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1長野県上田市塩尻の養蚕民家集落模型の3Dモデル長野県上田市塩尻の養蚕民家集落模型の3Dモデル自分で撮影・作成した長野県上田市塩尻の養蚕民家集落模型の3Dモデルです。 以下の3Dモデルを参照下さい。 2024-02-13
2甘味処 雪屋 Conco甘味処 雪屋 Conco町の中心にありながらひっそりと佇む80年以上年前に建築された三軒長屋古民家。その一軒をリノベーションした古民家甘味処で和モダンなお店である。天神商店街の活性化のため、雪屋Concoでは地元産物の一部を使用している。雪屋は第七回信州上田うまいもんスタンプラリーの参加店であり商工会議所との連携を行い上田の町おこしを支える活動を行っている飲食店である。2024-02-11
3拉麺酒房 熊人拉麺酒房 熊人ここは、上田市上田原の山の麓の近くにあるラーメン屋さんの「熊人」というところです。 外見を見ると、いたって普通の民家の見た目をしていて、中に入ってみると、畳の座敷とカウンター席がありました。やはり、民家をリニューアルしてラーメン屋さんに改造したんだなと思いました。 私が食べたラーメンは、味噌ラーメンです。この写真を見ての通り、ラーメンの器が一つ一つ違っていて古風でとてもおしゃれでした。 ラーメンの味も濃すぎずやさしい味で、とても美味しかったです。 私がその中でも印象に残っているのは、店員さんの温かさをとても感じました。水餃子をお勧めされ、頼んでみたらとても柔らかく美味しかったので、追加で頼んでしまうくらいでした。 ぜひ行ってみてください。2024-02-01
4神畑神畑1921年(大正10年)6月17日に上田温泉電軌により、川西線の駅として開業した。 地名の由来は下之郷生島足島神社近く、同社の神服部が神畑と訛ったものといわれる。 開業時から無人駅である。 民家やアパートなどが立ち並ぶところに位置している。当駅は周辺に住む多くの学生が利用している印象がある。学生たちにとってはとても利便性の高い駅なのではないかと感じた。2024-01-29
5デジタルアーカイブの課題についてデジタルアーカイブの課題について情報通信文化論 デジタルアーカイブの課題について デジタルアーカイブの課題とはなにか • データ保存量が増え続ける • データ消息のリスク • 一般公開による近隣住民への被害 • 知識を横に広げることが難しい • サイトが見にくい データ保存量が増え続ける データを保存していけばデジタルデータの保存量は増え続けていく。そのためデータ保存量の増加はシステムに負荷がかかることはもちろん、どれが最初のデータだったのかわからなくなるなどデータのバージョン管理が難しくなったり、意図しないところにデータが出現してしまったり、巧妙な加工で情報操作されたデータが出回ってデータの信頼性が失われたりするリスクもある。 データ消息のリスク ・デジタルデータの場合はシステムエラー、保存ディスクの破損、読み取2024-01-24
62023年度デジタルアーカイブ後期中間作業報告(10/9-11/27)2023年度デジタルアーカイブ後期中間作業報告(10/9-11/27)10/9 先週は日曜日に上田市で開催されたキモノマルシェに参加し、藤本蚕業の史料の魅力についてスライドショーで常時公開しました。中にはスライドショーに興味を持って見たいという人もおり、非常に驚くと共に史料の貴重さについて改めて認識しました。金曜日は藤本蚕業の段ボール史料の整理棚の組み立てを一日中行い、史料展示の再整理について考えました。今後は藤本蚕業史料の解説サイト、及び小諸の史料サイトの開設に向けて動く予定です。 10/23 先週は藤本蚕業歴史館で史料紹介の配信についてテストしました。その中で、史料を紹介するには1人で解説をしながらでは面白さが伝わらず、関心の高い方を介した対話形式で史料について語り合う事で面白さを引き出せることが分かりました。今週は水曜日にKAN-PRO中村さんと話し合いがあり2023-12-04
7信濃国分寺信濃国分寺寺伝では、1197年に源頼朝が善光寺参拝の帰りに寺の衰退を憂い、塔の復興を命じたとされている。建築様式から室町時代に建立されたと推測され、「和様」の外観をしている。第一層の大日如来が安置されている仏壇の鏡天井を囲む「如意頭文」は「禅宗様」の建物で用いられているものである。 駐車場が境内のすぐ側にあったが、そこまでの道が細く、車では少し通りにくいと感じた。境内の周りの民家も雰囲気あるつくりの家が多く、地域になじんでいる印象であった。境内の中には、小さな寺院が多くあったが、本堂とのつながりがあまりよく分からなかったので、どのような関連性があるのか説明が欲しいと感じた。 信濃国分寺の建立は推定室町中期で、昭和7年から解体修理が行われた。その時に、三重塔古心柱も取り換えが行われ、その柱が2023-11-30
82023/11/04開催「歴史的景観ウォッチング:西部地域の歴史的景観」2023/11/04開催「歴史的景観ウォッチング:西部地域の歴史的景観」「歴史的景観ウォッチング:西部地域の歴史的景観」に参加しました。丸山平八郎家を始めとした上田の歴史的景観を持った民家をいくつか訪れることが出来た他、その様子を撮影することが出来、改めて上田の街に対する観念が変わりました。こうした出来事は他の地域でも良く起こるのですが、それだけ地域の歴史が周知されていないという意味でもあり、こうした魅力をどう面白く発信できるかを考える必要性を認識させられました。2023-11-19
9信州シルクストーリー《千曲川流域編》信州シルクストーリー《千曲川流域編》シルクロード長野ネットワークが「信州シルクロード」の観光資源、産業遺産を広く知っていただくために作成した冊子。物語を活用して信州シルクロードのより一層の観 光資源の意味付け、魅力ある観光地の創造を目指して作成した。 ●内容(目次) 小諸 小諸のシルクストーリー    小諸のシルクスポット 酢久商店、氷風穴 上田 上田のシルクストーリー    上田のシルクスポット 信州大学繊維学部講堂、旧常田館製糸場 松代 松代のシルクストーリー    松代のシルクスポット 旧横田家住宅、松代まち歩きセンター 須坂 須坂のシルクストーリー    須坂のシルクスポット 須坂クラシック美術館、臥竜公園 温泉街にもシルクストーリー? 別所温泉  別所温泉のシルクスポット 倉澤家蚕室、氷沢風穴 その他のシル2023-10-16
10海野宿、宿場から蚕種製造地へ海野宿、宿場から蚕種製造地へ中山道の宿の一つ、海野宿は重伝建(重要伝統的建造物群保存地区)に指定されています。江戸時代は宿場として栄えましたが、明治期に入ると宿場としての役割は終わり、それぞれの家は蚕種製造民家として新たな形成が図られました。 明治20年代に多くの家屋が建て替えられています。宿場と解釈される方が多いですが、現在の街並みは蚕種製造民家群が残されたものです。ウダツが上がっているのも特徴です。信州蚕糸業遺産として広く知られて欲しい歴史遺産です。2023-09-23
11柳町通り柳町通り柳町通りは、古い町並みの残る城下町として親しまれています。この通りには、古民家カフェや地元の特産品を使用した食べ物のお店などが並んでいて、上田市のグルメを楽しむにはとても良いスポットだと思いました。2023-05-09
