登録リスト(該当:15件)

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1軽井澤町道路元標軽井澤町道路元標大正11年12月1日長野県告示第636号により、北佐久郡東長倉村の道路元標の位置が、大字長倉2,009番地先と定められた。 大正12年8月1日に東長倉村が町制を敷き、軽井澤町となったことにより、軽井澤町道路元標に作り替えられた。2024-02-09
2常盤町30年のあゆみ 目次常盤町30年のあゆみ 目次常盤町30年のあゆみ  1.入居当時の常盤町  2.昭和50年当時の航空写真  3.常盤町周辺の航空写真  4.常盤町の歌  5.常盤町地籍の小字図  6.歴代自治会長  7.完成近い自治会館  8.発刊に当たって  9.「常盤町30年のあゆみ」 第1章 常盤町の自然と歴史  第1節 大字常磐城地区の変貌  第2節 自然の様子  第3節 上田市の歴史  第4節 常盤町周辺の寺社・史跡等 第2章 常盤町の団地造成と自治会の発足  第1節 戦後の市内住宅事情と常盤団地の造成  第2節 団地造成に対する生塚住民の協力  第3節 県企業局の団地造成計画  第4節 宅地区画と住民募集経過  第5節 自治会の発足と自治会館建設  第6節 当時の入居者構成分布  第7節 初期の公共生活環境整備に向けて 2023-08-09
3海軍一等機関兵勲八等土屋八八郎碑海軍一等機関兵勲八等土屋八八郎碑小諸市大字菱平字稲荷地籍に建てられた土屋八八郎 の碑 土屋八八郎は1883(明治16)年6月10日 北佐久郡大里村生まれ。日露戦争に従軍し、戦艦三笠乗務。1905(明治38)年9月11日佐世保港において火薬庫爆発のため死亡。死亡後勲八等白色桐葉章受章。 三笠の沈没については下記のサイトを参照。 https://www.jacar.go.jp/modernjapan/p10.html2022-12-09
4忠魂碑(御影)忠魂碑(御影)御影区内の成田山境内に建立されている。 昭和27年10月10日再建と刻まれている。 大正4年の『北佐久郡志』の第四編町村篇の南大井村の記述(152ページ)によるとここに再建される以前は和田にあったようである。 「九、兵事  〇忠魂碑 大字和田字北原甲州街道の北側にあり、砲弾形の石碑にして表面明治三十七八年戦役忠魂碑の題字は乃木大将の筆にして、明治四十一年四月の建設。」2021-12-28
5駒形社跡駒形社跡駒形社があった場所。上信越自動車道開通に伴い、八満弓神社境内に移設されている。(参照 駒形社(八満弓神社境内)) 碑文 駒形社跡 裏面 小諸市大字八満字駒形に 鎮座していた駒形社 は創建 年代は詳らかではないが塩野の の牧の西方の駒形として奉齋 されたと伝えらている 現在の祠は貞享元年の再建で ある 此の度上信越自動車道開通 に伴い当初八満弓神社境内 に遷し奉り跡地に石碑を 建立してその名を留めるものなり  平成六年十二月吉日 宮司 金井重忠 筆頭 池田二郎 総代 美齊津卓雄    依田 進    田中三雄    小山春男    美齊津幸一2021-11-18
6上田の人物伝一覧(『上田市史』1940から)上田の人物伝一覧(『上田市史』1940から)上田市史・下巻(1940)』の「社寺古墳及人物誌/人物篇」をハイパーメディア化。(長野大学「マルチメディア論」2020/2021実習で分担作成) 人物01 真田昌幸
 真田一徳斎幸隆の第三子、天文十六年生る。 人物02 真田信之
  真田昌幸の嫡男、永禄九年生る。母は寒松院三修氏、幼名を源三郎と言ふ。 人物04 真田幸村
 幸村は正幸の代二子、永禄十一年生ると云う。 人物05 仙石政俊
 先の小諸城主後上田城主たりし仙石忠政の
2021-07-21
7塩尻村大字上塩尻字壱丁田全図(地籍図[旧公図])塩尻村大字上塩尻字壱丁田全図(地籍図[旧公図])小県郡上塩尻村大字上塩尻之内 第七番字壱丁田全図 (上田市税務課所蔵) 塩尻村大字上塩尻(かみしおじり)字壱丁田(いっちょうだ)の地籍図である(現在は上田市上塩尻)。 字壱町田は現在の塩尻保育園の辺り、塩尻小学校と北陸新幹線に挟まれた区画、国道18号線の上塩尻交差点の北西側の区画である。 地籍図は1889年(明治22年)の市制町村制施行に伴い、上田町大字常磐城(旧常磐城村)の地籍図として1890年頃作成したものと思われるが、年代の記載がないため確認できない。2021-03-22
8塩尻村大字上塩尻字信福寺/宮田全図(地籍図[旧公図])塩尻村大字上塩尻字信福寺/宮田全図(地籍図[旧公図])小県郡上塩尻村大字上塩尻之内 第六番字真福寺 第七番字宮田 全図 (上田市税務課所蔵) 塩尻村大字上塩尻(かみしおじり)字信福寺(しんぷくじ)/宮田(みやた)の地籍図である(現在は上田市上塩尻)。 字信福寺、字宮田は区画が小さいことから合体した全図となっている。藤本蚕業歴史館から南に150mほど下った辺りの区画である。かつては水田であったが、現在は宅地化している。 なお、「上田市文化財マップ」に字信福寺にあった「上塩尻板碑」の解説がある。 地籍図は1889年(明治22年)の市制町村制施行に伴い、上田町大字常磐城(旧常磐城村)の地籍図として1890年作成したものと思われるが、年代の記載がないため確認できない。2021-03-22
