登録リスト(該当:16件)

写真タイトル説明登録日
1小さな神社、三好神社小さな神社、三好神社自転車で走っている最中、道路脇に小さな神社を見つけました。ここだけ、どこか厳かな雰囲気を感じます。 記念碑がありましたが、どのような経緯でこの場所に神社があるのか、気になるところです。2022-05-08
2大里村役場跡記念碑建立のしおり大里村役場跡記念碑建立のしおり平成4年3月に大里村役場跡記念碑が建立されたときのパンフレット。建立趣旨、歴代村長名簿、寄付者名簿など記載。2021-12-01
3神川・山本鼎の会の紹介神川・山本鼎の会の紹介神川・山本鼎の会は平成29年2月に発足された会です。会員は95名ほどいます。 「山本鼎の偉業を顕彰し、氏の考えと人間愛を未来へとつなげる、次代を担う青少年が先輩達たちの知恵を学び、自主自立の精神を目覚めさせ、ひろく世界へ羽ばたくことを応援する」という目的で活動しています。 活動内容は「山本鼎とそれを支えた神川人、山本鼎の親族・友人・芸術家を現出する」「活動の起点となった日本農民美術研究所に記念碑を建立し長く未来に語り伝える」「関係上田市マップを作成配布し、人々の関心を再び高め、上田市のまちづくりにつなげてゆく」「自由大学の全容と遺産を上田市から広く発信する」です。2021-11-22
4上田の人物伝一覧(『上田市史』1940から)上田の人物伝一覧(『上田市史』1940から)上田市史・下巻(1940)』の「社寺古墳及人物誌/人物篇」をハイパーメディア化。(長野大学「マルチメディア論」2020/2021実習で分担作成) 人物01 真田昌幸
 真田一徳斎幸隆の第三子、天文十六年生る。 人物02 真田信之
  真田昌幸の嫡男、永禄九年生る。母は寒松院三修氏、幼名を源三郎と言ふ。 人物04 真田幸村
 幸村は正幸の代二子、永禄十一年生ると云う。 人物05 仙石政俊
 先の小諸城主後上田城主たりし仙石忠政の
2021-07-21
5人物61 小菅武夫人物61 小菅武夫小管訓導殉職記念碑(略) 『上田市史・下巻(1940)』1275頁を転載 (目次位置) 社寺古墳及人物誌  人物篇2021-07-19
6安楽寺安楽寺安楽寺では、ご本尊に釈迦牟尼仏。 両脇に文殊と普賢の菩薩をまつっている。 本堂に突き当たって左の階段から国宝八角三重塔へ向かうことができる。 参道沿いには重要文化財や記念碑が並ぶ。 安楽寺は禅宗としては、鎌倉の建長寺と並んで日本では最も古い臨済禅宗寺院の一つです。 1588年頃、高山順京が曹洞宗に改めました。 高い山の上でひっそりとたたずむ安楽寺には神秘感が漂います。 かやぶき屋根で厳かな雰囲気の安楽寺に心が浄化されます。2021-05-05
7丸子顕彰碑丸子顕彰碑 丸子町の工業100年を記念した碑。この碑は、1990(平成2)年に丸子町の工業が100年になったのを契機に、丸子文化会館の向かい側に丸子工業百年記念公園が造営された際に建てられた。顕彰碑やその周りには、丸子の工業の発展に尽くした幾人の偉人の碑やその紹介文があり、丸子の工業史を知ることが出来るスポットの1つとなっている。2021-05-05
8日露戦没忠魂碑日露戦没忠魂碑1904年から1905年にかけて勃発した日本とロシアの戦争による戦死のための慰霊碑です。このような戦争とは関わりのないと思っていたところにもこのような記念碑があることに驚きます。2021-05-04
9山本宣治 高倉・テル 齋藤房雄 記念碑山本宣治 高倉・テル 齋藤房雄 記念碑別所温泉の交番から安楽寺へ向かう途中右手上に、建てられている。 説明板のテキスト 山本宣治 高倉・テル 記念碑について 齋藤 房雄 昭和初期の大恐慌の中、上小(上田・小県)農民組合連合会が結成 され、小作料値下げ、土地取り上げ反対などの運動に立ち上がった。 これよりまえ、上田自由大学の講師として別所に在住していたタカ クラ・テル(高知県出身、文学者、日本共産党衆・参議院議員)は 農民運動・民主主義と社会進歩の運動に指導的役割を果たした。 一九二九年三月一日、上小農民組合連合会は第二回総会にタカクラ の義兄弟にあたる山本宣治(京都府出身、生物学者、労農党代議士 『山宣』)を招く。 この記念講演は「千名を超える聴衆に深い感動を与えた。 この講演から四日後の三月五日、山宣は治安維持法改悪承認の議2020-12-30