12ピザとカフェのお店「kadokko」ピザとカフェのお店「kadokko」上田市常田にあるピザとカフェのお店「kadokko」に行ってきました。店内は古民家ならではの畳や机があり、温かい雰囲気でした。薪窯で焼いたピザは生地がもちもちしており絶品で、季節の果物を使ったタルトやパフェ、焼き菓子も置いてありました。外観は「kadokko」の名の通り、隠れ家のような雰囲気もありますが、店内は若者から年配の方まで幅広い層に親しまれ、店内が満席になるほど賑わっていました。2023-05-09
13観光客でにぎわう海野宿観光客でにぎわう海野宿ゴールデンウィークの4/30(日)、車で大屋駅から海野宿を通り御代田方面へ向かいました。この日はさすがに観光客の姿が多く目につきました。申し訳ない思いで海野宿をドライブスルーしました。 江戸時代は北国街道の宿として栄え、その後は蚕種製造が営まれるようになり、それ以前にも増して繁栄した地域です。これらの建物はいわゆる宿場町の宿ではなく、蚕種製造民家群と捉える方が実態に合っています。明治20年代に多くの家々が建て替わっていることも特色の一つです。うだつが上がっていることも蚕種製造で栄えたことを物語っています。2023-05-01
14これでも大阪市これでも大阪市古い民家が並ぶ私の地元2023-02-05
15檻の俳句館檻の俳句館 前山寺まで向かう途中の道にあった俳句を展示するギャラリー「檻の俳句館」。  訪れた日は閉まっていて、建物には蜘蛛の巣が張っていて開放している日があるようには見えなかった。気になったため、向かい側にある上田紬を取り扱う「藤本」というお店で話を伺ったところ、店員の方も俳句館が開いているところはしばらく見ていないらしい。  古い古民家を利用したようなこじんまりとした建物だが、窓からのぞいてみると俳句数点とそれをイメージしたような美術作品が展示されていて、ぜひいつか中に入って見てみたい。  隣には槐多庵というギャラリーもあったがこちらも開館している様子はなく、うまく活用できていないのが大変残念だった。せっかくこだわりの詰まった興味深い建物なので、無言館や残照館と合わせて塩田地域でよ2022-11-30
16旧小県蚕業学校(現上田東高校)旧小県蚕業学校(現上田東高校)明治25年1892年に小県蚕業学校が蚕業学校として全国に先駆けて設立された。当時は上田町の丸堀の民家を校舎にして開校した。大正8年には皇太子様が来校されていることから当時でも注目されていた学校なのだと考えた。昭和19年12月9日に戦災によって本館の建物外10棟、1093坪を焼失してしまった。その後昭和21年以降、林業科、農業科、蚕業科を置いた上田農業学校となった。昭和35年には2度目の火災にあい、建物は全半焼、1237坪を焼失した。昭和37年には現在の名である長野県上田東高等学校となる。翌年昭和38年には蚕業科の生徒募集停止され、その後続々と農業科、林業科、家政科が廃止され、普通科のみの学校となった。2022-11-29
17上塩尻まちあるき:モリス先生と一緒に上塩尻まちあるき:モリス先生と一緒に上塩尻まちあるきでは、建築史学のマーティン・モリス先生をお迎えして一緒にまちあるきし、古建築の保全・活用に関するレクチャーもしていただきました。モリス先生は上塩尻の蚕種製造民家の建築史的調査をされた方で、上塩尻の建築・景観に対しては特別の関心を持たれています。 モリス先生の母国イギリスは歴史的な建造物である古建築を民間の意思で保全活用する「ナショナルトラスト」が発達した社会です。日本では歴史的建造物を保全し活用しようという気運は少ないのが実情です。上塩尻では「佐藤家住宅(三ツ引)」が2021年、上塩尻では初めて国登録有形文化財となりました。これを機会に、上塩尻の古建築、歴史的景観の貴さが再発見され、地域づくりに活かされていくことを願いたいものです。2022-11-29
18上塩尻まちあるき:西側の板壁上塩尻まちあるき:西側の板壁上塩尻は千曲川下流域(西方向)から吹き込む風が強いため、桑の葉に付く蚕の害虫であるカイコノウジバエを吹き飛ばすため質のよい桑が取れることが蚕種製造に適していたと言われています。実際にどの程度、西風が強いのかはわかりませんが、風が強かったことを物語っているのが建物の西側の壁一面に張られた板壁です。岩井小路にあるこの馬場邸の建物に西壁の板壁が残っています。風に吹きつけられると漆喰壁が傷むらしく、板壁で覆ってそれを防いでいるということです。 この板壁は景観的にも特色があり、写真集『民家の風貌』(小林昌人著、1994年)にも馬場家のこの板塀の景観が収録されています。2022-11-29
19上塩尻まちあるき:〇〇小路上塩尻まちあるき:〇〇小路上塩尻は北国街道をメインストリートとし、集落内にいくつもの小路(細い道筋)が通っています。地元の人たちはこれらの小路に名前を付け区別して呼んでいます。 ★馬場小路 ★寺小路 ★毘沙門小路 ★広小路 ★岩井小路 ★山小路 馬場小路は小路に面する家々がいずれも馬場さんであったことからそう呼ばれるようになりました。現在、馬場さんではないお宅に替わってはいますが、その呼び方が受け継がれて歴史を伝承しています。2022-11-29
20上塩尻まちあるき:北国街道上塩尻まちあるき:北国街道上塩尻の中心部である大村は北国改造に沿って集落が展開しています。上塩尻は千曲川に面し、洪水の常襲地でもありました。洪水に見舞われた集落が太郎山系の裾野に移ったとも伝えられています。城下町、宿場町、商業の町は全国の街道筋にはどこにでも見られますが、上塩尻の蚕種製造民家で構成される集落は極めてめずらしい。おそらく全国でここだけではないでしょうか。歴史的景観を備えた美しい町並みにも感心します。2022-11-29
21上塩尻まちあるき:蚕種製造民家上塩尻まちあるき:蚕種製造民家上塩尻には蚕種製造を営んでいた屋敷の多くが現在も残っています。その特色は2階建であること、建物が細長く大きいこと、2階の屋根の上に越屋根(小さな屋根)が備わっていることなどです。古い家々ながら現在も内部をリフォームなどして暮らしているお宅が多いことに感心をします。全国的に見ても蚕種製造民家が群としてこれだけ数多く残る地域は上塩尻だけではないかと思われます。その隣の下塩尻にも蚕種製造民家は多く残っています。改築することなく、古い建物をリフォームして現代においても住環境として活用するこの地域の知恵にも感心させられます。2022-11-29
22上塩尻まちあるき:蚕室に備わる埋薪(まいしん)上塩尻まちあるき:蚕室に備わる埋薪(まいしん)蚕種製造を中心的に営んでいた家の造りは「蚕室」を備えている点に一番の特色があります。その中でも特に特徴的なのが「埋薪(まいしん)」と呼ばれる暖房施設を備えていること。韓国のオンドル(温突)を彷彿とさせます。寒冷地のこの地域は寒く、蚕が寒さにやられないよう蚕室全体を温める必要がありました。旧佐藤宗家の2棟ある蚕室には今も埋薪がしっかりと残っています。2022-11-29
