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1小諸・上塩尻・その他地域における活動中間報告小諸・上塩尻・その他地域における活動中間報告小諸・上塩尻・その他地域における後期の活動について述べています。 具体的な内容としては、小諸では講演会の参加やそのYouTube撮影・投稿を行い、上塩尻では藤本蚕業歴史館資料のデジタル化、その他地域では神川小学校のデジタルマップを利用した学習支援や上田自由大学シンポジウム及びキモノマルシェの参加について書いています。2022-11-21
210/31 塩尻小学習支援10/31 塩尻小学習支援10月31日に塩尻小学校の児童がデジタルマップ「塩尻小まなびサイト」に記事を投稿するお手伝いをしてきました。 今回はサポートとして参加したので教室の後ろの方で見守っていましたが、どんどんと記事を書き多い人は5件ほど投稿できていて驚きました。 普段から少しクロームブックを使っているとのことだったのですが、ローマ字でどんどん文字を入力していっている児童が多かった印象です。 みんなその場で天井の写真を撮ったので同じような写真ばかりになっていましたが、その中でもしっかり説明文を書いている児童が何人もいました。 児童からは「これから地域探検や写真を撮るときにこのサイトを使ってみたい」という声もあり、今後に活かせる学習の支援ができたのではないかなと思います。 次の神川小の学習支援を行うにあたり参2022-10-31
311/7 神川小地域学習支援② 「神川まなびあいひろば」記事投稿11/7 神川小地域学習支援② 「神川まなびあいひろば」記事投稿全3回ある授業の2回目です。 10月27日の地域探検で撮ってきた写真を「神川まなびあいひろば」に投稿する学習支援を行いました。 私はサイトの説明から、記事の書き方、投稿の仕方まで説明をしましたが、塩尻小の時とは違い説明する側は初めてだったので、小学生に理解してもらえるように説明する事への難しさを感じました。 最初はみんなで一緒に記事を書いていたのですが、やり方がわかってからはどんどんと記事を書いていて、中には2.3件記事を書き投稿している児童もいました。 クロームブックにまだ不慣れな様子でしたが、みんな時間いっぱい取り組んでくれていました。 他のクラスメイトや他のクラスの人の投稿を見ながら友達と話をしたりと面白がって取り組んでいる様子が見受けられました。 11月21日に投稿した記事をみんなに発表2022-11-07
4神川小学校学習支援の様子神川小学校学習支援の様子11月7日(月)に神川小学校の学習支援を行いました。地域探検の時もそうでしたが、3クラス同時に行うということで、今回も塩尻小学校と同様、児童にデジタルマップの使い方を教えながら、一緒に地域探検で撮った写真を神川まなびあいひろばというサイトに投稿しました。塩尻小学校での経験もあったことから、今回の説明ではスムーズに行うことができました。投稿については児童によって件数はバラバラですが、多い子では5件ほど投稿していました。私が担当したクラスでは位置情報も記録してもらいましたが、私の説明でもしっかりサイトを使えていて、児童の飲み込みがとても早いことを実感し、驚きました。 今回の支援も含め、私自身2回児童にサイトの説明をすることや2校での学習支援をする機会がありましたが、学習支援を行っていく難し2022-11-11
5神川小学校地域探検の様子神川小学校地域探検の様子10月27日(木)に私も参加した、神川小学校3年生の地域探検の様子です。児童が地域探検している様子を見るのは初めてだったので、支援する上でも心配な点はありましたが、児童たちはとても楽しそうに探検していて、chromebookでたくさん写真を撮っている様子が見れて、私自身も児童と関わるとても良い機会となりました。児童から私に話しかけてくれる子もいて、支援側ではありましたが、児童と一緒に地域探検を楽しめました。2022-11-11
