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登録リスト(該当:31件)

写真タイトル説明登録日
1歩行者天国歩行者天国広瀬町歩行者天国のセレモニー風景。 写真中央に高木町長の姿も見える。2022-08-09
2清水町長持保存会清水町長持保存会「平成四申歳年御柱 清水町長持保存会 1992.4」記念写真。 2022-06-09
3立町長持立町長持立町長持ち衆の秋宮鳥居前での記念写真。詳細不明。2022-05-21
4成人式成人式戦後の成人式、中央に黒田町長。 諏訪大社秋宮幣拝殿前にて、女性成人の集合写真。年代等詳細は今後調査する。2021-12-18
5高木町長高木町長下諏訪総合文化センターにて、向かって左から新村益雄助役・高木清允町長・藤森秀夫収入役。2020-03-06
6町制施行100周年事業町制施行100周年事業町制施行100周年記念下諏訪町植樹祭の垂れ幕と下諏訪北小学校の旗が見える。町の理事者(高木町長など)の姿も見える。下諏訪北小学校には「みどりの少年団」があり「アマゴの放流」など自然環境について学ぶ学習が行われている。2020-03-06
7町制施行100周年事業町制施行100周年事業町制施行100周年植樹祭であいさつする高木清允町長。2020-03-06
8お舟祭り時代行列お舟祭り時代行列下社8月の遷座祭には神霊遷座の行列や柴舟の曳行の他に御騎馬行列・長持行列(下社大祝金刺盛澄を下諏訪町長、諏訪ゆかりの名将を町小中高の校長先生などが参加し騎馬姿で町を練り歩いた)・花笠踊り・時代行列などで盛り上がり多くの人で埋め尽くされる。 このイベントは現在は行われていない。2020-03-06
9町長の記者会見町長の記者会見高木清允町長の記者会見風景。2020-03-06
10柴金桃あずまや柴金桃あずまや小口正衛は第2代村長、第5代町長を務めた人。趣味が広く柴庭庵金桃と称し俳句をした。柴金桃は後年の俳号である。武居台地の先端部、宮司家宅裏の柴金桃あずまや。「名月や虫の髭ふる草の上」の句碑が赤砂砥川先の赤砂公民館前に残されている。2020-03-06
11記念写真(下諏訪町役場前)記念写真(下諏訪町役場前)昭和11~13(1936~1938)年。旧役場前(現すわのね)。2020-03-06
12下諏訪幹部警察官派出所下諏訪幹部警察官派出所昭和37(1962)年庁舎が老朽化したので黒田町長等が県警察本部に陳情し総工費450万円で着工し翌昭和38(1963)年に竣工した。昭和38年に改築された下諏訪幹部警察派出所。写真は昭和38(1963)年に改築された下諏訪幹部警察派出所。 №600参照。2020-03-06
13旧町役場建設の看板旧町役場建設の看板八幡町に下諏町役場新庁舎が決まった。写真は「大正十三年十二月建之」「「町長大和仁平」「助役小林廣志」の文字などが読める棟札である。ちなみに落成式執行は大正(1925)14年7月18日。2020-03-06
14大和仁平胸像大和仁平胸像水月園下にある大和仁平氏の胸像。大和仁平は12・13代町長(大正12~昭和6年在任)で新庁舎建設、水道施設などに尽力した。特に「おいしい」と折り紙つきの下諏訪の水道水を様々な困難を乗りこえ、反対を押し切って厳然と遂行した英断には特筆すべきものがある。 胸像の制作者は高木出身の大和作内氏である。2020-03-06
15棟札棟札新庁舎建設の看板「大正十三年十二月建之 町長大和仁平」他助役、工事監督請負人、町会議員並建築委員の名前がかかれている棟札。2020-03-06
16四阿屋(あづまや)四阿屋(あづまや)明治25年、紫庭庵金桃(本名小口正衛 安政6年生まれ第2代村長・第5代町長)が武居の雨後庵町長の庭先へ四阿(あづまや)を建てる。この四阿は郡内の俳人を読んで句会開催するため、諏訪湖を一望できる武居の高台に建てたもの。 俳人金桃らもしばしば句会開いた武居の雨後庵前の四阿屋(あずまや)。2020-03-06
17金桃の碑と小井川校生徒の延命地蔵金桃の碑と小井川校生徒の延命地蔵写真左の碑には「名月や虫のひげふる草の上、紫金桃」とある。この右手にあるのは、大正11(1922)年6月22日小井川小学校生徒が水泳中に遭難したため、昭和9(1934)年にその霊を慰めるために建てられた延命地蔵。尚、紫金桃(小口正衛、二代村長、3代町長)の碑は現在赤砂公会所の前に移された。2020-03-06
18土橋實肖像写真土橋實肖像写真土橋實也、初代町長・8代9代村長に選出される。2020-03-06