23上塩尻まちあるき:家々の庭上塩尻まちあるき:家々の庭上塩尻まちあるきで訪問できた蚕種製造民家の家々に共通することは、立派な庭を備えていること。母屋は蚕種製造に適した蚕室を備えているため、大きく細長い構造をしている点に特色があります。その前面には庭があり、母屋の構造に沿う形で細長く庭が広がっています。馬場小路の旧馬場邸、清水卓爾邸は共に屋敷の構造が特に類似していました。もう一つの特色は庭の手入れが行き届いていること。庭木の剪定など庭の維持には手間がかかります。こうした庭を備え、かつその手入れが行き届いた姿の庭にすることがその屋敷のステータスでもあるこの地域の文化ではないかと思います。2022-11-29
24上塩尻まちあるき:猫瓦上塩尻まちあるき:猫瓦上塩尻=猫瓦のまち、といっても過言ではありません。 上塩尻の家々に特徴的に存在しているものに「猫瓦」があります。それぞれの家々で蚕種製造や養蚕を営んでいた各家の屋根や塀の瓦には、ネコを表徴した瓦があります。その中でも、毘沙門通りに面する佐藤家の屋敷には1階の屋根に猫瓦が、しかも2つ前後して存立しています。蚕の天敵であるネズミの侵入を防ぐという意味でのシンボリックな猫瓦の存在感を最もよく示しています。まちあるきをしながら猫瓦を見つけるたび、参加者がそれぞれ猫瓦を写真に収めていました。2022-11-29
25上塩尻まちあるき:石垣上塩尻まちあるき:石垣上塩尻まちあるきで改めて参加者が注目したものが見事な石垣群です。上塩尻の大村は北国街道に沿い、かつ、山麓の傾斜地に位置しています。傾斜地に展開する家々には段差があり、それぞれの家々はお城の石垣を思わせるような見事な石垣が築かれています。蔵の土台などにも礎石があり、それぞれに特徴があります。背後の太郎山山系から切り出された緑色凝灰岩が多く使われているらしい。これらの石垣の多くは、かつて高遠の石工が築いたとも聞いています。生半可なまた聞き情報ではなく、その歴史的背景などしっかりと調査する必要があると改めて認識をしました。2022-11-29
26蚕種の里「上塩尻まちあるき」実施蚕種の里「上塩尻まちあるき」実施11/26(土)、藤本蚕業プロジェクト主催による「蚕種の里『上塩尻』まちあるき」を実施しました。上塩尻のまちあるきはこれまで何度となく実施してきました。今回のまちあるきは「佐藤家住宅(三ツ引)」が国登録有形文化財に登録されて実質的に最初のまちあるきです。地元上塩尻の住民の方々を交えて参加者それぞれが途中途中解説をしながら、または参加者どうしで対話をしながら上塩尻をめぐりました。 13:00、藤本蚕業歴史館前に集合し、佐藤家住宅(三ツ引)、旧佐藤宗家の蚕室、旧佐藤宗家の屋敷跡、旧馬場邸(現原邸)、清水卓爾氏邸、清水邸(加賀の殿様が使った雪隠)などをめぐりました。いつものことながらまちあるきはまったり、道草くいのイベントともなり、この日も例外にもれず。地元の方々も改めて地元の歴史を感じられた様子でした。2022-11-29
27別所温泉のオシャレなカフェ別所温泉のオシャレなカフェ別所温泉を過ぎ、少し山道をいった所にカフェを発見! こちらのカフェはSmooth&Livingというカフェで、月額会員制の新感覚カフェです。古民家をリノベーションしているため、和モダンな店内で、スムージーやクロッフルを楽します。2022-11-14
28蚕種の里「上塩尻」まちあるきで再発見2022/11/26(藤本蚕業プロジェクト主催)=終了蚕種の里「上塩尻」まちあるきで再発見2022/11/26(藤本蚕業プロジェクト主催)=終了上塩尻の蚕種製造民家、街並み、猫瓦(それ何?)などをめぐる見学会です。 令和4年度長野県地域発元気づくり支援金事業「藤本蚕業資源活用事業」 蚕種の里上塩尻をまちあるき、古建築と景観の保全活用についても意見交換 日本一の蚕種製造の中心地だった上塩尻の街並みや建物を探訪します。当日は建築史学のモリス先生を交え、古建築・景観の保全活用について地元の皆様とも意見交換します。 【日時】2022年11月26日(土)  ・まちあるき 13:00~15:00 雨天決行  ・意見交換会 15:15~17:15(塩尻地区公民館) 【場所】藤本蚕業歴史館に集合(長野県上田市上塩尻 248)駐車場あり 【主催】藤本蚕業プロジェクト 【協力】西部地域まちづくりの会 自然・生活環境部会、上塩尻自治会、上塩尻今昔の会 【定員】・まちあるき 32022-11-14
29佐藤家住宅等見学会2022/10/29(藤本蚕業プロジェクト主催)[終了]佐藤家住宅等見学会2022/10/29(藤本蚕業プロジェクト主催)[終了]令和4年度長野県地域発元気づくり支援金事業「藤本蚕業資源活用事業」 佐藤家住宅・旧佐藤宗家/藤本蚕業歴史館見学会 蚕種の里とも呼ばれた上田市上塩尻に残る全国的にも希少な蚕種製造施設/蚕種製造民家を見学し、建物に触れながら建築上の特色や歴史的背景などを学び、地域づくりに活かしていきます。見学会の様子をデジタルアーカイブ化し、全国に向けても情報発信する機会とします。 【見学内容】佐藤家住宅(三ツ引)(2021年国登録有形文化財登録)、旧佐藤宗家(蚕室2 棟と邸宅跡)、藤本蚕業歴史館(旧藤本蚕業社屋)を見学。藤本蚕業歴史館展示室を事前開放。 【日時】2022 年 10 月 29 日(土) 14:00~16:00 雨天決行 (歴史館の事前見学 13:00~) 【場所】藤本蚕業歴史館に集合(長野県上田市上塩尻 248)駐車場あり 【主催】藤本蚕業プロジェ2022-11-14
30風格ある下之郷公民館風格ある下之郷公民館選挙のために訪れた下之郷公民館。道路の向かいには、生島足島神社がある。公民館というと、割とモダンなイメージがあったため、お寺や伝統のある民家のような風格のある建物に驚いた。2022-10-30
31佐藤家住宅等見学会2022/10/29(藤本蚕業プロジェクト主催)佐藤家住宅等見学会2022/10/29(藤本蚕業プロジェクト主催)令和4年度長野県地域発元気づくり支援金事業「藤本蚕業資源活用事業」 佐藤家住宅・旧佐藤宗家/藤本蚕業歴史館見学会 蚕種の里とも呼ばれた上田市上塩尻に残る全国的にも希少な蚕種製造施設/蚕種製造民家を見学し、建物に触れながら建築上の特色や歴史的背景などを学び、地域づくりに活かしていきます。見学会の様子をデジタルアーカイブ化し、全国に向けても情報発信する機会とします。 【見学内容】佐藤家住宅(三ツ引)(2021年国登録有形文化財登録)、旧佐藤宗家(蚕室2 棟と邸宅跡)、藤本蚕業歴史館(旧藤本蚕業社屋)を見学。藤本蚕業歴史館展示室を事前開放。 【日時】2022 年 10 月 29 日(土) 14:00~16:00 雨天決行 (歴史館の事前見学 13:00~) 【場所】藤本蚕業歴史館に集合(長野県上田市上塩尻 248)駐車場あり 【主催】藤本蚕業プロジェ2022-10-25
32モリス先生「古建築を活かし、持続できる生活を創る」モリス先生「古建築を活かし、持続できる生活を創る」 聞き手:前川道博(長野大学) 2018/06/25、千葉大学のモリス研究室で 上田市上塩尻の蚕種製造民家を2005年頃に調査したマーティン・モリス先生(現千葉大学名誉教授)に、まだモリス先生が千葉大学で教鞭をとられていた2018年、研究室を訪問し、古い民家と町並みが残る地域を未来に向けてどう保全活用するとよいかをお聴きしました。 【大意】 文化財制度の弱点は目玉となる文化財しか残せないこと。目玉しか残せないと古民家を修復できる職人がいなくなる。保全できないので維持管理にお金がかかるという悪循環に陥る。 その点で上塩尻の蚕種製造民家群は静かな旧北国街道沿いに展開しており保存しやすい条件が揃っている。上塩尻には優れた文化が凝集している。住民にその価値を感じてもらうことが大切。古民家2022-10-18
