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1町民体操祭町民体操祭町民体操祭で模範演技をする諏訪二葉高校体操部、同体操部は県下でも上位高であった。「社会教育しもすわ」の記事の中で昭和33(1958)年「五千町民の躍動。日本体操祭下諏訪大会は、5000人の競技者・演技者と3000人の観衆を集め、午前9時から町営球場で盛大に開催、美と力の祭典の歴史が始まった。」と書かれている。2020-03-06
2町民体操祭町民体操祭町民体操祭で模範演技をする諏訪二葉高校体操部、同体操部は県下でも上位高であった。「社会教育しもすわ」の記事の中で昭和33(1958)年「五千町民の躍動。日本体操祭下諏訪大会は、5000人の競技者・演技者と3000人の観衆を集め、午前9時から町営球場で盛大に開催、美と力の祭典の歴史が始まった。」と書かれている。2020-03-06
3町民体操祭町民体操祭町民体操祭で模範演技をする諏訪二葉高校体操部、同体操部は県下でも上位高であった。「社会教育しもすわ」の記事の中で昭和33(1958)年「五千町民の躍動。日本体操祭下諏訪大会は、5000人の競技者・演技者と3000人の観衆を集め、午前9時から町営球場で盛大に開催、美と力の祭典の歴史が始まった。」と書かれている。2020-03-06
4広瀬町町少年団広瀬町町少年団広瀬町少年団の団旗完成記念写真。昭和12(1937)年7月7日に支那事変が勃発。この時、町内の組長や在郷軍人等の要望により結成、小学1年から高等科2年の男子全員が毎週日曜日の朝6時に新道(三国座通り)へ集合、駆け足で諏訪大社秋宮へ必勝祈願し、その後帰町して町内道路と駅庭の清掃を実施した。そろいの帽子と腕章に少年たちの真摯(しんし)な眼(まなざし)が並ぶ。2021-04-15
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