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登録リスト(該当:154件)
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1
入學前の家庭教育に就て(『西塩田時報』第1号(1947年1月25日)2頁)
初等科一年生を受け持つ先生が保護者へ向けて書いた、入学前までにできるようになっていてほしいことを示したもの。カタカナの読み書きの習得から毎朝顔を洗うなんてことまで書かれている。 今の新聞ではあまり見られない記事で、当時と今の新聞の在り方の違いが感じられる。 さらにタイトル横の“父兄の皆様”という言葉も最近は聞かなくなったなと。 ▼このページは以下から参照できます。 #976
『西塩田時報[戦後]』第1号(1947年1月25日)2頁
2021-12-14
2
自由画作品の名札作り
山本鼎の部屋から預かった児童の作品に名札を貼る作業を行いました。私は制作年と学年、氏名、整理番号を名札に書く作業を行いました。90年ほど前の児童の作品がかなり多く、今でも大切に保管されていることがすごいなと思いました。鉛筆一本で書かれた絵や水彩画のような絵など、どの絵も一生懸命に描かれていて作品を見るのが面白かったです。中には氏名が不明の作品もありましたが昔の作品を実際に見ることができ、貴重な経験でした。
2021-11-29
3
日本農民美術記念看板
令和3年10月14日に設置された記念看板です。上田を拠点に農民美術や児童自由画教育を提唱し、活動の基点となった「日本農民美術研究所」の案内板を設置し、長く後世に語り継ぐという目的で設置しました。設置場所は大屋駅のすぐ近くです。
2021-11-22
4
研修会2021「地元をフィールドにした地域の学び」
長野県総合教育センター/長野大学連携講座2021 総合的な学習・探求の時間 基本Ⅱ 地元をフィールドにした地域の学び 研修会資料はこちらに掲載します。
2021-11-18
5
蚕都上田探訪/飯沼郷蔵
郷蔵とは江戸時代、年貢米を貯蔵した倉庫です。飯沼(上田市生田)にあるこの郷蔵は教育委員会の説明板によると1729年に建てられ、その後度々の改修を経て現在に残っています。 この郷蔵からは幕末期、横浜からの生糸輸出を裏付ける大量の資料が発見されています。横浜開港資料館などが長年かけてその調査研究に当たってきました。驚くべき米倉庫です。我が国の生糸輸出や蚕糸業の歴史を紐解く数多くの文書がこのような倉庫に残っていたことも驚くべきことです。 この場所は飯沼の集落内にあり道は狭くわかりにくいので現地に行くには注意がいります。マップに位置を示しておきました。
2021-09-19
6
地域資料のデジタルアーカイブ化に向けたMALUI連携実現の課題
日本教育情報学会第37回年会・研究発表 地域資料のデジタルアーカイブ化に向けたMALUI連携実現の課題 2021年8月28日 前川道博(長野大学企業情報学部教授)
2021-09-09
7
上田染谷丘高等学校
この写真は、海野町商店街にあるすや呉服店が所蔵する一枚である。 明治34年「小県郡立上田高等女学校」として設立された。写真の建物が建てられたのは、現在の上田城跡公園の東側、清明小学校がある場所である。 明治42年には女子中等教育の充実を図るため、郡立から県立へ移管され、「長野県立上田高等女学校」と変更された。 大正 5年に校舎は、上田城近くの丸堀校舎から、上田町鍛冶町裏の新校舎へ移転となった。 現在の「上田染谷丘高等学校」になったのは、昭和 23年4月である。
2021-07-24
8
人物53 正力直太郎
安政三年十一月九日上田藩士正力六郎左衛門の長男として、上田市木町(当時鉄砲屋敷という)に生る。(略) 殊に信州教育界に対しては空に輝く明星として、永遠に不滅の光を放つべし。 『上田市史・下巻(1940)』1266、1267頁を転載 (目次位置) 社寺古墳及人物誌 人物篇
2021-07-19
9
信州が蚕糸王国ってホント? ポスト蚕糸業(産業)の視点から
信州が蚕糸王国ってホント? ポスト蚕糸業(産業)の視点から(講演採録全文) 講師:前川道博(長野大学企業情報学部教授) ▼元の講演はコチラ https://youtu.be/yS-xdWDMTwE?t=2779 信州学「信州の蚕糸業とシルクロード」講座 第2回 2016年10月6日/まちなかキャンパスうえだ
【1】蚕糸業って何? 蚕種製造、養蚕、製糸
■そもそも蚕糸業とは?