33長野飛行場跡地長野飛行場跡地長野県長野市大豆島には長野飛行場の跡地があります。長野飛行場は昭和14年に開場され、東京や大阪などに定期便が運行し、その2年後の昭和16年に軍用飛行場として利用されるようになりました。しかし昭和20年、太平洋戦争によって長野市は空襲に遭い、飛行場とその周辺の民家にまで被害が及びました。 戦後は民間飛行場としてセスナ機や鉄道機関、長野県警のヘリポートとして利用されていましたが、平成2年に閉鎖されました。現在は中学校や住宅が立ち並んでおり、一目見ただけでは跡地だとは分からないのですが、当時の滑走路は現在も道路として残っています。 現在の日本は戦争とは無縁のような社会ですが、この飛行場の歴史を知って、戦争というものを少し身近に感じました。2022-08-09
34前川ゼミ/藤本蚕業プロジェクト始動2022/05/12前川ゼミ/藤本蚕業プロジェクト始動2022/05/122022年度になり、前川ゼミの新年度のプロジェクトの一つ「藤本蚕業プロジェクト」が始動しました。 そもそも「藤本蚕業」とは何か。その背景にある蚕種製造業、地域「上塩尻」の理解など、このプロジェクトを進めるには何をおいても現地視察から。藤本蚕業歴史館で地元の方々と顔合わせして情報交換、続いて藤本蚕業歴史館の見学、藤本蚕室、佐藤家住宅(2021年、国有形登録文化財に指定された蚕種製造民家)を見学しました。江戸期の蚕種製造家・藤本善右衛門保右()が著した養蚕の手引書『蚕かひの学』(こがいのまなび、初版は1841年)の版木もあり、残されている史料は貴重なものです。当日は、通常では見学できない藤本蚕室の2階を特別に見学させていただきました。2022-06-05
35レトロ感溢れる古民家カフェ 甘味処 雪屋Concoレトロ感溢れる古民家カフェ 甘味処 雪屋Conco雪屋Concoさんは上田駅から徒歩2分ほどの場所にある、レトロ感溢れる築80年の古民家をリノベーションしたカフェです。美味しいかき氷や和甘味などが人気です。 雪屋という名前の通り「雪のようなかき氷を食べたい」という思いから、かき氷のことを雪と呼んでいるそうです。 まさに雪のような食感の雪たちをみなさんも味わってみてください。 写真は上から順に抹茶大納言、杏仁豆腐の雪です。他にもいちごミルクなどの定番の味の雪、季節限定の雪がありますので、食べ比べなどしてみてはいかがでしょうか。 雪の他にもランチ、あんみつ、パフェ、パンケーキ、大学芋、色々あります。ランチでは昔懐かしのソフト麺や、チーズ好きにはたまらないチーズ焼きなどがあります。 支払い方法は、電子マネー支払いがあります。カード払いはでき2022-05-10
36ル・ヴァンル・ヴァン柳町にある、言わずと知れた天然酵母のパン屋さん 古民家を利用して雰囲気があり、来たら必ず行ってしまいます。 2階の畳とちゃぶ台の空間も、1階の庭が見えるレストランもどちらも好きです。店頭で、食べきれないほどパンを選んで。持ち帰ったりもします。 こちらは、2月にお邪魔した際のプレート。ごぼうのスープと赤米のキッシュ、パン2種とお惣菜・サラダです。 身体によさそうな滋味を感じる一皿でした。2022-03-03
37おお西おお西信州に来たらお蕎麦ということで、たくさんお店があり、あちこち行きました。車で来ている時は、上田から少し離れた所などにも足を延ばしました。こちらは柳町にある大西さん、店構えも古民家風で大きなお店です。こちらは、お蕎麦の実の種類もいくつかあるようで、ちょっと迷いました。こちらでもてんぷらと一緒にいただきました。2022-03-02
38上田紬上田紬蚕の絹糸は上田紬となって商品化されている。 上塩尻にある小岩井紬工房では実際に上田紬で商品を作り、売り出している。例えば、名刺入れ、ピアス、ネクタイなど、様々な商品がある。どの商品もキレイでデザインにも優れているものが多いので買いたくなる人もたくさんいるのではないでしょうか。小岩井紬工房に行く道のりには蚕を育てていた特徴のある越屋根の民家が多くあるのでそこも注目です。 「参考文献」 http://www13.ueda.ne.jp/~koiwai-tsumugi/2022-02-08
39尾澤木彫美術館尾澤木彫美術館そんな農民美術品を実際に見たり、購入できる美術館があります。それは信濃国分寺駅近くにある尾澤木彫美術館です。実際に新潟の山中にあった古民家を洋風にリフォームして活用した外観がとても素敵でした。その中には多くの農民美術が飾られています。ここは農民美術の先駆者出会った山本さんと共にいた尾形千春さんとそのご子息である尾澤敏春さんの木彫り作品などが貯蔵されています。2022-01-25
40小林昌人「蚕業の先駆者を輩出した上田市上塩尻の集落と民家」1990小林昌人「蚕業の先駆者を輩出した上田市上塩尻の集落と民家」1990【左】テキストコード化版 【右】『信濃』誌記事コピー 蚕種製造の中心地であった上田市上塩尻の歴史的・文化財的価値について言及した論文は小林昌人氏(1931~2001、長野県松本市生まれ)の「蚕業の先駆者を輩出した上田市上塩尻の集落と民家」(1990)が最初ではないかと思われる。 ここにその論文を転載し、諸活動の参考にしていただきたい。『信濃』誌記事はコピーでは読みにくいため、テキストコード化も行った。 所載:『信濃』第42巻第1号 pp.23~35 信濃史学会 1990 年1 月 テキストコード化・文書整形:長野大学前川道博研究室 2018 年09 月13 日2022-01-18
41上塩尻蚕種製造民家群、歴史資料の保全活用に関する課題上塩尻蚕種製造民家群、歴史資料の保全活用に関する課題全国一の蚕種製造地であった塩尻地区(上塩尻、下塩尻、秋和)には蚕種製造民家が数多く残されている。過去に塩尻地区の蚕室民家の実態調査とその活用に向けた検討がなされた経緯があるが、その後、具体的な対策が講じられることなく現在に至っている。とりわけ上塩尻については、蚕種製造民家群の歴史的景観、文化財・産業遺産としての各民家を保全・活用の観点から再調査し、具体的な保全活用に向けた検討を進める対策が必要である。 以上の観点から以下の課題について簡略ながら報告をした。 (1)蚕種製造民家群の保全活用 (2)歴史資料の保全活用 (3)上塩尻歴史文化の次世代への継承2022-01-18
42上塩尻の集落の模型(1992年)発見上塩尻の集落の模型(1992年)発見【上】集落模型(佐藤家住宅の部分)1992年 【下】集落模型(佐藤家住宅[佐藤尾之七邸宅])1897年(『日本博覧図』所載、上田市立博物館所蔵) 蚕種製造民家群が数多く残る上塩尻の民家は1989年度から1991年度にかけて当時の工学院大学山崎弘研究室によって調査されました。それからかれこれ30年近くが経過し、その調査を知る人も少なくなったばかりでなく、所在がわからなくなっていた調査資料を最近になってやっと探り当てることができました。そのことだけでも大きな感動です。 そしてつい先日、その調査で作成された上塩尻の集落のミニチュアが発見され、眼前で確認しました。「長野県上田市上塩尻の養蚕民家集落 Scale:1/500 1992.3.28 工学院大学 山崎研究室」と記されています。 山崎研究室の調査では、上塩尻の蚕種製造民家のうち23軒が調査2022-01-12
