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1蚕の蛹:活用考察④蚕の蛹:活用考察④この写真は生島足島神社です。 ここには池があり鯉や鴨が生息していて、餌やり体験が出来ますが、基本的に人工飼料です。 ここに蚕の蛹を練り込むことで、高タンパクである虫の栄養素を吸収させて肥大化を防いだり、自然素材である昆虫を使うことで過度な餌やりによる水質汚染が防止できる可能性があります。 綺麗な池の様子を保つことに一役買えるかもしれません。2022-12-05
2蚕の蛹:活用考察③蚕の蛹:活用考察③これは綿半上田店にて発見した、蚕の蛹を使用したペットフードです。 肉食魚類から爬虫類、両生類、鳥類にいたるまで多くの生き物に与える事が出来ます。 蚕の幼虫もシルクワームとして使われています。蛹の方が優れている点として、蛹が纏っている殻が食感となってマンネリ防止になったり、幼虫にない栄養素を吸収させることが出来ます。 蚕の餌や飼育環境をブランド度としてアピールすることで、国産で安全な飼料となり販売の幅が広がるかもしれません。2022-12-05
3蚕の蛹:活用考察②蚕の蛹:活用考察②この写真は私が産川にて捕獲したフナです。 産川にはこの他にもオイカワやウグイと言った魚が生息しており、彼らは水生昆虫や水面に落下してきた生き物を餌として捕食しています。 そこで、蚕の蛹をそのまま使ったり練り餌に混ぜたりすることによって、より自然に優しい釣り餌に出来るのでは無いかと考えました。2022-12-05
4蚕の蛹:活用考察①蚕の蛹:活用考察①この写真は無印良品で販売されている、コオロギを練り込んだせんべいです。 私自身は食べたことはありませんが、コオロギの味があまりしなかったり見た目もマイルドで手に取りやすいという評判を聞いたことがあります。 信州で昆虫食が誕生した歴史として、冬場のタンパク質として食べられていたことが由来だと言われているため、見た目の問題を改善できればスーパーフードになり得るだろうと考えています。2022-12-05
5蚕の蛹:食用蚕の蛹:食用蚕の蛹を佃煮にした物です。 信州ではイナゴや蜂の子など昆虫食が豊富で、中でも佃煮は典型的な調理法です。 見た目のインパクトが強く虫嫌いな人には受け付けない一品だと思うので、広く浸透させるには工夫が必要だと感じました。2022-12-05
6上塩尻まちあるき:西側の板壁上塩尻まちあるき:西側の板壁上塩尻は千曲川下流域(西方向)から吹き込む風が強いため、桑の葉に付く蚕の害虫であるカイコノウジバエを吹き飛ばすため質のよい桑が取れることが蚕種製造に適していたと言われています。実際にどの程度、西風が強いのかはわかりませんが、風が強かったことを物語っているのが建物の西側の壁一面に張られた板壁です。岩井小路にあるこの馬場邸の建物に西壁の板壁が残っています。風に吹きつけられると漆喰壁が傷むらしく、板壁で覆ってそれを防いでいるということです。 この板壁は景観的にも特色があり、写真集『民家の風貌』(小林昌人著、1994年)にも馬場家のこの板塀の景観が収録されています。2022-11-29
7上田の蚕業について⑤上田の蚕業について⑤常田館製糸場に行きました。飾ってあるクラフトの中には猫が多く「猫は蚕の神様です」という張り紙もあり、また、猫瓦というものも展示されていました。 上田の蚕業について記された記録には、「養蚕で恐ろしいことは、蚕が病気で死んでしまうことです。(中略)羽虫や鼠の防除にも配慮するよう注意しています。鼠は蚕を食べてしまうので、猫を飼ったり、猫の画を蚕室に貼ることも流行しました」(「上田市誌 近現代編(2) 蚕都上田の栄光」22ページ 上田市誌編さん委員会 平成15年3月1日信毎書籍印刷株式会社より)という記述があります。 公益社団法人 日本動物福祉協会のホームページでは、「【動物福祉】とは一言でいえば、『動物が精神的・肉体的に充分健康で、幸福であり、環境とも調和していること』です。」と紹介されています。2022-11-28
