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登録リスト(該当:16件)

写真タイトル説明登録日
1春宮神楽殿に新調大注連縄春宮神楽殿に新調大注連縄下諏訪町第一区の若者を中心とした有志でつくる春遊会(中村智彦会長)は12月19日、諏訪大社下社春宮に新調した大注連縄を奉納した。同会が奉納するのは5回目で、会員は約30人。以前は総区内の中高年有志でつくる「浮島会」が制作を担っていたが、1997年から春遊会が引き継いだ。製作は春宮駐車場の一角の作業テントで10月31日から開始していた。長さは約6,3m、重さ約350kg。稲わらは約700束が使われた。2022-03-13
2諏訪大社下社秋宮諏訪大社下社秋宮諏訪大社秋宮の現存する最古の写真。日露戦争に出征する人々の戦勝祈願の幟がはためく。当時の狛犬の姿はなく、現在のような大きな注連縄もない。2021-12-26
3諏訪大社下社秋宮諏訪大社下社秋宮帰ってきた狛犬。間組の神部満之助社長が黒四ダムの起工と佐久間ダムの竣工の報告に訪れ「天竜川の源流でもある諏訪湖のほとりにある諏訪大社に是非寄進したい」と奉納された。神社の案内板によると青銅製の狛犬としては日本一だという。また大注連縄も立派に奉納されている。現在の姿が整った秋宮神楽殿である。 狛犬再建については547参照。大注連縄奉納については48参照。2021-12-26
4諏訪大社下社秋宮諏訪大社下社秋宮狛犬も戦争に行った?昭和5年清水多嘉示氏政策の狛犬は銅製のため戦争中の金属回収の国策により戦地へ供出され、主のない台座が見られるのみとなった。またこの写真には、神楽殿に戦後奉納されるようになる大注連縄はもちろんまだない。2021-12-26
5大注連縄奉献大注連縄奉献戦後「日本第一大軍神」の大額が外された諏訪大社下社神楽殿。 「これでは寂しい」と地元有志が出雲大社の大注連縄保存会に指導を受け、初めて奉献したのが昭和24(1949)年。その後昭和54(1979)年まで途絶えていた。昭和54(1979)年と昭和60(1985)年に、出雲大社拝殿に大注連縄を奉献している島根県雲南市の須賀注連縄保存会の役員を迎え、御柱祭の前年に大注連縄作りの指導を受けた。 写真は昭和60(1985)年、御柱祭の新たな行事として定着させようと奉献会(約40人)が作った下社秋宮神楽殿の大注連縄奉納の時の記念写真。2021-12-18
6秋宮境内秋宮境内秋宮境内での撮影。 後方に菊花展を行っている様子が見える。 大注連縄ははすした後か(色が灰色がかっている)。2021-12-18
7諏訪大社秋宮諏訪大社秋宮諏訪大社下社神楽殿。 大注連縄に赤い提灯が飾り付けられている。 神楽殿横を歩く御田植祭りの早乙女と思われる姿が見え、周りに参拝客や観光客の姿が多数見える。2021-12-18
8諏訪大社秋宮諏訪大社秋宮神楽殿に大注連縄がない、社務所は現在と同じ、参道の階段は整備済み、東郷平八郎の掲額がない、狛犬がない…など現在とは様子の違う秋宮境内。2021-11-03
9専女の欅専女の欅諏訪大社外苑の専女社(専女八幡)にある巨木「専女(とうめ)の欅」。この町内有数の巨木は、樹齢千年を超えているといわれ、遠く下筋からも見えて、芽吹きや紅葉で気候を占う陽気木として知られている。目通り周囲は約6メートル、高さは約30メートルといわれる。2020-03-06
10専女八幡付近の景色専女八幡付近の景色右手にオルゴール博物館「すわのね}、正面奥に専女(とうめ)の欅。工事しているところは現在駐車場と土産物店(専女八幡)がある。№1528参照2020-03-06
11川村商店川村商店店の先には正月を目前に注連縄がはられ、店頭には割引の値札も見え、年の瀬の風情が感じられる。川村商店の店先。2020-03-06
12注連縄作り注連縄作り下の原注連縄作り講習会の風景。正月をひかえ注連縄つくりの講習会が行われた。ふるさとの民俗を残そうと区の公民館主催でこの催しが毎年続けられている。2020-03-06
13秋宮神楽殿秋宮神楽殿「諏訪大社神楽殿及日本一駒犬」と写真下に書かれている。昭和6(1931)年9月18日には満州事変戦勝祈願も行われている。狛犬(駒犬)は昭和5(1930)年11月吉日に竣工。神楽殿をかこむようにしめ縄飾られている。現在の神楽殿正面の大しめ縄は戦後からのものである。 この狛犬は、昭和19年(1944)9月金属回収の国策により供出されたままであったが、間(はざま)組神部万之助社長により、昭和35(1960)年10月12日、秋宮神楽殿の狛犬が復元献納され、奉納除幕式が行われた。狛犬の作者は原村出身の清水多嘉示(たかし)。現在の狛犬の説明には「青銅製の狛犬としては日本一」と紹介されている。2020-03-06
14大社の朝大社の朝昭和5年(1930)献上された狛犬は、昭和19年(1944)9月金属回収の国策により供出されたままであったが、間(はざま)組神部万之助社長により、昭和35(1960)年10月12日、秋宮神楽殿の狛犬が復元献納され、奉納除幕式が行われた。(撮影者大槻十三春)狛犬の作者は原村出身の清水多嘉示(たかし)。青銅製の狛犬としては日本一と紹介されている。 ※昭和四十(1965)年度 特選 大社の朝(大槻十三春)2020-03-06
15年神様 吉沢和己氏宅年神様 吉沢和己氏宅松飾りとともにお棚を作った。上座敷の床の間の前上に長さ6尺巾1尺厚さ5分ほどの新しい板(お棚板)の両端を新しい縄で天井からつるし、つった縄の前方両方に松の枝を結わえつけ、その間に注連縄(しめなわ)を張り歳神様といって正月行事の棚飾りとした。現在ではお棚を飾る家はほとんど見られなくなった。2020-03-06
16注連縄製作完成記念写真注連縄製作完成記念写真大注連縄は戦後「日本第一大軍神」の大額が外された神楽殿が「寂しい」と地元有志が出雲大社の大注連縄保存会に指導を受け奉納した。昭和54(1979)年まで途絶えていが、昭和60(1985)年の御柱祭の前年,祭りの新たな行事として奉納した。現在の大注連縄は「諏訪大社注連縄奉納会」が長さ7.5m最大胴回り3.2m(従来は4.5m)重量800㎏(従来は1t)という大きさで御柱祭の前年の11月から約1ヶ月、2500束のワラをつかい作成している。2020-03-06
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