43塩田平自転車巡り塩田平自転車巡り大学前あたりから上田丸子線をまっすぐ行く途中で最初に見つけたカフェ。古民家をカフェに改装して作られている。コーヒーやスイーツはもちろんのこと、カレーなどのボリューム満点なランチも楽しめる。2021-11-22
44雪屋 Conco雪屋 Conco上田駅のすぐ近くの天神商店街の通りにある、甘味処「雪屋 Conco」。和の雰囲気を感じるようなお店で、店の内装やBGMで気持ちを落ち着かせることが出来、とても居心地の良い場所だった。 私は「クリーム抹茶あんみつ」を頼んだが、見た目が赤、オレンジ、黄緑、黄色と色鮮やかで目でも楽しめた。そして、一口食べてみると「甘いものって人を幸せにさせるのだな」と改めて思うことが出来た。 しかし、ずっと食べていると口の中が甘ったるくなってくるのだが、なんと塩昆布も一緒に提供されたのだ。なので「甘い、しょっぱい」を繰り返すことが可能となり、いくらでも食べられるような気がした。2021-11-15
45調べて出てこない場所でも名前があるところ以上の価値がある場所も存在する調べて出てこない場所でも名前があるところ以上の価値がある場所も存在する3つ連続で同じ時系列の投稿にはなるんですけどまたまたタタラ塚古墳に向かう途中の話です ホントに特に何か施設があるわけでもなく民家しかない坂でした。上りがけっこうきつかったので自転車を降りて歩いて上っててさすがに疲れたなーと思って立ち止まりました。それでなんか予感がして後ろをふと振り返ったらこんな景色が広がってるじゃないですか! こりゃ撮るしかねえなああ! そんな感じで撮ったんですけどもう1週間早かったら真っ赤じゃなくてもうちょい色々な色のコントラストが広がってて惜しいことしたなーみたいな感じになったとはいえ、まあ綺麗ですよね 来年のリベンジに期待ですね!(リベンジすること多いな笑) ここをゲームで使うとしたらイベントカードとして味方の士気を上げるみたいな感じで春夏秋冬バージョン2021-11-12
46オンライン発表会「学生による附属図書館と地域・メディアの改善提案」記録:全部①~⑯オンライン発表会「学生による附属図書館と地域・メディアの改善提案」記録:全部①~⑯長野大学/メディアプランニング論2021(企業情報学部クラスター科目) オンライン公開発表会「学生による附属図書館と地域・メディアの改善提案」記録 発表者①~⑯+講評 ▼発表(YouTube)通しで再生 80分 地域情報メディア論2021解説(担当教員:前川道博) → 説明資料 ▼発表1:カテゴリ1:長野大学附属図書館の課題摘出と改善提案 発表①長野大学附属図書館の課題調査と考察2021-08-11
47⑯古民家再生による地域活性化⑯古民家再生による地域活性化長野大学/地域情報メディア論2021 オンライン公開発表会「地域と地域メディアの課題」 発表者⑯古民家再生による地域活性化 ▼発表(YouTube) ▼発表資料(PDF) 2021-08-10
48信州が蚕糸王国ってホント? ポスト蚕糸業(産業)の視点から信州が蚕糸王国ってホント? ポスト蚕糸業(産業)の視点から信州が蚕糸王国ってホント? ポスト蚕糸業(産業)の視点から(講演採録全文) 講師:前川道博(長野大学企業情報学部教授) ▼元の講演はコチラ https://youtu.be/yS-xdWDMTwE?t=2779 信州学「信州の蚕糸業とシルクロード」講座 第2回  2016年10月6日/まちなかキャンパスうえだ

【1】蚕糸業って何? 蚕種製造、養蚕、製糸

■そもそも蚕糸業とは?

 今回、この講座は、多くの方に、後からも学習していただけるように、ということで、オンデマンド配信することを想定していますので、全く初めての方がこれを見ると「えっ? 蚕糸業って何?」、そういう基本的な疑問ですね。これを最初の方は誰もわからないわけです。その辺のところも含めてお話をさせていただきたいと思います。
2021-07-15
49樋之詰(とよのつめ)樋之詰(とよのつめ)別所温泉石湯から森林公園へ至る道の最中に突如として現れる野湯(?)。 これは正式名称を樋之詰(とよのつめ)と言い、湯川をボーリングした源泉をポンプによって揚湯し、近隣住民の生活用水として供しているもののようです。 水温はおよそ20.4℃、pHは8.95。泉質はほかの別所温泉群と同じく、単純硫黄泉と思われます。 民家の真横という立地も相まって浴びたり入ったりはまず不可能。 開湯時期は不明。 別所温泉の歴史は古く、その多くの期間を源泉の自然湧出のみで乗り越えてきました。 しかし、別所温泉源泉の湧出量は年々減少し、それに対する策として昭和30年頃からボーリングによる掘削が行われました。樋之詰もその開発の一環で開発されたものだと思われます。2021-05-06
50古民家カフェ69古民家カフェ69普段は予約の和食屋である旬彩 桜で、予約がない日に営業されている古民家カフェ。 オムライス、パスタ、デザートなどがリーズナブルな価格で提供されている。和室などの古民家ならではの雰囲気を楽しむことができる。2021-05-05
51甘味処 雪屋Conco甘味処 雪屋Concoお城口天神通にあるかき氷をメインとして扱っているお店。 パンケーキやドリンクメニューもあり、駅にも近いので時間があるときに立ち寄りたい場所。 一休みするのにベストな古民家風カフェでゆっくり過ごせる。2021-05-05
52salon as salonsalon as salon中町通りに位置するカフェ。ここは一階がサロンで二階にカフェがあるという珍しいタイプ。古民家風で二階の窓から中町通りを眺めながら、のんびり食事を楽しめる。2021-05-05
53隠れた古民家風店舗隠れた古民家風店舗時間 16時 天候 晴れ 上田駅前一帯は比較的お店も多く発展している地域ですが、その中でも古民家のような雰囲気のある建物があることに驚きました。先輩がお店で働いているらしくいつかは訪れたいお店のひとつです。2021-05-05
54自然と暮らす喫茶 hanatoki自然と暮らす喫茶 hanatoki2020年12月に別所温泉にオープンしたカフェと雑誌のお店「hanatoki」。 パンとお菓子のお店「marufugi」さんの店舗を借りて営業中だそうです。 「自然と暮らす喫茶」というお店の名前がぴったりなお洒落なカフェ。 古民家を改築したカフェを営業中で、深煎りコーヒーやブレンドコーヒーの他にプリンやベイクドチーズケーキなどのデザートも食べられます。 マフィンや焼き菓子をテイクアウトすることも可能。 お子さん連れのお客さんもいらっしゃいました。 コーヒー以外にもカフェオレ、リンゴジュース、シロップジュースなどがありお子様も気軽に来られるカフェ。2021-05-05
55甘味処 雪屋 Conco甘味処 雪屋 Conco上田駅前天神商店街にある古民家甘味カフェです。レトロ感が満載の店舗でかき氷を中心に様々なメニューがあります。インスタ映えしそうなかわいい見た目と和モダンなお店の雰囲気がとても素敵です。2021-05-04