今回、この講座は、多くの方に、後からも学習していただけるように、ということで、オンデマンド配信することを想定していますので、全く初めての方がこれを見ると「えっ? 蚕糸業って何?」、そういう基本的な疑問ですね。これを最初の方は誰もわからないわけです。その辺のところも含めてお話をさせていただきたいと思います。
2021-07-15
10
上田蚕糸専門学校-1
上田蚕糸専門学校は1910(明治43)年に小県蚕業学校の隣接地に設立された。小県蚕業学校が中等教育機関であったのに対し、上田蚕糸専門学校は蚕糸業の高等教育機関として機能した。蚕糸業の中・高等教育機関が続けて建てられたことは、上田が蚕糸業の中心地であったことを表す1つの事例となっている。当学校の後継に当たる信州大学繊維学部は、全国の大学機関で唯一繊維学部の名を残していることが、その歴史を後世に伝えている。
2021-06-20
11
山本鼎と神川小学校児童の自由画
上田市マルチメディア情報センターのHPから、山本鼎と児童の作品を閲覧しました。神川小学校の児童の作品660作品が載っていて数の多さに驚きました。自分の目で見て感じ取ったものを描くことが大切という「児童自由画教育」を提唱した山本鼎により、同じ家を描いていても児童によって白黒の絵であったりカラフルな絵であったり角度が違ったりと、児童が自由に描いている様子が見て分かりました。お手本の絵をまねする必要はなく、自分の思ったように描けば良いということが山本鼎が伝えたい思いなのかなと私は感じました。
2021-06-20
12
小県蚕業学校-2
小県蚕業学校では、生徒の出身地が広範囲にわたっているという特徴があった。具体的には、岩手県から鹿児島県に至るまで範囲内にあった。その背景には、小県の蚕種製造業者がそれだけ広範囲に販路を広げていたことが挙げられる。卒業生の動向としては実家での養蚕・蚕種業の従事や養蚕指導者になったものが多い一方で、遠く清国や朝鮮、アメリカにまで人材を輩出している。また、蚕糸業だけでなく上級学校への進学や教職員、官公吏、銀行員となる者も存在していることから、教育機関としての機能も果たしていたことが分かる。このような点から、小県における蚕糸業はたんにそれのみで存在しておらず、金融業や教育業などあらゆる業界と密接に結びついていることが分かる。あるいは、蚕糸業を基盤としてあらゆる業界が幅広く発達したと
2021-06-13
13
小県蚕業学校-1
小県蚕糸学校は日本初の中等教育機関としての蚕糸学校として1892(明治25)年に設立されたが、その初代校長となった三吉米熊は、坂本龍馬と行動を共にした活動家として知られる三好慎蔵の子として生まれ、1881(明治14)年に長野県に出仕した。農芸化学専攻で当初は蚕糸業の知識が全くなかった米熊であったが、上塩尻村の藤本家で実習を重ね、微粒子病における顕微鏡使用法の提唱及び指導など実績を残した。またこうした実績を基に1888(明治21)年にはイタリア・フランス蚕糸使節団の一員としてヨーロッパに赴き、現地の試験場や製糸場などを徹底的に視察してその実情を知る。こうした中、小県郡では郡長の中島精一を中心に蚕業界で蚕業学校設立の機運が高まり、その初代校長に米熊を推薦する声が蚕種業者らの間で広がった。これにより前述の
2021-06-06
14
前川富夫/ヨーロッパ視察紀1978
茨城県で教員をしていた私の亡父・前川富夫(1929-2021)が1978年10月、茨城県教育委員会の海外教育研修視察でヨーロッパ各国を視察兼観光した時の記録である。毎日の視察の様子などがかなり詳細に記されている。旅行中はメモ書きをし、それを後日、視察記として清書したものと思われる。父らしく詳細に見聞した事項を几帳面なほどに克明に書き記している。 ヨーロッパ視察は、父が土浦二中の教頭、または土浦市教育委員会で指導主事をしていた時期に当たる。実家のモノを整理している中でこの視察記がみつかった。また、その後、さらに茨城県教育委員会のヨーロッパ視察旅行に関する手引き、視察の様子を丹念に撮影して整理した写真アルバムが見つかった。これらは後日、この視察記と照合しての追加整理を行いたい。