8自然運動公園にいたトカゲ自然運動公園にいたトカゲ友人と自然運動公園内にあるマレットゴルフをしていたところ、トカゲを見つけました。よくよく見ると小さな昆虫や生き物が沢山居ました。2022-11-14
9虫2022-10-13
10長野県の蚕の歴史長野県の蚕の歴史今回、私は、上田市と岡谷市の養蚕と製糸産業の歴史について調査をした。このテーマにしようと考えた理由は、上田市と岡谷市で蚕にまつわる歴史があったからだ。私の地元の岡谷市は、かつて製糸産業が盛んだった。そして、上田市は、「蚕都」と呼ばれるように、養蚕の地であった背景がある。養蚕と製糸という、蚕によって結びつけられたテーマを元に、今回は、調査結果を述べていく。 はじめに、上田市の養蚕についてだ。蚕種製造・養蚕は、寛文の時代 (1661~1673) に始まった。蚕の飼育をする上で、気候が適していたため、春に育成していたようだ。一方、岡谷市の製糸は、幕末から明治にかけて盛んになっていった。「近代国家」への転換のための、外貨の獲得に、岡谷市の製糸産業は大きな貢献をしたようだ。 上田市で、養蚕が盛んになっ2022-08-05
11上田食文化上田食文化スーパーで昆虫食が並んでるのはあまり見たことがなく独特だと感じた。また牛乳パンといったその地方ならではの物は自分が生まれ故郷とは違う土地に来たのだと実感した。2022-05-17
12イナゴで作る持続可能な食生活イナゴで作る持続可能な食生活FAOは、世界の人口は2050年には現在の75億人から90億人まで増加し、世界中で10億の人々が慢性的な飢餓に陥ると指摘。 さらに2030年頃には、タンパク質の需要に対して供給が足りなくなると予測されています。 そんな食糧問題の解決策のひとつとして、昆虫を食用としたり、家畜の飼料にしたりすることを推奨する報告書が公表されました。 海のない長野県で、貴重なタンパク質の供給源として古くから食べられてきた昆虫食、イナゴ。 これからの「次世代のスーパーフード」として世界に見つかれ!!!イナゴ!!! 参考: https://www.inadanikankou.jp/special/page/id=11072022-02-15
13千曲川と蚕種千曲川と蚕種上田市の蚕種産業が盛んになったきっかけとして千曲川の存在が大きい。川原の乾燥地帯という蚕種に好条件な土地に、千曲川の下流部の最も適した場所では、両岸から岩鼻の断崖がせまっており、谷幅850mという狭い谷となっている。そのため風はこの峡谷を通って強風となり吹き付ける。つまり下流部年中川風が吹いていた。この強風の影響で蛾を死滅させてしまう害虫「カイコノウジバエ」は桑葉に産卵が出来なかった。そのため、卵の植え付けられていない歩桑が育つというわけである。この歩桑の活躍もあり上田の蚕種は大きく成長した。2022-02-09
14虫歯を予防で歯を食いしばりましょう ムシ歯防止デー(『西塩田時報』第163号(1937年6月1日)4頁)虫歯を予防で歯を食いしばりましょう ムシ歯防止デー(『西塩田時報』第163号(1937年6月1日)4頁) 口の健康は身体の健康と呼ばれるように口の健康は身体の健康につながる。この時代は歯ブラシも配給制であった。  栄養以外にも身体の健康にはいろいろ繋がるものがある。虫歯だけでなく身体のケアに心がけよう。 出典元:  『西塩田時報』第163号(1937年6月1日)4頁2022-02-09
15戦時中のタンパク質は蜂の子!?戦時中のタンパク質は蜂の子!? 戦争中はタンパク質不足による栄養不足が多かったという。そのタンパク質不足を補うために蜂の巣から取れる蜂の子を貴重な栄養源として食べていたらしい…  蜂の子は食べたことはないが虫の佃煮に感覚は近いのだろうか…  くれぐれも栄養不足にはご注意を…2022-02-09