56[14/09/11]山家の「真田氏館跡」[14/09/11]山家の「真田氏館跡」枡形道路とたつ道を進むと民家の石垣にぶつかりT字路となります。余談ですが、このような傾斜地に広がる集落がどことなく和歌山県の九度山に似ていることを想起しました。 この民家のある土地が平らに整地されていることから、ここに館があったという推定が興味を引きます。さらに、ここが真田氏の館跡であるという仮説もワクワクするようなものです。 真田氏の館跡はすでに真田町の各所で見てきました。角間の館跡、ここ山家の館跡、お屋敷公園の館跡、伊勢山にも館跡があったらしい。真田氏は角間から次第に低い方へと移り、やがて上田城へ。やがて真田信幸の代になり、上田藩主居館跡に、更にその後は松代へ移ることになります。この変遷をたどるだけでも実に興味深い。2021-05-01
57明治時代の大屋地域明治時代の大屋地域これは明治時代の実際の大屋地域の写真です。 ㉓と書かれている場所が大屋地域で明治30年に入ってから多くの住宅が建てられました。 明治初期は130軒ほどだった民家も平成に入ると1300軒を超える民家が建てられました。 ㉑はスーパーがありましたが移転するなど、大きな変化があったのは昭和30年~60年ごろです。 【参考文献】 上田市史 第66図 155貢2021-02-01
58上塩尻地域 佐藤邸上塩尻地域 佐藤邸上塩尻地域の蚕種製造民家。藤本善右衛門の四男佐藤尾之七の邸宅であった。現在も佐藤邸では蚕種業を営んでいた頃の雰囲気を感じることができる。2021-01-26
59水路の水3水路の水3川と合流したけれど時々匂う温泉の香り。 民家の前に温泉のにおいの水場を発見2020-11-06
60上田探検Ⅱ まとめ上田探検Ⅱ まとめ今回上田駅周辺の上田城や柳町を散策して、無理に現代に合わせていないことに気づきました。 観光業を発展させることを考えると、やはり若い層の需要にこたえようとすると思います。そこで昔から受け継がれてきた文化を一掃して無理に若い層の需要を増やそうとするのではなく、柳町などでは積み上げられた歴史の上で「若者の需要」を考えていました。例えば古民家をそのまま利用したカフェや古着屋、神社ならではの味のある撮影スポットなどです。 現代の風潮として華やかで輝かしいものだけが注目を浴びているわけではないと思います。落ち着いていてどこか懐かしさを感じさせるスポットにも需要があると思います。上田市の特色を壊さない上田市ならではの観光業があると気づきました。2020-11-03
61ルヴァン 信州上田店ルヴァン 信州上田店ルヴァンは柳町通りにあるパン屋さんで、天然酵母パンが有名です。ルヴァンとはフランス語で天然酵母という意味らしいです。店内は、古民家を生かしたおしゃれで落ち着く雰囲気でした。一階はテイクアウトのパンが売られていて、二階はカフェになっていました。 私は、アップルパイを買ったのですが、天然酵母のパイ生地のシンプルな味わいが林檎の甘ささをさらに引き出していて、とてもおいしかったです。 普段食べているパンとはまた違った、天然酵母特有の風味・香り・食感が楽しめました。次回はぜひ二階のカフェにも行ってみたいです。2020-11-03
62ルヴァンルヴァンお店は古民家を思わせる趣のある建物です。二階にあるカフェで食べればインスタ映え間違いなしです。 ルヴァンのパンは天然酵母を使っているらしくパンに詳しくないのでよくわかりませんでしたが、よくあるパン屋さんとも全然違うパンでした。 一番人気のメランジェは、生地のほどよい酸味とクルミとカランツの甘みが口の中に広がります。 ぜひご賞味ください。2020-11-01
63上田市内のローカルレストラン探訪 #3 隠れキッチン上田市内のローカルレストラン探訪 #3 隠れキッチン別所街道沿いにあるごく普通の民家を改良した名前通りの隠れたレストランです。 今回は鮭と茄子のアヒージョ、フライドポテトを注文。 ちなみにアヒージョは人生初体験でした。クラッカーが付いてきたときはどう食べればいい物かと迷ってしまいました・・・ 味は高級料理店かと思うほどの絶品。量は少なめながらも合計1000円と他のレストランと比べると若干割高ではありますが、十分すぎるものでした。 ここは自宅からもかなり近い距離にあるので、一人でいけるのなら頻繁に通いたいですね。2020-10-20
64別所温泉別所温泉別所温泉に初めて行った。上田電鉄を使えば私の最寄り駅から10駅離れていることもありかなり遠い位置にあるのかと思っていたのだが、自転車で30分あれば着いてしまった。温泉では、道路が坂道が多くコーナー化しており街全体を1周することができ、そこに沿って沢山の飲食店、宿、温泉施設、民家があった。特に、宿が立ち並ぶ光景は私が普段住んでいる場所より全く異質であり、非常に興味を持った。2020-10-05
65藤本蚕業歴史館内部-3藤本蚕業歴史館内部-3歴史館内部の独特な構造。内部では、このような配管などにより、空気が循環されていて、蚕に適した環境が保たれていた。障子戸などまるで民家のような作りであるにもかかわらず、蚕種製造の工場の役割を果たしていた事は興味深い。2020-08-09
66上塩尻 蚕種製造民家まちなみウオッチング上塩尻 蚕種製造民家まちなみウオッチング私の所属するJIA(日本建築家協会)長野県クラブと、長野大学前川道博研究室において、上田市上塩尻地区に残る蚕種製造民家や歴史的な街並みの見学会が行われました。全国的にも珍しい民家建築が多く残るこの地の未来に向けた保全や活用方法を考えるきっかけとして、企画されたもので、詳しくはJIA長野県クラブのHPの会員レポートをご覧ください。 https://jia-nagano.com/blog/9487.html2020-08-07
67蚕の里サロンの地域景観セミナー2016蚕の里サロンの地域景観セミナー2016上田市小牧にある「蚕の里サロン」で地域景観セミナーに参加した際の記録です。 ★シルク文化地域コミュニティー 遊び学び体験、絹の里づくり 2016/11/20(日) 建築家が語る「蚕都うえだ」「地域愛&歴史景観」 お話されたのはミサワホーム総研の大谷宗之さんです。 いくつかの興味深い視点を提示されました。 ・その地域が持っているキャラクターに着目 ・なぜ建物がそういうふうに建っているのか ・なぜこんなに密集しているのか 上田の場合、養蚕がポイントになる。寒い時は室内を暖め、暑い時は風通しをよくする。空気が読めないと蚕は育てられない。 大谷さんは英国や南プロバンスの地域景観などを紹介しながら、上田らしい景観と地勢的特色のある事例として、小牧、上塩尻、別所を採り上げていました。非常に平易な解説で私も2020-07-18
68上塩尻の変化上塩尻の変化かつて存在していた屋敷や建物がなくなると一気に景観が変わります。しかし、変わる前と変わった後の風景を並べないと何がどう変わったかすら認識ができないものとなります。 かつて蚕種製造の中心地であった上塩尻も例外に漏れず、知らず知らず集落全体が変容しています。道路側に長屋門があった屋敷が今年更地になっていました。何とも複雑な思いがします。 ★ビフォー 画像1点目 2011/11/27の記録 ★アフター 画像2点目 2017/09/08の記録2020-07-18