2021-05-21
15
上田育英館
上田電鉄別所線中野駅から徒歩5分程度の場所にあります。 文献(地図)を調査しましたが,見つけることが出来ませんでした。しかし,少なくとも建物の状況から数十年前であると考えられます。現在は,市の空き家対策課によって,バリケードが設置されています。 昔の子どもたちが学校以外の場でどのように学習するのか知ることができました。
2021-05-05
16
中塩田小学校 盈進学校・本郷学校跡
現在の上田市立中塩田小学校の敷地内にある盈進学校・本郷学校跡です。盈進学校は1873年に開校し,1886年から本郷学校になりました。 ぱっと見ただけでは学校の歴史がわからない中,思っていたよりも歴史が長いことに驚きました。 【参考】 上田市立中塩田小学校 「中塩田小学校のあゆみ」 (2009) http://www.school.umic.jp/nakashioda/syoukai/cat19/20090730-114954.php
2021-05-04
17
明治35年 常磐城區有土地建物寄附之件
『明治35年上田町会議案綴』(上田市公文書館所蔵)より 土地や建物の寄附について、土地の広さや建物の見積もり金額が記されている。 「前記ノ土地建物ハ上田町大字常磐城ノ所有ノ処上田尋常高等小学校ノ用ニ供スル為左ノ条件ヲ付シ上田町ヘ寄附スルモノトス」 年代や地名から推測すると、上田尋常高等小学校常磐城分教場(現上田市立西小学校)に使用された土地や建物と思われる。 【参考資料】 『上田市誌 近現代編(8)学校教育のあゆみ』上田市誌編さん委員会/編(上田市 2003年)
2021-02-27
18
山本鼎による児童自由画教育
この写真に書いてある言葉は山本鼎の言葉です。 山本鼎は「児童自由画運動」と「農民美術運動」のパイオニアです。 児童自由画運動は児童が絵を描く際にお手本をまねて描くのではなく、自分の思うままに好きなように描くことが大事であると伝える運動です。第1回の自由画運動が行われた神川小学校には児童による多くの自由画が残されています。
2021-02-01
19
長野県にはどうして美術館多いの?
長野県には美術館が多いとよく聞きます。実際どのくらい美術館があるのか、どうして美術館が多いのかを調べてみました。 〈美術館の数〉 全国の美術館数は1,064館で、人口10万人あたり0.84館です。美術館数が最も多いのは長野県で人口10万人あたり5.24館(偏差値96.1)と全国平均の6.3倍。総数ベースで見ても長野県の110館は全国最多で、日本の美術館の約10%が長野県に集中しています。 〈どうして美術館が多いのか〉 ◆振興策 戦前、長野県が教育県と謳われた時代の名残からか、現在でも芸術・文化の振興に関しては精力的です。県民の意識調査でも、学力実態に伴って教育県としての自覚が削がれている一方で、芸術・文化面での関心は高いです。そのため、内部からの需要が高いです。 ◆避暑地 長野県は全国の中でも比較的乾燥した中央高地式
2021-01-31
20
木やりと岩万燈
亀田の祭りで行われている木やりという掛け声である。これは古くは水路を利用する船頭による歌だが、亀田をたたえ、奮い立たせるような節回しは、祭りのために作られたような感覚さえする。 亀田の夏祭りの大きな特徴はこの木やり及び亀田大岩万燈(以下岩万燈)にある。大きなみこしをぶつけ合うその姿はまさに喧嘩祭りである。 おおむね一日目に亀田甚句流し、二日目にこの岩万燈が行われる。動画では岩万燈の一連の流れが記録してある。大きな声で木やりをかけるむさくるしい様子をぜひ見てほしい。 そもそもこの祭りが行われるようになった経緯にも、もちろん土地が関
2021-01-27
21
各国の農民美術
