佐藤尾之七邸宅(日本博覧図1897所載)
『日本博覧図』は関東を中心とした地域の名所旧跡、寺社、豪商の邸宅等を描いた銅版画集。1897年(明治30年)発刊の第12編には上田小県の寺社・邸宅等20点の銅版画が収録されている。「佐藤尾之七邸宅」(旧塩尻村上塩尻)はその一つである。
佐藤尾之七(さとうおのしち)家は、江戸時代から上塩尻村(現在の上田市上塩尻)で代々蚕種製造業を営んできた佐藤本家の分家に当たる。1727(享保12)年、本家から分家し六代嘉平次を襲名して上塩尻村の庄屋を営んでいた。尾之七は佐藤本家の当主であった藤本善右衛門縄葛(つなね 1815-1890)の四男で、分家の佐藤嘉平次家の養子となった。尾之七は1908年、佐藤本家を宗家とする佐藤一族が共同出資して発足させた藤本蚕業合名会社の設立に中心的に関わった。大正期、上田蚕種株式会社の社長となり、蚕種業界の中心人物として活躍した。
「佐藤尾之七邸宅」は、佐藤尾之七家の邸宅である。同邸宅の建物は現在も保全されている。
〔図版は上田市立博物館所蔵の『日本博覧図』(1897)から撮影した。〕
参考資料:
『蚕都上田を築き支えた人びと』(上田小県近現代史研究会ブックレット17)、上田小県近現代史研究会編、2010年
『藤本蚕業歴史館目録』、藤本工業株式会社、2009年