69上塩尻蚕種製造民家群上塩尻蚕種製造民家群全国一の蚕種製造地といっていい上塩尻の蚕種製造民家群。古いまちなみの地区は全国に数多くあっても蚕種製造民家群がこれだけの規模で現存している地区は国内では稀有です。世界一の蚕糸王国であった日本の蚕種製造の中心地として並外れた価値を持つ産業遺産ではないかと思います。これこそ「世界遺産」にふさわしい。 上塩尻蚕種製造民家群はこれまでにも全国的に関心を持たれる節目がありながら、それをステップに次に踏み出しきれなかった経緯があります。 ふり返ってみると小林昌人氏による集落・民家の調査レポートが古い(「蚕業の先駆者を輩出した上田市 上塩尻の集落と民家」『信濃』1990年1号)。同氏による『写真集 民家の風貌』(1994年)にも上塩尻の民家が収録されています。大がかりな調査事業としては上田市による「塩尻地2020-07-18
70下塩尻蚕種製造民家群の佇まい下塩尻蚕種製造民家群の佇まい2017/11/27の記録。日本一の蚕種製造地を私は「上塩尻蚕種製造民家群」と呼んできましたが、より包摂的には「塩尻地区蚕種製造民家群」と呼ぶのが適切です。本日、日本ナショナルトラストのUさんが上田に来訪され、地元の方と塩尻地区(秋和・上塩尻・下塩尻)を見聞しました。 下塩尻はこれまであまり見聞したことがなく、地元のMさんの御案内で私も認識を新たにしました。下塩尻は北国街道沿いばかりでなく、千曲川沿いの一帯に「蚕種製造民家群」が集積しています。上塩尻と違い、千曲川沿いの低地に屋敷が広がっているせいか、一軒一軒の家々の敷地が広く、狭いところに屋敷がひしめきあう上塩尻とは対照的です。総じてゆったり感があります。その佇まいが下塩尻の景観をなしています。川べりという立地のせいか、集落の景観が群馬県2020-07-18
71上塩尻元宿・蚕室民家の佇まい、清水さん宅上塩尻元宿・蚕室民家の佇まい、清水さん宅2018/11/05、上塩尻・元宿の清水さん宅を訪れました。元宿は上塩尻の中心である北国街道沿いの大村とは違い、千曲川沿いの平坦な土地に広がる区域です。かつて千曲川の大洪水により壊滅的な被害を受けた歴史的背景があります。その一方で、千曲川の上流から運ばれる肥沃な土砂が桑の栽培に適し、この地の蚕種製造を育みました。この条件は千曲川沿いに広がる下塩尻にも共通しています。 清水さん宅の主屋は上田市の調査資料によると明治28年に建てられたらしい。蚕種製造民家の多くが明治20年代に建てられています。門の構えも立派です。中庭も丁寧に手入れがされて、屋敷全体の佇まいが美しい。家の品格というものを感じます。 清水さん宅の敷地からは上塩尻の中心の集落が遠望できます。背後に虚空蔵山系の山が一望できます。蚕種製造2020-07-18
72全国町並みゼミで上塩尻をエクスカーション全国町並みゼミで上塩尻をエクスカーション全国町並みゼミが2018/11/16~18の3日間にわたり松代を会場に開催されました。全国から200名を超える人々が集う全国規模のイベントです。最終日11/18の午後、いくつかのコースに分かれてエクスカーションを実施しました。 私が企画したのは「蚕都上田エクスカーション」です。参加者は7名と少数ながら、全国から町並みに関心のある方々が参加しました。全国から来られた意識の高い方々だけに関心の向かい方も違い、案内する私の方が大きな刺激を受けました。地元の方々にも参加・同行していただき、直接、地元の方々と現地交流できたことも得難い体験として受け止めていただけました。give, then takeの大切さを改めて感じました。 当日は全国町並みゼミの午前のまとめ会の終了後、会場のロイヤルホテル長野をマイクロバスで出発。千曲川沿い2020-07-18
73上田にモリス先生来訪上田にモリス先生来訪2019/11/30、千葉大学のマーティン・モリス先生が上田に来訪されました。翌日12/1のまちなかキャンパス講座「わたしたちの地域マップをつくる第3回」の講師を引き受けていただき、その前日のこの日、塩尻地区のある古い民家を地元の方々と見聞させていただきました。モリス先生はイギリス出身ですが、驚くほど日本の伝統建築に詳しく、訪問先の室内を簡易的に測定し、建築上の特徴などからその年代の推定までされていました。 少し驚いたのはフィートのメジャーで寸法を測り始めたこと。「あれあれメートルでなくていいの?」と思いましたが、よくよく考えてみればフィートと尺の単位は極めて近似しており、尺のメジャーの代わりにフィートのメジャーを使っているのだとわかりました。なるほど!です。 モリス先生は、長年上塩尻を研究2020-07-18
74上塩尻の蚕種製造民家群と文書を見聞する上塩尻の蚕種製造民家群と文書を見聞する2018/08/18、上田市上塩尻の蚕種製造民家群と文書を見聞する会を開きました。長野大学前川研究室、上塩尻自治会、上塩尻今昔の会の連携で実施したものです。地元上塩尻の方々を中心に、建築や歴史文化の専門の方などが加わり20名ほどが参加しました。 幕末から近代にかけて日本の産業を牽引した蚕糸業の中でも、長野県は蚕糸王国と呼ばれるほどに近代日本の殖産興業に貢献をしました。その中で上田小県は蚕都上田と呼ばれ、その中心地の一つでした。とりわけ上塩尻を中心とした塩尻地区は蚕種製造の一大中心地となり、江戸時代から幾人もの優れた蚕種製造家を輩出した他、各家が蚕種製造業を営んでいました。その当時の蚕種製造民家は現在もなお数多く残り、「蚕種製造民家群」という全国的にも稀有な歴史的景観地区となっています。 2020-07-18
75上塩尻の景観上塩尻の景観2018/09/09、(長野県上田市)上塩尻へ立ち寄ってきました。北国街道沿いに広がる上塩尻の景観が美しい。それぞれの家々は街道沿いには塀がめぐらされて門が構えられています。飾り気がなく、シンプルな集落の佇まいです。特色あるのはそれぞれが二階建ての瓦葺の建物で、2階に蚕室が備わっていること。建物も塀も質が高く、それが趣のある文化的景観をつくり出しています。二階の蚕室の雨戸も景観に美しさを添えています。旧街道の道筋は車が1台通過できる程度の幅しかありません。車を屋敷の中に入れる事は不可能です。現代の生活に欠かせない車が屋敷の中にすら入れない不自由を抱えながら、古い建物が維持され、このような美しい景観が維持されていることに感銘を受けます。 西側に面している建物は細い路地に面し、窓のない木造2020-07-18
76上塩尻の集落の模型(1992年)発見上塩尻の集落の模型(1992年)発見蚕種製造民家群が数多く残る上塩尻の民家は1989年度から1991年度にかけて当時の工学院大学山崎弘研究室によって調査されました。それからかれこれ30年近くが経過し、その調査を知る人も少なくなったばかりでなく、所在がわからなくなっていた調査資料を最近になってやっと探り当てることができました。そのことだけでも大きな感動です。 そしてつい先日、その調査で作成された上塩尻の集落のミニチュアが発見され、眼前で確認しました。「長野県上田市上塩尻の養蚕民家集落 Scale:1/500 1992.3.28 工学院大学 山崎研究室」と記されています。 山崎研究室の調査では、上塩尻の蚕種製造民家のうち23軒が調査され、それらの民家については間取りも仔細に調査されました。それらの民家については実物そっくりのミニチュアが作られています。現在は2020-07-18
