと成果を以下のマイサイトからカテゴリ「私の地域探求」を選んで御参照ください。 <私の地域探求テーマ一覧> 1 舌喰池の名前の由来(LGTMのサイト) 2 2021-01-28
2315上田蚕種協業組合事務棟上田蚕種協業組合事務棟「上田蚕種協業組合事務棟」は、大正6年から現在(2021年1月)にわたり蚕種製造を行っている会社である。当時は1万4000坪もの敷地があったそうだ。最盛期の昭和40年代には、46億の蚕種の製造販売を誇り、現在は2000万の蚕種を製造している。 蚕種には様々な種類があるが、ここでは日本産と中国産を掛け合わせて、より強い種を生み出している。そして、薬の刺激を与えて約12日後に孵化させる「人工孵化法」を用いて、蚕種を孵化させている。3、4枚目は蚕種の洗い場や、繭をカットして中から蛹を取り出す機械の写真だ。蚕糸業が衰退する中、現役で養蚕を続けている会社があり、尚且つ見学も可能であるというのは、上田が「蚕都」であるからこそできる貴重な体験だと考える。 参考URL:上田蚕種協業組合事務2021-01-27
2312常田館製糸場 (五階鉄筋繭倉庫)常田館製糸場 (五階鉄筋繭倉庫)常田館製糸場は明治33年(1900年)創業の製糸工場だ。 15棟の施設が現存しており、そのうち7棟が国の重要文化財に指定されている。 写真3枚目は、「五階鉄筋繭倉庫」の内部である。大正15年(1926年)に竣工した、長野県内に現存する最古の鉄筋コンクリ―ト造5階建て建築物だ。現在1階はイベントの開催やワインセラーとして利用されており、2階と3階には従業員の方々が制作した芸術作品が展示されている。作品はライトアップされており美しかった。 参考URL:常田館製糸場 施設紹介2021-01-27
2277ハート形土偶ハート形土偶【作品】 ハート形土偶 【所在地】 群馬県高崎市 【作品説明】 大きさは約30㎝、ハート形をした顔が特徴的である。この形の土偶が発掘されたのがこの土偶が全国初で、それ以降は各地で発見されているようだ。ハート形の部分は顔なのか仮面なのかは不明だが、女性像であるといわれており、様々な曲線は妊娠線・産道を表現していると考えられている。歴史的にも芸術的にも評価され、1965年に重要文化財に指定された。 【参考資料】 ・東京国立博物館:https://www.tnm.jp/modules/r_exhibition/index.php?controller=item&id=4512 ・My rock town 東吾妻:https://myrocktown.com/event/1482021-01-27
2275前橋市にある日本一安い遊園地「るなぱあく」前橋市にある日本一安い遊園地「るなぱあく」「るなぱあく」は群馬県前橋市にある「にっぽんいちなつかしいゆうえんち」。1954年に開園して以来、三代にわたり群馬県の人に愛されている。テレビ番組等で日本一安い遊園地とも紹介されており、その価格は、なんと10円から乗ることができる。10円木馬という乗り物があるもくば館は国の登録有形文化財に指定されている。移動する国産の木馬としては、日本一古い木馬である。 『こどもにもどりたい、おとなたちのために』というコンセプトのもと、毎年夏の夜には限定で夜間開園されている。遊具で遊ぶことも、お酒を飲んで楽しむことも可能。 ~実際に行ってみて感じたこと~ 遊園地内は一般歩行者が通る通路につながっていて、出入りが自由になっている。実際に敷地内を歩いてみると、そこまで広くなかったためすぐにぐるりと一周回る2021-01-27
2274深鉢形土器深鉢形土器【作品】 深鉢形土器 【所在地】 群馬県太田市:下宿古墳 【下宿古墳】 平安時代の遺跡で、この他にも多くの土器や土坑等が重要文化財に指定されており、学術的価値の高い遺跡である。 【作品説明】 重要文化財に指定された理由としては、縄文時代草創期に作られたものだと考えてられており、旧石器時代~縄文時代への移行期の物は大変貴重で重要な資料であるからだ。爪形文土器(人の爪や種々の工具を用いた刺突や押圧、摘み出し加工により施された器面の文様が特徴)と、石鏃や石槍などの石器で構成されているのだが、爪形文土器は、東日本に多く分布する尖底(せんてい)の深鉢形土器なのだが、全形を窺える個体はきわめて少ない。 【参考資料】 ・国指定文化財データベース:https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/201/00011757 ・文化遺2021-01-27
2272焼町土器焼町土器群馬県渋川市にある道訓前古墳から出土した焼町土器である。 道訓前遺跡は縄文時代中期中葉から後葉にかけての大規模な環状集落である。この遺跡から出土した品々の多くが国の重要文化財に指定され、その数は165点である。 道訓前遺跡から出土した焼町土器を始め多くの土器が重要文化財に指定された理由としては、群馬県西部から長野県東部にかけて比較的限定された地域に見られる独特な文様の「焼町土器」の他にも赤城山麓を中心に分布する個性豊かな「三原田式土器」、それが変容した形である南関東の「加曽利E1式土器」「加曽利E2式」期と様々な形態なものが存在し、それらは新潟県や長野県・南関東、北関東の他地域との文化交流の様子や、赤城山麓独自の地域文化の芽生えを示していると判断されたからである。 【参考資料】 ・2021-01-27
2271銅水瓶銅水瓶【作品】 銅水瓶 【所在地】 群馬県高崎市:綿貫観音山古墳 【綿貫観音山古墳】 全長98mの前方後円墳である。6世紀頃の古墳で高崎を支配した豪族の古墳と考えられているが、正確な情報は不明である。ここからは他にも多くの金銅製品等が出土しており、それらは6世紀後半の東国を代表する出土品として国宝に指定されている。 【作品説明】 中国・南北朝時代の庫狄廻洛墓から同類の水瓶が発見さたことから中国伝来と考えられている。ちなみに綿貫観音山古墳から出土したものは国内最古の水瓶で、古墳出土でほぼ完形品であるのは世界でこれだけである。 【参考資料】 ・群馬県 文化財ライブラリィ:https://www.pref.gunma.jp/03/x0100616.html ・綿貫観音山古墳の世界「オンライン展示品解説 第1回 銅水瓶」:2021-01-27
2266だるまとつながりのある群馬県の主なお祭りだるまとつながりのある群馬県の主なお祭り高崎だるまの歴史についてまとめた前編はこちらから↓ 高崎だるま ①前橋初市まつり 毎年1月9日に国道50号の本町二丁目で行われるお祭りで、前橋では三大祭りの一つとして有名である。別名「だるま市」と呼ばれ、その名の通りたくさんのだるまが売られている。50号沿いだけでなく、すぐ近くの中央通りアーケード(前橋の商店街)でも屋台の出店やイベントが開催されるので非常に賑やかである。 1番の名物は古いだるまを供養して燃やす「お焚き上げ」で、当日はお昼ごろまで多くのだるまと、火と煙を見ることができる。市民の間で、この行為を「どんど焼き(どんと焼き)」と呼ぶことが多い。群馬県では、新年になると各地でこのどんど焼きが行われる。 ②高崎だるま市  毎年1月1日から22021-01-26
2263信州上田名物 美味だれ焼き鳥信州上田名物 美味だれ焼き鳥美味だれ焼き鳥とは、上田市の登録商標であり、2010年に発見した信州上田独特の食文化を表現するために市民有志が命名した、すりおろしたニンニクの入った醤油ベースのたれを使用した焼き鳥のことである。 美味だれの定義は、すりおろしのニンニクが入った醤油ベースのたれや、風味・香り共にニンニク>しょうがであることのみであり、多くの店にこだわりが見られる。 また、おいだれとは上田地域の方言であり、「おまえたち」という意味がある。さらに、「美味しいタレ」というゴロを合わせ、後から追ってかけるという現在の食べ方を表現した「追いかけるタレ」という3つの要素を取り入れ、「美味だれ」という名前となっている。 【参考文献】 美味だれで委員会 https://oidareyakitori.jp2021-01-26
2242韓国民俗村を調べて韓国民俗村を調べてhttps://www.youtube.com/watch?v=t56BXJEDdps&feature=youtu.be 韓国民俗村は韓国の民俗的な生活を総合的にリアルに再現しているテーマパークです。 韓国の伝統文化を見て体験できる場所で、昔の姿をそのまま維持しているかのように鬱蒼とした木と澄んだ小川がうねうねとした心地よい盆地に朝鮮時代500年の生活ぶりを再現しています。 そしてここの名物であると同時に一番お勧めしたいことはここで働いているアルバイト生たちと楽しめる様々な体験です。 実際に過去にあった朝鮮時代の日常生活を面白く再現し、観光客が直接参加して様々な状況劇が体験できます。2021-01-26