16蚕とは蚕とは蚕とは、蝶や蛾の仲間で鱗翅目カイコガ科に属する昆虫である。幼虫が作る繭から絹糸をとるために人が飼育していた虫である。主に、くわの葉を食べて育っていく。生まれてから約30日程度で営繭(繭を作ること)になる。蚕の成長はとても速い。 「参考文献」https://www.naro.affrc.go.jp/archive/nias/gmo/kaiko/kaikobio.pdf https://mirusiru.jp/nature/animal/kaiko2022-02-08
176.若者に蚕を知ってもらうには6.若者に蚕を知ってもらうにはこれまで蚕について様々なトピックを紹介してきましたが、蚕糸業の衰退を止めるためには若者の力が必要不可欠です。 若者に蚕を知ってもらうための策を幾つか考えました。 5の記事で紹介した蚕糸を使ったアートを通して蚕を知ってもらう策。 近年、SNSの普及に伴い若者の影響力が絶大的な権限を得ています。日本の世の中の流行は若者のスマホの中から始まっていて、何気ない投稿がその年の流行を決めるとも言われています。 SNSに蚕を使ったアートを載せたり、アリオやサントミューゼなどの大型施設で展示会をするなど人の目に触れさせるようにしなければならないと感じました。 蚕の飼育を流行にする案。 蚕という虫は品種改良されたため、人の管理がないと生きられません。そのデメリットを逆手にとって若い人が蚕を飼育しや2022-02-03
184.蚕糸業が衰退している原因4.蚕糸業が衰退している原因江戸時代から明治時代まで信州上田を支えてきた蚕糸業はなぜここまで衰退してしまったのでしょうか。 衰退した原因は幾つもあるので紹介していきます 原因①和装の需要が低下 日本は古くから和装が常識でした。特に江戸時代から明治時代は和装の市場も大きく、それに伴って原料である生糸はとても需要がありました。 しかし、明治時代を越えると次第に洋服の需要が増えていき、和服の需要は一気に低下しました。和服の低下と共に蚕糸業も衰退していきました。 原因②海外の生糸を輸入※絹糸・・生糸を加工した糸 日本が近代化していくにつれ、海外、特に東南アジアで大量生産された安い生糸を加工し、絹糸にする方が国内の蚕糸を使うよりも安く大量に仕入れられるため、海外の生糸の方が需要が高くなってしまいました。 そ2022-02-03
193.蚕(カイコ)という虫について3.蚕(カイコ)という虫について今回のテーマである蚕糸産業では蚕という虫が欠かせない存在です。そんな蚕について解説していきます。 長野県民の方なら授業で習う機会もあるらしいのですが、県外出身の私は授業などで習ったことはなく、名前だけしか知りませんでした。 蚕(カイコ)という名前は知ってるけど、どういった虫かはあまり知りませんよね。 カイコは別名カイコガ(学名:Bombyx mori) チョウ目カイコガ科に属する昆虫です。 蚕は自然界に存在しない虫で、遥か昔に家畜化された虫なので人間が世話をしないと生きていけない虫なのです。 何故、世話をしなければ生きていけないのか ・幼虫の頃は脚が弱く、葉にくっつけないから。 ・成虫になり、羽があるのに一切飛べないから。 蚕の起源 5000年前の中国で東アジアに生息するクワコという蛾の一種を糸と2022-02-02
202.上田市の蚕の歴史2.上田市の蚕の歴史信州上田では江戸時代から蚕の卵の生産で栄え、その後も養蚕、製糸業などさまざまな発展を遂げていき全国から「蚕都上田」と呼ばれるようになりました。 しかし、現在は様々な理由から蚕糸業は全国で衰退し、風前の灯火となっています。 衰退している蚕糸業ですが、上田地域でもまだ蚕糸業は残っています。 上田地域で有名な蚕関連の会社は常田館製糸場という会社。明治33年(1900年)に創業された製糸工場です。 蚕糸業は大きく分けて蚕種業、養蚕業、製糸業の3つに分けられ、蚕の卵を生産し、質を高める「蚕種業」、蚕を成虫まで育ててそれを管理する「養蚕業」、蚕の繭から糸を取り生糸に加工する「製糸業」に分かれます。 次の記事では蚕という虫について解説していきます。 今の若い人は蚕という虫に接点が全くないので少2022-02-02