この資料には、各国の農民美術の写真や特色が記されている。 スカンディナヴィア…縞や繪模様を織り出した手織りの壁掛、唐草の浮彫の大家具、草花などの模様を刺繍したクッションの胴着など イタリ―(イタリア)…繪や模様を打ち出した金銀細工、青と黄で彩られた素焼の陶器、レース、手織物、木工品等 フランス…レースや白糸刺繍、オーストラリー・ハンガリーに於ける金属、貝などを篏入した木材工芸品など 各国の農民美術の作品には、日本と違った特色が多くみられる。同じ農民美術であっても、様々な特色があり、とても面白い。 参照した資料▼ 国立国会図書館デジタルコレクション 児童百科.22(美術教育篇)157/308
2021-01-26
22
郷中教育
薩摩半島に昔から根づく郷中教育について調べました。 読み方は 郷中(ごじゅう)です。 URL:file:///C:/Users/bookm/Desktop/%E5%BE%A1%E4%B8%AD%E6%95%99%E8%82%B2j17502%20%E6%9C%AC%E8%8B%B1%E5%B9%B8PDF.pdf
2021-01-25
23
北沢大石棒
佐久穂町 説明板より 北沢川の大石棒 今から四千数百年前(縄文時代中期)眼前に広がる南台地に生活していた人々が、動植物の豊穣と人間の甦りを願っての信仰のシンボルとして、豊かに湧きあがる泉のほとりに建立したものと思われる。なおこの石棒は、日本最大のものとして知られている。 [石棒] 二.二三メートル、溶結凝灰岩(佐久石) [石柱] 柱状節理流文岩 昭和六十二年八月 佐久穂町教育委員会 (※当初の説明板の記述は「佐久町教育委員会」だったと思われます。)
2020-12-20
24
入学前の家庭教育に就て(『西塩田時報[戦後]』第1号(1947年1月25日)2頁)
この記事は、親御さん宛に、小学校入学前の子どもに教育しておいてほしいことが書かれている。 親であれば教えているような基本的な内容ではあるが、箇条書きで、マナーから、友達や先生との接し方、家庭での生活に関わることまで、とても細かく書かれていて驚いた。 わたしが小学校に入学するときに「これはできていないとだめ」「せんせいやともだちとはなかよくしなさい」などと教育された覚えがない。当時西塩田地域では記事のように徹底して教育されていたのだろうか。この記事を読んでから、この時代の教育に興味が湧いた。 ▼この記事は以下から参照できます。 #976
『西塩田時報[戦後]』第1号(1947年1月25日)2頁
2020-12-14
25
『西塩田時報』第15号(1925年2月1日)1頁
この記事の主な内容は、補習教育についてである。 現代より前から補習というものがあったことがわかる。 「人間の改良こそ、凡ての改良案の出発点で到着点であらねばなりません。」という文章があり、補習教育がどのような目的であるのか改めて理解できる。 ▼この記事は以下から参照できます。 #67
『西塩田時報』第15号(1925年2月1日)1頁
2020-12-14
26
市民参加型キュレーションによる 地域資料のデジタルアーカイブ化
発表資料、予稿は以下の「PDFファイル」から御参照ください。 日本教育情報学会・第15回デジタルアーカイブ研究会 2020/11/23(月) 研究発表「市民参加型キュレーションによる地域資料のデジタルアーカイブ化」 前川道博@長野大学企業情報学部
★
PDFファイル(発表資料)
★
PDFファイル(予稿)
<市民キュレーション支援サイト> ★みんなでつくる下諏訪町デジタルアルバム →
https://d-commons.net/shimosuwa/ ★みんなでつくる信州上
2020-11-23
27
地元をフィールドにした地域の学び研修会2020/11/06
長野県総合教育センター/長野大学連携講座2020 総合的な学習・探求の時間 基本III 講師:前川道博(長野大学企業情報学部教授) 2020/11/06、長野大学にて
①地元をフィールドにした地域の学び