2229三重塔三重塔この写真は重要文化財にも指定されている三重塔である。高さはおよそ20メートルある。外部は和唐折衷様式であり、内部は純唐様式である。2021-01-25
2228蘇民将来符蘇民将来符これは「蘇民将来符(そみんしょうらいふ)」と呼ばれるもので、疫病を除いて福を招く護符である。ドロヤナギという木を彫って六角錐形にしており、この形状と図柄は重要な文化財とされている。昭和43年には上田市の民俗文化財に指定されている。 [参考文献] 蘇民将来と八日堂縁日https://museum.umic.jp/somin/category_top/s_index.html2021-01-25
2226信濃国分寺資料館信濃国分寺資料館信濃国分寺資料館は国道18号線沿いにある。ここには信濃国分寺跡に関する資料を中心に、文化財はもちろん、伝統的なお祭り(八日堂縁日)に関する資料などが多く保管されている。 この地域のこれまでの歴史を学ぶ場として利用ができる。2021-01-25
2162蚕都喫茶室/蚕都上田を知る楽しみ~人物編~蚕都喫茶室/蚕都上田を知る楽しみ~人物編~ この動画は以下の再掲です。 「蚕都喫茶室/蚕都上田を知る楽しみ~人物編~」(2010/12/19)(蚕都上田プロジェクト) →?t=2624 (話し手:新津新生氏、桂木恵氏) この動画はフリートークの中で藤本善右衛門縄葛(つなね)に言及している個所に頭出ししてあります。 以下のような言及がされています。詳細は動画でご確認ください。 ・藤本善右衛門縄葛は、並外れた産業人であったと同時に教養人でもあった。 ・縄葛文化レベルの高さは並大抵ではない。余技で書いた『続錦雑誌』は凄い。 ・桑の葉にも数多くの種類があり、それを一つ一つスケッチ(正確には押し花)2021-01-20
2154「信州上田学」学びの成果発表会(2021/01/24オンライン実施)「信州上田学」学びの成果発表会(2021/01/24オンライン実施)「信州上田学」学びの成果発表会 配布/印刷用PDF 日時 2021年1月24日(日) 9:30~12:00 会場 オンラインライブ配信にて一般公開(メイン会場は長野大学リブロホール) 主催 長野大学地域づくり総合センター 来賓 上田市長(予定)、特別講師 オンラインURL 追ってお知らせします。 プログラム 9:30 開会 はじめに 来賓紹介 9:40 第1部 教員による地域協働型研究紹介 「塩田平のため池群における水資源管理の変遷と新たな利用価値の創出」 報 告 者 高橋大輔 環境ツーリズム学部教授 10:00 第2部 学生発表会 10:05 「信州上田学 A」履修生・市民受講生発表 テーマ 地域探検 信州上田デジタルマップ 10:20 「信州上田学 B」履修生発表 テーマ1.福祉の源流を知る、源流に触れる/農2021-01-16
2096上田市の重要文化財上田市の重要文化財テーマを選んだ理由は、上田市の重要文化財に指定されている信濃国分寺について調べたいと思ったからである。 信濃国分寺の歴史を主に探求したいと考えている。 調べる方法としては、実際に信濃国分寺に行ったり信濃国分寺資料館を訪れたいと考えている。また、信濃国分寺のホームページなども活用して調べていきたい。2020-12-21
2084群馬県から出土した歴史的遺産群馬県から出土した歴史的遺産〇地域探求テーマ ‐群馬県から出土した歴史的遺産 〇選んだ理由 ‐群馬県は国宝・国指定重要文化財に指定されている埴輪の45%を出土していたり、大型古墳数が全国4位を誇る程歴史的遺産が多く出土していたりと県民が誇れるほどの古墳県である。実際私が通っていた小学校の敷地内にも古墳があり、『蛇塚古墳』といいおおよそ6世紀後半の遺跡であった。そこから出土した馬型埴輪は重要文化財に指定されている。そのため群馬から出土した歴史的遺産は他にどう言ったものがあるのか興味を持ったから。 〇探求・アウトプット化内容 ‐出土した遺産(文化遺産等に指定されているものを中心に)の種類・そのものの歴史的背景・それから考えられる地理的歴史的特徴 ‐出土したモノから歴史を辿る面白さ・個人の地域の歴史的遺産について知る2020-12-21
2078私の地域探求私の地域探求*地域探求テーマ 群馬県で有名な伝統工芸品「だるま」の歴史 *なぜそのテーマを選んだか 大学1年生の時から、群馬から上田に通学していて、主な生活拠点が群馬になる。上田に行って何かを詳しく調べるということがしにくいため調べる地域を群馬としたい。群馬には、いたるところに大小さまざまで片目がないだるまが置いてあって、「高崎だるま」と呼ばれている。群馬でだるまで有名であるその背景や、現在のだるまの使われ方、街のどこに置いてあるかなど、調べてみたいと思ったから。 *何を探求しアウトプット化するか ・群馬のだるま文化の歴史・現在のだるまの在り方について(種類や用途など) *具体的にどのような資料を調べるか ・文献(群馬県立図書館) ・街にあるだるまの実物 *補足 余裕があれば 上田市の農民2020-12-21
2075伊那の昆虫食伊那の昆虫食伊那市では、昆虫食というと学校給食において提供されるほど身近なものですが、その文化を詳しく知りません。そのため、このテーマを設定しました。 伊那市の昆虫食文化の背景や特色について、市報やウェブサイト等の資料を活用し、探求していきたいと思います。2020-12-20
2033祝 成人(『西塩田時報』第78号(1954年2月5日)1貢)祝 成人(『西塩田時報』第78号(1954年2月5日)1貢)モノクロではあるが成人式の様子として写真が載っていて目にとまった。 日本文化を継承し創造、発展させる責任があることを自覚するように書かれていたり、若い人の元気や良さを失わないようにと書かれている。 今年成人になるので成人としての自覚を持って行動するべきだと感じた。 ▼この記事は以下から参照できます。 #1231 『西塩田公報』第78号(1954年2月5日)1頁2020-12-14
2029村のトピック (『西塩田公報』第95号(1955年8月5日)4頁)村のトピック (『西塩田公報』第95号(1955年8月5日)4頁)村のどこで何が行われていたのか、ということはあまり知らないこともあるのではないだろうか。この記事では、村のどこでどんなことがあったのかトピックにまとめられており、分かりやすく知ることができる。 かねてより懸案中だった新型モーターを買ったというトピックもあれば、映画会を行なったり労組県大会に出場といったりした様々な村の様子を知ることができる。中にはユーモアにあふれたトピックもあり、見てみるだけでも面白いのではないかと思う。 ▼この記事は以下から参照できます。 #1310 『西塩田公報』第95号(1955年8月5日)4頁2020-12-14
2022火鉢を圍んで(西塩田時報第4号(1924年4月1日)4頁)火鉢を圍んで(西塩田時報第4号(1924年4月1日)4頁)冷 泉という方の「火鉢を圍んで」という作品だと思うが、「幸福な生活・文化生活」について話す二人の会話を記事にしたようなものである。 甲が「幸福な生活・文化生活」についての自分の考えを一方的に話しているようなものであったが、内容も興味深いものであった。また、乙の返答や、最後の会話の終わり部分が面白いなと思った。 ▼この記事は以下から参照できます。 #18 『西塩田時報』第4号(1924年1月1日)4頁2020-12-14
2019養狸の将来性と品種の選択について(『西塩田時報』第184号(1939年3月1日)2頁)養狸の将来性と品種の選択について(『西塩田時報』第184号(1939年3月1日)2頁)養狸という言葉が目に留まった。 毛皮獣の飼育を奨励する記事で、事業を成功させるためには、品種の選択に最も注意を払わなければならないということが書かれている。 毛皮獣飼育が普及した社会的・文化的背景やその終息など、さらに深く掘り下げたくなる記事であると感じた。 ▼この記事は以下から参照できます。#820 『西塩田時報』第184号(1939年3月1日)2頁2020-12-14
2017君たちは幸福だ(『西塩田時報』第2号(1923年9月1日)4頁)君たちは幸福だ(『西塩田時報』第2号(1923年9月1日)4頁)ヒコーキという作家か匿名住民が、同年に愛人と心中した有島武郎に影響されて自殺していく若者について語っている。 概要は「信じる人に命まで捧げられる君たちは幸福だ。今まで古い考えを壊していくのが若者であり、文化というやつなのだろう。」という感じなのだが、私には「信じる人に後先考えずに命まで捧げちゃう君たち若者はオメデタイ奴らだな」と皮肉っているように見えた。 このヒコーキという人は様々な記事でこのような皮肉を込めたような記事を書いているので、他の号でも探してみたい。 ▼この記事は以下から確認できます 『西塩田時報』第2号(1923年9月1日)4頁2020-12-13
