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1猫瓦猫瓦12月6日に上塩尻の街歩きをしてきました。 街歩きの目的は猫瓦探索でした。 北国街道沿いには猫瓦がよくありますが、上塩尻には他にも猫瓦があることがわかりました。 特に印象的だった猫瓦は鶴が掘られたものです。 猫瓦に掘られている絵には意味があります。 鶴は初めての発見だったのでどのような意味があるのか気になりました。 猫瓦に興味のある人は上塩尻を歩いてみてください。面白い瓦を見られるかもしてません!2023-01-30
2上田の食文化⑥ 〜フルーツ編〜上田の食文化⑥ 〜フルーツ編〜長野県はぶどうやりんごがとても有名なのは知っていましたが、普通に道沿いにある木にりんごがよく生えていたり、道にりんごがころあっているのをよく見かけるので、それぐらいよく採れるものかとびっくりしました。 1番驚いたのは、写真のようにりんご畑に大きな穴が掘ってあって、そこに大量のりんごが入れられてたことです。 直売所にいけばとても安く売っているので、フルーツ自体も好きですし堪能してます。巨峰大好きなので、安くおいしいものが気軽に買えるのでとても嬉しいです。2023-01-26
3真田十勇士真田十勇士通った道沿いにいた真田十勇士たちです。10人探すために歩くだけでも十分な運動になりますし、一緒に旅をしている気分になります。2022-11-27
4上田の食文化② 〜松茸編〜上田の食文化② 〜松茸編〜上田市にきて思ったことが、この時期やたらと松茸料理のお店の看板を見かけるな、ということです。 坂城に行く道中でも道沿いにたくさん見かけました。調べてみると、上田市のサイトには松茸料理のお店を紹介する「松茸マップ」がありました。それぐらい上田では松茸が有名なんだということが分かります。 松茸はアカマツの下に生え、そのアカマツが上田市にはよく生えていることで必然的に松茸が有名だということを聞きました。地元にはアカマツがあまり生えていないので、松茸もあまり見かけません。ちゃんとした理由があって面白いと思いました。2022-11-16
5江戸の名残・一里塚江戸の名残・一里塚「一里塚」というものを知っているでしょうか。江戸時代以前、全国の街道沿いにありました。「1里(約4キロメートル)ずつ」置いてある塚なので「一里塚」といいます。上田市は「北国街道」という街道の宿場町でした。 画像の塚は「文久元歳(ねん) 上塩尻」とあり、上塩尻という地籍に、文久元年(1861年)に建てられたということがわかります。2022-11-03
6北国街道・柳町北国街道・柳町旧北国街道沿いの家並みが残る通り。上田城下の商い処。 創業350余年の老舗酒蔵がある。歴史を伺える雰囲気の酒屋である。2022-10-28
7矢出沢川遊歩道矢出沢川遊歩道矢出沢川沿いに長く続く遊歩道。 隣の川には魚や水鳥も泳いでおり、春になると桜が道沿いに咲き、季節の訪れを感じさせてくれます。上田城ほどの量はありませんが、落ち着いた雰囲気を感じ取れます。2022-10-22
8モリス先生「古建築を活かし、持続できる生活を創る」モリス先生「古建築を活かし、持続できる生活を創る」 聞き手:前川道博(長野大学) 2018/06/25、千葉大学のモリス研究室で 上田市上塩尻の蚕種製造民家を2005年頃に調査したマーティン・モリス先生(現千葉大学名誉教授)に、まだモリス先生が千葉大学で教鞭をとられていた2018年、研究室を訪問し、古い民家と町並みが残る地域を未来に向けてどう保全活用するとよいかをお聴きしました。 【大意】 文化財制度の弱点は目玉となる文化財しか残せないこと。目玉しか残せないと古民家を修復できる職人がいなくなる。保全できないので維持管理にお金がかかるという悪循環に陥る。 その点で上塩尻の蚕種製造民家群は静かな旧北国街道沿いに展開しており保存しやすい条件が揃っている。上塩尻には優れた文化が凝集している。住民にその価値を感じてもらうことが大切。古民家2022-10-18
