第十九国立銀行について-5 (八十二銀行)
八十二銀行上田支店。これまで、上田は生糸業の発展によって栄えたが、第一次世界大戦後に続いた慢性不況と1929(昭和4)年の世界恐慌により生糸価格が崩壊するなど、その繁栄にも暗い影が忍び寄ってきた。このような不況により、当時、県内の最大銀行であった信濃銀行の倒産などが発生し、長野県は「全国一の不況県」と言われるまでになった。このような中、1931(昭和6)年、第十九、六十三銀行が合併し、それぞれの行名の数字を足した呼称である「八十二銀行」が誕生した。
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投稿者 | じょうじ |
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