2003上田市公文書館利用のすすめ上田市公文書館利用のすすめ上田市公文書館利用のすすめ~あなたが歴史発見のパイオニアになる~ 5分 前川道博(長野大学企業情報学部教授)  情報通信文化論2020からの講座クリップ あなたのまちに文書館(archives)はありますか? 物語られる歴史の源泉になる一次資料がわんさかあって誰でも読めます。デジカメで撮ってデータにして持ち帰ることもできます。 教科書や歴史書から学ぶ歴史、講座で学ぶ歴史もありますが、本来歴史は物語られたもの。フランス語で歴史と物語はhistoire(イストワール)。区別なく同じです。誰かが物語った歴史もあるけれども、一次資料からが歴史を訪ね歴史を物語る方がずっと面白い。2020-12-09
1994信州上田学B2020②青年たちの手で学び舎をつくり、文化的地域をつくってきた歴史に学ぶ信州上田学B2020②青年たちの手で学び舎をつくり、文化的地域をつくってきた歴史に学ぶ

講座記録

▼第2回10/08講座(市民開放講座第2回)  講師:小平千文氏(上田小県近現代史研究会会長) 86分

講義資料

青年たちの手で学び舎をつくり、文化的地域をつくってきた歴史に学ぶ
補足資料
2020-11-30
1992御殿場遺跡御殿場遺跡 重要文化財である顔面付釣手形土器が出土した遺跡です。昭和41年には、緊急発掘調査により、縄文時代中期中葉に属するもの5戸、縄文時代中期後葉に属するもの11戸、平安時代に属するもの3戸、時代の判明しないものが4戸検出されました。現在は、長野県史跡に指定され、縄文時代の竪穴住居を復原し、展示しているようです。2020-11-27
1977常田館製糸場①常田館製糸場①常田館製糸場の見学をしてきました。蚕糸業が盛んであった上田市の遺産として残された常田館製糸場は、当時の姿をそのまま残した貴重な文化財であることが分かりました。鉄筋繭倉庫にはギャラリーがあり、そこでは様々な展示物も見ることが出来ます。2020-11-19
1945常田館製糸場常田館製糸場上田が蚕都だった事がわかる施設跡 7棟ある建物全てが国指定の重要文化財、かつて倉庫だった建物は圧巻の大きさだった。 また建物内を見学することが可能だが、階段が急だったり、明かりがついていなかったり、床が抜けそうだったり施設を回るのも一苦労といった感じだった。2020-11-18
1938常田館製糸場-1常田館製糸場-1 常田館製糸場の看板。常田館製糸場は、1900(明治33)年に諏訪郡平野村(現岡谷市)出身の笠原房吉によって創業され、以後100年以上にわたって製糸業の隆盛、そして衰退の中で残った貴重な建造物となっている。そのため、2012(平成24)年には国指定重要文化財に登録されている。2020-11-18
1905常田館製糸場常田館製糸場常田館製糸場は明治33年(1900年)創業の製糸工場で、敷地内には施設15棟が現存しており、そのうち明治から大正時代にかけて建てられた7棟が平成24年に国の重要文化財に指定されている。実際に無料でいくつかの建物を見学することができ、ところどころに繭が置いてあった。木製の床はかなり老朽化が進んでいるためか危険なところもあり、良くも悪くも歴史を感じられる建物だった。2020-11-17
1885馬鹿バーガー馬鹿バーガー馬肉文化の信州の森林、里山、農業を守り、駆除された鹿の命も大切にしようと10年以上前に開発し、イベント等で提供してきました。上田産米粉を練り込んだバンズ で、馬肉と信州産鹿肉の合挽きパティ と 直売所ならではの新鮮野菜をサンドしたハンバーガーです。 ご当地バーガーランキング第1位。2020-11-17
1861上田探検Ⅲ 上田藩主屋敷門跡上田探検Ⅲ 上田藩主屋敷門跡上田高校の「古城の門」は江戸期上田城三の丸藩主居館の表御門でした。この上田藩主居館表門及び土塀・濠・土塁は上田市指定文化財に指定されています。門と塀を見る限り、高校だとはあまり思えない見た目です。でも昔の形を残しているのはその時代を伝えるために大事なのだと感じました。門の近くには堀もあって、上田城に関わっているのだと感じさせられます。2020-11-14
1793指定文化財旧宣教師館指定文化財旧宣教師館長野大学から徒歩10分ほど、坂道を上っていくと旧宣教師館に辿り着きます。 周りにそれほど建物がなく目立たない場所なように思いますが、そのような場所に貴重な文化財があることに驚きました。建物はなかなか年季が入っており、建物の歴史を感じます。 開館日は土日月と祝日とのことなので入館することはできませんでしたが、中がとても気になるところです。2020-11-06
1763中国寧波市との友好の証「石刻獅子像」中国寧波市との友好の証「石刻獅子像」鎌倉時代に上田の地に禅宗文化を伝えた別所温泉安楽寺の開祖樵谷惟遷などが寧波と往来したという縁から平成7年に上田市と友好交流都市提携を結びました。この像は友好交流提携10周年を記念して寧波市から贈呈されました。上田市からは「上田獅子」の石彫レリーフを送りました。2020-11-05
1732みすゞ飴本舗 飯島商店みすゞ飴本舗 飯島商店みすゞ飴本舗 飯島商店の看板。飯島商店は、屋号「油屋」の時期まで数えると創業204年という超老舗であり、大正13年に建てられた上田本店の建物は国の有形文化財に登録されている。外面はもとより内面も非常にレトロな様相であり、歴史を感じる。2020-11-04
1698みすず飴本舗みすず飴本舗みすず飴本舗の建物は、国指定の登録有形文化財に指定されています。 店内には、地元のフルーツを使用したジャム瓶や、みすず飴が販売されていて、見た目が色とりどりで綺麗でした。また、店内のインテリアはレトロな雰囲気をかもし出していてとてもお洒落でした。 みすず飴は、グミとゼリーの中間くらいで、不思議な食感でした。2020-11-03
1694上田探検Ⅱ まとめ上田探検Ⅱ まとめ今回上田駅周辺の上田城や柳町を散策して、無理に現代に合わせていないことに気づきました。 観光業を発展させることを考えると、やはり若い層の需要にこたえようとすると思います。そこで昔から受け継がれてきた文化を一掃して無理に若い層の需要を増やそうとするのではなく、柳町などでは積み上げられた歴史の上で「若者の需要」を考えていました。例えば古民家をそのまま利用したカフェや古着屋、神社ならではの味のある撮影スポットなどです。 現代の風潮として華やかで輝かしいものだけが注目を浴びているわけではないと思います。落ち着いていてどこか懐かしさを感じさせるスポットにも需要があると思います。上田市の特色を壊さない上田市ならではの観光業があると気づきました。2020-11-03
1667飯島商店飯島商店別名、みすず飴本舗と呼ばれる、飯島商店。 遡ること、1816年。柳町で穀物商をしていた油屋が移転して飴屋へと業種転換を行いました。 この建物は、国民的財産と認められ、現在登録有形文化財に指定されています。 シンプルなジャム缶や、長野のフルーツを使ったみすず飴は太陽にあてるとキラキラして、宝石のように見えました。2020-11-01
1656上田探検Ⅱ みすず飴本舗上田探検Ⅱ みすず飴本舗みすず飴の上田本店は国指定登録有形文化財に指定されています。木造の洋館づくりで、昔ならではの優雅な雰囲気を味わうことができます。みすず飴は飴のように固くなくゼリーのように柔らかくなく、不思議な食感です。他にも果物を使ったジャムがたくさん売られていて、多くの果物を生産している場所だからこそ作れるのだと感じました。2020-11-01
1655上田探検Ⅱ 馬肉うどん上田探検Ⅱ 馬肉うどんお昼ご飯に「中村屋」の馬肉うどんを食べました。シンプルなうどんに、なかなか食べることのない馬肉が乗っています。平日のお昼時はかなりお店が混んでいて、たくさんの人から愛されているのだと感じました。信州は昭和の中頃くらいまでは馬に荷役をさせていた地方で、その農耕馬をつぶして食べる文化が当たり前のようにあるそうです。また食べに行きたいです。2020-11-01
1604生島足島神社生島足島神社生島足島神社の正門近くにあった柱。生島足島神社は、上田市下之郷にある神社で、神社である傍ら、武田家臣団が信玄への忠誠を誓約した起請文である生島足島神社起請文が残されているなど歴史的にも重要な施設となっているため、国の重要指定文化財に指定されている。その中でも、神社内にある歌舞伎座の建物の外観や内部が非常に独特であり、歴史を感じた。2020-10-21
1601生島足島神社生島足島神社下之郷駅から徒歩三分ほどでついた。ここには古文書が多く残されているため、国の重要文化財に指定されている。全体的に赤い色が目に入ってきたため、印象に残った。2020-10-21
