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1藤本蚕業歴史館・館内整備藤本蚕業歴史館・館内整備藤本蚕業歴史館では近現代の史料を多数収蔵しています。通常は閉館しています。史料をご覧になりたい方、館内を見学したい方はまずはネット上のデジタルミュージアム「藤本蚕業デジタルコモンズ」をご覧ください。ご自宅からでもどこからでも、またいつでも自由にバーチャル入館できます。 ★藤本蚕業デジタルコモンズ https://d-commons.net/fujimoto-dc/ 今年度(2023年度)は、館内をフリーWi-Fi環境にした他、見学や史料閲覧などでご来場いただく方にも役立つよう各部屋に閲覧コーナーを設けました。また「蚕都上田」を知る大型の吊るし地図を設置しました。4月からは来館いただける機会を増やしていきます。2024-03-28
23Dで藤本蚕業歴史館がバーチャル体験できます!3Dで藤本蚕業歴史館がバーチャル体験できます!上塩尻にある藤本蚕業歴史館の新しい情報空間のご紹介です。 ★藤本蚕業歴史館ウォーク https://d-commons.net/fujimoto-walk/ 資料館はとても行きにくいし、行っても資料を見るのも大変です。このたびデジタル技術を使って、資料館まで行かなくても館内をバーチャルに歩き回り、資料にアクセスできるバーチャル空間にしました。本物の資料館がそこにあるかのように再現する技術を「デジタルツイン(デジタルな双子)」と呼んでいます。その試みです。藤本蚕業プロジェクトが制作しました。 皆さんもどうぞバーチャルな体験をお楽しみください!2024-02-27
3若者と「重文常田館製糸場」「藤本歴史館」へ若者と「重文常田館製糸場」「藤本歴史館」へ 2023 10月30日 午前に南信と東京から訪れた若者と「重文常田館製糸場」見学と「藤本蚕業歴史館」でお話を聴きました、  製糸場では、当時のままの様子が解り、千人単位の人が働いていていて、食事の供給施設や医療設備もあった、その建物の大きさから、規模が凄かった事が伺えます。3人で感嘆していました。  「藤本蚕業歴史館」では、繭友さんから、蚕から繭、繭から生糸になるまでのことや、当時のこの地域の様子、仕事や生活について説明を聴きました。  佐藤修一さんから、上塩尻の蚕種の歴史、人々の功績、藤本工業の歴史のお話を聴きました。  若者二人は、上田の蚕種歴史が、思った以上の規模であったことが、発見であったようでした。2023-11-04
4 若者と上塩尻、秋和の北国街道、「ねこ瓦ウオッチング」 若者と上塩尻、秋和の北国街道、「ねこ瓦ウオッチング」 10月31日 午後、南信と東京から、20代の若者が二人、「ねここ瓦について知りたい」とのことで訪れ、上塩尻の「ねこ瓦」と北国街道の要所を案内しました。 「小さい頃、祖母が蚕を飼っていた、でも、ここ数年で自宅も周りも養蚕をやめてしまい、いちご畑になった。自分たちが知る最後の世代なので、しっかり見ていきたい」とのことで、熱意を持って来てくれました。「ねこ瓦ポイント」を観たり、由来の場所を観たりして「とても勉強になった」とのことで、若い人たちにも伝えることができ、嬉しく思いました。  その後、秋和地区の小林武彦さんのお宅へお邪魔して、「秋和のねこ瓦と蚕種の歴史、古民家について」お話を聞きました。 周辺の「ねこ瓦」も観ました。  また、前日には、「重文常田館製糸場」を見学し、「藤本蚕業歴2023-11-04
5飛行機から撮った昭和4年の上田市飛行機から撮った昭和4年の上田市上塩尻の藤本蚕業歴史館には数多くの大正・昭和期の雑誌や新聞なども保管されています。 『アサヒグラフ臨時増刊号 東日本航空号』(1929年=昭和4年)にあっと驚く写真が! 当時の上田市の航空写真です。市街の南西部を捉えています。まさか戦前の上田市の航空写真があるとは思ってもいませんでした。藤本蚕業歴史館に保存されている資料の一つです。この雑誌、藤本蚕業歴史館に行って、手に取って見るしかないですね!2023-10-24