9菅平高原菅平高原2022/10/01 高校時代の友人が菅平にいるというので会いに来た。 山岳科学センター菅平高原実験所へ。 会うのは1年ぶりだったが、 違和感なく話すことができた。友達は大学院進学のため勉強を頑張っているみたい。 すげー。と完全に他人事。 私は4人兄弟の3番目なのだが 兄2人と比べられたことがない。 そのおかげ(せい?)で他人と自分を比較して嬉しくなったり悲しくなったりする事が少ない、と思う。 実際、この友達にも 「大成の家族はみんな個性的で自信満々だからいいね」 といわれたことがある。 それにしても、菅平は空気が綺麗で非常にいいところ。 道沿いに綺麗なお花もたくさん咲いていてハッピーな気分になった。 菅平で星みたいな。2022-10-01
10増え続ける物流倉庫(賃貸型物流施設)増え続ける物流倉庫(賃貸型物流施設)買い物は久しくアマゾンを初めとするネットショップに依存しています。発注した翌日にはモノが届く素早い配送には驚かされます。その日のうちにモノが届いたことも。そうした迅速な商品の配送を担っているのが物流の企業。その拠点となるのが巨大な物流倉庫。 茨城へ帰省する際、巨大な物流倉庫が高速道路沿いに最近とみに目につくようになってきました。とりわけ関越道沿い、圏央道沿いに増えつつあります。従来、特定の企業の名前が記された従来型の企業の倉庫はいくつもありましたが、名前の知らない倉庫が目に付きます。その代表的な名前がGLP。物流プロバイダは最近、急成長しつつある業態と言ったらよいのでしょうか。物流プロバイダはGLP以外にいくつもあり、私も社会勉強のつもりでこの新たな業界の勢力図を頭に入れて2022-08-17
11柳町柳町 上田城築城とともに作られた城下町であり、旧北国街道沿いの江戸時代のころからの面影が残る街並みになっています。現在ではお酒や味噌などのご当地名産品を扱っている店が多くあります。上田城から歩いて10分ほどの距離のため、お城への観光のついでに寄ってみるのもいいでしょう。2021-12-17
12二十三夜塔(東御市出場)二十三夜塔(東御市出場)東御市出場の祢津街道沿いにある二十三夜塔。二十三夜塚と彫られています。2021-07-08
13二十三夜尊(上田市下和子)二十三夜尊(上田市下和子)鹿教湯へ向かう県道沿い東内に「二十三夜」と刻まれた月待塔をがあります。下和子自治会で設置した「二十三夜尊」という説明板が建てられています。2021-07-02
14柳町柳町北国街道沿いの家並みが残る通り。現在では信州上田の魅力的な名物・銘品を扱う店舗が並ぶ、江戸時代の面影を残した上田城下の商い処。昔ながらの街並みがとてもいい雰囲気を醸し出している。写真ではなかなか伝わらないので実際に行ってみることがおすすめ。2021-05-05
15安楽寺安楽寺安楽寺では、ご本尊に釈迦牟尼仏。 両脇に文殊と普賢の菩薩をまつっている。 本堂に突き当たって左の階段から国宝八角三重塔へ向かうことができる。 参道沿いには重要文化財や記念碑が並ぶ。 安楽寺は禅宗としては、鎌倉の建長寺と並んで日本では最も古い臨済禅宗寺院の一つです。 1588年頃、高山順京が曹洞宗に改めました。 高い山の上でひっそりとたたずむ安楽寺には神秘感が漂います。 かやぶき屋根で厳かな雰囲気の安楽寺に心が浄化されます。2021-05-05
16信濃国分寺跡史跡公園信濃国分寺跡史跡公園これは信濃国分寺跡史跡公園の写真である。一部しか写っていないが公園自体はもっと広い。公園の中に資料館が置かれている。昭和に行われた信濃国分寺の発掘調査の結果、中門や金堂などの遺構を確認・推定することができた。寺域は、僧寺がおよそ東西176メートル、南北178メートル、尼寺は東西148メートル、南北150メートルと判明した。これらの遺構の保存と活用のため、全国で最初の史跡公園に認定された。 遊具はないが犬の散歩をしたり子供がボール遊びをするにはとても良い場所である。紅葉の季節になると国道沿いにある木が色を変え、鮮やかになる。2021-01-25