1519生島足島神社生島足島神社下之郷にある生島足島神社は諏訪大神が祀られる信濃屈指の古社です。 国の重要文化財であり、また、長野県指定文化財、上田市指定文化財です。 樹齢800年の夫婦欅があり、安産や子宝に恵まれるなどの言い伝えがあります。2020-10-16
1437信州上田学A2020③上田のひもとき方と情報源信州上田学A2020③上田のひもとき方と情報源

オンデマンド講座

▼第3回5/13講座 講師:前川道博(長野大学) 57分
(市民開放講座第1回)

講座資料


記録日: 2020/05/13

参考資料

上田市歴史文化基本計画
★上田市中心市街地地図 1928年
大日本職業別明細図之内-信用案内昭和3年(1928)
2020-09-02
1415信濃国分寺信濃国分寺境内には、国の重要文化財に指定されている和唐折衷様式の三重塔があります。現存する国分寺の塔の中では最も古いです。偶然にも、私が訪れた8月8日のみ、三重塔の内部の公開がされていました。仏の傍には、蓮の花も咲いていました。清らかに生きることの象徴とされている蓮の花は、仏教にも継承されているらしく、死後の極楽浄土に咲く花として親しまれてきました。そのために、如来像の台座や仏像を安置する仏具には蓮の花が彫られていることも多いようです。2020-08-09
1398藤本蚕業歴史館内部-2藤本蚕業歴史館内部-2歴史館の資料の一部。当時の上田の文化が垣間見れる。2020-08-09
1376人物44 竹内八十吉人物44 竹内八十吉八十吉は國分村、上澤の人、萬蔵の子。文化十年生る。後常田新町柳澤榮三郎方へ同居す。年十一にして、中澤本次郎に就き彫刻を習う。 『上田市史・下巻(1940)』1242、1243頁を転載 (目次位置) 社寺古墳及人物誌  人物篇2020-08-08
1322法住寺虚空蔵堂法住寺虚空蔵堂虚空蔵堂(こくぞうどう)は平安時代に創建されたと伝えられる天台宗の古刹(こさつ、古い寺)・法住寺の信仰の中心となっています。堂名の虚空蔵が部落名になっているほど地域信仰の中心となってきました。 選んだ理由としては国の重要文化財に指定された程大切な建物で、もちろん依田窪(よだくぼ)地方最古の建物であることから行ってみたいと思ったからです。2020-08-06
1318安楽寺八角三重塔安楽寺八角三重塔安楽寺にある木造八角三重塔は、木造の八角塔としては全国で一つしかないという貴重な建築で、長野県では一番早く「国宝」に指定されました。「国宝」といえば、「世界的にみて国民の宝とすべきもの」(「文化財保護法」)となっていますので、この塔は長野県が世界に誇る貴重な文化財ということになります。 この建築物を選んだ理由としてはふつうの塔は四角のものですが、この塔は「八角形」であるという希少性から、他の人にも知ってほしいからです。2020-08-06
1313小諸市菱野区中村の道祖神小諸市菱野区中村の道祖神菱野区中村の道祖神。新旧2つ並んである。『菱野誌』には 数 1  年号 文化12  形式 起舟後光 丈 90 刻像 双躯立像 銘文 文化十二乙亥年三月大吉祥日 中村氏子 と記述されている。 同じ場所に十九夜塔如意輪観音像が1体ある。 以前は道祖神の前で正月に中村支部内4隣組持ち回りで山の神の飾りを建てたが、2018年を最後に中断されている。 1月15日にどんど焼きが同所で行われていたが、成人の日がハッピーマンデーで月曜日になったことにより、開催日は毎年1月1日午後に中村集会所で開催される中村支部の新年会において決められている。   2020-08-06
1248上田市シティプロモーション映像・長野大生編2020上田市シティプロモーション映像・長野大生編2020デジタル映像表現⑭2020/07/23まとめの記録(前川道博@長野大学) 学生目線と感性で上田市シティプロモーション映像「ようこそ上田」を制作。教員の学生との一種の講評的対話。構えてもいいものは作れないはず。みんなが楽しんでいるのだけれど極意はその辺にあるのかな? コロナ禍のため上田以外の地元をPRした映像もあります。 <担当教員との講評的対談> <学生によるセレクション> シティプロモーション映像は2ラウンド制作しました。第1集は1ラウンド目の制作、第2集は2ラウンド目の制作。学生による投票数の多かった第1位~第3位を学生の評価コメントを添えて紹介します。 1 <2020-07-31
12362度目の海外機内編(01)機内画面2度目の海外機内編(01)機内画面30歳になってから(すでに20年前!)海外に飛び出しました。 海外通の友人に連れられ1回目の旅行は、日本食食べたい、時差ボケ、マイペースで楽しめなかったなど大失敗。 今回は、自分で行ったところを振り返り、その土地の美味しいもの、文化を勉強して臨みました。2020-07-30
1204佐久市有形文化財万治の石造大日如来佐久市有形文化財万治の石造大日如来万治の石仏では下諏訪の諏訪大社春宮の石仏が有名ですが、佐久市望月にも有ります。 下諏訪町の石仏は阿弥陀如来、望月のは大日如来。年数は望月の方が1年古いようです。2020-07-26
1175前山寺前山寺拝観料がかかるので私はじっくりと見ることができませんでしたが、木造茅葺き屋根の本堂と国重要文化財の三重塔があります。花の寺といわれ、桜・藤・紫陽花・イチョウなど、季節によって違った花を楽しむことができます。古い松やケヤキの大木が並ぶ参道では、木漏れ日や抜けていく風が心地よかったです。石段や石垣、大木などにみられる苔の様子に惹かれました。2020-07-22
1147蚕影町。蚕影町。蚕影町の名前の由来を示した看板。「こかげちょう」と読む。町には国指定重要文化財の常田館製糸場があるなど、文字通り蚕の町だったことがわかる。2020-07-20
1101やすらぎの文化交流拠点 信州国際音楽村やすらぎの文化交流拠点 信州国際音楽村 上田市生田にある信州国際音楽村の映像です! 自然を感じられる魅力ある場所です。 ぜひ足を運んでみてください!2020-07-20
1098人物20 山田貫兵衛人物20 山田貫兵衛上田藩士 兵藏の子。文化十年に生る。名は定吉、通称を貫兵衛。後永胤と改む。(略) 『上田市史・下巻(1940)』1027~1030頁を転載 (目次位置) 社寺古墳及人物誌  人物篇2020-07-19
1089蚕都上田ストーリー「蚕の卵は世界を救う」蚕都上田ストーリー「蚕の卵は世界を救う」★YouTube「蚕の卵は世界を救う」 25分 2019/10/05「キモノマルシェin上田」で30分、ミニレクチャーをしました。 ★YouTube「蚕の卵は世界を救う」ダイジェスト版 5分27秒 「蚕の卵は世界を救う」。これは誇張でもほら吹きでもなく、歴史の真実です。レトリックはありません。 19世紀中葉、蚕が全滅したヨーロッパの絹文化を救ったのは日本産の生糸、というよりも、日本の蚕種です。種が絶滅したわけですから、本当に喉から手が出るほど欲しがったのは生糸では2020-07-18
1086蚕の里サロンの地域景観セミナー2016蚕の里サロンの地域景観セミナー2016上田市小牧にある「蚕の里サロン」で地域景観セミナーに参加した際の記録です。 ★シルク文化地域コミュニティー 遊び学び体験、絹の里づくり 2016/11/20(日) 建築家が語る「蚕都うえだ」「地域愛&歴史景観」 お話されたのはミサワホーム総研の大谷宗之さんです。 いくつかの興味深い視点を提示されました。 ・その地域が持っているキャラクターに着目 ・なぜ建物がそういうふうに建っているのか ・なぜこんなに密集しているのか 上田の場合、養蚕がポイントになる。寒い時は室内を暖め、暑い時は風通しをよくする。空気が読めないと蚕は育てられない。 大谷さんは英国や南プロバンスの地域景観などを紹介しながら、上田らしい景観と地勢的特色のある事例として、小牧、上塩尻、別所を採り上げていました。非常に平易な解説で私も2020-07-18
1078学生と旧常田館製糸場を見学学生と旧常田館製糸場を見学2018/05/10午後、1年生のゼミで「上田まちなか探検」を実施しました。最初の約1時間、常田館製糸場を見学しました。常田館製糸場は製糸工場の産業遺産で、笠原工業が管理しています。重要文化財に指定されています。2年前の2016年、天皇皇后両陛下が視察で訪問されました。 蚕都上田の中でも常田館製糸場は代表的な上田の製糸場です。1900年に創業しています。歴史ある産業遺産であるにもかかわらず、上田の地元住民でも知らない方が多い。 見学当日、笠原工業の笠原会長が1年生17人に対応をしてくださいました。次世代を担う若い学生たちへの産業文化の伝承というミッションをお感じになってのことと思います。蚕糸業のことを平易に手短に解説をされ、皇后陛下とのお約束だからと、皇室の養蚕に関するビデオを見せていただきまし2020-07-18
