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管理番号写真タイトル説明登録日
73東山田・若宮社跡東山田・若宮社跡副祝山田氏の祝神と伝えられている。旧中山道の福沢川と鋳物師沢川の中間に鳥居と祠があったとされるが、昭和初期の水害で流され自宅屋敷内に移されている。写真は若宮社跡の案内板である。2022-03-24
58福沢川・法泉寺横福沢川・法泉寺横東山田の法泉寺とその東側を流れる福沢川。2022-03-19
57法泉寺法泉寺福沢山清泰院法泉寺、浄土宗の寺。室町時代に開山されたと伝えられているが、文政年間の火災のため資料を欠き詳細は不明。江戸時代から明治維新までは寺子屋として、明治7年から明治23年までは東山田学校(郷学)として使用された。門前には東山田学校跡、六地蔵菩薩を祀ってある石碑や石佛がある。前を通る道は塩尻道と呼ばれ、中山道の近道として利用されていた。道を挟んで東側を福沢川が流れている。2022-03-19
56東山田屯所・山花東山田屯所・山花法泉寺の角の交差点に、東山田第七分団屯所が福沢川の左岸に、道を挟んで西側に食事処「山花」がある。この道は急ぎの旅人などが春宮東で中山道をそれ、東山田を通り西山田(中村)を経て今井から中山道に入った近道で、塩尻道ともよばれていた。参勤交代に合わないための間道として御岳山の行者などが多く利用したという。2022-03-19
50神明館・神明社神明館・神明社神明館については№1173を参照していただきたい。神明館入り口に祀られている「神明神社」は大正12(1923)年に区民の寄付によって建立し、毎年10月10日を例大祭としている。なお、神社前には道祖神も建てられている。そもそもこの地区は「流れ」と呼ばれた砥川・鋳物師川・福沢川・十四瀬川の洪水常習地帯で、住宅ができたのは明治9(1876)年からで特に明治23(1890)年現国道20号線が開通してから戸数が増えてきた。新しい街だからこそ神明社は大事に守られてきたのだと思われる。2022-03-19
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