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登録リスト(該当:85件)

写真タイトル説明登録日
1若宮源湯と湯神碑若宮源湯と湯神碑戦後上総(かずさ)掘り方式で昭和38(1963)年八月に自噴、「若宮源湯」と命名。地域の発展と福祉の向上をうたって、昭和39(1964)年6月「富部温泉」ができた。この碑を祀り繁栄を祈った。温泉は第十区の区有温泉として広く利用されていたが、平成19(2007)年3月末に廃業した。2021-12-23
2社中学校社中学校昭和57年(1982年)4月に下諏訪中学校から分かれて開校した下諏訪社中学校。眼下に諏訪湖を望み、遥かに南アルプスと霊峰富士を望める望湖台に建つ。 「絆」を建学の精神とし、学校教育目標「強く、賢く、頼もしく」(平成23年度改定) を掲げている。2022-03-19
3伏見屋邸伏見屋邸明治初期に建てられた中村家がいを営んだ家で、屋号を「伏見屋」という。部屋数も多く柱も太く造作も豪華である。この頃当主は下ノ原で最初に器械製糸を操業している。平成22年度に復元修理工事をし当時の面影を取り戻した。現在は旧中山道を歩く人の休憩所や、伏見屋邸サポート倶楽部など地域の活動の拠点として利用されている。2022-03-19
4三区津島神社三区津島神社平成元年の三区青雲館の祭りの様子が紹介されている。ここは昔行屋があった所で、諏訪八十八カ所の第五十四番札所にあたり、青雲閣とよばれていた。明治初期は集会場として使われていたが、明治26(1893)年に青雲館を建て、当時としては大変大きな集会場であった。その青雲館の南横にこの津島神社が祀られている。同じ敷地内には菩薩立像や大威徳天神碑、武井半嶽紀徳碑などが置かれている。2022-03-19
5下諏訪総合文化センター下諏訪総合文化センター県文化公園整備事業を原村と二分し平成元年に建設。この中に教育委員会事務局・文化センター・公民館・勤労青少年ホームの諸施設を置いている。町独自の文化活動のほか多くの人々の文化事業にも活用され、生涯学習センター的な役割も持っている。2021-08-03
6十四瀬川河口十四瀬川河口十四瀬川の河口付近。№662の昭和40年代の承知川河口の写真、平成元年の№996や№1089の写真などと比較してご覧いただきたい。2021-06-09
7下諏訪港下諏訪港利用が減少した下諏訪港。平成元年の諏訪湖開きの時の下諏訪港の華やかさ(№943)と比較してほしい。近年はワカサギ釣りの穴場として釣り人に人気の場所でもあったが、令和に入ってからは立ち入り禁止になっている。2021-06-23
8下諏訪駅と駅前通り下諏訪駅と駅前通り平成30年代の下諏訪駅と駅前通りの様子。№393,394,756,1752など、昔の駅舎や駅前通りの様子と比べてみていただきたい。駅舎は二階建てになり、駅前の看板は簡素になって時間の隔たりを感じることが出きる。2021-06-23
9武居桜武居桜諏訪大社秋宮の東、下諏訪向陽高校に向かう向陽坂の途中にある老桜。花は一重の淡紅色で鮮やかな名木で、町の天然記念物に指定されている。この桜を地元の人は「苗間桜」と呼び、春早く咲いて陽気木となり、苗間作りの目当てとされてきた。樹高およそ11mで、樹齢はおよそ300年とされている。日光博物館の久保田博士によるとエドヒガン、別名アズマヒガン・タチヒガンとされた。平成6年樹木医の指導の下外科手術をし、根元に施肥を行っている。さらに平成14年には銅板で覆って保護をしている。2021-02-23
10土砂崩れ土砂崩れ平成18(2006)年7月19日未明の豪雨災害。2020-09-09
11土砂に埋もれた線路土砂に埋もれた線路平成18(2006)年7月19日未明の豪雨災害。 承知川の氾濫による土石流で埋まった中央東線の線路。 この写真では水はだいぶ引いているように見える。2020-09-09
12氾濫した承知川(国道上)氾濫した承知川(国道上)平成18年7月19日未明の豪雨災害。 大量の土砂と濁流が承知川沿いの道路も埋め尽くした。2020-09-09
13氾濫した承知川(線路付近)氾濫した承知川(線路付近)平成18(2006)年7月19日未明の豪雨災害。 承知川の濁流が国道20号を渡り、JR線の鉄橋に達した。 写真2・3枚目は土のうを積みあふれ出た水を川に戻している。2020-09-09
14濁流、国道を渡る濁流、国道を渡る平成18(2006)年7月19日未明の豪雨災害。 氾濫した承知川の濁流が線路を渡り、南小学校付近の道路方面に流れている。 正面に見えるのは有賀商店(現在は駐車場になっている)2020-09-09
15承知川の氾濫承知川の氾濫平成18(2006)年7月19日未明の豪雨災害。 承知川がはんらん、濁流が道路まであふれ出し、川沿いの民家を襲った。車も濁流に流されている。2020-09-09
16冠水した線路冠水した線路平成18(2006)年7月19日未明の豪雨災害。 大和電機工業㈱前のJR線路内が冠水。 承知川のはんらんで国道20号線を超えた水が一気にJRの線路へ流れ込み、数百メートル離れたイングスシナノ付近から側道に流れ出た。このためポイントが故障し、下諏訪中学校下の甲州第三踏切は遮断機が下がったままの状態になった。2020-09-09
17北四王ガード下の冠水北四王ガード下の冠水平成18(2006)年7月19日未明の豪雨災害。 冠水した四王のガード下。2020-09-09
18オオワシオオワシ「オオワシ」タカ科 全長92cm 翼開長220cm オオワシは日本で一番大きなワシ。 平成11年1月4日諏訪湖で保護され49日間の手厚い介護により体力を回復し、同年2月21日放鳥以後19季連続で諏訪湖へ越冬に飛来。冬の風物詩として「グル」の愛称で大勢の方に親しまれた。2021-03-04
19阿木翁助氏阿木翁助氏昭和6(1931)年に旧制諏訪中学を卒業(同期生に新田次郎氏)、上京し新聞配りをしながら築地小劇場研究所に学び、小林多喜二労農葬の名目上の実行委員長を務めた歴史の証人でもある。ムーランルージュや新生新派などの大衆演劇で活躍。戦後は菊田一夫氏とともに連続ラジオドラマの脚本家としても鳴らした。当時は日本放送作家協会理事の現職にあった。阿木氏はこの日から二ヶ月後の8月25日、癌研究附属病院で年肺がん切除の手術を受けた。平成14(2002)年に没。なお昭和52(1977)年に紫綬褒章受賞。本名は安達鉄翁。下諏訪生まれ。写真の阿木氏は何歳ごろのものか不明。2021-11-13
20みどり幼稚園みどり幼稚園下諏訪協会では戦前の昭和10(1925)年から文部省公認下諏訪幼稚園として経営していたが、戦時中は下諏訪町保育所に吸収され、園舎は軍工場に使用されていた。戦後は昭和26(1951)年仮免許で再び幼稚園を始め、翌27(1952)年文部省管轄下にある教育施設として、県知事の認可を得て「みどり幼稚園」と改名した。この年平成2(1990)年は戦後の幼稚園開園から40年目にあたる。園舎の軒に「開園記念バザー」の幕も見える。2020-09-08
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