1077信大繊維学部、上田蚕糸専門学校の遺産信大繊維学部、上田蚕糸専門学校の遺産2018/05/10、1年生ゼミで上田探検。旧常田館製糸場に続き、信大繊維学部を見学しました。見学というよりもキャンパスを通り抜けたという感じの見学です。旧上田蚕糸専門学校講堂の内部を見学させていただくともっと感じるものはあったかもしれません。とは言え、見学行程全体のバランスを考えると時間がかかる一方なので、内部見学の事前予約はせず「じっくり見るのはまたの機会にしてね」と外観だけ見て内部見学はパス。 本当は感性工学科H棟内にある「疾走するファイバー展」も、赤レンガ造りの資料館(旧貯繭庫)の蚕糸関係の展示も面白いのだけれど。知的好奇心の高い学生たちにパスさせたのはもったいなかった! 時間の兼ね合いを考慮することもやむを得ない選択です。 キャンパスを通り抜けながら、長野大学よりも大学らしいキ2020-07-18
1066歴博の「上塩尻」蚕種製造に関する展示歴博の「上塩尻」蚕種製造に関する展示2017/10/15、千葉県佐倉市にある国立歴史民俗博物館(歴博)を訪れてきました。目的は、上塩尻の蚕種製造に関わる展示を見学するためです。展示場所は第三展示室の「知識と技術」のコーナーです。 「蚕を飼う」「養蚕技術の普及」「桑の葉の収集」「『蚕書の里』上塩尻村」「商品と技術と風雅の交流」「繭の歴年標本」「世界に知られた日本の養蚕技術」というパネル構成です。このうち、「繭の歴年標本」は奥州本場蚕種の梁川の展示。他は全て上塩尻です。 資料として展示されているものは次のとおりです。 ・清水金左衛門『養蚕教弘録』1847 ・清水金左衛門『養蚕乾湿計用方』メガルカヤを利用した養蚕乾湿計 ・座間神社句合わせ ・いははな集 1800年 ・「いははな集」参加村と蚕種の行商先 など。 展示は杉仁氏の著作『近世の地域と2020-07-18
1065藤本善右衛門縄葛の『続錦雑誌』藤本善右衛門縄葛の『続錦雑誌』類まれな蚕種製造家の一人、藤本善右衛門縄葛(つなね)(1815~1890)は、明治10年頃に隠居してから亡くなるまでの十数年間にわたり、『続錦雑誌』(しょくきんざっし)(全89冊)を記し残しています。 『続錦雑誌』隠居時代の教養ある学びの綴りと言ってもいい。現在で言う生涯学習です。さらに今風に言うなら「学習ポートフォリオ」です。知的関心が多方面に及び、その内容は博物学的に多様です。その多くは何らかの書から書き写したもののように見えます。絵の表現力にも感心します。当時の蚕種製造家は蚕種製造技術にたけているだけでなく、豊かな教養も身に付けていることが求められていました。杉仁氏の研究書『近世の地域と村落文化』(2001年)では、上塩尻村の蚕種製造家たちと村落文化についての言及がされています。豊かな教2020-07-18
1061上塩尻の蚕種製造民家群と文書を見聞する上塩尻の蚕種製造民家群と文書を見聞する2018/08/18、上田市上塩尻の蚕種製造民家群と文書を見聞する会を開きました。長野大学前川研究室、上塩尻自治会、上塩尻今昔の会の連携で実施したものです。地元上塩尻の方々を中心に、建築や歴史文化の専門の方などが加わり20名ほどが参加しました。 幕末から近代にかけて日本の産業を牽引した蚕糸業の中でも、長野県は蚕糸王国と呼ばれるほどに近代日本の殖産興業に貢献をしました。その中で上田小県は蚕都上田と呼ばれ、その中心地の一つでした。とりわけ上塩尻を中心とした塩尻地区は蚕種製造の一大中心地となり、江戸時代から幾人もの優れた蚕種製造家を輩出した他、各家が蚕種製造業を営んでいました。その当時の蚕種製造民家は現在もなお数多く残り、「蚕種製造民家群」という全国的にも稀有な歴史的景観地区となっています。 2020-07-18
1060上塩尻の景観上塩尻の景観2018/09/09、(長野県上田市)上塩尻へ立ち寄ってきました。北国街道沿いに広がる上塩尻の景観が美しい。それぞれの家々は街道沿いには塀がめぐらされて門が構えられています。飾り気がなく、シンプルな集落の佇まいです。特色あるのはそれぞれが二階建ての瓦葺の建物で、2階に蚕室が備わっていること。建物も塀も質が高く、それが趣のある文化的景観をつくり出しています。二階の蚕室の雨戸も景観に美しさを添えています。旧街道の道筋は車が1台通過できる程度の幅しかありません。車を屋敷の中に入れる事は不可能です。現代の生活に欠かせない車が屋敷の中にすら入れない不自由を抱えながら、古い建物が維持され、このような美しい景観が維持されていることに感銘を受けます。 西側に面している建物は細い路地に面し、窓のない木造2020-07-18
1058まちあるき「魅力新発見 蚕種の里・上塩尻を歩く」まちあるき「魅力新発見 蚕種の里・上塩尻を歩く」2019/06/30上田市観光協会主催の上塩尻まちあるきに同行してきました。このまちあるきの企画は観光協会さんからご相談を受け、上塩尻の方々のご協力もいただいて実施したものです。 「観光地」のまちあるきではなく、歴史文化の素晴らしい地域資源を市民の皆様に触れていただく機会を提供し、地元をより深く知ってもらうことがねらいの一つです。 大雨が懸念されましたが、幸い、雨はやんだだけでなく、日差しが照り付け気温30度を超える過酷な気候条件でのまちあるきとなりました。 上塩尻の藤本蚕業歴史館に参加者が集合。私からも挨拶をさせていただきました。藤本蚕業歴史館を見学した後、藤本の蚕室を見学。「埋薪」(まいしん)という言葉を皆さん初めて接したようです。その後、加賀の殿様が参勤交代で使用した厠のある清水さ2020-07-18
1056「UEDA SILK展」で気づく上田紬のカジュアル感「UEDA SILK展」で気づく上田紬のカジュアル感2019/9/27、上田市武石にある武石ともしび博物館に「UEDA SILK展」を見に行ってきました。8/2~10/27の期間開催されています。 武石ともしび博物館は武石地区の小高い丘の上にあり、立派な日本庭園を備えた回遊式の博物館です。大きく3棟に分かれています。 「UEDA SILK展」では上田紬をメインに、上田の蚕種・養蚕などに関わる展示もされていました。上田紬の展示は、小岩井紬工房の小岩井カリナさんの作品を中心に構成されていました。「紬」と言えば、結城紬、大島紬が有名です。「日本三大紬」と呼ばれることもあります。では3つ目の紬はと言うと、地元上田の方でも知らない方がいます。もちろん「上田紬」です。なぜ、結城紬、大島紬に対して、上田紬の知名度が低いのか。上田の活性化ということからも、地元の伝統工芸の発展ということ2020-07-18
1024人物92 武右衛門夫婦人物92 武右衛門夫婦左に夫婦孝行の奇特の口上書を掲ぐ(略) 右の如く上伸ありしかば翌文化十一年三月十九日武右衛門夫婦は町奉行役所に親類、組合、問屋年寄差添出頭の旨申渡され同所に於て孝心を賞せられ米三俵を下賜さる。 『上田市史・下巻(1940)』1303・1304頁を転載 (目次位置) 社寺古墳及人物誌  人物篇2020-07-16
1001尾澤木彫美術館の外観尾澤木彫美術館の外観尾澤木彫美術館は長野県上田市に位置する農民美術の美術館。館長の尾澤敏春氏およびその先代である尾澤千春氏の作品を数多く展示している。また世界各地の木彫人形も展示している。建物は新潟の豪雪地帯から移築した寄棟中門造の民家を改装したもの。 農民美術とは 長野県上田市を中心とした大正時代の工芸運動。東京美術学校を卒業し、パリで留学していた画家・山本鼎(1882~1946)が提唱した。冬場の副業として取り組み、農村の経済水準と文化水準を高めることを目指したもの。器や小物入れといった日用品から人形や木版画といった美術品、また手縫いや刺しゅう等その領域は多岐に渡る。 【参考文献】 石川義宗、禹在勇(2018)『長野県の木工文化:デザイン史から見た農民美術の意義』日本デザイン学会デザイン学研究概要集 神田愛子『2020-07-15
983十綱橋十綱橋飯坂温泉を代表する橋。 摺上川に初めてかけられたのは平安時代で、当時は橋の両岸を十本の藤の綱で結び板を渡してその上を歩いたので『十綱橋』って名前になった。 長い歴史を持ち、『十綱の渡し』といい渡し船がされていた時には、松尾芭蕉が立ち寄り使われたとされている。 また祖母から聞いた話によると、飯坂温泉が全盛期で栄えていた頃には、観光バスが橋の上で渋滞していたようだ。 最近では令和2年4月3日に国登録有形文化財に登録された。2020-07-14
976別所温泉駅別所温泉駅信州の鎌倉と呼ばれている別所温泉。 天然温泉や国宝、重要文化財などもあり、観光地として有名です! 別所温泉駅はレトロな感じでとっても可愛くインスタ映えもしそうですね。2020-07-13
9727/9課題7/9課題地元佐世保の最大の観光地であるハウステンボス 春は様々な花が何万本も咲き誇り、夏は会場にプールのお城が建設されたり、花火の世界大会が行われる。秋はヨーロッパの食文化に触れ、冬は大規模なイルミネーションが楽しめる日本一広いテーマパークである。2020-07-13