10小諸郵便局発祥地モニュメント小諸郵便局発祥地モニュメント(発祥の地コレクションの小諸郵便局発祥地のページ参照) 小諸市本町二丁目の武重医院西隣に、「小諸郵便局発祥地」と書かれた駒札風の木製の碑と「書掟集箱」と書かれた箱が置かれている。 1871(明治4)年に近代郵便制度が制定されると,全国各地に郵便取扱所が設けられた。郵便取扱所は地方の地主など有力者が任命されることが多く,ここ小諸では この地で“巴屋”という旅籠を営んでいた小山六左衛門氏宅に最初の郵便取扱所が設置された。 碑文 小諸郵便局発祥地  明治五年七月一日小諸郵便取扱所がこの地に開設され以来百二十年を記念してここに記念碑を設置する 平成四年七月一日 小諸郵便局長 参考 発祥の地コレクション 小諸郵便局発祥地 https://840.gnpp.jp/komoroyubinkyoku/2020-09-14
11高峯財産区、高峯土地改良区記念碑高峯財産区、高峯土地改良区記念碑 菱野の入村の高峯財産区(旧大里村有林を管理する組織)の山林の中、通称ヤカタの峯と呼ばれるところに、高峯財産区、高峯土地改良区の記念碑が建てられています。 https://ja.monumen.to/spots/7378 記念碑 高峯の陽に茂る山林は古くは小諸藩に属し、明治の維新に際して国有に帰せり。朝夕仰ぎて恵澤に浴せし村民は、その払下げを願うこと宛も父を親うが如し。昭和二十七年漸くにして二千百万円を以て六十余町歩の国有林を大里村に払下げられ、更に廿余町歩の農地改革開墾附帯地の賣渡を受けたり。宿願達成の喜や襞うるに物なし。廿九年同村は、小諸町他四ケ村と合併して市制を施くに当たり、同村は高峯財産区と命名されて旧村の保有となる。この山麓に女堰と称するあり。慈母の如く大地を育みて年を経たり。昭和廿八年之が改修の費を財2020-08-24
12日向吉次郎翁記念碑日向吉次郎翁記念碑日向吉次郎翁記念碑 島崎藤村識選文 大正11年6月建立 謡曲の師匠。「千曲川のスケッチ」にも描かれている。 荒町光岳寺境内 http://www.komoro.or.jp/hinata.html http://www.asamadake.co.jp/kanko/toson_07.html2020-07-15
13大里村役場跡碑大里村役場跡碑碑文 大里村役場跡  小諸市長 塩川忠巳書 大里村役場沿革誌 明治二十二年市町村制実施により大里村発足       諸二〇七番地に役場開設 大正十五年大里尋常高等小学校隣接地諸字矢鼻       二六番地ー二近代的役場新築 昭和二年新役場により事務執行 昭和二十九年市町村合併法により小諸町になる 同    年四月小諸市となり諸支所となる 昭和三十八年諸出張所となる 昭和四十四年諸出張所廃止 平成四年三月吉日記念碑建立         記念碑建立実行委員会2020-07-13
14石久摩神社(上田原古戦場の碑)石久摩神社(上田原古戦場の碑)1548年、武田信玄と村上義清が武力衝突した上田原合戦の中心地と言われる神社。この合戦を世に伝えるため石久摩神社境内に記念碑が建てられている。 道路に面してすぐの赤い鳥居が存在感を出している神社だが、鳥居の奥は足を踏み入れたことはなかった。改めて、ここで戦があったという歴史を思うと感慨深い。 夕方に訪れると、また日中とは違った厳かな雰囲気を感じられる場所である。2020-05-25
15日露戦後忠魂碑(上田市)日露戦後忠魂碑(上田市)日露戦争に出征し戦死した兵士の記念のために制作された記念碑。上田市からも戦争に出征し戦った人がいることが分かるものである。一人一人の名前が記されており、地域の記録として存在している。戦争と平和について考えさせられるものである。2020-05-25
16天満宮天満宮1771年(明和8年)の創建と伝えられ、舟形の地形が特徴です。古い絵馬や俳句の額が掲げられています。明治6年に村社になり、かつては春秋の例祭には村人の踊り、大々神楽、相撲等が奉納されました。敷地内には、福島安正書の「菅公一千年記念碑」もあります。 出典:『上田 しおじり』/塩尻地区近代化遺産活用ガイドブック編集委員会/ 発行 上田市教育委員会 2003年3月 学問の神様とも呼ばれている菅原道真を祭神とする神社の一つであり、正月にはここで年を越す方もいます。昭和時代からありながらきれいなまま現存しているのが面白い。2020-05-21
地図で見る


ログイン トップページへ