【資料】
①地元をフィールドにした地域の学び
②デジタルコモンズによる地域学習支援+③フィールドワーク実習「地域探検」
【資料】
②デジタルコ
2020-11-15
28
災害アーカイブ展~令和元年東日本台風から1年
令和元年東日本台風台風19号災害から1年目を迎えるにあたり、災害の記録や記憶を保存・継承し災害を自分事として捉え備える事を目的に「災害アーカイブ展~令和元年台風19号から1年~」が長野市役所や長野県庁、信州大学、長野駅で開催された。私は10月15日に長野市役所に訪れた際の記録をまとめていく。 令和2年9月18日現在の長野県内被害状況は、人的被害による死者が15名、重傷者14名、軽傷者136名にのぼり、住宅被害は全壊が920棟、半壊2515棟、一部損壊が3535棟にのぼる。また長野県内の被害額は、公共土木施設や都市施設、農業や商工業関係が被害の多数を占めており、被害総額は2766億7400万円にのぼる。 また信州大学で行われている災害デジタルアーカイブの記事について、かつては災害の記録や写真は図書館や博物館などが災害関連資料として記
2020-10-31
29
信州上田学A2020③上田のひもとき方と情報源
オンデマンド講座
▼第3回5/13講座 講師:前川道博(長野大学) 57分
(市民開放講座第1回)
講座資料
記録日: 2020/05/13
参考資料
★
上田市歴史文化基本計画
★上田市中心市街地地図 1928年
→
大日本職業別明細図之内-信用案内昭和3年(1928)
★
2020-09-02
30
信州上田学A2020①ガイダンス
講座概要・受講ガイダンス(市民の皆様へ)
地元上田(またはあなたの地元)を再発見してみませんか?
新しい地域の学びをスタートさせる講座
自由なテーマで自由な時間にデジタルコモンズで
・eラーニング講座 ・eポートフォリオ学習
全国どこからでも受講できます! ▼開講のご案内
記録日: 2020/04/23 ▼市民向け講座概要
記録日: 2020/04/23
受講ガイダンス(学生向け)
2020-09-02
31
「信州上田学」2020概要
上田に学び、上田メソッドをつくる
地域の方々によって創設された長野大学は地域貢献の先駆的大学として地域学の研究と教育に取り組んできました。2017(平成29)年度から上田市の公立大学となり、より一層地域貢献できる学びの体系として初年次から4年次まで地域課題の解決に取り組む地域協働型教育を推進しています。
21世紀社会は、市民、企業や行政を含む組織等が主体で活動・協働しつつ、学生世代を含む次世代と一緒になって創り出していくものです。長野大学は学生が“地域で、あるいは“地域と 実践的に地域課題と向き合う学び、地域の皆様と協働する学びを実践します。全国どこの地域においても求められる地域課題解決の方法論「上田メソッド」をつくり、上田から全国に広げていくことを目指します。
「信州上
2020-09-02
32
勝俣英吉郎と上田市民大学
上田市の勝俣英吉郎は蚕都上田の絶頂期に当たる1922年、第2代市長となり文教に重点を置いた施策を次々と実施します。その一つに「上田市民大学」があります。勝俣自身、上田自由大学の聴講生でもあり、「先ず郷土を知れ」の信条のもと、後に『上田市史』(1940)を執筆する藤澤直枝を起用し、地域に密着した学習を奨励したと言います(下記参照)。 地域学習の原点としても顕彰される実践です。 -----------------------------------------------------
上田市民大学開講
上田自由大学の聴講生だった勝俣英吉郎は大正十三年七月、市長に就任すると同年九月に上田市民大学を発足させました。勝俣は図書館の充実、市営運動場建設、徴古館(現上田市立博物館)の開館など社会教育重視の施策を打ち出しましたが、市民大学開講もその一つでした。「先ず
2020-08-25
33
大事な時にカメラを忘れた!