9明治35年 常磐城區有土地建物寄附之件明治35年 常磐城區有土地建物寄附之件『明治35年上田町会議案綴』(上田市公文書館所蔵)より 土地や建物の寄附について、土地の広さや建物の見積もり金額が記されている。 「前記ノ土地建物ハ上田町大字常磐城ノ所有ノ処上田尋常高等小学校ノ用ニ供スル為左ノ条件ヲ付シ上田町ヘ寄附スルモノトス」 年代や地名から推測すると、上田尋常高等小学校常磐城分教場(現上田市立西小学校)に使用された土地や建物と思われる。 【参考資料】 『上田市誌 近現代編(8)学校教育のあゆみ』上田市誌編さん委員会/編(上田市 2003年)2021-02-27
10上田温泉電軌真田線の延伸計画について上田温泉電軌真田線の延伸計画について1926年11月25日の官報第4277号と1935年9月16日の官報第2613号に、上田温泉電軌(現在の上田電鉄)真田線の真田から先の区間の延伸について記述があった。 以下が国立国会図書館デジタルコレクションのURLである。 https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2956427/3 https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2959092/4 この2つの官報では、終点であった真田駅から先、当時の小県郡長村の大字であった大日向地区への路線敷設免許の下付と失効それぞれについて記述されていた。 下付が1926年、失効が1935年であることを考えると、その間の昭和恐慌によって計画を断念せざるを得なくなってしまったのではないかと考えられる。2021-02-27
11上田市大字常磐城字生塚全図(地籍図 1921年 )上田市大字常磐城字生塚全図(地籍図 1921年 )上田市大字常磐城第弐拾参番字生塚全図(上田市税務課所蔵) 調製 1890年(明治23年)12月 複製 1921年(大正10年)12月 製図者/測量士 馬場亀松(上田市役所地理主任) 曲尺 壱分ヲ以テ一間トス サイズ:A1版より小さい(A1版の台紙に貼付されている) 上田市大字常磐城(ときわぎ)字生塚(うぶつか)の地籍図である(現在は上田市常磐城四丁目)。地籍図は1889年(明治22年)の市制町村制施行に伴い、上田町大字常磐城(旧常磐城村)の地籍図として1890年作成したものを、1919年(大正8年)、上田町の市政施行に伴い、上田市に書き改めたものである。基本的には1890年と同じである。 ★上田市大字常磐城第弐拾参番字生塚全図(PDF)1.1MB 2021-01-11
12小県郡城下村大字小牧全図(地籍図1890年)小県郡城下村大字小牧全図(地籍図1890年)小県郡城下村大字小牧全図(上田市税務課所蔵) 調製 1890年(明治23年)5月 縮尺 3,000分の1 サイズ:A1版より小さい(A1版の台紙に貼付されている) 城下村大字小牧(地籍図作成当時、現上田市小牧)の「地籍図」を基に作成した地図。 図版は上田市税務課所蔵の当該地籍図の複写図版を合成し作成したものである。 (データ編纂:長野大学前川研究室) ★小県郡上田町全図(PDF)1.2MB 小県郡上田町全図(高精細JPEG画像)18420×13080ピクセル 115MB 2021-01-11
13ライトアップも!アジサイが美しい正善寺ダムライトアップも!アジサイが美しい正善寺ダム場所:新潟県上越市大字正善寺 人口増加によって水不足になるのを防ぐため、1970年代から建設が考えられ2003年に竣工された新潟県営の多目的ダム。 5000株ものアジサイが植えられ、6,7月の梅雨の時期には様々な色のアジサイが咲き、絶景です。夜にはライトアップもされ、違った雰囲気も楽しむことができます。 無料の駐車場もあるため多くの人がゆっくりアジサイやダムを観光していきます。 アジサイの見ごろが梅雨であるため、急な降雨に備えて傘を持っていくといいです。2020-08-04
14菱平農事実行組合 共有土地維持略歴菱平農事実行組合 共有土地維持略歴菱野区の旧公民館に掲げられていた共有土地維持略歴  ・明治維新により地域の共有林が国有林に編入されたこと、  ・図面作成の請負手となった区民が請負人の立場ではあったが、村民の利益を失うことに異を唱えたこと、  ・国の官吏との折衝に苦労してほぼ主張が認められたこと、  ・菱野区後平区の名義で登記できず、六人の共有名義としたこと、  ・1932年(昭和7)産業組合法が改正され昭和8年農事実行組合が組織されるに当たり、その名義としたこと、  ・菱野公会堂(旧公民館)新築に当たり、共有林からの材木を使ったこと、  ・将来に向かって愛郷の念が益々高まることを祈っていること  がわかる。 菱平農事実行組合    共有土地維持略歴 大里村大字菱平字宇坪入 一四六八番イ号              2020-07-26
15人物66 小林直次郎人物66 小林直次郎慶應二年九月十九日小縣群青木村大字殿戸に生る。(略) 『上田市史・下巻(1940)』1284、1285頁を転載 (目次位置) 社寺古墳及人物誌  人物篇2020-07-18
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