21田楽池田楽池私が訪れた際にこの池は日中にもかかわらず全面凍結していて、水鳥は一羽も見られなかった。しかし、池の周りにはアシハラが生えておりアシハラにはシジュウカラ、メジロ、エナガなど複数の小鳥が住んでいた。なかでも特徴的だった種類はオオジュリンだ。 オオジュリンはホオジロの仲間で噛む力が強い。その強い顎を使ってアシの茎を割って中に入っている虫の卵や幼虫などを食べる。オオジュリンは通常十数羽の群れで活動していることが多いがここには1羽しか見られなかったので、もし観察できればラッキー程度に考えた方がいいと思う。 観察できた野鳥 ・スズメ ・オオジュリン ・シジュウカラ ・エナガ ・メジロ2022-02-01
22西塩田の耕作地西塩田の耕作地耕作地のビニールハウス近くにワラやイネが干してある所があり、そこにスズメの群れが集まって米をついばんでいた。夏は山や森に虫や新芽など餌が豊富にあるためあまり頻繁には人里に降りてこないが、冬になると事情は違ってくる。虫もおらず木々の葉が枯れた冬は鳥たちにとっても過酷で、餌を探すために人里の身近な所まで降りてくる。今回のように農家が残したコメなどを食べにくるという例は、厳しい冬を生き抜く野鳥の人間への適応の良い例だと思った。 スズメはたくさんいるように見えるが実は数が減少傾向にある野鳥だ。このような景色はもしかしたら数十年後には見られなくなるかもしれない。 観察した野鳥 ・スズメ ・ツグミ2022-02-01
231.上田の蚕糸業を選んだ理由1.上田の蚕糸業を選んだ理由皆さんは信州上田の蚕糸業についてどのぐらいご存知でしょうか? 私は正直、1年生の前川ゼミで常田館製糸場を見学するまでは具体的に蚕という虫を知らず、むしろ虫は苦手なので興味は全くありませんでした。 しかし、常田館製糸場を訪れてからは蚕にとても興味を持ち、蚕の製造方法や蚕の糸を使ったアートなど、蚕を知らない方にも興味を持ってもらうために上田の蚕糸業を選びました。 現在、蚕関連の産業は上田のみならず、全国で衰退しています。   この記事を通して蚕について知ってもらい、全国で衰退している蚕糸業を守っていきたいです。2022-01-30
24イナゴイナゴ長野県の山間部などで多く食用とされてきたイナゴ。 動物性たんぱくをとるための貴重な栄養補給源だった。 昔に比べいなごの数も減少しており、生活や食文化の変化により各家庭で調理されることは少なくなってきたものの、今もなお伊那谷では昆虫食文化が残っている。2022-01-27
25こんな虫も食べるの!?こんな虫も食べるの!? 現代では虫を食べるという習慣はほとんどの人にはないと思うが、戦時中の雑誌では昆虫食でも食べないようなフナムシやカメノテなども食べられるものも紹介されている。生鮮食品の代わりなのだろうが、私は拒否してしまいそう…こんな時代がまたくる可能性も0ではないのでは… 参考文献: 戦後の食糧事情http://www.kumamotokokufu-h.ed.jp › sensou › s_syoku2022-01-13
26ホタルのお宿?ホタルのお宿?目的地まで近道をしようと入った小道で発見したホタルのお宿。地域住民によって、押出川が流れる水路の一部をホタルの保護区にしている。川のゴミ拾いや、ホタルの幼虫になるカワニナの放流・保護、外灯の灯を消すなどの努力がされているようだ。とても水が透き通った美しい小川だった。2021-11-22
27蛇石蛇石蛇石 碑文 蛇石の由来 蛇堀川の南、加増村の字袖川原に、長さ六米、幅 二米、高さ一・五米の巨大な自然石で、その上には 小祠が立てられていて、石の周囲に大きな筋目 二条ついている。この石を蛇石とよんでいる。 伝説によると、近くの堀川に大蛇が生息して おり、夜になると出てきて、その石に横たわり、 通って畑を荒し百姓を苦しめたという。 蛇石様として祀ったので、その後は災がなく なり二条の筋目は大蛇のとぐろの跡だといい 伝えている。子どもの臍の緒をあげると、虫を 痛まないといわれている。 この石は享禄四年(一五三一)十一月二十二日から 二十三日にかけての大雪と浅間の噴火によって 蛇堀川に沿って土石流で押し出し、七尋石などと 同じ時に、ここに流れ着いたものと考えられている。 祭神は蛇で神様の使2021-11-18
