キーワードで探す
並び替え:

登録リスト(該当:86件)

写真タイトル説明登録日
1航空写真 四王上空航空写真 四王上空写真中央を右から左へ中央東線が走っている。左端が下諏訪駅。右上に弧を描いて走る道路は国道20号線。写真中央鉄道線路の下を横切っているのは、四王ガードで線路北から諏訪湖に向かう道路(古川通)である。写真では家が立ち並んでいるが、四王ガードより南側(写真下側)はかつては田んぼや諏訪湖畔の低湿地が広がっていた。また、写真右下の工場は大和電機である。2021-04-18
2みどり幼稚園みどり幼稚園下諏訪協会では戦前の昭和10(1925)年から文部省公認下諏訪幼稚園として経営していたが、戦時中は下諏訪町保育所に吸収され、園舎は軍工場に使用されていた。戦後は昭和26(1951)年仮免許で再び幼稚園を始め、翌27(1952)年文部省管轄下にある教育施設として、県知事の認可を得て「みどり幼稚園」と改名した。この年平成2(1990)年は戦後の幼稚園開園から40年目にあたる。園舎の軒に「開園記念バザー」の幕も見える。2020-09-08
3笠原製糸工場笠原製糸工場(屋号 山二)笠原製糸工場表彰式。 経営者の名前を下諏訪町誌から探すと、笠原亀蔵の経営する製糸場が明治23(1890)年に開業している。2020-09-05
4製糸業製糸業製糸製造、工場内の風景。2022-01-18
5戦時中の開所式戦時中の開所式何の開所式化は不明だが、参加者の服装や式次第の中に「宮城遥拝」「大詔奉読」「廠長」という文字があることから、戦時中、それもかなり戦局悪化の頃の軍需品関係を製造・修理した工場の開所式の写真と思われる。2022-06-09
6製糸工場の面影製糸工場の面影「小湯の上」の明治初期の製糸工場の面影伝える廃屋。下諏訪本陣の家が明治10(1876)年創業した岩波製糸場の事務所(現存・2019年現在)だった建物。寄せ棟、洋風板壁で文明開化を表現したデザインだったに違いない。この工場、製糸業の激し変換の中で早々に閉鎖となったらしく、明治26(1893)年の下諏訪機械製糸工場一覧にはその名は見えない。板塀の中に座繰糸工場があった。 背景の樹木は下社秋宮の森、道の左手は秋宮スケートリンク。2021-04-21
7荷馬車荷馬車この写真は和田峠を越えて戦後の買出し風景。荷馬車で荷を運搬、荷車の端に信号が写っている。また、はっぴの襟に高木石工場の文字が読める。2020-03-06
8下諏訪町上空下諏訪町上空写真中央の白く輝く屋根は荻原製作所(昭和42(1967)年に下諏訪町に移転してきた本社工場、平成29(2017)年に伊那市へ移転。その右にはひかり味噌、左上にジャスコ(イオン)、右上には諏訪湖、右下すみに野球場・陸上競技場が見える。2020-03-06
9精密機械工業精密機械工業工場内の作業風景。2020-03-06
10丸六製糸丸六製糸丸六※製糸(片倉兼太郎)。湯田新町(旧ヤシカ跡・現ムトー工業)片倉組製糸の下諏訪製糸所。明治18(1885)年創業の井上善次郎工場を買収して、明治32(1899)年に創業、昭和18(1943)年軍需工場となり、昭和23(1948)年再開するも昭和30(1955)年ヤシカとなる。現在はムトー工業となっている。  2020-03-06
11製糸工場製糸工場堀内忠夫氏の製糸場。中央通り旧湖北工業跡、現フレール隣、大正8(1919)年創業の角ヤ※小口組製糸工場が昭和6(1931)年の大恐慌で倒産、その後青木村出身の堀内忠夫氏(後の町議会議長・商工会議所会頭)が引き継ぐが、昭和32(1957)年廃業。№1287と同じ写真。 2020-03-06
12白鶴社三井製糸白鶴社三井製糸白鶴社三井製糸。久保山王台下現三井範義氏宅下大東社を経て信濃蚕業(現イングスシナノ)分工場となる。右奥には若宮神社の森、手前広場は既に三井製糸工場撤去の後。2020-03-06
13昭栄製糸昭栄製糸明治42(1909)年創業の昭栄製糸(小口竹吾)。昭和3(1928)年当時743釜。大正9(1920)年第一次大戦後の恐慌、大正12(1923)年関東大震災、昭和4・5年世界的大恐慌等が製糸業へ大打撃を与える。やがて山十組は破綻、営業の継続を依頼会社整理の抵当権者(安田銀行)がバックアップ、昭和6(1931)年山十※組下諏訪製糸が昭栄製糸となった。その後、昭和32(1957)年、下諏訪町の工場誘致により跡地に三協精機(現日本電産サンキョー)が上諏訪より誘致された。 煙突と煙突の間の森は下社秋宮。2021-04-01
14四王製糸場四王製糸場大正7(1918)年創業した入一組山二製糸場。昭和3(1928)年当時410釜。大正12(1923)年南四王(現イオン跡地)に四王製糸場(入一※組分工場)として建設後に昭栄製糸場となる。現在のイオン下諏訪店の位置にあった。2021-04-01
15製糸工場製糸工場岡谷。製糸関係の建物。2020-03-06
16製糸工場製糸工場天竜川畔製糸工場群。2020-03-06
17昔の岡谷昔の岡谷昔の岡谷。前列の女性たちの袴のすそに白線二本がある。この二本線の入った袴について、今井久雄著「村の歳時記(三)」には、「工場の準制服ともなっていて」という記述があり、さらに「この袴をはく娘は寄宿舎の部屋長や養成工の教婦など指導的立場にいる娘たち」と書かれている。写真には説明がないのではっきりしないが、この本の記述は参考にできると思われる。2020-03-06
18売り工場売り工場昔の岡谷。売り工場「売り(貸)工場、土地9.938坪・建物4.196坪、お問い合わせの方は当事務所までお出で下い」と書かれた看板。壁の向こうは、満開の桜。2020-03-06
19繭籠の垣根のある風景繭籠の垣根のある風景繭籠で作った垣根(当時繁盛していた製糸工場の県外より生繭を輸送する繭籠で囲いの塀にしたもの)のある風景。2020-03-06
20岡谷市街地を望む岡谷市街地を望む昔の岡谷の市街地と製糸工場。諏訪湖と天竜川が見え、岡谷の市街地には黒い煙をあげる煙突が林立し、間に繭倉も見える。撮影は山手町の高台あたりからか、山の斜面は桑の木で埋め尽くされている。2020-03-06
地図で見る

キーワード

ログイン トップページへ