610/27 神川小地域学習支援① 地域探検~お気に入りの場所やものを探そう~10/27 神川小地域学習支援① 地域探検~お気に入りの場所やものを探そう~全3回ある授業の1回目です。 10月27日に神川小の3年生の児童と一緒に、国分地区を探検し、お気に入りの場所やものを探すという学習支援を行いました。 今回は蚕影神社→信濃国分寺駅→国分寺→史跡公園の順番で地域を探検し、みんな思い思いにいろんな物にカメラを向けていました。 児童はクロームブックで写真を撮ることに非常に興味を持っていて、神社などの大きな建造物から駅に咲いている花や公園に落ちている葉っぱなどの小さなものまで写真をたくさん撮っている児童が多く見受けられました。 「こんなところに文字が書いてある!」「なんだこれ!?」と不思議に思ったり新しい発見ができた児童や「こんなの見つけたよ!」「きれいな写真が撮れたよ!」と私に見せてくれる児童もいました。 子供はこういうところに興味を持つんだ2022-10-27
7神川小地域学習支援「地域探検」計画神川小地域学習支援「地域探検」計画夏休み期間中は地域学習支援の計画を立てていました。学校の先生方ともミーティングを重ね、10月27日(木)に神川小学校の3年生の児童を対象とした地域学習支援「地域探検」を行うこととなりました。 「自分が直接感じたものが尊い」という山本鼎が提唱した言葉を現代の子供達に伝えたいという思いからこの学習支援を計画しました。 先生や教科書からは教えてもらえない自分の地域を自分から学べる機会になると良いなと思っています。2022-10-02
8上田自由大学を彷彿させる旧山越脩蔵宅上田自由大学を彷彿させる旧山越脩蔵宅1921年、上田で「信濃自由大学」(後に上田自由大学)が始まってから約100年が経過しました。当時の神川村の青年だった山越脩蔵、金井正らが始めた上田自由大学は「学ぶとは何か」「自由とは何か」といった時代を超えた根源的な問いかけを現代に対しても投げかけています。 今日8/23、たまたま信濃国分寺の周辺を訪れました。上田自由大学の主要メンバーの一人、山越脩蔵(1894-1990)の生家が現在も残っています。その屋敷の広大さは外塀の大きさからもうかがい知れます。しっかりと綺麗に保全されていることに感心をしました。道路側から見える手前は増築された建物。山越脩蔵が暮らしていた時代の母屋はその奥にあります。 現在はバックパッカーが宿泊できる宿として運営されていることを知りました。歴史的な建造物をこのような形で保全・2022-08-23
9中間発表~神川小学校の地域学習支援~中間発表~神川小学校の地域学習支援~今年度「神川小学校の地域学習支援」というテーマで進めてきたプロジェクト研究の中間発表資料です。地域探検を現在計画しており、「自分が直接感じたものが尊い」という神川小学校とゆかりのある山本鼎先生の言葉や、押し売りの価値観ではなく自分が直接感じたもの=本来の価値観を大事にして欲しいという思いで、この計画を立てました。今後神川・山本鼎の会の方々にもご理解いただき一緒に進めていきたいと考えています。2022-07-27
10清水中学校とのミーティング清水中学校とのミーティング6月9日に清水中学校とのミーティングに参加させて頂きました。清水中では私がこれから神川小で実施させようとしている「地域探検」を5月に行っており、デジタルマップを活用した学習を行いました。先生目線で良かった点や要望などお聞きすることができ、学習支援の参考になる事が多いミーティングだったなと感じました。2022-07-25
