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1上田城跡 二の丸跡の歴史物① 二の丸橋上田城跡 二の丸跡の歴史物① 二の丸橋現在、市立博物館がある一角に上田監獄署ができたのは明治18年。城跡に残っていた石垣や土塁の上に更に高い塀を築き、周りを囲みました。現在の二の丸橋のところが正門となり、頑丈な門が石垣の間に作られました。そんな事情もあり、公園利用者のために二の丸橋の南側にもう一つ橋を設けていたようです。現在のけやき並木のところに鉄道(上田温泉電軌(き)北東線)を通すことになった昭和初年に、この橋は撤去されましたが、二の丸橋が二つあったというのは、現在では想像もできません。 <引用文>https://www.city.ueda.nagano.jp/soshiki/shogaku/2024.html 10月21日15時頃にフィールドワークしました。上田城 二の丸跡にに入り口には二の丸橋という橋があり何か歴史がありそうだなぁと思い調べてみたら、こんな歴史がありました。二の丸橋が2つもあっ2022-10-26
2霊泉寺の大ケヤキ霊泉寺の大ケヤキ樹齢数百年とされる霊泉寺大欅は、霊泉寺温泉の入口を守るシンボルとなってきましたが、2008年、その寿命を終えて倒木し現在は幹だけが残っています。倒木し幹の下部だけが残っているとは言え、根をはったまま生命を維持しています。年老いたひだがつくる表情の深さが何よりも雄弁にそのことを語りかけてきます。 ★上田市の文化財/霊泉寺大欅 このページに倒木前の大ケヤキの360度パノラマビューが掲載されています。2022-06-19
34 年表からひもとく4 年表からひもとく坂井村誌内の年表を一部引用し、特に重要な部分をまとめた。

昭和12年(1937年)

盧溝橋事件が勃発。村内の予備兵に召集下令があり、村内に一気に緊張感が流れた。 ・銃後後援会(後に奉公会)結成、村防護団結成・応召家庭の農作業奉仕。 ・軍の指示により、初めて防空演習が行われる。 ・国防婦人会結成(全村)、国民精神総動員長野県実行委員会(会長・県知事)坂井村支部(支部長・村長)結成。 ⇒日中全面戦争の開始に伴って始められた、国民の戦争協力を促す官製国民運動。「精動」と略されることもある。1937年(昭和12)8月第一次近衛文麿(このえふみまろ)内閣は「国民精神総動員実施要綱」を閣議決定し、同年10月「挙国一致、尽忠(じんちゅう)報国、堅忍(けんにん)持久」のスローガンのもとに国民精神総動員
2022-01-29
4別所線の今と昔の比較(1)別所線の今と昔の比較(1)この写真は1927年に開通された北東線上田の公園前駅を写したものです。現在は、上田城跡公園のけやき並木となっています。 [参考文献・写真] 上田市ホームページhttps://www.city.ueda.nagano.jp/site/besshosen/5563.html2022-01-27
5手洗池(てあらいけ)手洗池(てあらいけ)手洗池には二つの名前の由来がある。こららを紹介したいと思う。 昔、柳沢村(現上田市古安曽)に幹が6メートルもある大きなけやきの木がありました。ある秋、このけやきの木の枝が折れてしまい、村人は何か変わったことが起きるのではないかと心配していました。すると翌年の夏、すさまじい嵐が起こりました。このため山のほとんどの木が風や落雷のために倒れてしまい、村人は途方に暮れました。さらにこの年も大きなけやきの木の枝が折れてしまい、その翌年もまた大荒れに見舞われました。村人たちは、大きなけやきのせいではないかと考えるようになり、どのようにしたらよいか考えていました。 ちょうどその時、木曽義仲に仕えていた手塚太郎金刺光盛という人が、丸子のお城から手塚へ帰る途中、柳沢を通られましたので、相談した2022-01-26
6上田城 本丸東虎口上田城 本丸東虎口北櫓、南櫓、櫓門の三棟の櫓を通称、本丸東虎口と言います。市立博物館やケヤキ並木の方の入口からだと最初に正面から見ることができます。有料で門の上を登ることができますが、毎週水曜日は空いていないので注意しましょう。また、門の入口の正面から右側には、真田石と呼ばれる大きな石があります。2021-11-12
7山居倉庫山居倉庫米どころ庄内に1893年に建てられた米保管倉庫。 NHK朝の連続テレビ小説「おしん」のロケ地にもなった。 現在も現役で利用されている農業倉庫で、2021年3月26日に国指定史跡に認定された。 美しいケヤキが構える、ケヤキ並木も観光スポットとして有名だ。2021-05-05
8東條健代神社東條健代神社上田市にある東條健代神社は由緒・創建年月とも不明で謎に包まれていましたが、悠然と構える本堂からは歴史を感じさせられました。 また境内には上田市指定樹林の立派なケヤキが立ち並んでおり、自然の力強さも感じられました。 また本殿にある彫刻はとても素晴らしいモノでした。2021-05-04
