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1C班:計画:Tateshina's OCCULTC班:計画:Tateshina's OCCULT● 今日のまとめ   謎の神社には行けなかったから鳴石について調べた ●探検先2021-11-09
2茂田井 諏訪社茂田井 諏訪社現在の社殿は、江戸時代末期の文化15年(1818)に茂田井の宮大工・田中圓蔵が建てたものです。立科町茂田井地区にある諏訪社は諏訪神社の分社であるそうです。 立派な鳥居があり、暗い感じだと思っていたら明るく隣の庭には遊具がありいい場所でした。2020-12-07
3今泉今泉今泉は芦田七井戸の一つであり宝暦八年(1759年)の「芦田八ヶ略誌」によれば「今泉は明暦三年(1658年)浅野宮君御東下の供御用水となる。平素は鍵をとざして人の汲むを許さず神主今井式部大輔の水なり」とあり古くから由所ある湧水であることが証明される。 また今泉を含む芦田七井戸は当時は「七曜井(しちようい)」又「七星井(しちせいい)」とも言われ、鳥居井戸(正明寺裏にあり蓼科神社一の鳥居があった)、桜井戸(芦田の北裏)、今泉、和子井戸、赤沢井戸(赤沢前:現存しない)、中井戸(上五反田)、下井戸(下五反田)があたかも北斗七星の形に配置されていることから「七星井」ともいわれたとされ、その内の中井戸と下井戸の二ヶ所は古くから田用水に使われていたという記録がある。 今泉は昭和47年まで鉄平石で囲まれ2020-12-07
4茂田井の諏訪神社茂田井の諏訪神社案内板によると初代立川和四郎富棟の弟子の田中圓蔵(1774−1851)が建てたとなっています。文脈から考えれば棟梁は圓蔵ですが、彫り物が誰の作なのかは明確な記述はありません。 案内板に詳しく書かれています。2020-11-30
5諏訪神社諏訪神社立科町茂田井地区にある諏訪社は諏訪神社の分社である。 諏訪神社の祭神は、建御名方命(たてみなかたのみこと)である。この神は、出雲系諏訪族の祖先として諏訪の上下二社に奉斉され古く南宮ともいった。諏訪神社を中心とする諏訪信仰は全国的であり、その分社の数も非常に多い。 茂田井の諏訪社の創建年は不明である。この神社に関する最も古い記録は天正16年(1588)当時の小諸藩主松平康国(芦田城主依田信蕃の子)が、蓼科神社の神官今井曽五郎にあてた書状がある。この神社を「毛田井之宮(もたいのみや)」として「神領を遺わしておくからには一騎の軍役を勤め、宮の修理、祭、祈念を怠ってはならない」とある。 現在の社殿は、江戸時代末期の文化15年(1818)に茂田井の宮大工・田中圓蔵が建てたもので上尾の中の本殿は一間2020-11-09
6茂田井諏訪社茂田井諏訪社諏訪神社の分社の一つ。祭神は建御名方命(たてみなかたのみこと)。付近には遊具があり、同じ敷地内に小さな公園があった。周囲は整備されていて、全体的に綺麗だった。2020-11-09
7神明社神明社1709年に茂田井村初代名主である大澤茂右衛門が願主となって建立した高床式倉庫から発展した神社。 神社へと続く階段があったが、長いこと整備されていないのか草木が生い茂っていて、境内へと入る事ができなかった。2020-11-09
8諏訪神社諏訪神社立派な鳥居が迎えてくれる。 行ってみて鳥居が大きくてびっくりしました! 二匹の狛犬が迎え入れてくれとても立派だと思いました!2020-11-02
9茂田井 諏訪神社茂田井 諏訪神社もっと暗い感じかと思ったけど社内は明るいし、広くて、近くに小さい子用の遊具があった 一箇所に祀ってある感じの石があった 落ち着いた感じが心地よかった2020-11-02
10諏訪神社諏訪神社近くに遊具があり遊ぶことも出来る神社 鳥居の先の木が立派だった。2020-11-02
11神明社神明社天照大御神を主祭神とし、伊勢神宮内宮を総本社とする神社 感想 あまり手入れがされてなく、草が沢山生えていて中まで入ることが出来なかったが、その分雰囲気はあった。2020-11-02
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