11戦国時代の上田城戦国時代の上田城戦国時代、天才的な軍略家として称された真田昌幸が、上杉家に対抗するため徳川家康を説得し、上田城を築城した。上田城の築城構想は、実に巧みなものとなっている。 千曲川の北岸一帯は、神川や矢出沢川が作った谷間にある、勾配の大きな扇状地となっており、千曲川の河岸段丘となっている。そのため、大外堀の役割を果たしているため、簡単には攻め込まれない。城の南端でも、千曲川の分流が高低差の大きな岸をつくっていることや、対岸や東側も難攻不落の地となっている。 この時代から土地を生かした築城がされていたとは驚きで、上田の土地柄ならではのことであると感じた。 参考文献・資料 ・信州街あるき 上田城址を訪ねる上田城跡2022-02-04
12山本鼎の部屋資料デジタル化作業山本鼎の部屋資料デジタル化作業1月14日に神川小学校山本鼎の資料資料のデジタル化作業を行いました。光が反射しないように額からガラスを取り出して撮影しました。課題探求から2年ほど経ってしまいましたが、こうして形にできたので良かったです。学校の今後の学習で活用されることを期待しています。デジタル化した資料はhttps://d-commons.net/ykanae/にて公開されています。2022-01-14
13山本鼎さんとは山本鼎さんとはまず農民美術とは農民の方々が作物の育たない冬の間に行なう生業として生まれました。提唱したのは山本鼎さん。彼は立ち寄ったロシアでそこの人々が行なっていたものを参考にし帰国後、長野県神川村(現在の上田市)にて第一回農民美術講習会を開きました。彼自身も多彩な芸術家であり、彼が起こした農民美術運動は後の世に大きな影響を与えました。2022-01-24
14神川・山本鼎の会の方へのヒアリング神川・山本鼎の会の方へのヒアリング1月5日に神川・山本鼎の会の方にお話を伺ってきました。それぞれ、山本鼎との関わりや考え方をお聞きすることができました。改めて、山本鼎を尊敬する方々の活動や価値は大きいなと感じました。是非小学生には山本鼎の部屋を利用し活用してもらいたいと思います。2022-01-17
15神川小学校授業プランニング神川小学校授業プランニング小学校の地域学習の授業計画を立てました。児童達がタブレットを使って能動的に地域について学習できるように支援したいと思っています。2021-10-01
16神川・山本鼎の会デジタルマップサイトの作成案神川・山本鼎の会デジタルマップサイトの作成案山本鼎のという名前を多くの方に知ってもらえるように、会で行っている活動を紹介するツールとしてデジタルマップを使うのはどうかと会の方々に提案しました。この方法はとても良いが、会の方は年齢層が高めであり使いこなすのはなかなか難しいとのことでした。2021-11-26
17児童自由画作品の名札作りと名札貼り児童自由画作品の名札作りと名札貼り90年ほど前の当時の神川小学校児童の作品に名札を貼る作業を行いました。制作年と学年、氏名、整理番号を書いた名札を作品に貼りました。2021-11-29
18神川小学校山本鼎の部屋神川小学校山本鼎の部屋26日に神川小学校の山本鼎の部屋にお邪魔し、昔の神川小学校の児童が書いた作品の名札作りと名札貼りの作業を行いました。2021-11-29
19日本農民美術記念看板日本農民美術記念看板令和3年10月14日に設置された記念看板です。上田を拠点に農民美術や児童自由画教育を提唱し、活動の基点となった「日本農民美術研究所」の案内板を設置し、長く後世に語り継ぐという目的で設置しました。設置場所は大屋駅のすぐ近くです。2021-11-22
20神川・山本鼎の会の紹介神川・山本鼎の会の紹介神川・山本鼎の会は平成29年2月に発足された会です。会員は95名ほどいます。 「山本鼎の偉業を顕彰し、氏の考えと人間愛を未来へとつなげる、次代を担う青少年が先輩達たちの知恵を学び、自主自立の精神を目覚めさせ、ひろく世界へ羽ばたくことを応援する」という目的で活動しています。 活動内容は「山本鼎とそれを支えた神川人、山本鼎の親族・友人・芸術家を現出する」「活動の起点となった日本農民美術研究所に記念碑を建立し長く未来に語り伝える」「関係上田市マップを作成配布し、人々の関心を再び高め、上田市のまちづくりにつなげてゆく」「自由大学の全容と遺産を上田市から広く発信する」です。2021-11-22