17Bar&Diner CROSS GATE/バーアンドダイナー クロスゲートBar&Diner CROSS GATE/バーアンドダイナー クロスゲート以前から気になっていた、上田駅の道沿いにあるバーに行ってみました。 バーに行くのは初めてで、外観はオシャレな雰囲気で少し学生には入りづらいですが、いざ入店すると気さくなマスターが出迎えてくれ、とても親切にお酒など説明してくれました。 夢の丸氷でウイスキーをロックで飲むという体験もできて大満足でした。2021-01-24
18【どこここ】上田大神宮【どこここ】上田大神宮現北国街道沿いにある(誰も知らないであろう)小さな神社です。 と言ってもローカル神社にしては規模は大きめで、生島足島神社にあるような赤色の建築物、巨大な窯など面白い物がありました。 間違えてもじゃあ生島足島神社でいいじゃんと言ってはいけないです。2020-11-03
19上田市内のローカルレストラン探訪 #3 隠れキッチン上田市内のローカルレストラン探訪 #3 隠れキッチン別所街道沿いにあるごく普通の民家を改良した名前通りの隠れたレストランです。 今回は鮭と茄子のアヒージョ、フライドポテトを注文。 ちなみにアヒージョは人生初体験でした。クラッカーが付いてきたときはどう食べればいい物かと迷ってしまいました・・・ 味は高級料理店かと思うほどの絶品。量は少なめながらも合計1000円と他のレストランと比べると若干割高ではありますが、十分すぎるものでした。 ここは自宅からもかなり近い距離にあるので、一人でいけるのなら頻繁に通いたいですね。2020-10-20
20旬・新鮮!手軽な直売所旬・新鮮!手軽な直売所りんご畑の広がる道沿いにあった無人の直売所である。 りんごはもちろんのこと、今が旬のプルーンやその他新鮮な農作物や加工品が手に入る。 自動販売機と同様に短時間で、かつ新鮮・旬な物が手に入り、手軽に利用できる点が良い。2020-08-06
21下塩尻蚕種製造民家群の佇まい下塩尻蚕種製造民家群の佇まい2017/11/27の記録。日本一の蚕種製造地を私は「上塩尻蚕種製造民家群」と呼んできましたが、より包摂的には「塩尻地区蚕種製造民家群」と呼ぶのが適切です。本日、日本ナショナルトラストのUさんが上田に来訪され、地元の方と塩尻地区(秋和・上塩尻・下塩尻)を見聞しました。 下塩尻はこれまであまり見聞したことがなく、地元のMさんの御案内で私も認識を新たにしました。下塩尻は北国街道沿いばかりでなく、千曲川沿いの一帯に「蚕種製造民家群」が集積しています。上塩尻と違い、千曲川沿いの低地に屋敷が広がっているせいか、一軒一軒の家々の敷地が広く、狭いところに屋敷がひしめきあう上塩尻とは対照的です。総じてゆったり感があります。その佇まいが下塩尻の景観をなしています。川べりという立地のせいか、集落の景観が群馬県2020-07-18
22上塩尻元宿・蚕室民家の佇まい、清水さん宅上塩尻元宿・蚕室民家の佇まい、清水さん宅2018/11/05、上塩尻・元宿の清水さん宅を訪れました。元宿は上塩尻の中心である北国街道沿いの大村とは違い、千曲川沿いの平坦な土地に広がる区域です。かつて千曲川の大洪水により壊滅的な被害を受けた歴史的背景があります。その一方で、千曲川の上流から運ばれる肥沃な土砂が桑の栽培に適し、この地の蚕種製造を育みました。この条件は千曲川沿いに広がる下塩尻にも共通しています。 清水さん宅の主屋は上田市の調査資料によると明治28年に建てられたらしい。蚕種製造民家の多くが明治20年代に建てられています。門の構えも立派です。中庭も丁寧に手入れがされて、屋敷全体の佇まいが美しい。家の品格というものを感じます。 清水さん宅の敷地からは上塩尻の中心の集落が遠望できます。背後に虚空蔵山系の山が一望できます。蚕種製造2020-07-18