私は社協の福祉推進委員を受けています。7月20日は集会所でボッチャの講習会を開きました。サロンに集まったほとんどの方が、ボッチャは初めてだったので、講師は教育委員会からスポーツ推進委員の方をお願いしました。 分かり易く教えていただき、皆さんも楽しみ、私も役目を終え、お礼のご挨拶も終わってホッとした瞬間。 アッ。。写真を撮るのを忘れた!カメラを忘れた! 今までの雰囲気を記録するにはボッチャ用具の写真より、講習会風景が欲しかったのに! 写真が日々の記録になるまでには、まだまだ時間がかかりそうです。
2020-07-27
34
神川小学校
上田市国分にある神川小学校です。 この学校は私の出身校です。 先日地域の資料を集めにお邪魔させていただきました。 神川小学校は山本鼎が児童に自由な絵を描かせるという「児童自由画教育」や「農民美術運動」の拠点となっていて、校内には山本鼎の部屋があり多くの作品が残されています。 Web上にいくつか作品が載っているので興味がある方はぜひ見てみてください。
2020-07-27
35
第二代上田市長・勝俣英吉郎の像
上田が興隆した背景には蚕糸業の興隆があります。蚕糸業で発展した上田は1919年に市制を施行し、その頃から「蚕都上田」と呼ばれるようになってきました。歴代市長の政治的貢献も顕彰すべきものでしょうが、歴史的には第3代・成澤伍一郎、第4代・伊藤傳兵衞のネームバリューの大きさからかどうも第1代、第2代の影が薄いのは否めません。 市制施行からもかれこれ100年近くが経ち、当時の市長を知る人などはこの世に存在しなくなりました。上田城跡公園の中にひっそりと佇む銅像があります。それが、第2代市長・勝俣英吉郎の像です。 勝俣こそ蚕都上田の絶頂期に市長を務めた人物です。1929年の世界恐慌で蚕糸業のみならず、日本が一挙に大不況に陥った直後の1930年に逝去したというあたりも不思議に象徴的です。 この顕彰像、面白
2020-07-18
36
旧小県蚕業学校の校歌
2017/01/28投稿、マイブログからの転載。 長野大学に赴任した最初の年、まだ蚕都上田や小県蚕業学校などの予備知識がなかった頃、上田東高校を視察で訪れ、たまたま目にしたこの校歌に驚愕しました。「校基百年」碑の裏面に刻まれています。 作詞 土井晩翠 作曲 岡野貞一 小県蚕業学校は1892年の創立です。明治以後の唱歌で最も著名な作詞家、作曲家の名前を見て、何という歴史のある学校かと。さらには歌詞がただ事ではない。 3番まで歌詞がありますが、2番の歌詞は少し来るモノがあります。 ♪国の富増し 世を利する わが蚕業の 尊きを あけくれ常に 胸にして 青春の子ら 励み合う 富国の中核産業であった蚕業を担う人材を育成する使命が謳われています。蚕業の尊さを明けても暮れても胸にして励まし合う。土井
2020-07-18
37
信大繊維学部、上田蚕糸専門学校の遺産
2018/05/10、1年生ゼミで上田探検。旧常田館製糸場に続き、信大繊維学部を見学しました。見学というよりもキャンパスを通り抜けたという感じの見学です。旧上田蚕糸専門学校講堂の内部を見学させていただくともっと感じるものはあったかもしれません。とは言え、見学行程全体のバランスを考えると時間がかかる一方なので、内部見学の事前予約はせず「じっくり見るのはまたの機会にしてね」と外観だけ見て内部見学はパス。 本当は感性工学科H棟内にある「疾走するファイバー展」も、赤レンガ造りの資料館(旧貯繭庫)の蚕糸関係の展示も面白いのだけれど。知的好奇心の高い学生たちにパスさせたのはもったいなかった! 時間の兼ね合いを考慮することもやむを得ない選択です。 キャンパスを通り抜けながら、長野大学よりも大学らしいキ
2020-07-18
38
小県蚕業学校(上田東高)の校歌
2018/05/10、1年生ゼミでの上田探検。信州大学繊維学部に続き、上田蚕種へ。信大の裏口から実にアクセスしやすいミニマムパスを見つけ、そのパスを抜けると旧小県蚕業学校(上田東高校)の真ん前に出ました。 小県蚕業学校は全国で営まれていた養蚕を各地で指導する養蚕教師を養成していた中等教育機関です。全国からここへ養蚕を学びに生徒が集まっていました。国の基幹産業でもあった蚕糸業(養蚕)を支える人材を育成していた学校です。このような言い方が適切かどうかわかりませんが、現在は全国のどこにでもあるいわゆる「普通高校」と化してしまいました。かと言って蚕業学校のまま、現在に残るわけにもいきません。普通高校と化したのはやむを得ない。 この学校の歴史の重さはその校歌にも刻まれています。通過する道路際から
