寺伝では、建久8(1197)年に源頼朝が善光寺参詣の帰途、寺の衰退を憂い、塔の復興を命じたという。1585年の上田合戦では、真田昌幸が徳川勢を破り、国分寺の三重塔を除く堂宇が兵火に遭い焼失し、三重塔は燃えることなく残った。江戸時代に入ると、上田藩主の支援を受け、三重塔の改修や旧本堂の再建が行われ、寺域が整備された。建築様式から室町時代に建てられたものと推定されており、和様の外観は堂々と落ち着いた雰囲気を持っている。
前山寺
生島足鳥神社
日本遺産への認定
前山寺三重塔
信濃国分寺 石像多宝塔
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信濃国分寺
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