969別所温泉 花屋別所温泉 花屋 長野県上田市別所温泉に、大正6年(1917)に創業した。6500坪の敷地に点在する木造建築1500坪、棟ごとに渡り廊下で結ばれ、ほぼ全館が登録有形文化財指定の宿です。  源泉掛け流しの大浴場を完備した、格式ある老舗の温泉旅館。歴史情緒溢れる大正レトロな客室を揃え、露天風呂付きの客室もあります。2020-07-13
957信濃国分寺 三重塔信濃国分寺 三重塔室町期の建築様式で、外部は和様を主とした和唐折衷様式、内部は純唐様式です。高さは約20メートルで、国の重要文化財に指定されています。2020-07-13
943ようこそ上田 上田のつるし飾りようこそ上田 上田のつるし飾り 上田へようこそ! 「季節のつるし飾りと人形展2014」の取材記録です。 上田には初節句を迎えた女の子の健やかな成長や幸せを願ってつるし飾りを贈る風習がありました。上田のつるし飾りは押しびな(平べったい形状の雛飾り)に特色があります。 語り手:下谷よし枝さん(上田さくら会会長) 会場の旧上田市立図書館(当時は蚕都上田館)は、耐震性の問題があるため、現在は閉館となっています。 (制作:マクティ〔長野大学映像サークル〕 2014年4月)2020-07-12
899豆cafe enju /残照館豆cafe enju /残照館塩田平の前山寺近くにある旧信濃デッサン館は、今年6月6日に「KAITA EPITAPH 残照館」と名前を変えて再オープンしました。 そこに併設しているのが、今回ご紹介するカフェ「豆cafe enju」です。 美術館併設だけあって、とてもセンスの良い空間で、テラス席も十分あり、オープンな雰囲気なので、天気のいい晴れた日にピッタリのカフェです。テラス席からは、広大な塩田平が一望できます。 調理を担当しているのは、上田市在住のおうち料理研究家、王鷲美穂さん。発酵文化を中心に、心と体に優しい料理の研究をされている王鷲さんの作る料理は、味はもちろん美味しいだけでなく、手作りの味噌が使われていたり、栄養も満点。見た目も雰囲気に合っていておしゃれな雰囲気です。 わたしは、この日は、味噌リゾットと自家製ジンジャエール2020-06-29
898生島足島神社 山宮社生島足島神社 山宮社東山の麓から、10分ほどなだらかな山道を登っていくと、密やかに生島足島神社の山宮社があります。 ここは、生島足島神ではなく諏訪大社の神様を祀ってあるらしく、山中に山宮社を置くことで、里にある生島足島神社との間に、山と里でエネルギー循環が起きることを意図したようです。 神道では、万物に神々の意識が宿るとする「八百万の神」の思想を大切にしていますが、昔の人は、自然に対して畏敬の念を抱き、山に神聖なものを見出していたのですね。 この山宮社は、先日、日本遺産に認定されたレイライン(生島足島神社〜信濃国分寺へと続く光の筋)の中心に位置します。 皆さん、ぜひ、行かれてみてください!2020-06-29
871『上田市誌』(全31巻 2004年)目次『上田市誌』(全31巻 2004年)目次『上田市誌』全31巻 発行:2002~2004年 編集者:上田市誌編さん委員会 発行者:上田市、上田市誌刊行会 以下から各巻の目次と奥付が参照できます。なお、対象の「上田市」は2006年の合併以前の旧上田市が対象です。 第01巻 自然編(1)上田の地質と土壌 第02巻 自然編(2)上田の気象と川や湖 第03巻 自然編(3)上田の動物と植物 第04巻 歴史編(1)上田盆地のあけぼの 第05巻 歴史編(2)上田の弥生・古墳時代 2020-06-27
856信州国際音楽村・遊歩道信州国際音楽村・遊歩道信州国際音楽村では、音楽と芸術をひとつのきっかけに、豊かな心を心を育む交流の場所・社会教育施設として整備がすすめられ、昭和61年から平成4年にかけて、音楽や花づくりを通じて地域交流と文化振興が図られてきました。季節によって、梅、桜、水仙、ラベンダー、バラなどの景色を見ることができるようです。ぜひ季節ごと足を運びたい場所です。緑に囲まれた遊歩道を歩いていると、木漏れ日や鳥の鳴き声が心地よかったです。犬の散歩をしている方や、家族で散歩をしている姿が多く見られました。自然の空気を感じ、心も癒されるので、森林浴にもぴったりです。2020-06-24
823常田館製糸場 四階繭倉庫常田館製糸場 四階繭倉庫常田館製糸場から交差点を挟んで少し歩いたところに繭倉庫があります。繭の保管や作業を行うために適した作りとなっている。現在、上田市と国が指定する重要文化財となっている。外から中の様子をみることができるようになっているが中に入ることができなくなっている。そして、中の様子は段ボールや発泡スチロールが置かれている。役割は変わったが、現在も利用されているようだった。2020-06-23
809常田館製糸場常田館製糸場常田館製糸場は1900年(明治33年)から約120年間操業しましたそして、明治日本の産業遺産として現存する建築物の歴史的価値が評価され、現在は国の重要文化財に指定されています。 。そして、常田館製糸場のほかにも上田市には糸に関連した町や遺産があることが分かった。2020-06-23
751おやき お盆との結びつきおやき お盆との結びつきおやきが生まれた地域だからこその文化を知ることができた。 8月1日「石の戸」と呼び、年に一度の墓掃除を行い お盆入り「地獄の門の開く日」、あの世との境になっている頑丈な石の門にご先祖様が達がおやきをぶつけて割り遠い道程をお盆に間に合うように旅に出ると云う。 8月の1日にはお供えおやき、13日にはお迎えおやき、16日にはお帰りおやきといい、おやきをお供えするという文化がある。 1日は、あんに茄子・味噌を入れる。 16日のお帰りおやきには、力尽きて門限に遅れないよう、山程にお供えする。2020-06-20
749昔の食文化昔の食文化平野屋で伺った話。 昔は肉を食べるという文化はあまりなかったそう。 肉よりは鮎などの川魚を食べていた。 肉を食べるようになり始めても、牛肉は価格が高く、食卓に並ぶことはほとんどなかった。 50年ほど前には、学校給食で鯨肉がよく出ていたそう。 現在との違いがよく分かる。2020-06-20
659善光寺善光寺長野市へお出かけ。 立派なお寺でした。 コロナ規制が弱まり人も中々訪れていて、活気を感じました。2020-06-08
658善光寺善光寺長野市へお出かけ。 立派なお寺でした。 コロナ規制が弱まり人も中々訪れていて、活気を感じました。2020-06-08
646静岡県富士山世界遺産センター静岡県富士山世界遺産センター静岡県富士山世界遺産センターは、静岡県富士宮市にある博物館。世界遺産に登録された富士山の保護・保存・整備のための拠点施設である。建物の前に水が張ってあり晴れていると建物がその水に反射してきれいに写る。逆さ富士をイメージしている。2020-06-07
636みのかも文化の森みのかも文化の森美濃加茂市の自然、歴史、文化についてテーマごとに展示されています展望台からは、施設の自然一帯を見渡すことが可能です。市内の小学校の社会科見学にもよく利用される施設です。2020-06-05
564那谷寺那谷寺高野山真言宗別格本山である那谷寺。重要文化財にも指定してあり、コマツに来たらぜひ行ってほしい場所なので選びました。2020-05-27
551超誓寺超誓寺寺下駅の近く、駅からすこし坂を上ったところにあるお寺です。 丁寧に管理された綺麗な庭園を備えています。2020-05-26
550生島足島神社生島足島神社生島足島神社は、長野県上田市下之郷にある神社。式内社。旧社格は国幣中社で、現在は神社本庁の別表神社(ウィキペディアより引用) 日本の中央にある神社として知られる神社。年初めにおみくじを引きに行ったが、巫女さんが優しかった。2020-05-26
540縣諏訪神社縣諏訪神社縣諏訪神社は、明治までは諏訪社という名称でしたが、諏訪社が旧縣村にあったことから、明治11年に縣諏訪神社と改称されました。縣諏訪神社と境内にある伊豆宮公園は私が小学生の時によく訪れた場所で、懐かしかったため撮影しました。木の揺れる音や鳥の鳴き声が聞こえる自然豊かな場所です。2020-05-26
436明治時代を体感!旧中込学校明治時代を体感!旧中込学校佐久市に現存する擬洋風学校である。明治8年に完成し、日本国内に現存する擬洋風学校としては最も古い建築物の1つでもあり、長野県宝・国重要文化財に指定されている。また、敷地を含めて国史跡にも指定されている。移築や改変等が少ないため、当時に近い姿で残っている点が特徴であり、気軽に明治の雰囲気を感じる事ができる。 正面から見て横長でなく縦長な形をした校舎、八角形の塔の部分には太鼓が吊るされている点が興味深い。他にも、カラフルなガラスが目を引き、魅力を感じる。2020-05-26
