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登録リスト(該当:13件)

写真タイトル説明登録日
1和田峠トンネル和田峠トンネル雪の和田峠トンネル。2022-03-10
2旧和田峠トンネル工事関係の建物旧和田峠トンネル工事関係の建物旧和田峠トンネル工事関係のいろいろな建物。2022-03-10
3旧和田峠トンネル工事旧和田峠トンネル工事(旧)和田峠トンネルの掘削工事写真。 昭和5(1930)年10月、和田嶺開発協会が発足し、運動の結果、鉄道省運輸局の調査となり、昭和6(1931)年10月15日和田峠トンネル貫通、昭和8(1933)年1月完成。トンネル延長260m、スノーセット134m。 昭和8(1933)年3月上和田・上田間と、下諏訪・岡谷間が営業開始され、同年10月13日全線開通祝賀式が開催された。 写真(2枚目)中央仮橋上の小窓がトンネルの西口、その右肩の道路が明治29(1896)年の開削された新道(142号線)2020-08-02
4菅野温泉菅野温泉市街中心地にある区営温泉「菅野温泉」の入り口。表通り(国道142号線)からトンネルのような通路を経て湯に至るあたり、独特の雰囲気が漂う。坂の上にある財産区の浴場とは違って、第三区という平地部の地区が、近代製糸業が盛んになり始めた明治18(1885)年、財産区から湯をひいて、秋宮の参道・八幡坂の坂下に開設した。このあたり一帯を古くから友の町といい、昔は下諏訪宿の外れだったが、このころは町の北部地区を代表する商店街になっていた。2020-03-06
5新和田トンネル新和田トンネル大型連休で普段静かな峠の国道142号線も車の台数が増えていた。それでもピークの夏場には及ばない。新和田トンネル口。 令和4(2022)4月1日午前0時より無料になった。2020-03-06
6和田峠黒曜石採掘の跡和田峠黒曜石採掘の跡和田峠トンネル西口200m手前国道沿いの黒曜石採掘場。昭和23(1948)年頃の吉沢太七郎の旧抗を清水明氏が写す。工業用材としては昭和31(1956)年小野田セメント㈱がホシガトウ及び東餅屋で断熱材として、また昭和45(1970)年からフヨーライト㈱が和田トンネル西方で採掘して本社に搬出している。2020-03-06
7お花見新道の桜並木お花見新道の桜並木明治32~3(1899~1900)年ごろ桜が植えられたというお花見新道、そのお花のトンネルが大戦中に切り残された一部を写した写真。現在では一般的に「花見新道」と呼ばれる。2020-03-06
8バス開通式当日バス開通式当日昭和5(1930)年10月和田嶺開発協会が発足して運動の結果、昭和6(1931)年和田峠トンネル貫通、昭和8(1933)年3月上和田・丸子間と下諏訪・岡谷間が営業開始された。和田峠は難工事で昭和8(1933)10月8日試運転に成功して、昭和8(1933)年10月13日和田嶺省営バス全線開通祝賀式が慈雲寺において開催された。省営バス路線中日本最高の峠道を40人乗りバスで4往復した。2時間半の所要時間であった。所長は下諏訪駅長が兼務した。2020-03-06
9和田峠トンネル和田峠トンネル旧和田トンネル。2020-03-06
10和田峠トンネル和田峠トンネル和田トンネルが完成した。昭和5(1930)年10月和田嶺開発協会が発足運動の結果、鉄道省の路線調査となり、昭和6(1931)年10月15日和田峠トンネル開通、昭和8(1933)年1月に完成した。全線開通祝賀式は昭和8(1933)年10月3日。2020-03-06
11旧和田トンネル旧和田トンネル昭和8(1933)年1月開通の旧和田トンネル。当時日本一高い場所のトンネルとされていた。長さは260メートル。 これにより同年3月には省営バスが和田峠北線と南線で開通し、続いて同年10月には下諏訪・上和田間が開通した。2020-03-06
12国鉄バス下諏訪営業所開業三十周年記念写真国鉄バス下諏訪営業所開業三十周年記念写真下諏訪駅2階にあった国鉄バス下諏訪営業所開業三十周年記念写真。右端にはバス整備場があり、懐かしい型のバスも見える。和田峠のバス路線は昭和8(1933)年3月25日丸子町・上和田間(和田峠北線)、並びに下諏訪・岡谷間(南線)が開通。さらに和田峠トンネルが同年1月に完成。道路の改修工事を経て同年10月13日に全線開通祝賀式を慈雲寺において開催した。当時下諏訪・丸子間の所要時間は2時間半。省営バス路線中日本最高の峠路を40人乗りバスで4往復した。2020-03-06
13広瀬町町内会ハイキング広瀬町町内会ハイキング広瀬町町内会の八島ハイキングの際の記念写真。写っている人数と手持ちの番号旗から何台かのバスに分乗していったのか.それにしても、子どもたちの多さは今では考えられない。2020-03-06
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