6学生が「藤本蚕業史料」についてキモノマルシェで発表学生が「藤本蚕業史料」についてキモノマルシェで発表キモノマルシェ2023では藤本蚕業プロジェクト、長野大学前川ゼミによりゆたかや2階において「信州の蚕糸を知ろう 蚕の卵からキモノまで」コーナーを設け、着物愛好家の皆様などにキモノの背景となる蚕糸業と上塩尻にある藤本蚕業歴史館の史料をご紹介しました。 学生2名が発表もしたので、動画でお聞きください。藤本蚕業歴史館には蚕糸業関係の文書ばかりでなく、大正・昭和期の雑誌などもあります。社員日誌は本邦初公開といっても過言ではない貴重な文書です。史料の一部は以下のサイトからも公開していますよ! ★藤本蚕業アーカイブ ▼竹中丈二/藤本蚕業史料の魅力 ▼久保山遥/藤本蚕業社員日誌 2023-10-11
7藤本蚕業歴史館がフリーWi-Fi環境に藤本蚕業歴史館がフリーWi-Fi環境に上塩尻にある藤本蚕業歴史館ふじもとさんぎょうれきしかんがフリーWi-Fi環境になりました。 藤本蚕業プロジェクトが資料のデジタル化や活用の支援に取り組んでいます。このたび、Wi-Fiルータを設置してネットへのアクセスが手軽にできるようになりました。館内ではどなたでもWi-Fiをご利用いただけます。2023-08-30
8塩尻ふしぎ発見!申し込み入口ページ(終了)塩尻ふしぎ発見!申し込み入口ページ(終了)

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(終了) ※当日は取材の方も訪問される予定です。 ※混雑する可能性があるため、トイレ等はイベント前に済ませておいてください。 ※十分な熱中症の対策をお願いします。 ※駐車場が足りない恐れがあるため、可能な方は徒歩でお越しください。 実施主体 西部地域まちづくりの会自然・生活環境部会、長野大学前川ゼミ 協力 藤本蚕業歴史館、藤本蚕業プロジェクト 問合せ 福田晴紀(長野大学前川ゼミ学生スタッフ) TEL 080-8268-8170
2023-07-14
9藤本蚕業歴史館でオンライン講座を開きました藤本蚕業歴史館でオンライン講座を開きました2022年12月~2023年2月、上塩尻の藤本蚕業歴史館を会場に「藤本蚕業歴史館で学ぶデジタルアーキビスト養成リスキル/リカレント講座」を開催しました。 藤本蚕業歴史館には10,000点を超える資料・文献が保管されています。これまでは書庫に収蔵されているもののほとんど誰もがその存在すら知りませんでした。藤本蚕業プロジェクトがそれらの資料の目録と一部の資料をデジタル化し、インターネットに公開しました。この講座はそれらを情報源に、またデジタルアーカイブを具体的にどのように作ったかを受講者の皆様に学んでもらいました。受講者数は約50名です。オンラインにより藤本蚕業歴史館で全国から学んでいただく講座開催は初めての画期的な試みです。 講座の内容は全て動画に記録しました。講義資料も含め、以下のページからネット公2023-03-08
10藤本蚕業アーカイブ/古い地図をデジタル化してみる藤本蚕業アーカイブ/古い地図をデジタル化してみる 話:前川道博(長野大学教授、藤本蚕業プロジェクト代表) 上塩尻にある藤本蚕業歴史館は藤本蚕業に残された悉皆(しっかい)資料を収蔵しています。明治・大正期の分県地図もその一つ。100年ほど昔の日本の各地の様子が当時の地図から手に取るようによくわかります。誰もが詳細にそれらの地図を読めるようにその一部をデジタル化しネット公開しました。 これらの地図は『藤本蚕業アーカイブ』でご覧いただけます。小学生からご年配の方々まで思う存分に古い資料を楽しめます! →https://d-commons.net/fujimoto-arch/2023-02-02
11藤本蚕業歴史館の特選史料紹介(竹中丈二[長野大学学生])藤本蚕業歴史館の特選史料紹介(竹中丈二[長野大学学生]) 話:竹中丈二(長野大学企業情報学部前川ゼミ) 藤本蚕業歴史館に収蔵されている史料の中で、学生目線で特に関心を引かれた『アサヒグラフ/二、二六事件画報』(1936年)のどこが面白いのかを解説しています。 「藤本蚕業歴史館で学ぶデジタルアーキビスト養成講座」から(2022/12/10記録) 掲載元:実践講座1:地域資料活用によるキュレーション講座[第1回]2023-02-02
