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1前川ゼミ/藤本蚕業プロジェクト2022/05/30前川ゼミ/藤本蚕業プロジェクト2022/05/30前川ゼミ・藤本蚕業チームの実質3日目は、地元の方々との情報交換がメイン。藤本蚕業が、あるいは蚕種製造が今とどうつながるのか、地域づくりに活かせるのかを緩く探りました。 その中で急浮上したインタレストの対象が「猫瓦」。各家々で解雇を育てていたこの地域ではそれぞれの屋敷の屋根に猫瓦を置いて、蚕の天敵であるネズミを追い払う信仰がありました。蚕種紙の袋には馬の絵が。蚕の卵にどうして馬なの? 多くの人が理解できない蚕種、それゆえに人々から忘れられてしまった蚕種。それと共に蚕種製造で栄えた塩尻地区も藤本も忘れられた存在となっています。知識循環型社会におけるインタレストの接点と地域づくり。一つの方向が早くも見えてきました。2022-06-05
2前川ゼミ/藤本蚕業の史料を手にする2022/05/23前川ゼミ/藤本蚕業の史料を手にする2022/05/23前川ゼミの藤本蚕業プロジェクト。前回5/12の視察に続き、この日5/23は、藤本蚕業歴史館の所蔵史料を手にして、史料がどのようなものなのか、学生たちから見てどのように関心を持ちうる情報源となるのかを検証しました。 全く予備知識なく初めて触れる「史料」。しかもランダムに選択。それぞれ手にした史料が何物かを物語ってきました。学生A君はそこに記された金額。その時代背景と貨幣価値、そこで行われている取引の活動が垣間見えてきました。学生B君は生命保険の記録。学生C君は「奄美大島支場」と記された史料。なぜ蚕種の会社が遠く離れた奄美大島に支場があるのか。 難しいどころか、タイムカプセルから出てきた数十年前の世界が今目の前にいきなり現れてきたという感じです。2022-06-05
3前川ゼミ/藤本蚕業プロジェクト始動2022/05/12前川ゼミ/藤本蚕業プロジェクト始動2022/05/122022年度になり、前川ゼミの新年度のプロジェクトの一つ「藤本蚕業プロジェクト」が始動しました。 そもそも「藤本蚕業」とは何か。その背景にある蚕種製造業、地域「上塩尻」の理解など、このプロジェクトを進めるには何をおいても現地視察から。藤本蚕業歴史館で地元の方々と顔合わせして情報交換、続いて藤本蚕業歴史館の見学、藤本蚕室、佐藤家住宅(2021年、国有形登録文化財に指定された蚕種製造民家)を見学しました。江戸期の蚕種製造家・藤本善右衛門保右()が著した養蚕の手引書『蚕かひの学』(こがいのまなび、初版は1841年)の版木もあり、残されている史料は貴重なものです。当日は、通常では見学できない藤本蚕室の2階を特別に見学させていただきました。2022-06-05
4蚕種とは?蚕種とは?蚕種製造業とは蚕の品種改良を行い蚕に産卵させた台紙を製造し出荷する業務をいう。 上田市の蚕種は立地の好条件から死亡率が少ない良質な蚕種を製造していたため全国的にも有数の蚕種製造地帯となった。2022-02-09
5「渋澤栄一と小諸商人」展「渋澤栄一と小諸商人」展NPO糸のまち・こもろプロジェクト代表の清水寛美さんが中心となり企画展示「渋澤栄一と小諸商人」を小諸本町のゆもと京都屋呉服店で開いています。7/3、会場を訪れ清水さんをはじめ関係の方々とお会いしてきました。 清水さんは、長年、小諸の蚕糸業や着物と関わる探求をされてきました。関係の資料も収集され、唯一無二の一次資料も相当数あります。さまざまな文献・論文等から小諸と関わりのある情報源を渉猟され、カテゴリ別に分けて展示構成をされています。何と言っても驚くのは資料の物量と展示構成のキュレーション力。博物館の学芸員でもここまで探求しキュレートできるものでもありません。一個人がこれだけのキュレーションをされたことが驚きです。 展示のコーナーは次のように構成しています。 ●製糸業コーナー ●絹業2021-07-09
6小県蚕業学校-2小県蚕業学校-2小県蚕業学校では、生徒の出身地が広範囲にわたっているという特徴があった。具体的には、岩手県から鹿児島県に至るまで範囲内にあった。その背景には、小県の蚕種製造業者がそれだけ広範囲に販路を広げていたことが挙げられる。卒業生の動向としては実家での養蚕・蚕種業の従事や養蚕指導者になったものが多い一方で、遠く清国や朝鮮、アメリカにまで人材を輩出している。また、蚕糸業だけでなく上級学校への進学や教職員、官公吏、銀行員となる者も存在していることから、教育機関としての機能も果たしていたことが分かる。このような点から、小県における蚕糸業はたんにそれのみで存在しておらず、金融業や教育業などあらゆる業界と密接に結びついていることが分かる。あるいは、蚕糸業を基盤としてあらゆる業界が幅広く発達したと2021-06-13
