『本はどのように消えてゆくのか』を読む

『本はどのように消えてゆくのか』を読む

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書棚にあった本の一冊『本はどのように消えてゆくのか』(津野海太郎著、1996年)を自炊しタブレットで読みました。4半世紀も昔の本ながら、久しく置いておくだけになっていました。このように存在し続けている書籍という紙媒体の恩恵はそのようなところにあるのかとそのありがたさを改めて感じました。当時、デジタル化されていたらおそらく今手に取ることもなかったのではないか。デジタルデータの保全・継承の難しさは紙媒体をはるかに超える困難があります。

四半世紀経つと、当時、あるいはそれ以前当たり前だったことが忘却の彼方へと遠ざかりかねない危険に改めて気づかされました。木版から活版印刷へ、さらに写植オフセットへ。そういう変化があったか。記憶を新たにしたのは「ガリ版刷り」。そういえば私も大学生の頃までガリ版やっていたなあと。まさに今のSNSの前時代のメディアでした。著者は1995年当時、Macで日本語OCRの威力に驚嘆したことがこの著作の執筆動機の一つになっていたらしい。DTPに対しての関心の高さも吐露されています。

四半世紀後の現代から見直してみると、ここに記されていることは文筆や出版という文化に関わっていた人たちの目線から捉えたメディアの実情と捉えることができます。DXを考える。知識循環の実現を考える。はっきりと浮かび上がって見えることは、テキストデータというものが印刷や出版といったメディア形態と膠着している事実。当事者たちの中ではその分離意識ができていないということ。著者はOCRで印刷された文書を読み取り、編集可能なデータとして蘇生されることに驚き、デジタルのアドバンテージを指摘しています。文筆も出版も日頃から書き留めているメモのようなものも含め、それらは今、パソコンやスマホでデータ入力して書いているもの、つまりデジタルデータであるということ。DX、知識循環ではそれらをマスタデータ(原本)として蓄積・管理できるものになっているかが問われます。著者はまだワープロで執筆したテキスト(つまりデジタルデータ)を原本とする意識には至れていませんが、それがこの4半世紀、つまり、社会がデジタルな方向に進化し、誰もがDXを当たり前に実践している状況との差異であると捉えてみるのがよいでしょう。

著者がHTMLに興味をひかれている点も注目できます。こんな簡単な方法でテキストがパブリッシュできるのだと。HTMLはテキストをWebパブリッシュするための整形手段ではありますが、旧来型の出版がウェブパブリッシングにパラダイムシフトしたことに『本はどのように消えてゆくのか』の本命の課題提起にもなっています。HTMLは本来、テキストを構造化する手段なはずなのに、世間ではテキスト整形の手段として矮小化された現実についても言及しています。そのことは私も当時から実感してきたことです。付け加えておくとテキストは整形前のものが原本で、HTMLによるパブリッシュはあくまで整形公開の手段に過ぎないということ。テキストの構造をどうマスタ化できるかは実はいまだに解決していない課題です。構造化記述はさておき、タグ付けされないテキスト原データを保全することに主眼を置く、という対処が現時点では最も望ましい現実解となるでしょう。

著者がこの本を執筆した1995年には、私も出版→ウェブの取り組みを意識的に行っていました。リュミエール兄弟が1895年、映画を発明して100年を迎える1995年、私は東北芸術工科大学でインターネットへの情報発信の活動に取り組み、映画情報をネットで発信・共有するチャレンジとして『アジア映画小事典』(三一書房、1995年出版)のウェブ化に取り組みました。この実践で得た知見は諸々あり、その後、地域資料等のデジタルアーカイブ化を企画・構想する上でも最も基礎的なメディア的知見の礎となっています。

今こうやってこの書籍を自炊する行いが『本はどのように消えてゆくのか』の一つの答えにもなっているように思います。

登録日:2022-08-04 投稿者:ミッチー
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