433塚田歴史伝説館塚田歴史伝説館巴波川沿いにある風情ある蔵の景観を見せてくれる江戸時代の材木問屋の家屋を歴史伝説館として公開しています。塚田家は江戸時代後期の弘化年間(1844~48)から木材回漕問屋を営んできた豪商でした。当時は木材を筏に巴波川から利根川を経由して江戸深川の木場まで運んだと言われています。蔵芝居《巴波川悲話》のロボット人形劇では、ロボットおばあちゃんの三味線演奏がとても印象深いです。2020-05-26
423とちぎ山車会館とちぎ山車会館栃木県の指定有形民俗文化財である山車の保存も兼ねて、2年に1度開催される『とちぎ秋まつり』の興奮をいつでも楽しめるようにと、3台の山車を常時展示し、定期的に他の3台と入れ替えながら、デジタル技術を駆使して秋まつりを再現して見ることが出来ます。平成30年には、映像の改修及び多言語音声ガイドの設置を行い、最新技術でリニューアルされました。2020-05-26
419とちぎ蔵の街美術館とちぎ蔵の街美術館約200年前(江戸時代後期)に建てられた土蔵3棟を改修して、平成15年に美術館として現代に甦らせ、栃木市ゆかりの作家の作品を中心に収蔵しています。 美術品だけでなく、古い日本家屋が楽しめます。2020-05-26
418城山公園の大銀杏城山公園の大銀杏これは栃木県小山市の城山公園内にある銀杏の木です。 この木は天然記念物として市の指定文化財になっていて樹高約15メートル、目通り約6メートルあります。 この公園は春になると桜が綺麗なスポットなので私含め多くの方々がお花見に訪れます。 そんな桜の木は勿論素敵なのですが、 私はこの大きな銀杏の木も好きなので今回はあえて桜ではなくこちらを選びました。 撮影時の初夏は青々しく力強さを感じました。2020-05-26
406小諸城三之門小諸城三之門 現在は懐古園の玄関口となっている、小諸城の三之門です。平成5年に国指定重要文化財となっています。築城当時の門は寛保2年の「寛保の戌の満水」と呼ばれる大洪水により流失し、現在のものはおそらく明和2、3年頃の再建と考えられています。2020-05-26
388小諸城大手門小諸城大手門 小諸城大手門は平成5年12月9日に国指定重要文化財になった、瓦門とも呼ばれる小諸城の正門です。小諸城は城下町より低い位置にある、珍しい特徴を持つ城のため、大手門は本丸よりも高い位置にあります。現在の門は慶長17年に小諸城主仙石秀久により建立されました。2020-05-26
385小諸城大手門小諸城大手門 小諸城大手門は、国指定重要文化財の一つで、慶長17年に建立されました。小諸城は城が城下町より低い位置にあるため、大手門は本丸よりも高い位置にあります。これは日本で唯一と言われるほどの特徴です。近代初頭の大型城門として、高い価値を持ちます。2020-05-26
353長野県 善光寺長野県 善光寺長野県の中でも歴史のある観光名所の善光寺。 善光寺は無宗派の単立仏教寺院。 本尊の一光三尊阿弥陀如来は日本最古のものとして知られている。 長野県に住んでいるものとしては一度は行くべきところである。2020-05-26
338みすゞ飴本舗みすゞ飴本舗大正13年に設立された上田本店は、国登録有形文化財に指定されています。 信州の高原でとれる旬の果物の味を生かしたゼリー菓子や、無添加の四季のジャムなど、おいしくてユニークな加工品を販売しています。 上田駅のすぐ前にあり、内外とも魅力的な建物で、一見の価値があります。2020-05-26
336NPO法人リベルテ・ギャラリーグリーンNPO法人リベルテ・ギャラリーグリーン北國街道 柳町にある「リベルテ」は、障害から文化を考えるための言葉や時間、場所作っていきたいというNPO法人が運営するスペースです。何気ない自由や権利を尊重していける社会や人の関係づくりを行っているそうです。2020-05-26
320楽茶レンガ館楽茶レンガ館明治時代に流行した施釉煉瓦がとても美しい建物となっております。 この建物は現在「楽茶レンガ館」というレストランとなっています。明治45年では信濃中牛馬合資会社」という運送会社でした。その後、国登録有形文化財になり、昭和34年に善光寺郵便局になりました。平成に入ってからは長野市物産館として様々な人に親しまれてきましたが物産館は閉鎖となる。そして現在、フレンチレストランとして地元の方々から愛されています。2020-05-26
275山神社山神社民家のある中にぽつんと存在する、非常に小さな神社である。鳥居には手作り感満載の「山神社」と書かれた札がかけられており、かわいらしい。あるのは小さなお堂と水道のみではあるが、これを建造した当時の人々の信仰心に思いをはせることができる。2020-05-25
255羽前成田駅羽前成田駅山形鉄道フラワー長井線の駅舎です。 大正11年に開業した木造で洋風基調の建物です。 平成27年に登録有形文化財に登録されました。2020-05-25
238羽前成田駅羽前成田駅山形県長井市成田にある山形鉄道フラワー長井線の駅です。大正11年に開業し、洋風基調で木造の駅舎です。 登録有形文化財に登録されています。2020-05-25
228常楽寺常楽寺別所温泉駅から徒歩で行ける常楽寺 美術館や国重要文化財の石造多宝塔があります 御朱印も書いてもらえます 三楽寺の一つとして建てられました 茅葺の屋根が最初に目に入ります 御舟の松という大きな松の木も印象的でした2020-05-25
226ホクト文化ホールホクト文化ホール長野市にある県民文化会館です。 周りの公園も緑が多く過ごしやすい場所です。 駅からも近く、交通の便は素晴らしいです。2020-05-25
185武高國神社武高國神社塩田地域自治センター近くにある神社。普段は静かな雰囲気で落ち着く場所。そばには遊具があり、学校終わりや休日では子供たちがよく遊んでいる。祭りの時期には多くの人が訪れにぎやかである。2020-05-25
180道祖神(上田市塩田町駅周辺)道祖神(上田市塩田町駅周辺)守り神として道の辻に祀られている石仏。甲信越地方や関東地方で多く見られ、上田市にも点在する。様々な形状をしており、ここの道祖神は双体である。要所においてあるのか目に留まりやすい。塩田町駅近くにある道祖神は川のすぐそばにあるため特に目に留まりやすいが、草木に覆われているため近づきにくい。2020-05-25
123蚕都上田まちあるき2009(3)~塩尻編~蚕都上田まちあるき2009(3)~塩尻編~ 主催:蚕都上田プロジェクト 2009/10/18実施 ナビゲータ-:馬場郁夫さん(上塩尻在住) 清水卓爾さん(環境ジャーナリスト) 探訪先: 小岩井紬工房、旧蚕種家宅、座摩神社(蚕影さん)、段々畑、塩尻小学校郷土資料館、元宿など(地区間の移動は徒歩) 江戸時代末期から昭和時代にかけて蚕糸業が盛んであった塩尻地区を歩いて往年の生業や暮らしをたどりました。2020-05-24
122蚕都上田まちあるき2009(4)~市街地編~蚕都上田まちあるき2009(4)~市街地編~ 主催:蚕都上田プロジェクト 2009/11/07実施 案内人:斎藤功氏(長野大学環境ツーリズム学部教授)、竹内秀夫氏(都市・建築工房、建築家) 企画・制作 蚕都上田プロジェクト 探訪ルート:三吉米熊像、長野県蚕業試験場上田支場跡、原町~海野町(かつての蚕業、金融施設の集積地)、丸子線上田東駅跡、上田蚕種株式会社事務棟など2020-05-24
102旧中込学校旧中込学校旧中込学校は、佐久市に現存する擬洋風学校である。明治8年に完成し、日本国内に現存する擬洋風学校としては最も古い建築物の1つであり、長野県宝・国重要文化財に指定されている。また、敷地を含めて国史跡にも指定されている。移築や改変等が少ないため、当時に近い姿で残っている点が特徴であり、まさに明治の雰囲気を感じる事ができる。また資料館もあり、教科書などの貴重な資料を目にできる点もよい。 当時は珍しかった、正面から見て横長ではなく、縦長である点や校舎中央の八角形の塔の部分には太鼓が吊るされていたという点が興味深い。2020-05-24
100笠鉾会館ドリームホール笠鉾会館ドリームホール笠鉾会館ドリームホールは、 須坂市の有形民俗文化財に指定されている笠鉾11基と祭屋台4台を保存展示し、須坂の町に残る祭文化を広く紹介しています。笠鉾は、毎年7月に中心市街地で繰り広げられる須坂祇園祭にはまちびと達の手によって曳き出され、祭神をのせた神輿と共に市街地を巡行します。また、2階は市民の生涯学習の発表の場として作品の展示なども行っています。2020-05-24