12蚕種の里「上塩尻」(6)藤本蚕業歴史館とアーカイブサイト蚕種の里「上塩尻」(6)藤本蚕業歴史館とアーカイブサイト藤本蚕業アーカイブ(デジタル文書) ★藤本蚕業歴史館アーカイブ(史料目録) 藤本工業社屋2階に「藤本蚕業歴史館」が開設されています。2009年に開設されました。蚕種製造家だった旧佐藤宗家(藤本善右衛門)は1908年(明治41年)、企業体「藤本蚕業」に発展します。歴史館の建物は1927年、藤本蚕業の蚕室として建設された歴史的な建造物です。 同館は文書館(アーカイブス)と展示室(博物館相当)を併せ持つ複合的施設であることから「歴史館」と名付けられました。 見学は事前に予約が必要です。ただし常時、館内の見学、史料閲覧ができるよう『藤本蚕業アーカイブ』(次の2サイト)がインターネットに公開されています。2023-02-02
13蚕種の里「上塩尻」の歴史と文化遺産を未来へ(講演)2023/01/18蚕種の里「上塩尻」の歴史と文化遺産を未来へ(講演)2023/01/18長野県建築士会上小支部等合同新年会で上塩尻に関する講演をしました。 ★講演:蚕種の里「上塩尻」の歴史と文化遺産を未来へ YouTube/60分  前川道博(長野大学企業情報学部教授、藤本蚕業プロジェクト代表)  2023/01/18 会場:上田東急REIホテル 江戸時代から蚕種製造の中心地だった上塩尻は優れた蚕種製造家を輩出してきました。各家々で蚕種製造が営まれ、現在も数多くの蚕種製造民家が残っています。城下町や宿場町など江戸時代の面影を残す歴史的景観地区は全国に数多くありますが、「蚕種製造民家群」の織り成す歴史的景観は上塩尻にしかありません。その特異性、希少性はかけがえがありません。 私にとっても上塩尻の大切さを紹介するよい機会をいただきました。上塩尻の魅力の再発見につながれば幸2023-02-02
14蚕種の里「上塩尻まちあるき」①蚕種の里「上塩尻まちあるき」① 晴天に恵まれた11月26日(土)、藤本蚕業プロジェクト主催の「上塩尻まちあるき」が、30余名が参加して行われ、登録有形文化財「佐藤家」、藤本(佐藤宗家)蚕室、原久史氏宅(旧馬場籐四郎邸)、清水卓爾氏宅(旧清水喜左衛門邸)、東福寺檀家信徒会館(旧滝澤邸)、加賀藩お休み処(清水氏宅)、小岩井紬工房などを巡った。  案内役のプロジェクトメンバー、ゲストのマーティン・モリス先生(千葉大学名誉教授)のほかに、持ち主や地域の皆さんによる説明、普段は入ることができない邸宅の庭まで見学でき、時間を超過しての内容濃い町あるきとなった。  参加した方々は、気抜きのある蚕種製造民家が集中し、見事な石垣が北国街道沿いに築かれている町なみに、蚕種の生み出した富の豊かさを感得していた。  詳しくは、「2022-11-26
15佐藤家住宅・旧佐藤宗家県見学会②佐藤家住宅・旧佐藤宗家県見学会② 信大の勝俣先生は、蚕室特有のつくりについて、温度、湿度、光を蚕の生育や時季に合わせてどのように調節するかがポイントであると話され、佐藤宗家の蚕室には、ここで開発されたことが他の地域に広まったのか、他に学び積極的に取り入れたのか、明治中期の蚕室のつくりについて先駆的な工夫や設備が見られるとその一つ一つを示しながら説明してくださいました。  地元の山崎民子さんは、可愛い猫(面)瓦から蚕種製造にかけた塩尻の人々の願いが伝わってくるし、また、その思いを次代にも伝えていきたいと話されました。    藤本蚕業プロジェクトでは、11月26日に「蚕種の里『上塩尻』まちあるき」を計画しています。今回の講師の先生のお話の詳しい内容は、情報サイト『藤本蚕業アーカイブ』をご覧ください。  2022-10-29
16佐藤家住宅・旧佐藤宗家県見学会①佐藤家住宅・旧佐藤宗家県見学会① 10月29日、藤本蚕業プロジェクト(代表:長野大学前川先生)主催の見学会が行われました。  佐藤家住宅の国指定有形登録文化財登録にご尽力された信大の梅干野(ほやの)先生は、江戸時代中期に始まった蚕種製造業の発展に伴い、明治になって屋敷がどのように拡張、増改築されたか建物にふれながら話されました。江戸時代には、2室だった蚕室が、明治になって9室に増え、他にはあまり見られない消毒室まで設けられています。  石垣や土壁など地元の素材を使った蚕種製造民家が狭い地域に今も多数残る上塩尻の景観は、日本の原風景ともいうべきであり、その価値を今後も訴えていきたいとの熱い思いの伝わる話でした。2022-10-29
