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登録リスト(該当:22件)

写真タイトル説明登録日
1下諏訪倉庫跡・西友下諏訪店下諏訪倉庫跡・西友下諏訪店大門通の「西友下諏訪店」。かつてはここに明治33(1890)年創業の「下諏訪倉庫(株)」が明治44(1911)年に建てた土蔵の繭蔵倉庫があり、製糸業を支えてきた。その後、繭のにおいの残る館内は、下諏訪倉庫創立関係資料・風乾(自然乾燥)当時の繭保管棚や選繭台・養蚕用具・昭和6(1931)年の見本繭や生糸・機織り機・三井組製糸場その他関連の古い写真などを展示している「下諏訪倉庫蚕糸博物館」となっていた。しかし今は写真のように大型スーパーに変貌し、時代の流れが大きく風景を変えてしまっている。2022-03-24
2武居桜武居桜諏訪大社秋宮の東、下諏訪向陽高校に向かう向陽坂の途中にある老桜。花は一重の淡紅色で鮮やかな名木で、町の天然記念物に指定されている。この桜を地元の人は「苗間桜」と呼び、春早く咲いて陽気木となり、苗間作りの目当てとされてきた。樹高およそ11mで、樹齢はおよそ300年とされている。日光博物館の久保田博士によるとエドヒガン、別名アズマヒガン・タチヒガンとされた。平成6年樹木医の指導の下外科手術をし、根元に施肥を行っている。さらに平成14年には銅板で覆って保護をしている。2021-02-23
3下諏訪町役場下諏訪町役場旧下諏訪町役場、公民館を経て、「諏訪湖オルゴール博物館奏鳴館」を経て 現在は「日本電産サンキョーオルゴール記念館・すわのね」になっている。2022-03-19
4大社通り大社通り大社通り「有賀商店」。手前の小路は「稲荷小路」。道向かいは諏訪湖オルゴール博物館奏鳴館(旧下諏訪町役場の地旧公民館、現在はオルゴール博物館すわのね)2020-03-06
5大社通り大社通り大社通り有賀商店。右隣は第一交通タクシー。2020-03-06
6専女八幡付近の景色専女八幡付近の景色右手にオルゴール博物館「すわのね}、正面奥に専女(とうめ)の欅。工事しているところは現在駐車場と土産物店(専女八幡)がある。№1528参照2020-03-06
7街かど博物館街かど博物館街かど博物館1号館の館内の展示。2020-03-06
8街かど博物館街かど博物館街かど博物館2号館の館内の展示。2020-03-06
9街かど博物館街かど博物館街かど博物館の看板。「街かど博物館」は平成3(1991)年4月1日から町づくりの推進、観光活性化の一環として1号館から3号館までオープンした新しいスタイルの博物館。令和2(2020)年1月現在も6箇所ある。①「駅と祭りの資料館」下諏訪駅、②「懐古もの物語」(二葉屋酒店)、③「花屋茂七」、④「古文書館・民芸館」(中村屋)、⑤「蔵」(原酒店)、⑥「風雅舎」(みなとや旅館)。2020-03-06
10諏訪湖の四ッ手網漁諏訪湖の四ッ手網漁諏訪湖の四ッ手網漁。諏訪湖畔で見られるようになったのは戦後のこと。昭和22(1947)年頃上諏訪で始まったようだ。四ッ手網漁は4-8月が好漁期で産卵期に魚が岸辺に寄る頃が良いとされている。近頃では諏訪湖博物館の前で見られるだけになった。2020-03-06
11下諏訪倉庫下諏訪倉庫大きな蚕庫から時代の流れで倉庫業に転進、倉庫の一部は蚕庫の遺品として博物館となっていたが取り壊されて、現在はスパーマーケット(西友)となった下諏訪倉庫。2020-03-06