85窯のある広場・資料館窯のある広場・資料館INAXライブミュージアムの「窯のある広場・資料館」。 「窯のある広場・資料館」は、1921年から1971年まで、土管や焼酎瓶、タイルなどのやきもの製品を製造していた工場を、LIXIL(当時INAX)が整備し、1986年から公開している文化施設で、国の登録有形文化財にも指定されています。創建当時の姿にできるだけ近づけると共に、更に100年先に残せるものとすることを目指し、外壁の仕上げや瓦の風合いにもこだわって再生しました。建屋内部の煉瓦造の大きな窯の迫力や、太い木材が露出した梁や柱、見上げた天井のトラスなど、建物自体の魅力も大いに楽しんでいただけます。 展示においては、煉瓦の窯の内部に炎の映像を投影し、窯焚きの様子を臨場感いっぱいに再現したプロジェクションマッピングが見どころです。入ってすぐにある煙突の存在感に2020-05-24
80前山寺 藤の花前山寺 藤の花前山寺は、1331年に開山。木造かやぶき屋根の本堂と国重要文化財の三重塔もある。時期になると藤の花が咲き誇ると。とても綺麗に咲いており県下有数の藤の花が見れた。2020-05-24
72塩田平の野焼き塩田平の野焼き21世紀に入ってもなお続いている野焼きの文化。塩田平を一望するとそこかしこに野焼きの煙が立ち上がっています。2019/11/16は好天に恵まれ、いつもより一際多く煙が立っていました。信州上田に移り住んで以来、秋になると日々立ち上がる煙の風景に日本の原風景を感じ、現代に生きる地域の無形文化として22世紀に残してもらいたいと心惹かれてきました。以来、ずっと変わることなくその思いを持ち続けています。 野焼きは稲作という営みから派生しています。農業をする方が高齢化する中、これから20年後、30年後は、この地域の風景がどう変わっていくのだろうかという思いで、毎年、あるがままの野焼きの煙の光景を眺め続けています。2020-05-23
71ホタルイカミュージアムホタルイカミュージアム滑川市はホタルイカで有名です。ここは豊かな自然に囲まれた滑川市の文化・観光拠点、地域のシンボルとしてつくられた、世界にひとつの施設です。 この日はコロナのため中には入れませんでしたが、ホタルイカの発光ショーや、深層水で飼育している富山湾の生きものとふれあえたり、ホタルイカの生態や棲息する富山湾の神秘について楽しく学べたりといろいろな体験ができます。 これも感染防止のためやっていませんでしたが野外には海を眺めながら海洋深層水を利用した足湯を楽しめる場もあります。 天気が良かったので海もきれいでした。2020-05-23
66長野大学長野大学ここは長野大学。 大学前駅から徒歩5分のところにあり、近くにコンビニもあるため、立地が良い。 学部は「社会福祉学部」「環境ツーリズム学部」「企業情報学部」と3学部あり、それぞれの学部に合わせた内容の講義を数多く受講することができる。 また、たくさんの部やサークルも存在し、「りんどう祭」といった大人もこどもも楽しめる文化祭が開催される。2020-05-23
40下塩尻 庚申塔下塩尻 庚申塔庚申塔(こうしんとう)は、庚申塚(こうしんづか)ともいい、中国より伝来した道教に由来する庚申信仰に基づいて建てられた石塔のことを言います。庚申講を3年18回続けた記念に建立されることが多いそうです。塚の上に石塔を建てることから庚申塚、塔の建立に際して供養を伴ったことから庚申供養塔とも呼ばれています。 出典:庚申塔 - Wikipedia 庚申という言葉もその歴史についてもあまり知る人は少ないのではないかと思います。実際に調べてみると多くの歴史があり、様々な情報があるため歴史的に興味が持てます。他の都道府県にもあるため、実際にその場へ赴き、どういった歴史があったのか調べたくなります。2020-05-21
39上塩尻神社上塩尻神社祭神は諏訪大明神です。奈良時代に舎人嶋(現元宿)に創建したが、1595年(文禄4)の大洪水で流出し、1709年(宝永6)現在地に再建した。 上塩尻は養蚕が盛んだったようで、立派な土塀に囲まれた家々が狭い道沿いに立ち並んでいます。狭い道を登って行くと神社が建っており、祠には万葉歌碑が祀られています。一度再建はされたものの、古くから万葉歌碑が現在も残っているのはとても面白い。2020-05-21
32下塩尻 桜づつみ ホタルの里下塩尻 桜づつみ ホタルの里長野県上田市にある下塩尻桜づつみホタル水路は、春は美しい桜並木、ホタル舞う水辺環境を地域ぐるみで復元させ、ホタルの故郷づくりをしています。 夏には、水路に沿って歩きながら、ホタルを観賞することができます。 上田市で上田紬で有名な蚕とはまた違った魅力で観光する人々を魅了し、人々を寄せ付ける桜づつみのホタル水路。その魅力に誰もが興味を持てるだろう。2020-05-21
31天満宮天満宮1771年(明和8年)の創建と伝えられ、舟形の地形が特徴です。古い絵馬や俳句の額が掲げられています。明治6年に村社になり、かつては春秋の例祭には村人の踊り、大々神楽、相撲等が奉納されました。敷地内には、福島安正書の「菅公一千年記念碑」もあります。 出典:『上田 しおじり』/塩尻地区近代化遺産活用ガイドブック編集委員会/ 発行 上田市教育委員会 2003年3月 学問の神様とも呼ばれている菅原道真を祭神とする神社の一つであり、正月にはここで年を越す方もいます。昭和時代からありながらきれいなまま現存しているのが面白い。2020-05-21
30水天宮水天宮下塩尻字日月地籍に舟人の守護神、水の神、安産の神として水天宮が祀られています。千曲川水系では比較的大きな社殿と言われ、毎年9月には神主が来場して区民が例祭を行っています。 出典:『上田 しおじり』/塩尻地区近代化遺産活用ガイドブック編集委員会/ 発行 上田市教育委員会 2003年3月 少子化という地域課題がある中でこういった神様が祀られていることにより地域の方々に安心と安寧を与えているという歴史的な効果が素晴らしく、興味を持たせてくれる。2020-05-21
29旧土浦中学校本館旧土浦中学校本館山形県出身の建築家・駒杵勤治(こまぎね・きんじ)による名建築、旧茨城県立土浦中学校本館(1904年施工)は、1976年、重要文化財に指定されました。 近代の木造洋風建築の校舎として絵になる外観のよさ、建物の様式美、気品があります。NHK朝のテレビ小説『エール』(2020年)では昭和初期の音楽学校の校舎として使われています。 本館前に掲げられた重要文化財説明板(茨城県教育委員会)には、建物の特色として次のように書かれています。 「平面構成は、凹字型の左右対称で、正面を重視した古典的な手法をとっている。廊下を教室の西側に配した点は、当時の学校建築の基本に従ったものである。意匠的にはゴシック様式を基調とし、正面中央玄関の三進突燭アーチ・左右の突燭・切妻破風・屋根窓などの直線的な意匠が特徴になっている2020-05-18
27象山神社象山神社佐久間象山神社は長野市松代町に位置する神社で幕末の松代藩士で思想家の佐久間象山を祀る。本殿は登録有形文化財で園池は登録記念物2020-05-18
23上塩尻の蚕種製造民家群と文書を見聞する上塩尻の蚕種製造民家群と文書を見聞する2018/08/18、上田市上塩尻の蚕種製造民家群と文書を見聞する会を開きました。長野大学前川研究室、上塩尻自治会、上塩尻今昔の会の連携で実施したものです。地元上塩尻の方々を中心に、建築や歴史文化の専門の方などが加わり20名ほどが参加しました。暑いとは言え、連日の猛暑からは解放されたように秋めいた爽やかさが感じられる一日となりました。

全国的にも稀有な蚕種製造民家群

幕末から近代にかけて日本の産業を牽引した蚕糸業の中でも、長野県は蚕糸王国と呼ばれるほどに近代日本の殖産興業に貢献をしました。その中で上田小県は蚕都上田と呼ばれ、その中心地の一つでした。とりわけ上塩尻を中心とした塩尻地区は蚕種製造の一大中心地となり、江戸時代から幾人もの優れた蚕種製造家を輩出した他、各家が蚕種製造業を営んで
2020-05-10
11新そばとリンゴの天ぷら新そばとリンゴの天ぷら新そばの季節です。昼食は地元のそば屋さんへ新そばを食べに行きました。ついでにそばがきを注文。このそばがきもなかなかに美味でした。 天ぷらの一品に付いていたのがリンゴです。そういえば先日も別なそば屋さんの天ぷらにもリンゴがありました。上田の季節感たっぷりのリンゴが格別に美味しい!2020-04-23
3上塩尻の蚕種製造民家上塩尻の蚕種製造民家北国街道沿いに広がる上塩尻の景観が美しい。それぞれの家々の多くが、かつては蚕種製造業を営んでいた家です。それぞれが二階建ての瓦葺の建物で、2階に蚕室が備わっていること。建物も塀も質が高く、それが趣のある文化的景観をつくり出しています。二階の蚕室の雨戸も景観に美しさを添えています。 改めて、上塩尻のさりげない景観に美しさを感じ、写真に収めておきました。2020-04-22
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