28蚕の飼育について(幼虫誕生まで)蚕の飼育について(幼虫誕生まで)2021/07/09 「渋沢栄一と小諸商人」展(糸のまち・こもろプロジェクト主催) 会場にて(長野県小諸市) 話し手:糸のまち・こもろプロジェクト理事長 清水寛美 2021-11-16
29蚕の飼育について(幼虫~脱皮~繭形成)蚕の飼育について(幼虫~脱皮~繭形成)2021/07/09 「渋沢栄一と小諸商人」展(糸のまち・こもろプロジェクト主催) 会場にて(長野県小諸市) 話し手:糸のまち・こもろプロジェクト理事長 清水寛美 2021-11-16
30公園のジョウビタキ公園のジョウビタキ生島足島神社の近くにある公園に立ち寄ったらジョウビタキのオスが姿を現した。ジョウビタキは人家近くによく現れる人気の野鳥だが、下之郷にもジョウビタキがいた。 ジョウビタキは縄張り性の野鳥のため、ここへ訪れれば高確率で出会えるだろう。 ジョウビタキは目線の高さくらいのものにとまって獲物を捕まえる習性を持っているが、この公園は目線の高さのフェンスなどがありジョウビタキが好みそうなとまり台があった。これらにとまりながら芝生の虫や地面の実などを食べていたのではないか。2021-11-15
31信州が蚕糸王国ってホント? ポスト蚕糸業(産業)の視点から信州が蚕糸王国ってホント? ポスト蚕糸業(産業)の視点から信州が蚕糸王国ってホント? ポスト蚕糸業(産業)の視点から(講演採録全文) 講師:前川道博(長野大学企業情報学部教授) ▼元の講演はコチラ https://youtu.be/yS-xdWDMTwE?t=2779 信州学「信州の蚕糸業とシルクロード」講座 第2回  2016年10月6日/まちなかキャンパスうえだ

【1】蚕糸業って何? 蚕種製造、養蚕、製糸

■そもそも蚕糸業とは?

 今回、この講座は、多くの方に、後からも学習していただけるように、ということで、オンデマンド配信することを想定していますので、全く初めての方がこれを見ると「えっ? 蚕糸業って何?」、そういう基本的な疑問ですね。これを最初の方は誰もわからないわけです。その辺のところも含めてお話をさせていただきたいと思います。
2021-07-15
32キティパークキティパーク山の中にあるような公園。 大きな天狗のモニュメントが置いてあったり、遊具がある他に昆虫や動物や植物などの自然が豊富。2021-05-03
33上田市 手塚地区について上田市 手塚地区について手塚(てづか)は上田市の西塩田に位置する地区である。付近には独鈷山があり、ため池も多く、別所温泉も近い。 手塚の地名の由来は、伝承によると、奈良時代に塩焼王が反乱を起こして当地に流罪となったが、再び勢力を挙げて反乱を企てたため、最終的に坂上田村麻呂によって討伐され、その塩焼王の怨霊を恐れた当地の人々によって両手を埋葬された事に由来するとされる。なお、この塩焼王の両手を埋葬した場所が、現在も「王子塚古墳」として残っている。 平安時代にはこの地より手塚氏が出て、手塚光盛が源義仲の家臣として活躍した。後に、この手塚氏からは江戸時代に水戸藩に仕えた手塚良仙光照という蘭方医 がおり、さらに、日本漫画界の巨匠である手塚治虫もこの手塚氏の系統だとされる。 手塚の地名の由来にこれほど偉大な歴2021-02-27
34ミヤサカシルク トリートメントソープ(岡谷蚕糸博物館・宮坂製糸所)ミヤサカシルク トリートメントソープ(岡谷蚕糸博物館・宮坂製糸所) 岡谷蚕糸博物館のショップでは、蚕のシルクを活用したスキンケア商品を販売している。石鹸や化粧水、クリームなどを販売しており、ネット通販も行っている。  私は、岡谷蚕糸博物館に併設されている宮坂製糸場で、「ミヤサカシルク トリートメントソープ」と「ミヤサカシルククリーム」を体験させていただいた。シルクソープは無香料・無着色・合成界面活性剤不使用で肌にも優しく、少量できめ細やかな泡が立ち、使用後はお肌がすべすべになった。シルククリームはシルクの主成分であるフィブロインが配合されており、使用後はお肌がしっとりとして潤いが戻ったと感じた。少々高価ではあるもののプレミアム感があり、プレゼントにも良いと思った。お土産コーナーには他にも生糸やバッグ、ストールや、虫の佃煮や桑の実ジャムといっ2021-02-10
