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写真タイトル説明登録日
1「蓼科学」を地元CATV局が報道「蓼科学」を地元CATV局が報道「蓼科学」が蓼科高校の地元立科町のケーブルテレビ局「蓼科ケーブルビジョン」で報道されました。 ★蓼科高校生徒 五無斎保科百助の地学標本をデジタルアーカイブ化 3分 日時:2020年9月15日(火) 場所:立科町 長野県蓼科高等学校 制作・著作 蓼科ケーブルビジョン株式会社2020-11-05
22020蓼科学⑦09/15「地学標本第2集」世界初公開2020蓼科学⑦09/15「地学標本第2集」世界初公開2020-09-16
3通俗滑稽信州地質学の話 緒言通俗滑稽信州地質学の話 緒言保科百助は地学標本をなぜ作るのかについて「通俗滑稽信州地質学の話」(明治36年、1903年)に記しています。

緒言

学者とは何の九もなき事を八釜しく七六かしく五も一つ事を二三遍繰り返しても四ろう人には分らぬやうに説明するものなり。五無斎学者に非らず、生得魯鈍殊に数学的能力に乏しく美術ときては文字のやうなる図画や図画のやうなる文字を書いては人を驚かしたる程のしれ者なり。文学とても得手なりと言ふには非ずと雖面白半分に滑稽将た通俗に素人分りのする様に信州地質の話を書いて見んと思うなり。三十四及五両年間信州の山河を跋渉したる所によりて幾分か研究したる事もあれば壱弐割の法螺は到底免れざるべきも三割以上の虚言はつかさるべし。看官諸君幸に許し給へかし。

現代語訳

学者とは何も難しくない
2020-09-15
4No.02(F-1-2)黒雲母片岩(太古大統)No.02(F-1-2)黒雲母片岩(太古大統)・東箕輪村 ・長岡新田熊倉 ・明治四十一年六月 採集 ・東箕輪村(ひがしみのわむら)は長野県上伊那郡にあった村。現在の箕輪町大字東箕輪にあたる。2020-09-07
5No.77(C-2-1)分岩(火成岩)No.77(C-2-1)分岩(火成岩)分岩(火成岩) 藤澤村 御堂垣外ノ東二町 明治四十一年六月採集2020-07-08
6No.66 (H-2-2)黒雲母花崗岩(火成岩)No.66 (H-2-2)黒雲母花崗岩(火成岩)第六十六號 《名称》 馬雲母花崗岩(火成岩) 宮田村(現在も同名) 駒ヶ岳 明治四十一年(西暦1908年)六月 採集2020-07-08
7No.11(F-3-3)糖晶質石灰色岩(太古大統)No.11(F-3-3)糖晶質石灰色岩(太古大統)第十一號 《名称》 糖晶質石灰岩(太古大統) 〜記述内容〜 藤澤村(長野県上伊那郡にあった村。現在の伊那市高遠町藤澤にあたる。) 水上藤沢川西側  山腹  明治四十一年(西暦1908年)六月 採集2020-07-06
8No.09(F-3-1) 石灰岩(太古大統)No.09(F-3-1) 石灰岩(太古大統)・第9號 《名称》 ・石灰岩(太古大統) 〜記述内容〜 ・富縣村(長野県上伊那郡にあった村。現在の伊那市富県にあたる。) 明治四十一年(西暦1908年)六月採集2020-07-06
9No.07 (F-2-3) 砂質片麻岩 (太古大統)No.07 (F-2-3) 砂質片麻岩 (太古大統)第七號 《名称》 砂質片麻岩(太古大統) 〜記述内容〜 中澤村(長野県上伊那郡にあった村。現在の駒ヶ根市大字中沢にあたる。 ) 穴山 明治四十一年(西暦1908年)六月 採集2020-07-06
10No.05(F-2-1) 砂質片麻岩(太古大統)No.05(F-2-1) 砂質片麻岩(太古大統)・第5號 《名称》 ・砂質片麻岩(太古大統) 〜記述内容〜 ・西箕輪村(長野県上伊那郡にあった村。現在の伊那市西箕輪にあたる) ・興地ノ南方小沢 ・川ノ沿岸 ・明治四十一年(西暦1908年)六月採集2020-07-06
11No.03(F-1-3)黒雲母片岩(太古大統)No.03(F-1-3)黒雲母片岩(太古大統)第三號 ≪名称≫ 黒雲母片岩(太古大統) ~記述内容~ 中澤村(長野県上伊那郡にあった村。現在の駒ヶ根市大字中沢にあたる。) 落合  明治四十一年(西暦1908年)六月 採集2020-06-23
12No.01(F-1-1) 黒雲母片岩(太古大統)No.01(F-1-1) 黒雲母片岩(太古大統)・第一號 《名称》 ・黒雲母片岩(太古大統) ~記述内容~ ・高遠町 ・天女橋南畔 ・明治四十一年六月採集2020-06-23
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