23上塩尻の景観上塩尻の景観2018/09/09、(長野県上田市)上塩尻へ立ち寄ってきました。北国街道沿いに広がる上塩尻の景観が美しい。それぞれの家々は街道沿いには塀がめぐらされて門が構えられています。飾り気がなく、シンプルな集落の佇まいです。特色あるのはそれぞれが二階建ての瓦葺の建物で、2階に蚕室が備わっていること。建物も塀も質が高く、それが趣のある文化的景観をつくり出しています。二階の蚕室の雨戸も景観に美しさを添えています。旧街道の道筋は車が1台通過できる程度の幅しかありません。車を屋敷の中に入れる事は不可能です。現代の生活に欠かせない車が屋敷の中にすら入れない不自由を抱えながら、古い建物が維持され、このような美しい景観が維持されていることに感銘を受けます。 西側に面している建物は細い路地に面し、窓のない木造2020-07-18
24長沼住民の方々の願い長沼住民の方々の願い台風被害に遭った長沼地区を訪れてみると、道沿いに決壊しない堤防を!と住民の方たちの願いが込められた看板が置かれていた。この場所は市の人や工事関係の人が多く通るため意思を訴えているため置かれたのではないか。2020-06-22
25アヤメとコマクサが描かれたマンホールの蓋アヤメとコマクサが描かれたマンホールの蓋国道18号線にある常田交差点から東部湯の丸IC南交差点までの道路の歩道に、一定間隔で設置されていたマンホールの蓋です。湯ノ丸高原に群生している花であるアヤメとコマクサが描かれています。地域探検中にふと地面を見たときに発見して、普通のマンホールの蓋ではないと感じたため撮影しました。マンホールの蓋からも地域の情報を知れることは良いと思いました。2020-05-26
26神畑にある加美畑神社神畑にある加美畑神社よく自分が通る道沿いにひっそりとある神社です。 名前が加美畑神社ということで名前の中に神畑の漢字が入っていて面白いと思いました。 ペットの散歩に利用する方が多く、写真を撮りに行った際にはキャッチボールをしている親子もいて、地域の人の利用が多い場所でした。 木々に囲まれているので、夏でも涼しく、夏には小さい祭りが開かれています。 運動や散歩だけではなく、ベンチなど置いてもらえれば読書などゆっくりするスペースとしても利用できそうだなと感じました。 祭神は建御名方命(たけみなかたのみこと)といい、境内には蚕影社、疱瘡社、阿夫利社、神明社、秋葉社、飯綱社が合祀されているそうです。2020-05-24
27上塩尻神社上塩尻神社祭神は諏訪大明神です。奈良時代に舎人嶋(現元宿)に創建したが、1595年(文禄4)の大洪水で流出し、1709年(宝永6)現在地に再建した。 上塩尻は養蚕が盛んだったようで、立派な土塀に囲まれた家々が狭い道沿いに立ち並んでいます。狭い道を登って行くと神社が建っており、祠には万葉歌碑が祀られています。一度再建はされたものの、古くから万葉歌碑が現在も残っているのはとても面白い。2020-05-21
28上塩尻の蚕種製造民家上塩尻の蚕種製造民家北国街道沿いに広がる上塩尻の景観が美しい。それぞれの家々の多くが、かつては蚕種製造業を営んでいた家です。それぞれが二階建ての瓦葺の建物で、2階に蚕室が備わっていること。建物も塀も質が高く、それが趣のある文化的景観をつくり出しています。二階の蚕室の雨戸も景観に美しさを添えています。 改めて、上塩尻のさりげない景観に美しさを感じ、写真に収めておきました。2020-04-22
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