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写真タイトル説明登録日
1移動販売車とくし丸移動販売車とくし丸高齢化が進んできたり、商店の大型化などで地域を支えてきた小規模な商店が減少し、自宅近くで買い物が不自由になってきた地域(買物難民などと呼ばれたりする)のために、「自動車による移動販売車」が登場してきた。写真は下諏訪町南四王の駐車場で毎週時間を決めて移動販売に来る「とくし丸」の風景である。写真のとくし丸は地域のスーパーの商品(主にし生鮮食料品や日用雑貨)を扱っている。お米など車にないものは注文をしておくと後日配達してくれる。下諏訪町南四王に来る移動スーパーとくし丸は岡谷生鮮市場と提携している。2022-03-24
2特急あずさ特急あずさJRの下諏訪駅。岡谷方面からの撮影。 あずさ、スーパーあずさ、SLが駅の構内に停車している様子。2021-12-26
3西大路口交差点バイパス接続工事西大路口交差点バイパス接続工事西大路が国道20号線と交差する場所(国道20号西大路口信号交差点)の工事風景である。当面は混雑緩和と歩行者の安全確保を目的とした交差点改良工事だが、将来の国道20号下諏訪・岡谷バイパスと現国道とを接続するアクセス道路の起点となる計画があり、完成すれば車の流れが大きく変貌するポイントになる場所と思われる。2022-03-19
4令和3年のジャスコ通り令和3年のジャスコ通り南四王付近から諏訪市方面を望む令和3(2021)年のジャスコ通り(県道岡谷・下諏訪線)。通りの名前になっていた「ジャスコ諏訪店」も「イオン」と名前が代わり、令和になって建て替え工事が始まり、令和3(2021)年6月現在は跡地が更地となっている。 写真右側にはかつて「南信カローラ」の販売店があったが、これも令和に入って建て替えが行われ「NTPトヨタ信州下諏訪店」として新装オープンした。道路左側には書店などがあったが、現在は「ガスト下諏訪店」や「メディアワールド下諏訪店」などが営業している。 町内でも変化の激しい地域である。2021-08-03
5下諏訪上空(西赤砂付近)下諏訪上空(西赤砂付近)赤砂上空から西赤砂(砥川右岸)を撮影していると思われる。写真右上に鷹の橋と砥川が見える。中央(写真右上から左下へ)を走る道の北側(写真上方)には田んぼが広がっているが、現在は一般県道岡谷・下諏訪線が東西に、西大路通りが南北に新しく開設されている。西大路通りは写真のほぼ中央やや上あたり、現在の西赤砂信号まで整備され、地域の景観はずいぶん変化している。なお、十四瀬川が写真左上から道路を横切って右下に流れている。写真では黒っぽく筋のように見えている。また、写真左上や右下にリンゴ園と思われる果樹園らしき景観も確認できる。2021-04-18
6山出し山出し昭和37年諏訪大社下社御柱祭。 御柱祭山出しの風景、萩倉の村中を曳行中。 法被に「岡谷」の染め抜きがある。2021-05-03
7山出し山出し昭和37年御柱。 山出し風景と思われるが、場所等詳細は不明。 法被の背中に「岡谷」とある。2021-05-03
8旧和田峠トンネル工事旧和田峠トンネル工事(旧)和田峠トンネルの掘削工事写真。 昭和5(1930)年10月、和田嶺開発協会が発足し、運動の結果、鉄道省運輸局の調査となり、昭和6(1931)年10月15日和田峠トンネル貫通、昭和8(1933)年1月完成。トンネル延長260m、スノーセット134m。 昭和8(1933)年3月上和田・上田間と、下諏訪・岡谷間が営業開始され、同年10月13日全線開通祝賀式が開催された。 写真(2枚目)中央仮橋上の小窓がトンネルの西口、その右肩の道路が明治29(1896)年の開削された新道(142号線)2020-08-02
9吉田養蚕伝習場吉田養蚕伝習場「吉田養蠶(蚕)傳(伝)習場」の看板がある。 岡谷市史中巻には「明治18(1885)年政府が蚕糸業組合の設立を令し、諏訪郡には蚕種・生糸の検査を行うことを主として「諏訪蚕糸業組合」が結成され、養蚕技術の普及向上にも努め上諏訪に養蚕伝習所を設けた」旨のことが書かれているが、この写真の詳細は不明である。2021-12-26
10木落し木落し木落直前の様子。 ハッピに「岡谷」の文字が見える、岡谷地区担当の柱。2022-06-09
11建御柱建御柱建御柱。背中に「岡谷」の文字が見えるので秋宮三の建御柱と思われるが詳細不明。2021-12-26
12岡谷中学スケート部岡谷中学スケート部昭和22(1947)年から始まったスケートの県高校選手権では岡谷南高校が岡谷中学時代から9連覇を達成している。写真は岡谷市体育協会史には「第2回県下中学スケート大会に優勝した岡谷中学(現岡谷南高)」と紹介されている。長野県スケート連盟史には、後列左から2人目が中島信一、右隣が増沢政幸と紹介されていて当時の主力選手であった。2021-12-18
13野球大会出場前日野球大会出場前日諏訪中学校野球部主催の郡下の野球大会が毎年春秋二季行われ、小学生ばかりではなく父兄も町村の人々もその勝敗に熱中した。諏訪中の校庭に集まるのは全郡下のほとんどの小学校で学校の規模の大小を問わず各1チームを編成して参加した。長い伝統に輝く大会だった。岡谷や川岸の小学校もみな歩いて行った。下諏訪からも往復三里も遠しとせずに応援に出かけたという。2020-03-06
14鯉の養殖鯉の養殖網イケスによる鯉の養殖は、諏訪湖漁業振興事業のひとつとして県水産指導所で昭和35(1960)年より「採る漁業から育てる漁業へ」と研究を進めてきたもので昭和39(1964)年に26面の網いけすで事業化した。その後、湊・豊浜区・渋崎・岡谷へと広がっていった。2021-04-01
15高林選手高林選手高林清高選手。岡谷工業学校時代は戦争中で活躍の場はなかったが明治大学に進んでから日本を代表するスプリンターとなる。日本選手権では500mに3連覇。オリンピックで6位入賞を果たした。昭和29(1954)年日本初世界選手権札幌大会では銅メダルを獲得した。2020-03-06
16岡谷製糸岡谷製糸岡谷製糸業(御田川製糸場)建物外観。明治16(1883)年岡谷市の小口善重が下の原中村平助製糸の休業のあとへ御田川製糸場を開業、大規模な繰業で「大器械」とも呼ばれ、二階建ての事務所に望楼を載せ村人はホテルとも呼んだとされるものとも推測できる。2020-03-06
17製糸工場製糸工場岡谷。製糸関係の建物。2020-03-06
18下諏訪駅下諏訪駅明治38年11月25日、中央東線が富士見駅から、岡谷駅まで開通する。この時、鉄道開通祝賀式挙行の案内状が、22日鉄道開通式委員総代小口友亀の名で発送され、25日午後1時10分下諏訪停車場構内で、祝賀式が挙行され、終わって有志の園遊会があった。写真前列の中央が、小口友亀氏である。下諏訪駅前での記念撮影。2020-03-06
19御柱祭御柱祭御柱祭、多くの長持ちが見える、後ろ向きの男性の法被に岡谷の文字が見える。2020-03-06
20御柱祭御柱祭御柱祭。「オーシャンウイスキー」「たばこ」の看板、バスには「岡谷駅」の文字も見える。後ろ姿の男性の法被に「岡谷」の文字。服装はみな洋装、和服は少し年齢の高い女性が着ている。2020-03-06
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