9上田駅周辺の変化上田駅周辺の変化今回中心として見ていく上田駅は、1888年(明治21年)に官設鉄道の長野駅-上田駅間の開業に伴い、終着駅として開業した。 いままで様々な線の始発駅や途中駅、終着駅として昔から現在まで活躍している。 上記の画像は2021年(令和3年) 1月26日にGoogle Mapで上田駅周辺を見た状況となっている。現在どのようになっているのかが分かる。 今回発見した1922年(大正11年)の上田市全図では、市役所や小学校・中学校などの主要な建物が上田駅周辺に集まっていることが資料から分かった。 また、上田駅が上田停車場と記載されている。この上田停車場という言葉で調べてみると、上田駅お城口を出てすぐの長野県道162号上田停車場線が出てきて、日本一短い県道とされているという情報を知ることができた。 次に発見した1928年(昭和3年)の大日本職業別明細図2021-01-27
10檸檬のあんかけやきそば檸檬のあんかけやきそば上田市ではあんかけやきそばが有名だということで自分のなかでは一押しの中華料理屋さんとして檸檬にいきました。この商店街で長い間地域の人にも親しまれ、有名人の大泉洋などが訪れるなど上田市に住む人なら一度は行ったことがことがあるのでないかというレベルのお店です。ぼくにとってはすがらしを入れることは物心がつく前から身についていましたが、県外の人にとってはどうしても口には合いずらいようです。2020-11-05
11上田城上田城上田城は徳川軍を二度にわたって退けたことで知られているのだそう。 駐車場から上田城に向かうけやき並木遊歩道は紅葉した木々に囲まれていてきれいだった。 写真は本丸東虎口に復元された櫓門。2020-11-04
12上田城跡公園からの遊歩道上田城跡公園からの遊歩道駐車場から上田城に向かう途中で通った道です。左右に木が植えられており、その木々が赤や黄色、緑の色に紅葉していて癒やされる空間でした。老木のためケヤキの枯れ枝の落下に関する注意書きが書かれて、古くから上田城を守っている様子をうかがえます。2020-11-04
13龍光院への参道龍光院への参道門前には、樹齢600年のケヤキが聳え立っています。門からは、長い植え込みの登り坂が続きます。汗をかいてしまうほどでしたが、小川を流れる水の音をきき、紫陽花の色を楽しみながら歩くことができました。2020-07-22
14前山寺前山寺拝観料がかかるので私はじっくりと見ることができませんでしたが、木造茅葺き屋根の本堂と国重要文化財の三重塔があります。花の寺といわれ、桜・藤・紫陽花・イチョウなど、季節によって違った花を楽しむことができます。古い松やケヤキの大木が並ぶ参道では、木漏れ日や抜けていく風が心地よかったです。石段や石垣、大木などにみられる苔の様子に惹かれました。2020-07-22
15堀から鉄路、遊歩道へ(公園前駅跡)堀から鉄路、遊歩道へ(公園前駅跡)切通しの底にある、立派な石のトンネルと低い石積みのホーム。 ここは公園前駅の跡。 元々は上田城の二の丸掘りであったところに、1927年に真田傍陽線が通された。 トンネルに見えるのは上田城址公園への橋で、側面上部には電線を通すための碍子(がいし)も残されている。 廃線後、現在はケヤキ並木遊歩道として整備され、人々の憩いの場所となっている。 城の守りの要から人々の生活の足へ、そして憩いの遊歩道へ。 不思議な人生(土地生?)もあるものだ、と考えた。2020-06-22
16魅惑的魅惑的 上田市前山にある前山寺。入口にある大きなケヤキが目印。眺めもきれいでとても涼しいです。国宝でもある三重塔があります。ちなみに入場料は、大人、大学生200円。高校生100円。小中学生50円。 周辺にはお寺や神社がたくさんありました。      (・これから、上田市の魅力を発見していき、深く知りたいテーマを見つけていきたいです。また、魅力を伝えられる力もつけていきたいです。)2020-06-22
17武水別神社武水別神社千曲川の氾濫防止を祈って、「武水別大神(たけみずわけのおおかみ)」が祀られたとされています。ケヤキの木が多くあり、すぐそばには千曲川が流れています。自然に囲まれ、空気も澄んでいるため、心が癒されます。2020-06-03
18宮川神社宮川神社住宅街にたたずむ姿にひかれる神社となっております。 入口には大きなケヤキがあり、しめ縄がされていました。緑に囲まれた神社であり、落ち着ける場所となっています。 本堂の横には笠森稲荷があります。創建時期は不詳となっています。祭神は神功皇后・応神天皇・タマヨリビメです。2020-05-26
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