35私の地域探求テーマ一覧(情報通信文化論2020)私の地域探求テーマ一覧(情報通信文化論2020)長野大学の講義科目「情報通信文化論2020」(講義担当:前川道博)では、情報通信文化の根幹をなす文化伝承・知識伝承を概念的に学ぶだけではなく、受講生たちに自ら文化伝承・知識伝承による「キュレーション型」の学びを実践してもらいました。地域循環型社会にシフトしつつ現代においては、自ら問いを立て、一次資料に当たったり、地域に赴いて自ら得たデータを新たな一次資料とし、主体的に探求していくことが求められます。その学習プロセスが文化伝承・知識伝承に他なりません。 それらの課題探求テーマと成果を以下のマイサイトからカテゴリ「私の地域探求」を選んで御参照ください。 <私の地域探求テーマ一覧> 1 舌喰池の名前の由来(LGTMのサイト) 2 2021-01-28
36【まとめ】昆虫食試食レポート⑥【まとめ】昆虫食試食レポート⑥昆虫を食べるということは、すごく抵抗のあることでした。しかし、実際に食べてみると、比較的食べやすいもの、食べにくいものがあるということが分かりました。 昆虫食は栄養価が高いということはよく耳にすることなので、健康には良いのかもしれません。 とはいえ、今後自分から好んで食べることはないと思います。 ▼参照したWebページ。購入した店舗のWebページです。 信州の昆虫食2021-01-27
37【蚕のさなぎ】昆虫食試食レポート⑤【蚕のさなぎ】昆虫食試食レポート⑤▼参照したWebページ。購入した店舗のWebページです。 信州の昆虫食2021-01-27
38【ざざむし】昆虫食試食レポート④【ざざむし】昆虫食試食レポート④▼参照したWebページ。購入した店舗のWebページです。 信州の昆虫食2021-01-27
39【いなご】昆虫食試食レポート③【いなご】昆虫食試食レポート③▼参照したWebページ。購入した店舗のWebページです。 信州の昆虫食2021-01-27
40【蜂の子】昆虫食試食レポート②【蜂の子】昆虫食試食レポート②▼参照したWebページ。購入した店舗のWebページです。 信州の昆虫食2021-01-27
41【前置き】昆虫食試食レポート①【前置き】昆虫食試食レポート①伊那の昆虫食を知るために、産直市場グリーンファームで購入した、高級珍味甘露煮セット(税込2100円)の食べ比べをしたいと思います。 次回の記事から、それぞれの味の感想をまとめていきます。 ▼参照したWebページ。購入した店舗のWebページです。 信州の昆虫食2021-01-27
42私の『西塩田時報』面白記事ピックアップ②私の『西塩田時報』面白記事ピックアップ②『ムシ歯予防デー(昭和12年6月1日)』通しp732 『ムシ歯予防デー(昭和12年6月1日)』についての私の意見を述べる。『歯の衛生と農村保健運動とは重大な関係を持つて居ります。』という書き出しにインパクトを感じ選んだ。現在の「歯と口の健康習慣」(6月4日~10日)はこの虫歯予防デーが元である。私は予防医療が浸透した時代に生まれたが、予防医療の発達以前はどのような取組み・姿勢だったのか興味がある。当該記事では『病は口より入る』の諺や『私達の病気は口から入つていくと言つてもいい位で、言はば病気の通路みたいなものと言へる』と、概念的に理解しやすいような記述が見られる。2021-01-10
43上田地域における食生活の歴史上田地域における食生活の歴史上田市には、美味だれ焼き鳥など多くの日本人からも愛されそうな固有の食生活があるのに対し、昆虫食、特にイナゴなど上田地域以外の日本人からは敬遠されている食生活などが多くある特徴的なものになっているので、調べてみたいと考えた。 ウェブサイトや図書館を利用して調べたいと考えています。2020-12-21