21上田城の歴史上田城の歴史上田城は、真田幸村の父、真田昌幸によって1585年に完成したと考えられている。初め徳川家康のもとで上杉に対する城として築かれたが、沼田領の帰属をめぐり、徳川と手切れとなり、その後上杉方の城として完成した。 その直後、徳川の大軍が上田城を責め、第一次上田合戦(神川合戦)が勃発したが、昌幸の巧みな戦術により徳川軍は大敗した。また、1600年には関ヶ原合戦の前哨戦といえる第二次上田合戦が起こり、徳川秀忠率いる3万8千人の軍勢が攻め寄せたが、これも見事に退けた。この徳川との二度の合戦に勝利したことで、真田と上田城の名は、天下に知られるところとなった。2021-11-14
22日本農民美術研究所記念看板日本農民美術研究所記念看板「神川・山本鼎の会」では大屋駅のすぐ近くに日本農民美術研究所の記念看板を設置しました。10月には除幕式も行われる予定です。山本鼎がどのような活動を行いどのように生涯を終えたのかなどわかりやすく書かれています。2021-10-04
23中間発表~山本鼎の部屋資料のデジタル化~中間発表~山本鼎の部屋資料のデジタル化~「山本鼎資料のデジタル化」をテーマに研究を行っています。私の母校である神川小学校山本鼎の部屋は課題がいくつかあり、それらを解決するためにはデジタル化するのがいいのではないかと考えました。提案書を作成したので今後はデジタル化を進めていこうと考えています。2021-07-05
24山本鼎と神川小学校児童の自由画山本鼎と神川小学校児童の自由画上田市マルチメディア情報センターのHPから、山本鼎と児童の作品を閲覧しました。神川小学校の児童の作品660作品が載っていて数の多さに驚きました。自分の目で見て感じ取ったものを描くことが大切という「児童自由画教育」を提唱した山本鼎により、同じ家を描いていても児童によって白黒の絵であったりカラフルな絵であったり角度が違ったりと、児童が自由に描いている様子が見て分かりました。お手本の絵をまねする必要はなく、自分の思ったように描けば良いということが山本鼎が伝えたい思いなのかなと私は感じました。2021-06-20
25山本鼎の部屋山本鼎の部屋神川小学校には「山本鼎の部屋」が設置されており、山本鼎が描いた絵や手紙などが展示・保管されています。 しかし山本鼎の部屋の中は狭く暗く資料が保管される環境にはふさわしくありません。 学校側もこの部屋があることが負担になっていると思います。 そこで私はこの部屋に残されている資料をデジタル化すればいいのではないかと考えています。 デジタル化することによって学校側の負担も減り、地元の小学生たちが地域学習をする際にこれらの資料が活用されるからです。 そうすれば今はただ保管されている資料が地域を活性化させる材料にもなるかもしれません。 このデジタル化の案を神川小学校に提案するために今提案書を作成しています。 来年以降のプロジェクト研究はこのデジタル化を主に進めていこうと考えています。2021-02-01
26山本鼎による児童自由画教育山本鼎による児童自由画教育この写真に書いてある言葉は山本鼎の言葉です。 山本鼎は「児童自由画運動」と「農民美術運動」のパイオニアです。 児童自由画運動は児童が絵を描く際にお手本をまねて描くのではなく、自分の思うままに好きなように描くことが大事であると伝える運動です。第1回の自由画運動が行われた神川小学校には児童による多くの自由画が残されています。2021-02-01
27散策マップ散策マップこのマップは旧神川村を案内するものであり、とてもわかりやすく描かれています。大屋駅から信濃国分寺駅のたった一駅であるが紹介されているものが多いです。2021-01-31
28山本鼎に関する資料山本鼎に関する資料神川地区を研究するに当たり、山本鼎という人物について調べました。図書館や神川小学校を訪問し資料を集めました。また、山本鼎の会の方にもお会いしお話を聞くことができ大変良い機会でした。2021-01-31
