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写真タイトル説明登録日
1御騎馬行列の豆人形御騎馬行列の豆人形この作品は御柱祭里曳の神賑わいのパレードで披露される騎馬行列を再現した豆人形です。人形は2013年に他界した故田中とくさん(下諏訪町富士見町)の作品です。旧制高等女学校で手芸などを学び、若かりし頃の恩師の教えを受けて製作。人形は15~20cmほどの大きさ、「騎馬大将」「曲傘」「草履取り」「先ほこ」「旗持ち」「長持ち」など38体が並んでいます。2022-04-20
2片倉製糸の運動会片倉製糸の運動会昭和10年頃の写真で、片倉製糸の運動会と記録されている。写真右下のオルガンに合わせて若い女性(女工)が裸足で集団演技をしている。万国旗の中心に飛行機の模型がつるされ、垂れ幕には「皇国興廃此一戦在女□□子一層奮励努力せよ」(日露戦争の時の日本海海戦時のスローガンをもじっている)と書かれ、戦時色が色濃く出ている。2022-06-09
3御騎馬御騎馬御騎馬が町内を分散してお披露目に回る様子。 「御騎馬第三班」の文字の旗。2022-06-09
4記念写真記念写真旭日旗・国旗が見え、服装(軍服・国民服)などから戦争中の写真では?詳細不明。2021-12-18
5町制施行100周年事業町制施行100周年事業「八島太鼓」「南無諏訪南宮法性上下大明神」の旗。No.1444の写真と同じ場所、同じ事業の会場と思われるが、場所や内容などは不明。2020-03-06
6町制施行100周年事業町制施行100周年事業町制施行100周年記念下諏訪町植樹祭の垂れ幕と下諏訪北小学校の旗が見える。町の理事者(高木町長など)の姿も見える。下諏訪北小学校には「みどりの少年団」があり「アマゴの放流」など自然環境について学ぶ学習が行われている。2020-03-06
7諏訪湖のスケート風景諏訪湖のスケート風景諏訪湖のスケート 諏訪中(旧制)の生徒か? 古田明氏寄贈2020-03-06
8出征兵士を送る出征兵士を送る出征兵士を送る下諏訪駅の風景。2020-03-06
9御柱祭御柱祭御柱祭。里曳きの長持衆。2020-03-06
10御柱祭御柱祭御柱祭の風景。2020-03-06
11お舟祭りお舟祭りお舟祭の風景。右手の建物に旗がたち長持ちや和服姿の人が見える。2020-03-06
12お舟祭りお舟祭りお舟祭。春宮下馬橋より少し下がったあたりを曳いている。(写真)左上に下馬橋の屋根が見える。曳き綱の先の細い綱が氏子の人々の間から見える。当時の人々の服装がよくわかる。2020-03-06
13出征兵士を送る出征兵士を送る秋宮境内、沢山の幟旗が立つ、出征兵士を送る光景。15年戦争(満州事変・日中戦争・太平洋戦争)で戦死した町民は533名と記録がある。(町政要覧より)2020-03-06
14魁塚魁塚赤報隊幹部処刑の地、魁塚。慶応4(1868)年、江戸城後略の「官軍先鋒嚮導(きょうどう)隊」の旗を掲げて下諏訪宿入りした「官軍赤報隊」は東山道軍総督から偽官軍の烙印を押され、捕らえられた相楽総三ら幹部8人は3月3日、下諏訪宿外れの「はっつけ田」で斬首された。 魁塚正面中央の碑が相楽以下8人の墓碑、向かって左に渋谷総司贈従五位の碑、その隣が追分坂本で戦死した金原忠蔵ら4人の招魂碑。中央墓碑に向かった右が相楽総三贈正五位の碑、その右が高島藩で勤王の先駆をなした石城(いしがき)東山の招魂碑。地元の相楽会を中心に毎年4月第一日曜日に供養祭を行っている。2020-03-06
15大喪の礼の日の飲食店大喪の礼の日の飲食店昭和天皇の大喪の礼、弔旗をかかげて料理店「うな富」この日飲食店の」大半が休業したため夜の街はひっそりしていた。2020-03-06
16小路の奥にも製糸の名残小路の奥にも製糸の名残右手は昭和34・35年頃まで操業していた「ヤマカ河西製糸所」の再繰部の建物。三協精機の創業者が、昭和23(1948)年の暮れ、この工場の一部を借り受け、旋盤機などをすえつけて旗揚げを図ったが、操業開始の前夜工場を焼失、やむなく諏訪市へ工場を移して創業したというエピソードがある。2021-04-13
17大喪の礼の日の飲食店大喪の礼の日の飲食店昭和天皇の大喪の礼の日の飲食店。弔旗をかかげて休業した料理店「うな富」。この日飲食店の」大半が休業したため、夜の街はひっそりしていた。2020-03-06
18河西製糸所河西製糸所小路の奥に製糸の名残り。昭和34(1959)・35年ころまで操業していた「ヤマカ社河西製糸所」の建物。三協精機の創業者が、昭和23(1958)年の暮れ、この工場の一部を借り受け、旋盤機などをすえつけて旗揚げを図ったが、操業開始の前夜工場を焼失、やむなく諏訪市へ工場を移して創業したというエピソードがあると「諏訪湖の町の平成元年」に紹介されている。2021-04-04
19翼賛壮年団(大社)参拝翼賛壮年団(大社)参拝のぼり端には諏訪郡内各町村の「翼賛壮年団」と書かれている。大日本翼賛壮年団は大政翼賛会の傘下団体の一つで昭和17(1942)年1月に結成された。各地区の若者組を退会した壮年団(組)が地域の行政にかかわる活動をしていたというがその活動は詳らかではない。その後戦時体制下にあっては戦争協力の会(大政翼賛会)として活動したところが多いという。写真は秋宮幣拝殿前と思われる。2020-03-06
20御柱山出し御柱山出し山出し記念写真。法被は「下諏訪消防組」。右後列には「救護、下諏訪消防組」の旗がある。「秋宮四之御柱」の前での撮影。柱の並んでいる様子から山出しの最終日の注連掛と思われる。2020-03-06
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