19土橋家土橋家明治22(1889)年5月2日。初代村長に、土橋實也が選出された。 土波止新田(赤砂)からの土橋家を撮影。この旧家も、昭和46(1971)年大改修され貴重な文化財であったが、昔の面影は見られない。写真は表側。 2枚目は建物の裏からの撮影。2020-03-06
20第一配水池第一配水池第一配水池。下諏訪町の上水道は大和仁平町長の先見のある英断により昭和2(1927)年着工、同3(1928)年完工した。当時の町の予算の3年分の大事業だった。最大貯水量は3030立方メートル。2020-03-06
21第一配水池第一配水池第一配水池。下諏訪町の上水道は大和仁平町長の先見のある英断により昭和2(1927)年着工、同3(1928)年完工した。当時の町の予算の3年分の大事業だった。最大貯水量は3030立方メートル。2020-03-06
22第一配水池第一配水池第一配水池。下諏訪町の上水道は大和仁平町長の先見のある英断により昭和2(1927)年着工、同3(1928)年完工した。当時の町の予算の3年分の大事業だった。最大貯水量は3030立方メートル。2020-03-06
23御柱搬出御柱搬出棚木場へ集結した8本の御柱は、請け負った水月会で棚木場に積み重ね、この日関係町長立会いのもと、引渡しが行われた。この頃はこの後屋根を架け翌年の山出しを待った。2020-03-06
24学校プール合宿風景学校プール合宿風景完成と同時に合宿に来た選手たちと黒田町長はじめ町関係者。 福島滋雄選手と思われる。福島滋雄は身長181cmの長身のスイマーで、200M背泳ぎで2分16秒1の世界記録を樹立したり、日本選手権で1962年から1968年まで7年連続優勝したりしている。2020-03-06
25青木健一町長就任記念写真青木健一町長就任記念写真現庁舎前。青木健一町長以下議員、役場幹部。第29代町長、青木健一氏は昭和45(1970)年~昭和57(1982)年まで3期12年町長を務める。在任中新庁舎完成、北小開校、社中開校、町屋敷団地完成、東俣浄水場建設、老人福祉センター開設、清掃センター完成、体育館完成などに尽力した。2020-03-06
26黒田町長就任記念写真黒田町長就任記念写真役場旧庁舎前。黒田新一郎町長と議員。第26代下諏訪町長、黒田新一郎氏は昭和33(1958)年から昭和45(1970)年まで3期12年間町長を務める。在任中、温泉開発、明るい町づくり運動推進、陸上競技場完成、社ヶ丘団地造成、星ヶ丘団地造成、八島高原の保全、町誌づくり、新庁舎建設等に尽力した。2020-03-06
27臨時国税調査員記念臨時国税調査員記念役場旧庁舎前 臨時国勢調査員記念写真。小口守一町長以下議員と役場幹部。昭和15(1940)年に発表された、第5回国税調査による下諏訪町の人口は男7670人・女9949人計17619人(世帯数3651)となっていた。2020-03-06
28下諏訪町警防団下諏訪町警防団下諏訪町警防団の集合写真、昭和14(1939)年1月警防団令により消防組を改組して下諏訪町警防団(昭和22(1947)年まで)が設置された。団長の高木十吉はこの後町長となるが昭和19(1944)年4月11日御柱祭山出祭において不慮の事故で殉職した。中央には警察官の姿も見える。2020-03-06
29裏参道開通記念裏参道開通記念昭和15(1940)年12月29日不況対策事業で裏参道開削がほぼ完成し通行できるようになった。さらに同18(1943)年8月10日、字三王・久保・臺の公園敷地が川岸村長より寄附があり、同19(1944)年7月秋宮裏参道が竣工した。その際の記念写真、町長初め町理事者、地域関係者が写る。現在の「ヤマモト」の横付近で撮影、坂の中ほどに現下諏訪中学校、奥に諏訪大社下社秋宮の森が見える。2020-03-06
30相楽祭相楽祭赤報隊浪士のお祭「相楽祭」。後方の煙突は、昭和6(1931)年開業の昭栄製糸のもの。向かって左側に元町長の高木十吉氏の顔が見える。右に石仏があるが、現在青雲館にある。相楽祭は明治3(1870)年に有志の喜捨百余両で相楽総三らが処刑された地(相楽塚・魁塚)に慰霊の碑をたて式典をしたことがはじまりである。その後友之町有志の運営で祭りを続け一時途切れたこともあったが復活させ、現在は相楽会が主催し毎年4月の第一日曜日に開かれている。2020-03-06
31星ヶ丘公会所落成記念写真星ヶ丘公会所落成記念写真新築された星ヶ丘公会所と下諏訪町長青木氏、区関係者による落成記念写真。背後にはまだ畑が見える。星ヶ丘団地の造成は昭和39(1964)年。2020-03-06
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