44伊那の昆虫食伊那の昆虫食伊那市では、昆虫食というと学校給食において提供されるほど身近なものですが、その文化を詳しく知りません。そのため、このテーマを設定しました。 伊那市の昆虫食文化の背景や特色について、市報やウェブサイト等の資料を活用し、探求していきたいと思います。2020-12-20
45虫牙虫発生と防除法(「西塩田時報」第4号(1946年11月25日)1項虫牙虫発生と防除法(「西塩田時報」第4号(1946年11月25日)1項私は、この記事が面白いと思った。この記事には、この時代の農作物情報も載っており、豆牙虫の防除方法まで書いてある。 また、この時代にこの虫のせいで大きな損をしたことも書いてあり、時代背景が良くわかる記事だなと思った。 この記事は以下から参照できます。 #963 『西塩田青年団報』第4号(1946年11月25日)1頁2020-12-14
46蜘蛛と雲蜘蛛と雲道路の途中に山の中に入っていく道があり、突き進むと頭上に蜘蛛がいて見上げると雲と重なっていた。途中、足元に大きい芋虫がいたため、まだいるのではと下を向きながら歩いていると、次は上の蜘蛛の巣に引っかかり、上下共に注意が必要だった。山の中にはちょっとした広場があり、サバイバルゲームも時にしているそうだ。2020-10-21
47【道なき道】くらます山散歩道【道なき道】くらます山散歩道大学のゼミの授業で5人で行くことになったこの散歩道。 山登り自体ほぼ未経験な僕からしたら、多少は整備されてるんだろうな~と思いきや、目の前にあるのは雑草が生い茂った場所に無理やり切り拓かれているような土と草でできた道でした。 芋虫がいたり、所々大きい蜘蛛の巣が張っていたりと、どうやらここ数年以上は人の手が付けられていない状態で、やっと登り着いた小さな空間も、やはり雑草だらけのほぼ手が付けられていない場所でした。 そこには小屋と木箱、それからこの山の説明がある看板があるだけで、どうやらここは昔は炭鉱場と警察官用の射撃練習場があったそうです。 夕張などのように、炭鉱場は時代とともに要らなくなり、その結果がこれなのでしょう。多少整備もしておいてほしい気もしますが、需要はほぼ無いに等し2020-10-20
48自然運動公園で会えるクマとリス自然運動公園で会えるクマとリス自然運動公園に植林されたアカマツ林の、松くい虫被害は深刻だったようです。愛らしいクマの笑顔につられて写真を撮りました。これらは、松くい虫の被害木で創られたと書かれていて、とても素敵なアイデアだと思いました。2020-06-23
49イナゴの佃煮イナゴの佃煮倉田菓子舗で伺ったお話。 それぞれ自分たちでイナゴをとり、佃煮にして食べていたそう。 カルシウムがあり、おかずとしてよく食べていた。 入れ物いっぱいにイナゴを入れ、水をいれて煮込み、味付けをして作る。 昔はよく食べていたらしい。2020-06-20
50いつ訪れても楽しめる!「パラダ」いつ訪れても楽しめる!「パラダ」通年型の観光施設であり、北パラダと南パラダがある。夏のグリーンシーズンはバーベキューにキャンプ、昆虫学習やアスレチックなどが楽しめる。また、冬場はスキー場に変化する。小さな子供から楽しむことができ、自然の中で一日中過ごせる点がおすすめである。また、温泉もあるため、疲れを癒すこともできる。 高速道路から直接アクセスできる点が嬉しい特徴点だ。手軽さ重視の人におすすめ。 ※キャンプ場は2020年7月再開予定。  2020-05-26
51千曲川展望公園千曲川展望公園あの娘との思い出の場所。 あの日の思い出を自分と重ね合わせる。 ここ姨捨山は絶景スポットとして今もなお多くの人が訪れています。千曲川全体を見渡せるため、写真を撮るのにももってこいの場所ともいえます。 ※映っている虫は気にしないでください2020-05-26
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