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写真タイトル説明登録日
1御射山神社御射山神社中世における諏訪明神最大の祭りは、8月27日を中心とした御射山祭だった。霧ヶ峰の一角、八島高原の東に続く旧御射山で祭事が行われ、信濃・回の武士は言うに及ばず、鎌倉幕府はじめ各地の武将たちが集まり神事の後武技を競い合った。旧御射山社前にその競技場跡があり、土段の桟敷席が残っている。しかし社が遠距離の所にあり道も険しく不便と慶長(1596~1615)の頃、秋宮から4キロの武居入りに遷座したのが現在の御射山社(写真)である。御射山祭は今、幼児が洲小山に育つことを祈る祭りとなり、8月26・27日の例祭には2歳の幼児とともに参拝するのがこの地の習わしになっている。 写真下は同じ境内にある大元尊社である。2021-12-26
2梶原塚梶原塚平安末から鎌倉時代の初頭に活躍した下社大祝・金刺盛澄の命の恩人、梶原景時を祀ってある。供養のため宝剣を埋めて塚を造り、祭事の絶えないようにと田地を寄進し上座堂が建てられていたらしいが、その後何度か場所が移り、現在は菅野町会館の入り口に祀られている。富部から分かれた鎌倉道が近くを通っていたと町誌には書かれている。また、梶原田の地名も残っているという。2021-06-10
3内御霊戸社内御霊戸社諏訪大社の祭事にあたっては内御霊戸社(うちみたまどしゃ)次に外御霊戸社(そとみたまどしゃ)そして御室社(みむろしゃ)を巡拝した後、本社を拝する習わしとなっている。この写真は内御霊戸社。2020-03-06
4御田植祭03御田植祭03諏訪大社秋宮斎田の御田植祭終了後の記念写真。この頃からカラーフィルムが使用され始めて、カラー写真に人気があった。2020-03-06
5御田植祭02御田植祭02諏訪大社秋宮斎田の御田植祭終了後の記念写真。舞を担当する女の子と苗を植える早乙女役の女性の服装の違いがよくわかる。2020-03-06
6御田植祭01御田植祭01諏訪大社秋宮斎殿横の駐車場の位置にあった斎田の御田植祭の様子。当時は現地に田んぼが2枚あり、下の段を使って祭事が行われた。 右側の道は向陽坂で、山王台の橋の位置から撮影した。2020-03-06
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