29信濃蚕種組合事務所外部及内部之図(日本博覧図1897所載)信濃蚕種組合事務所外部及内部之図(日本博覧図1897所載)『日本博覧図』は関東を中心とした地域の名所旧跡、寺社、豪商の邸宅等を描いた銅版画集。1897年(明治30年)発刊の第12編には上田小県の寺社・邸宅等20点の銅版画が収録されている。「信濃蚕種組合事務所外部及内部之図」はその一つである。 信濃蚕種組合は1889年(明治22年)、藤本善右衛門(塩尻村)、工藤善助(丸子村)、田中忠七(上田町)、倉島弥平(神川村)、佐藤郡三(県村)の5人が発起人となって上田小県全域の蚕種製造家と販売業者が一緒になって結成した。良質の蚕種の製造と販売を保つため、蚕病検査、種繭の処理法、採桑の規定を設けて組合員に遵守させた。組合長の藤本善右衛門らは長野県に検査所を設ける運動を起こし、国会にも要請し1897年(明治30年)、蚕種検査法が成立した。その結果1898年(明治31年)、小県郡蚕種同業組合が設立された。18972020-09-24
30神川小学校神川小学校上田市国分にある神川小学校です。 この学校は私の出身校です。 先日地域の資料を集めにお邪魔させていただきました。 神川小学校は山本鼎が児童に自由な絵を描かせるという「児童自由画教育」や「農民美術運動」の拠点となっていて、校内には山本鼎の部屋があり多くの作品が残されています。 Web上にいくつか作品が載っているので興味がある方はぜひ見てみてください。2020-07-27
31信州上田から夢を追った山本鼎信州上田から夢を追った山本鼎 明治大正昭和を走りぬいた美術家山本鼎は、大正8年に児童自由画運動・農民美術運動をこの神川村の神川小学校から始めた。両運動は大正デモクラシーの風にのり、長野県下をはじめ全国に広がった。両運動を支えた上田の人々上田の風土についての興味は尽きない。  今回は鼎の児童自由画に焦点をしぼり、鼎の自由画思想がどのように広まっていったのか、児童はどのように反応したのか関心を寄せてみたい。  地図は山本鼎の作品展示のサントミューゼ上田市立美術館です。2020-07-24
32山本鼎の「本来の自由画」昭和初期の子どもたちの絵に思うこと山本鼎の「本来の自由画」昭和初期の子どもたちの絵に思うこと★神川小学校 昭和初期の子どもたちの絵―児童自由画教育運動の流れをくんで― https://museum.umic.jp/kangawa/ 『山本鼎物語』の著者、神田愛子さんから神川小学校の昭和初期の子どもたちの絵を上田市マルチメディア情報センターがデジタル化したというお話を聴き、同センターを訪れました。神川小学校の「山本鼎先生の部屋」に保管されている600点の児童画があり、それらがデジタルアーカイブ化され、ネットに公開されています。 この絵たちを見て、小中学生が描いたとは思えないほどに大人びていて、「えっ、これが自由画なの?」という疑問を抱きました。写生の技術がしっかりと指導され、「いい絵はこう描くんだよ」という模範的作品が並んでいます。その当時、絵の具をふんだんに使い、模範的2020-07-18
33水面の亮岸に(神川橋梁橋台跡)水面の亮岸に(神川橋梁橋台跡)勢いよく流れる川のほとり。 奥に見える橋台とは別に、手前の方にも何かコンクリートの塊があるのが見える。 これも形は違うが橋台である。 本来ならば振り向いた反対側にも橋台跡があるのだが、こちらは個人所有の地で、行ったときには新しい塀ができてしまい見えなくなってしまっていた。 廃線跡の遺構はいつまでもそのまま変わらずに残る、というものではない。 次々に消えていくものを追いかける、そんな風に言えるのではないだろうか。2020-07-15