172009年開館当時の藤本蚕業歴史館2009年開館当時の藤本蚕業歴史館★写真:2009年10月蚕都上田プロジェクトが実施した見学ツアーの様子 上田市上塩尻に「藤本蚕業歴史館」が開館したのが2009年10月です。今年2022年、早いものでそれから13年近くが経ちます。日本一の蚕種(蚕の卵)の製造地だった上塩尻の中でも一番の中心的な蚕種製造企業だったのが「藤本蚕業」(現在の藤本工業の前身)です。藤本蚕業歴史館は藤本蚕業の蚕室を再利用して開設しました。同社所蔵の膨大な社内文書も保全されています。一般に馴染みがない「蚕種」や上塩尻の背景を知る上で欠かせない情報源となる施設です。 13年経過すると当時はご健在だった方もお亡くなりになった方やリタイアして活動から遠ざかられた方もいます。その時の記録が希少な記録となってきました。2022-08-31
18上塩尻蚕種製造民家群8 佐藤隆一邸①上塩尻蚕種製造民家群8 佐藤隆一邸①佐藤宗家「藤本」の分家にあたる。明治39年、祖父が、後継ぎがなく絶家となった分家筋のこの家を買い取った。天保9(1839)年に建てられたと記録があるが、総2階建で気抜き屋根(越屋根)が貫いていることから、明治以降建て直したのではないかと考えられる。2階の東側の壁には、卯建(うだつ)がある。卯建は、他に数軒みられるだけで珍しい。 昭和15~16年頃まで、2階を蚕室として利用してきた。代々、藤本蚕業株式会社の経営に携わっており、藤本宗家が昭和2年焼失したため、藤本関係の古文書を裏の土蔵に保管してきた。西側の奥には門があり、今は別の持ち主のものだが、隠居部屋となっていた。2022-06-18
19上塩尻蚕種製造民家群7 藤本蚕業株式会社⑤上塩尻蚕種製造民家群7 藤本蚕業株式会社⑤ 昭和期になると蚕種製造が近代化され冷蔵や消毒、人工ふ化室などの設備が必要となり、また、大規模化した製糸工場が、蚕種を自家製造するようになり、蚕種製造家も個人経営では対応が難しくなった。蚕種家も会社化、組合化が進み、「藤本」も藤本蚕業合名会社、藤本蚕業株式会社と経営を変え、昭和2(1927)年、扇状地の下の国道沿いの平地に大きな製造所を新築し、昭和41(1966)年まで蚕種製造を行った。現在は、藤本蚕業歴史館として江戸時代から昭和中期までの2万点余の資料や備品を保存・展示している。屋根に出ている煙突は換気設備2022-05-30
20上塩尻蚕種製造民家群6 佐藤宗家「藤本」の第一蚕室 ①上塩尻蚕種製造民家群6 佐藤宗家「藤本」の第一蚕室 ① 藤本とは、佐藤本家の意味で、江戸中期の寛文年間(1661年~1673年)より、蚕種製造をしてきた。代々、養蚕や蚕種製造技術の開発・向上・啓蒙に力を注ぎ、全国一の「蚕種の郷」の基礎を築いた。明治以降も蚕種の品質向上に努め、藤本蚕業合名会社をつくり、今に至る。この蚕室は、明治23年に西筑摩郡新開村の古畑源重源昌富によって建造された。2022-05-30
212019西部地域まちあるき:藤本蚕業歴史館2019西部地域まちあるき:藤本蚕業歴史館 2019年6月14日に行われた西部地域まちあるき(上塩尻)では、藤本蚕業歴史館を見学しました。 かつて「蚕都」と呼ばれた上田市の中で、蚕種製造の中心地だった上塩尻。そしてその総元締めであったのがこの藤本工業(藤本蚕種)です。 館内には資料だけではなく当時の備品等も保管されており、タイムスリップが可能であれば蚕種製造をしたいと思いました。2021-01-29
22Excellent上田、上塩尻見学:藤本蚕業歴史館Excellent上田、上塩尻見学:藤本蚕業歴史館2019/10/31、長野大学で私が担当する1年生の課題発見ゼミⅡ「Excellent上田」で、かつて蚕種製造の中心地だった上塩尻を訪れました。最初に訪れたのが藤本蚕業歴史館です。この建物は昭和初期、藤本蚕業の蚕種製造施設として建てられたものです。現在この建物の2階が文書・資料の保管所兼展示スペースとして使われています。 館内には1990年前半の上塩尻集落のミニチュア模型があります。上塩尻を俯瞰するのに役立ちます。 上塩尻の藤本は、代々当主が藤本善右衛門を名乗った蚕種製造家・佐藤本家を引き継いで明治期、企業となります。藤本蚕業歴史館には企業としての藤本蚕業の文書が多数残されているだけでなく、前身の佐藤本家の文書、資料も多数残されています。江戸期の藤本善右衛門保右が著した蚕書『蚕かひの学』の版木が残されて2020-12-19
23藤本蚕業歴史館藤本蚕業歴史館蚕業の資料などがあり、歴史を学ぶことができます。実際に繭玉に触れることもできます。2018-12-08
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