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登録リスト(該当:6件)

写真タイトル説明登録日
1若宮源湯と湯神碑若宮源湯と湯神碑戦後上総(かずさ)掘り方式で昭和38(1963)年八月に自噴、「若宮源湯」と命名。地域の発展と福祉の向上をうたって、昭和39(1964)年6月「富部温泉」ができた。この碑を祀り繁栄を祈った。温泉は第十区の区有温泉として広く利用されていたが、平成19(2007)年3月末に廃業した。2021-12-23
2諏訪湖公魚発祥の地碑諏訪湖公魚発祥の地碑諏訪藩時代の諏訪湖の漁業は一部の者に限られていたが、明治維新後広く開放され、製糸業の発展に伴い人口が増加し、漁業資源の減少が問題になった。そこで漁業組合は大正4(1915)年から霞ケ浦の公魚を移入し諏訪湖に放流、さらに昭和6(1931)年には人工採卵にも取り組み、全国に出荷するまでになった。写真は承知川河口近くに建てられた記念碑である。近くには「長野県水産試験場」もある。近年はアオコの発生や鳥類の食害、水質の変化など様々な環境の変化の為か、公魚の遡上が激減し、公魚の採卵が大きな曲がり角に立たされている。「ワカサギ」「ワカサギ漁」などで検索し、漁の様子を見ていただきたい。2021-06-23
3町上水道町上水道完成後60年、町水道配水池の集水井などを点検する水道施設係長。製糸の町の上水道は、製糸業の一層の発展も目的に昭和2~3年に建設(総工費38万円)された。2020-03-06
4洋菓子チェーン店開店洋菓子チェーン店開店20m道路沿線(通称・ジャスコ通り)には店舗の進出が続いた。山梨県に本社を持つ工場直売方式の洋菓子チェーン店「シャトレーゼ」がこの日開店。この道沿いにはジャスコの開店以来目覚ましく発展しており、町の中心が南部へ移動しつつあった。2020-03-06
5水月園より諏訪湖を望む水月園より諏訪湖を望む萩倉合名会社を中心に水月園より下諏訪町を望む。萩倉合名会社(現小口克郎氏宅上)萩倉の製糸創業は明治11(1888)年篠藤・小河原氏等が機械製糸を繰業し中山道による物流(鉄道未施工),豊富な森林資源、用水の便などにより発展した。しかし明治30年代の石炭の利用、明治35(1902)年の篠ノ井線の開通、明治38(1906)年中央東線が岡谷駅まで開通、森林資源の枯渇等により立地条件が逆転し明治38(1905)年春宮下へ移転し萩倉での製糸は終止符を打った。2020-03-06
6御田劇場御田劇場現在の諏訪信用金庫御田町支店の所にあった御田劇場。入一製糸場(現入一通信工業)が社員の慰安と御田町商店街の発展策として建設した。大正2(1913)年完成。前進座の公演を見るために行列を作る人たちが写っている。上諏訪の清水町にあった旧高島座を一万円で買収、移築した。その後、昭和32(1957)年9月ヤシカに売却、ヤシカ会館となり、現在は駐車場となっている。2020-03-06
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