デジタルコモンズが拓く地域資料のデジタルアーカイブ化

デジタルコモンズが拓く地域資料のデジタルアーカイブ化

▲デジタルアーカ犬


前川道博 d-commonsプロジェクト/長野大学

【1】消費する知識から活用する知識へのパラダイムシフト
知識消費型社会から知識循環型社会へのパラダイムシフトが今世界中で起きています。これまでの社会では知識を書籍や講座などから受け取るものが知識、学問分野の権威が提供する知識、それを獲得することが学習と思い込まれてきた傾向があります。知識の源泉の一つは、それ以上は遡れない情報源、つまり一次資料にあります。書籍や講座は研究者などが咀嚼・編纂した二次情報に過ぎず、受け手は普通それを受け売り(消費)することぐらいしかできませんでした。さらにはデジタルな手段が当たり前に使えるようになったことにより、知識とは活用するものであること、自らも思考を表現することでそれが知識となることの理解も広がってきました。「知識」のあり様も変わってきました。

知識循環(ナレッジリサイクリング)とは、知識・情報源が常にアクセス可能なところにあり、いつでも必要な時に取り出して主体的に知識獲得や知識の創造ができることを意味します(図1)。専門家もそうでない人も、教員も児童生徒も、分け隔てなく知識をギブ&テイクしあうのが知識循環です。メディアがデジタル化、ネットワーク化されているとそれが実現しやすくなります。これまでありがたく知識として受け取ってきた書籍や講座は、ネット上で手軽に参照できるWeb上の情報源によって簡単に補えてしまいます。

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図1 知識循環のイメージ


【2】知識循環が問いかけるアナログレジーム問題
本当の知識とは何か。知識循環型社会はまさにそのことを私たちに問いかけています。歴史とは何か。これも問い直されてきます。これまで誰もが定説として疑わなかった歴史が訂正されたり、書き換えられることが起こり得ます。一人の専門家よりも、多くの人たちの「集合知」による方がより真実に迫るということも起こり得ます。ピラミッドのようなヒエラルキーを成していた知識体系がフラットで多軸的な様態、総合的に包摂される様態に遷移していくことが予見されます。

その一方で社会は容易に変わりにくい構造的特性を持っています。書籍や放送で培われた社会観や価値観は生涯に渡り尾を引きます。コンピュータを使ってもその弊害が出ます。社会の進化の足枷となるこうした制度や慣習などを変えられない壁、変えることの必要性に気づけない認識の壁を「アナログレジーム」問題と呼ぶことにしましょう。一体どうすればアナログレジーム問題は解消していくのでしょうか。その先にデジタル化による社会のイノベーションがあります。「Society5.0」はその方向を示したものです。

【3】「デジタルコモンズ」とは?
知識の探求・創造を誰もがしやすくし、何かを探求したり、知識を活用して地域づくりの活動や地域の学びができる社会のモデルを「デジタルコモンズ」(デジタルな知の共有地)と呼ぶことにしましょう(図2)。デジタルコモンズは多様なエリア、コミュニティ、施設、学校等に適合できるものですが、ここでは地域資料のデジタル化や地域エリアの中での学習コミュニティを支援する地域デジタルコモンズを想定しています。

私たちはその支援ができるメディア環境をデザインしてきました。デジタルコモンズは情報を提供する人は専門家か非専門家か、研究者か一般の学習者か、施設か個人かといった区別なく誰もが対等に知識を出し合い、蓄積し、活用(リサイクリング)できるようにするメディア環境とそれにより形成されるコモンズ(共有地)です。ネット(クラウド)上に皆が知識を載せ合える本棚(デジタルアーカイブ)を作り、そこにみんなでデータを載せ合いシェア(共有)する形で知識を活用できるように支援します。資料は二次資料だけでなく、これまでアクセスがしにくかった一次資料もふんだんに格納することができます。資料の格納も、特定の機関がするのだけではなく、誰もが行えます。言わば「みんなでつくるデジタルアーカイブ」です。

【4】地域資料が埋もれている課題
私たちが取り組もうとしている地域課題は、どこかに埋もれたままになっている地域資料を引き出し、地域を知る情報源をみんなでつくっていこう、というものです。地域の知識・ファクトの源泉となる一次資料は文書館や役所内などに保管されてはいるものの殆どの人はその存在すら知らず、ましてアクセスしようと発想することすらできません。どこにそのようなものがあるかすら知りません。個人宅の資料は誰も認知していないので、ご当主が亡くなると共に物も処分され、地域の貴重な情報源が永久に失われることはごく普通に全国のここかしこで起きています。

【5】これからのデジタルコモンズ
私たちはデジタルコモンズのサービスの一つとしてd-commons.netを開発しました。「下諏訪町」「信州上田学」「蓼科学」と順次適用することによりその実用性を重ねて検証することができました。このサービスd-commons.netはその実用性、汎用性を高めることにより試行段階から実サービス支援に発展させる予定です。

デジタルコモンズは、知識循環型社会の実現・運用を支える社会モデルとして今後広く利用されていくことが期待されます。その際のキーワードは「自律分散」です。それぞれの地域やサービス提供者などの要請により、多軸的に展開・開発がされていくことが望まれます。異なるサービスやアイデアが生まれそれらが相互に可視化され磨き上げられていくことを願っています。全国的なスケールでは、「ジャパンサーチ」(https://jpsearch.go.jp/)のようなナショナルレベルのデジタルアーカイブとの連携、異なるサービス間でのデータエクスチェンジの実装といったチャレンジが今後の課題となります。

現在、2021年度は全国の学校で一気に整備されたGIGAスクール環境でのタブレットを活用した地域学習などの学習支援が期待されています。さらにはSociety5.0として標榜されるデジタル社会の進展が期待されています。デジタルコモンズ=知識循環型社会の実現が社会全体に広がり、知の共有が進んでいくことを期待します。

登録日:2022-03-13 投稿者:d-commonsプロジェクト@長野大学
管理番号3
カテゴリ名文書記録
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