7佐藤尾之七邸宅(日本博覧図1897所載)佐藤尾之七邸宅(日本博覧図1897所載)『日本博覧図』は関東を中心とした地域の名所旧跡、寺社、豪商の邸宅等を描いた銅版画集。1897年(明治30年)発刊の第12編には上田小県の寺社・邸宅等20点の銅版画が収録されている。「佐藤尾之七邸宅」(旧塩尻村上塩尻)はその一つである。 佐藤尾之七(さとうおのしち)家は、江戸時代から上塩尻村(現在の上田市上塩尻)で代々蚕種製造業を営んできた佐藤本家の分家に当たる。1727(享保12)年、本家から分家し六代嘉平次を襲名して上塩尻村の庄屋を営んでいた。尾之七は佐藤本家の当主であった藤本善右衛門縄葛(つなね 1815-1890)の四男で、分家の佐藤嘉平次家の養子となった。尾之七は1908年、佐藤本家を宗家とする佐藤一族が共同出資して発足させた藤本蚕業合名会社の設立に中心的に関わった。大正期、上田蚕種株式会社の社長となり、蚕種業界の2020-09-23
8藤本善右衛門邸宅(日本博覧図1897所載)藤本善右衛門邸宅(日本博覧図1897所載)『日本博覧図』は関東を中心とした地域の名所旧跡、寺社、豪商の邸宅等を描いた銅版画集。1897年(明治30年)発刊の第12編には上田小県の寺社・邸宅等20点の銅版画が収録されている。「藤本善右衛門邸宅」はその一つである。 藤本善右衛門(ふじもとぜんえもん)は江戸時代から上塩尻村(現在の上田市上塩尻)で代々蚕種製造業を営んできた佐藤本家当主の世襲名である。昌信(まさのぶ 1773-1822)に始まり、保右(やすすけ 1793-1865)、縄葛(つなね 1815-1890)、信汎(のぶひろ 1850-1905)が藤本善右衛門を襲名した。 「藤本善右衛門邸宅」は、佐藤本家の邸宅である。佐藤本家は「藤本」を屋号としていた。1897年当時の当主は信汎(のぶひろ、1850~1905)である。 邸宅跡は現在は更地となったが、藥井門(1932頃再建)、外塀が残っている。 〔図版は上田市立博物館所2020-09-17
9藤本蚕業歴史館内部-4藤本蚕業歴史館内部-4歴史館内部資料の一部。賞状や人工ふ化装置の構造の説明などが展示されている。人工ふ化装置の存在は、蚕種製造業が科学的に行われていたことの証明になり、私はそこに興味を持った。2020-08-09
10藤本蚕業歴史館藤本蚕業歴史館上塩尻にある藤本蚕業歴史館。藤本工業株式会社が前身である藤本蚕業の社屋に2009年に開館した。蚕種製造業に関する様々な資料が展示されている。2020-08-09
11上塩尻の蚕種製造民家群と文書を見聞する上塩尻の蚕種製造民家群と文書を見聞する2018/08/18、上田市上塩尻の蚕種製造民家群と文書を見聞する会を開きました。長野大学前川研究室、上塩尻自治会、上塩尻今昔の会の連携で実施したものです。地元上塩尻の方々を中心に、建築や歴史文化の専門の方などが加わり20名ほどが参加しました。 幕末から近代にかけて日本の産業を牽引した蚕糸業の中でも、長野県は蚕糸王国と呼ばれるほどに近代日本の殖産興業に貢献をしました。その中で上田小県は蚕都上田と呼ばれ、その中心地の一つでした。とりわけ上塩尻を中心とした塩尻地区は蚕種製造の一大中心地となり、江戸時代から幾人もの優れた蚕種製造家を輩出した他、各家が蚕種製造業を営んでいました。その当時の蚕種製造民家は現在もなお数多く残り、「蚕種製造民家群」という全国的にも稀有な歴史的景観地区となっています。 2020-07-18
12『信濃蚕糸業史・中巻』(1937年)『信濃蚕糸業史・中巻』(1937年) <目次> 蚕種篇  第一章 蚕種製造業の発達  第二章 蚕種販売  第三章 蚕種業の奨励  第四章 蚕種業に関する組合の起源及其変遷  第五章 江戸時代に於ける蚕種に関する法規の変遷  第六章 明治時代に於ける蚕種規則の変遷  第七章 蚕種検査  第八章 きょうそ駆除  第九章 蚕業取締事務機関の変遷  第十章 国立原蚕種製造所松本支所設置の沿革  第十一章 蚕品種の変遷附蚕品種整理に関する2020-06-24
13上塩尻の蚕種製造民家群と文書を見聞する上塩尻の蚕種製造民家群と文書を見聞する2018/08/18、上田市上塩尻の蚕種製造民家群と文書を見聞する会を開きました。長野大学前川研究室、上塩尻自治会、上塩尻今昔の会の連携で実施したものです。地元上塩尻の方々を中心に、建築や歴史文化の専門の方などが加わり20名ほどが参加しました。暑いとは言え、連日の猛暑からは解放されたように秋めいた爽やかさが感じられる一日となりました。

全国的にも稀有な蚕種製造民家群

幕末から近代にかけて日本の産業を牽引した蚕糸業の中でも、長野県は蚕糸王国と呼ばれるほどに近代日本の殖産興業に貢献をしました。その中で上田小県は蚕都上田と呼ばれ、その中心地の一つでした。とりわけ上塩尻を中心とした塩尻地区は蚕種製造の一大中心地となり、江戸時代から幾人もの優れた蚕種製造家を輩出した他、各家が蚕種製造業を営んで
2020-05-10
14上塩尻の蚕種製造民家上塩尻の蚕種製造民家北国街道沿いに広がる上塩尻の景観が美しい。それぞれの家々の多くが、かつては蚕種製造業を営んでいた家です。それぞれが二階建ての瓦葺の建物で、2階に蚕室が備わっていること。建物も塀も質が高く、それが趣のある文化的景観をつくり出しています。二階の蚕室の雨戸も景観に美しさを添えています。 改めて、上塩尻のさりげない景観に美しさを感じ、写真に収めておきました。2020-04-22
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