77尾澤木彫美術館の外観尾澤木彫美術館の外観尾澤木彫美術館は長野県上田市に位置する農民美術の美術館。館長の尾澤敏春氏およびその先代である尾澤千春氏の作品を数多く展示している。また世界各地の木彫人形も展示している。建物は新潟の豪雪地帯から移築した寄棟中門造の民家を改装したもの。 農民美術とは 長野県上田市を中心とした大正時代の工芸運動。東京美術学校を卒業し、パリで留学していた画家・山本鼎(1882~1946)が提唱した。冬場の副業として取り組み、農村の経済水準と文化水準を高めることを目指したもの。器や小物入れといった日用品から人形や木版画といった美術品、また手縫いや刺しゅう等その領域は多岐に渡る。 【参考文献】 石川義宗、禹在勇(2018)『長野県の木工文化:デザイン史から見た農民美術の意義』日本デザイン学会デザイン学研究概要集 神田愛子『2020-07-15
78天神宮商店街天神宮商店街上田駅とアリオ上田とを結ぶ通りに位置する天神宮商店街。2枚目の写真は、真田ラーメンと、人生そばというお達者倶楽部 艶 さん、3枚目は古民家を改装して作られて、地元の米粉やあんこ等を使ったソースのかき氷を食べられる雪屋Concoさん、4枚目の写真は信州上田のそばを使ったガレットが特徴のクレープリアーンさんです。他にも沢山気になるお店がたくさんありました!「上田街中商店街」と検索すると色々なお店の情報を見ることができて楽しいです。2020-07-14
79Co・LABO shop 柳町屋Co・LABO shop 柳町屋柳町通りのほぼ真ん中にある、上田ブランド研究所のラボショップです。信州上田産の産地ブランドりんご「真田REDアップル」を使ったりんごスイーツを開発・販売しています。 「真田REDアップル」とは、信州上田産のりんごのご当地ブランド化を図るために立ち上げられた商品名です。JA信州うえだ管内で収穫された林檎が対象で、直販はもちろん、お菓子などに形を変えて信州上田のりんごの美味しさをPRしています。 お休み処としても開放されており、買い物の合間や散策の休憩にも利用できます。築150年ほどの古民家で、お洒落でありつつも落ち着ける空間です。 みなさんも是非行ってみてください!2020-06-23
80雪屋Conco雪屋Conco古民家をリノベーションした昔ながらのお店です。趣があり、あたたかい雰囲気で、とても居心地がよかったです。かき氷をオーダーさせていただいたのですが、見た目がとてもかわいく、幅広い年代の人に慕われるスイーツだなと思いました。味も程よい甘さで、食べやすかったです。また、昔を思い出せるカレー麺も売っており、懐かしい気持ちにらることができました。2020-06-22
81市街地の片隅に遺るもの(上田交通真田傍陽線の橋脚跡)市街地の片隅に遺るもの(上田交通真田傍陽線の橋脚跡)上田市の中心部にほど近い、川沿いの遊歩道。 歩いていると突然、まっすぐ続く護岸の中に他とは違って出っ張った、左右対称のコンクリートの柱が現れた。 これは、今から約90年前に開業し約50年前に廃止された、上田交通の真田傍陽線の橋の跡である。 このコンクリートの上部のくぼんだ部分に鉄骨でできた橋げたが乗せられ、その上を毎日電車が走り抜けたのであった。 こういった遺構は、多くの場合には再開発の際に取り壊されてしまったりするものであるが、ここでは遊歩道の一部として再整備されている。 片方の柱は柵が取り付けられて遊歩道の一部に、もう片方は民家の敷地となっている。 このようなものが、市街地のしかも中央郵便局のすぐ近くというような発展した場所に残っているというのは、 全国的に見てもかなり珍しい2020-06-02
82上田警察署保野分署跡上田警察署保野分署跡明治11年からこの場所にあった警察分署跡。塩田平のほぼ全域を管轄していた。 標柱には「明治一十一年まで」と記載があるが、不自然な表記であるため、字が消えてしまった可能性がある。本来は明治21年か31年までと記されていたのではないか。 消火栓の「長野縣」という文字からも歴史のある一角であることが読み取れる。今でこそ閑静な住宅街だが、かつては警察が置かれるほどの主要な場所であったことが興味深い。 ただの民家が地域の治安維持のための拠点だったとは想像もつかないだろう。「え?こんなところに?」と思わずにはいられない。2020-05-26
83NPO法人リベルテ・ギャラリーグリーンNPO法人リベルテ・ギャラリーグリーン北國街道 柳町にある「リベルテ」は、障害から文化を考えるための言葉や時間、場所作っていきたいというNPO法人が運営するスペースです。何気ない自由や権利を尊重していける社会や人の関係づくりを行っているそうです。2020-05-26
84ルヴァン 信州上田店ルヴァン 信州上田店上田駅から徒歩約13分の柳町の通りにあります。 国産小麦・天然酵母を使って作ったパンが有名でお店は趣のある古民家で、とても落ち着きます。 わざわざ県外から足を運ぶ人もいるそうです。2020-05-26
85山神社山神社民家のある中にぽつんと存在する、非常に小さな神社である。鳥居には手作り感満載の「山神社」と書かれた札がかけられており、かわいらしい。あるのは小さなお堂と水道のみではあるが、これを建造した当時の人々の信仰心に思いをはせることができる。2020-05-25
86北向観世音道の看板(上田市小島)北向観世音道の看板(上田市小島)かつてこの道が北向観世音道(別所街道)であったことを伝える看板。上田城下から別所に至る主要な道であったことが記されている。 別所街道の面影を探すうえで非常に役立つものである。 この並びには趣のある石垣を要する民家があり、この道が古くからあることを教えてくれる。2020-05-25
87尾澤木彫美術館尾澤木彫美術館農民美術の第一人者である、尾澤千春・敏春父子が制作した木彫の作品が展示されています。 およそ1500点の作品が残されています。 世界各地で集めた1200点の木彫人形なども見応えがあります。 また、館内は新潟の豪雪地帯から移築した寄棟中門造の民家を改装してあり、外観がとてもオシャレです。2020-05-25
88上塩尻の蚕種製造民家群と文書を見聞する上塩尻の蚕種製造民家群と文書を見聞する2018/08/18、上田市上塩尻の蚕種製造民家群と文書を見聞する会を開きました。長野大学前川研究室、上塩尻自治会、上塩尻今昔の会の連携で実施したものです。地元上塩尻の方々を中心に、建築や歴史文化の専門の方などが加わり20名ほどが参加しました。暑いとは言え、連日の猛暑からは解放されたように秋めいた爽やかさが感じられる一日となりました。

全国的にも稀有な蚕種製造民家群

幕末から近代にかけて日本の産業を牽引した蚕糸業の中でも、長野県は蚕糸王国と呼ばれるほどに近代日本の殖産興業に貢献をしました。その中で上田小県は蚕都上田と呼ばれ、その中心地の一つでした。とりわけ上塩尻を中心とした塩尻地区は蚕種製造の一大中心地となり、江戸時代から幾人もの優れた蚕種製造家を輩出した他、各家が蚕種製造業を営んで
2020-05-10
89上塩尻の蚕種製造民家上塩尻の蚕種製造民家北国街道沿いに広がる上塩尻の景観が美しい。それぞれの家々の多くが、かつては蚕種製造業を営んでいた家です。それぞれが二階建ての瓦葺の建物で、2階に蚕室が備わっていること。建物も塀も質が高く、それが趣のある文化的景観をつくり出しています。二階の蚕室の雨戸も景観に美しさを添えています。 改めて、上塩尻のさりげない景観に美しさを感じ、写真に収めておきました。2020-04-22
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