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写真タイトル説明登録日
1東山田行屋東山田行屋東山田の熊野神社参道の西側にあり、信仰を同じくする人が集まる修験の場であった。この項では、駒ケ岳、御岳、富士山、浅間山、大山など霊山が信仰されている。行屋の東に滝があって水垢離ができるようになっている。しばらく途絶えていた荒神様のお守りが復活し、正月には講の詩損に配られるようになった。 また行屋の前からは諏訪湖の眺望がすばらしく、さらに目をやると富士山、北岳、間ノ岳の日本の山・標高ベスト3を一度に眺めることができる。2022-03-19
2白鷺山白鷺山宝光院(敬愛社)の「お山」とされている。古くから修験の場で、古く山上の岩に不動の二字を刻んで本尊とし、安永6年に石尊大権現を還座したといわれる。のち高島藩家老千野家の庇護を受けながら白鷺稲荷大明神を祀ったり、文政9年(1826)には山の中腹に大日如来・阿弥陀如来・観世音菩薩を祀って熱心に修業したと伝わる。急峻な山道沿いにたくさんの神仏碑が祀られており、現在でも敬愛社の社員が御柱の年にこの白鷺山山頂で紫灯護摩が行われている。2021-06-23
3村祭り村祭り熊野神社の例大祭風景。鎮守の森に残る江戸時代の行屋(ぎょうや)の前庭で甘酒がふるまわれた。こ行屋は江戸時代の修験道で行者の修行の場所として建てられたもので熊野神社参道の西側にあった。この行屋は町指定の文化財となっている。 天気の良い日には、この行屋の前から日本の標高№1,2,3の山が見える。1番はもちろん富士山で3,776メートル、2番は南アルプス北岳3,193メートル、3番は同じく間ノ岳3190メートル(穂高岳と同じ標高)である。 №1116.1117.1118.1119は東山田の村祭り関係。2020-03-06
4修験道の初午祭修験道の初午祭修験道の初午(はつうま)大祭の様子。 江戸時代後期に入ると村々に講が生まれ、行屋が造られ行者(山伏)が活躍したという。その名残を伝えるのが宝光院敬愛社で宝暦4(1754)年に白鷺山に湯殿三山講として開講したのが始まりという。安永7(1778)年に羽黒山から宝光院の院号を受けている。明治に入っていろいろな弾圧、土地の没収に遭ったが活動は続き、大正8(1919)年には真言宗醍醐寺派の指導で敬愛者として結成し、翌年には現在地に道場を立てた。 初午が最大の祭りで護摩を焚いて家内安全などを祈る。2021-04-22
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