12湖の至宝、美しい丸太舟湖の至宝、美しい丸太舟湖の至宝、丸太舟。(丸木舟のことを諏訪では丸太舟と呼ぶ。)古代からの「くり舟」の面影を伝える諏訪湖独特の漁舟。「天然のからまつの大木を二つ割りにして、内側をくりぬいたものを船側(ホテ)とし、真中で接いだからまつ板三枚並べの計六枚はぎの船底(シキ)を、特殊な船釘で縫い合わせた造り。ホテが重くて安定性があり、シキのそりに加えてシキに樋型(ヤエン)があるので操縦しやすく、高波にも波負けしない。天候が急変することが多い諏訪湖で、夜間の出漁も多い漁師たちは、ほとんどの者がこの丸太舟を使ってきた。」と諏訪湖の漁具研究家・小林茂樹さんは書いている。湖の至宝ともいえる丸木舟だが、この船を造れる舟大工はもういない。からまつの巨材が得られなくなってからは、ホテの上端へ、ワノセ(上乗せ)と称する板2021-04-15
13旧中川旅館旧中川旅館旅籠や中川家の欅の角柱。馬のたづなを繫ぐ金の輪。この角柱は現在町博物館にて保管。2020-03-06
14旧中川旅館旧中川旅館下諏訪宿の昔姿として残された最後の旅籠屋中川家。出粱造りやそれを支える欅の角柱が見える。この角柱には馬の手綱をつないだという金の輪がそのままになっていたといい、現在は下諏訪博物館に保管されている。 昭和51(1976)年建物は取り壊されいる。2020-03-06
15博物館博物館昭和46(1971)年4月1日高浜湾岸に鉄筋コンクリート二階建ての下諏訪町立博物館が開館。諏訪湖の漁具、先史時代から現代までの歴史資料が展示、二号館にはスケート及び民具を展示していた。2020-03-06
16博物館博物館昭和27(1952)年7月21日、神社と共用の博物館が、諏訪大社下社秋宮の神饌所を借用してできる。写真中央が当時の下諏訪博物館。歴代館長は昭和25(1950)年5月矢ケ崎輝雄・同29(1954)年6月三輪良三・同47(1972)年4月小口利市。写真左は昭和38(1963)年に建設された下社宝物殿。中央が下諏訪博物館で右はお守り札の授与所である。2020-03-06
17西高木より諏訪湖を望む西高木より諏訪湖を望む西高木から望む諏訪湖(現諏訪湖博物館辺り)。後ろにスペアータイヤを積んだボンネットバスが2台見える。2020-03-06
18諏訪湖畔諏訪湖畔現博物館(裏手)を国道側から見たところ。2020-03-06
19諏訪湖畔諏訪湖畔諏訪湖畔。現在の諏訪湖博物館付近の風景。2020-03-06
20旧下諏訪町役場旧下諏訪町役場大正14(1925)年7月18日大社通りに移転した旧下諏訪町役場。現在は日本電産サンキョーオルゴール館として利用されている。役場庁舎は昭和45(1970)年にさらに西鷹野町の現庁舎へ新築再移転している。2020-03-06
21旧下諏訪町役場棟上旧下諏訪町役場棟上明治7(1974)年に下諏訪村成立した。旧本陣、下諏訪学校、来迎寺と仮役場を移転し青塚東方に新役場ができた。さらに大正14(1925)年7月18日大社通りに移転した旧下諏訪町役場。博物館の写真では、大正13(1924)年11月25日検査執行となっている。落成は翌大正14(1925)年7月18日である。2020-03-06
22中川旅館中川旅館下諏訪宿最後の旅籠中川旅館、道に面して大きな柱(離れ柱)があり牛馬を繫ぐ鉄輪がうたれていた。(現在、柱は下諏訪博物館に保存)「中川治朗」と書かれた看板、その左右に「まねき」とよばれる、30㎝×50cmの布旗かけられている。御嶽講のまねきが目立つが、他の講社のものも見える。下諏訪宿の昔の姿をとどめていた中川旅館も昭和51(1976)年3月取り壊されてしまった。「下諏訪の歴史」の中に旅籠の中の様子が分かる資料がある。2020-03-06
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