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写真タイトル説明登録日
1「樋門」を新設する工事「樋門」を新設する工事湖へ注ぐ小河川(古川)の河口へ「樋門(ひもん)」を新設する工事。湖の洪水防止のため、護岸提を1mをかさ上げし、さらに川の河口へ樋門造り増水時に逆流するのを防ぐ工事という。将来は樋門へポンプを設ける計画というが、こうした不自然な治水計画に首を傾ける住民が多い。2020-03-06
2消防組組頭就任記念写真消防組組頭就任記念写真下諏訪各地区に私設消防組が置かれたのは明治20(1887)年、富部の若者組有志がポンプを購入してからのことである。その後、明治27(1894)年に町内を4区に分け「下諏訪組」が設置された。戦中の「警防団」を経て戦後、昭和22(1947)年に「消防団」となり活動内容の整備も行われた。写真の時は「組頭」が消防のトップで高木十吉氏は最後の「消防組頭」。(戦中は「警防団長」戦後は「消防団長」と呼ばれるようになった。)下諏訪巡査駐在所の前にて高木組頭就任記念写真。2020-03-06
3武居源湯武居源湯昭和38(1963)年4月21日噴湯した武居源湯。 昭和の初め頃から綿の湯の自然湧出が不可能となり、動力ポンプによって揚湯する状態になっていた。そこで下諏訪町が綿の湯源湯地から至近な武居地籍へ温泉の掘削を行った。この温泉の掘削の結果、綿の湯源湯に著しい減少の影響が現れ、武居温泉の揚湯是非の問題で町との談合の結果、武居温泉より綿の湯へ一定量を引湯することとなった。また昭和40(1965)年12月に竣工した「国民宿舎下諏訪観光会館・山王閣」にも引湯されていた。2020-03-06
4ガソリンポンプ車新調ガソリンポンプ車新調下の原で寄付金で購入したガソリンポンプ。大正7(1918)年10月27年、下諏訪町消防組で秋季演習のさい、森田式ガソリンポンプ(25馬力)新調の披露式を挙げる。諏訪地方最初のガソリンポンプであった。御田劇場の向かい合いに、ポンプ置き場を新築する。写真で見る下諏訪の百年には「組頭の伊藤玉蔵が中央に見えることから大正9(1920)年3月から11(1923)年5月の間のものであろう」と書かれている。 写真の裏書には大正15年12月15日と記録されている。2020-03-06
5第4分団消防役員記念写真第4分団消防役員記念写真旧4区屯所前。左側に手引きポンプが写っている。2020-03-06
6勤労奉仕勤労奉仕富部青年団神風社(しんぷうしゃ)秋の勤労奉仕、稲刈り作業 (富部千代田ポンプあたり)。2020-03-06
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