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写真タイトル説明登録日
1赤砂崎公園赤砂崎公園令和になって整備が進んだ赤砂崎公園。 防災施設兼公園として大きく様変わりしている。かつてホテルが3社立ち並んだり、町営プールや野球場が整備されたり、さらに古くは飛行機が離着陸していたこともあったが、大きく風景が一変している。2021-08-03
2赤砂飛行場赤砂飛行場赤砂飛行場の様子。2021-12-26
3片倉製糸の運動会片倉製糸の運動会昭和10年頃の写真で、片倉製糸の運動会と記録されている。写真右下のオルガンに合わせて若い女性(女工)が裸足で集団演技をしている。万国旗の中心に飛行機の模型がつるされ、垂れ幕には「皇国興廃此一戦在女□□子一層奮励努力せよ」(日露戦争の時の日本海海戦時のスローガンをもじっている)と書かれ、戦時色が色濃く出ている。2022-06-09
4冬の諏訪湖冬の諏訪湖諏訪湖の氷上に着氷した飛行機。2022-05-26
5冬の諏訪湖冬の諏訪湖諏訪湖の氷上に着氷した飛行機。 二枚目の写真は飛行機を陸に引き上げているようだ。2021-04-15
6赤砂飛行場赤砂飛行場赤砂飛行場。飛行機の周りに人々が集まっている様子。昭和3(1928)年1月、諏訪飛行協会を結成。3月に格納庫ができる。4月6日藤森飛行士が赤砂に着陸、翌4(1929)年には、複葉機で郡内を飛ぶなどした。 赤砂飛行場は大正11(1922)年に造られた「臨水園」という公園に誕生し、格納庫が作られ、約300mの舗装されていない滑走路があった。飛行機は写真にあるように複葉のプロペラ機で、片山、藤森、井上、篠崎という四人のパイロットがいたという話が残っている。2020-03-06
7飛行訓練飛行訓練飛行機の機体下にロープが見える。水上からの離発着を試みているようだ。湖での飛行訓練。 昭和3(1928)年1月、諏訪飛行協会を結成。3月に格納庫ができる。4月6日藤森飛行士が赤砂に着陸、翌4(1929)年には、複葉機で郡内を飛ぶなどした。2022-05-21
8 遊覧飛行記念 遊覧飛行記念赤砂飛行場、大正12(1923)年この頃民間人(諏訪飛行協会)による飛行場ができる(滑走路300m)。2020-03-06
9遊覧飛行記念遊覧飛行記念遊覧飛行やビラまきを行った。プロペラにしめ飾りが飾られている様子で正月前後の撮影と推察できる。2020-03-06
10秋宮周辺航空写真秋宮周辺航空写真上諏訪の勝山写真館が赤砂飛行場から離陸した飛行機から撮影した航空写真。秋宮周辺の宿場町の町並みが残っている。左下に旧町役場庁舎、左端の中あたりに中部電力前身の信州電気、その前の立町通突き当りには二階建ての綿の湯、その周りには改築前の旅館、鳥居前は当時の街道の風情が色濃く残り千尋館なども見られる。 勝山写真館では霧ケ峰強清水のスキー場の写真などを空から撮影していた。2020-03-06
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