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管理番号写真タイトル説明登録日
1948常田館製糸場-3常田館製糸場-3常田館製糸場の鉄筋コンクリート造りの繭蔵。この繭蔵も当初は木造であったが、1925(大正14)年に出火し建物が全焼したため、1926(大正15)年に鉄筋コンクリート製に新築された。鉄筋コンクリート造りの建物は当時としては珍しく、最新の技術を用いて強固に作られている。2020-11-18
1087野球と蚕糸業野球と蚕糸業1927年に建設された上田市営野球場。蚕都上田の隆盛があって、地元に野球場が出来る。キモノマルシェで旧常田館製糸場の鉄筋繭倉庫を現存する長野県最古の鉄筋コンクリート造の建物(1926年=大正15年)として紹介したばかり。なるほど、この野球場の建物に接する鉄筋コンクリート造の橋はその竣工年がその翌年(1927年=昭和2年)になっています。蚕都上田の隆盛を背景に当時としてはまだ数少なかった鉄筋コンクリートの建造物が建造されたことがわかります。 野球と蚕糸業。この視点で知り得ているのは諏訪蚕糸学校(現岡谷工業)の甲子園での輝かしい準優勝の記録。校名に「蚕糸」とあることからもはっきりとその学校の背景がわかります。蚕糸業による経済的繁栄があって、野球が盛んになったことが物語られています。 (2016/10/28投稿2020-07-18
709信濃銀行支店跡(蚕都まちあるき2008)信濃銀行支店跡(蚕都まちあるき2008)看板「すわん」のある鉄筋コンクリート造の建物がかつての信濃銀行支店だった。この道路は上田駅から続くメインストリートだった時代がある。旧上田東駅の近くにある。周辺には宮下製糸場など複数の製糸場があった。蚕都は銀行業が盛んであったことを物語っている。 解説:斎藤功さん(長野大学環境ツーリズム学部教授、地理学)=当時 蚕都上田まちあるき2008 (企画・制作:蚕都上田プロジェクト) 2008/10/25の記録2020-06-19
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