34思わぬ発見(傍陽線神川の橋跡)思わぬ発見(傍陽線神川の橋跡)真田傍陽線の跡を辿るために自転車をこぎ、ふと右を見ていたら、突然視界によく見た形の構造物が現れた。 これはどう見ても、橋の橋台である。 だが、事前に調べた情報には一切なかった。 驚きと喜びと興奮、困惑が入り乱れる。 廃線跡探索の大御所やほかの方々のサイトには載っていなかったし、Googleマップのストリートビューで見たときも分からなかった。 そんなものが、自分の目の前に存在している。 これだから廃線跡探索はやめられないのだ。2020-07-15
35尾澤木彫美術館の外観尾澤木彫美術館の外観尾澤木彫美術館は長野県上田市に位置する農民美術の美術館。館長の尾澤敏春氏およびその先代である尾澤千春氏の作品を数多く展示している。また世界各地の木彫人形も展示している。建物は新潟の豪雪地帯から移築した寄棟中門造の民家を改装したもの。 農民美術とは 長野県上田市を中心とした大正時代の工芸運動。東京美術学校を卒業し、パリで留学していた画家・山本鼎(1882~1946)が提唱した。冬場の副業として取り組み、農村の経済水準と文化水準を高めることを目指したもの。器や小物入れといった日用品から人形や木版画といった美術品、また手縫いや刺しゅう等その領域は多岐に渡る。 【参考文献】 石川義宗、禹在勇(2018)『長野県の木工文化:デザイン史から見た農民美術の意義』日本デザイン学会デザイン学研究概要集 神田愛子『2020-07-15
36神田愛子さん、山本鼎の自由画を語る神田愛子さん、山本鼎の自由画を語る信州上田学Aの受講生のお一人、神田愛子さん(『山本鼎物語』著者)に山本鼎の自由画についてお話をお聴きしました。 <参考サイト> ★山本鼎アーカイブズ(上田市マルチメディア情報センター) ★神川小学校―昭和初期の子どもたちの絵(上田市マルチメディア情報センター) 話中、話題になった自由画運動の流れを組む子どもたちの絵はこのサイトに公開されています。2020-06-29
37巨塔の見つめる先へ…(神川橋梁の橋脚)巨塔の見つめる先へ…(神川橋梁の橋脚)高くそびえ立つ、巨大なコンクリートの柱。 真田傍陽線の列車は、伊勢山トンネルを抜けるとすぐにこの上に架かっていた橋を渡って神川を超えていた。 川の反対にも橋脚が残っているそうなのだが、時間の都合でここで引き返すこととなってしまった。 次回が楽しみだ。2020-06-24
38流域潤す水源 四阿山流域潤す水源 四阿山新入生の清水国寿です。専門は建築設計ですが、それにこだわらず、上田地域の様々、色々、あるあるを求めて学んでいきたいと思います。よろしくお願いします。 さて、今年6月1日に真田地域群馬県境にある四阿山(2354m)に登ってきました。四阿山は上田地域千曲川右岸を潤す神川の源で、山頂より東側に降った雨は太平洋に注ぎ、西側は日本海に注ぐまさに日本の分水嶺です。真田町長(おさ)の山家神社の奥宮が山頂にあり毎年この日が例祭(開山祭)です。今年はコロナ禍により規模縮小、参加者は少人数でしたが、写真は昨年(2019)の例祭の様子。巫女さんが舞を奉納し、命のもととなる水に感謝し五穀豊穣を願います。 来年は、このように多くの人たちが登頂できるように祈ります。 上田地域の水源、水事情を探検していきたいと思ってい2020-06-14
39吉田原古墳吉田原古墳 蒼久保地区みすず台にある古墳で、墳丘や内部の石室の状態がほぼ完全に残っている。  現在は団地の中の古墳となっているが、もともとは神川が千曲川に合流する東側の段丘上の見晴らしの良い場所に造られた古墳である。2020-06-12
40神川合戦の地神川合戦の地これは神川地区にある神川合戦の地というところの木で作られた六文銭です。 このご時世なのでコロナウイルスがいち早く終息するようにというメッセージが書かれています。 地域のある団体の方が作ったそうで、こういった取り組みは素晴らしいなと思いました。2020-05-25
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