2020-07-18
39
山本鼎の「本来の自由画」昭和初期の子どもたちの絵に思うこと
★神川小学校 昭和初期の子どもたちの絵―児童自由画教育運動の流れをくんで―
https://museum.umic.jp/kangawa/
『山本鼎物語』の著者、神田愛子さんから神川小学校の昭和初期の子どもたちの絵を上田市マルチメディア情報センターがデジタル化したというお話を聴き、同センターを訪れました。神川小学校の「山本鼎先生の部屋」に保管されている600点の児童画があり、それらがデジタルアーカイブ化され、ネットに公開されています。 この絵たちを見て、小中学生が描いたとは思えないほどに大人びていて、「えっ、これが自由画なの?」という疑問を抱きました。写生の技術がしっかりと指導され、「いい絵はこう描くんだよ」という模範的作品が並んでいます。その当時、絵の具をふんだんに使い、模範的
2020-07-18
40
人物57 宮本右次
慶応元年十一月九日埴科郡戸倉村に生まる。(略) 教育者としての氏は、終始一貫、至誠を以て生徒を薫化し、慈父の如き愛情を以て之に接し、或は訓戒し或は賞揚し、常に寛厳宜しきを得、将来に対する指導の如き誠によく行届き、其門弟子等の終生忘るる能わざる所のものなりき。 『上田市史・下巻(1940)』1271・1272頁を転載 (目次位置) 社寺古墳及人物誌 人物篇
2020-07-16
41
『上田市史・下巻』2/2(1940年)画像データ
ページ番号(画像データの連番)は表紙からの通し番号になっています。それぞれはJPG画像です。ダウンロードしてお使いください。
647ページ
第四章 諸官衙
648ページ
649ページ
650ページ
651ページ
652ページ
653ページ
654ページ
2020-06-28
42
『上田市史・下巻』2/2(1940年)画像データ
ページ番号(画像の連番)は表紙からの通し番号になっています。それぞれはJPG画像です。ダウンロードしてお使いください。
1ページ
表紙
2ページ
目次
3ページ
4ページ
5ページ
6ページ
7ページ
8ページ
9
2020-06-28
43
『上田市誌』(全31巻 2004年)目次
『上田市誌』全31巻 発行:2002~2004年 編集者:上田市誌編さん委員会 発行者:上田市、上田市誌刊行会 以下から各巻の目次と奥付が参照できます。なお、対象の「上田市」は2006年の合併以前の旧上田市が対象です。
第01巻 自然編(1)上田の地質と土壌
第02巻 自然編(2)上田の気象と川や湖
第03巻 自然編(3)上田の動物と植物
第04巻 歴史編(1)上田盆地のあけぼの
第05巻 歴史編(2)上田の弥生・古墳時代
2020-06-27
44
信州国際音楽村・遊歩道
信州国際音楽村では、音楽と芸術をひとつのきっかけに、豊かな心を心を育む交流の場所・社会教育施設として整備がすすめられ、昭和61年から平成4年にかけて、音楽や花づくりを通じて地域交流と文化振興が図られてきました。季節によって、梅、桜、水仙、ラベンダー、バラなどの景色を見ることができるようです。ぜひ季節ごと足を運びたい場所です。緑に囲まれた遊歩道を歩いていると、木漏れ日や鳥の鳴き声が心地よかったです。犬の散歩をしている方や、家族で散歩をしている姿が多く見られました。自然の空気を感じ、心も癒されるので、森林浴にもぴったりです。
2020-06-24
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小県蚕業学校(『上田市史』下巻1940)
上田市史・下巻(1940)687~689頁 (目次位置) 第三篇 上田町勢の発展 第五章 教育 第二節 中等教育 三、小県蚕業学校
2020-06-19
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砥石城址の「水の手」発掘調査
武田信玄が村上義清との合戦に敗北した1550年の「砥石崩れ」!! 村上軍の水の供給を支えたのがこの「水の手」であろうと思われます! 水の手が猪のヌタバ(泥浴び場)になって久しくなります。貴重な遺産を清く後世に繋ぎたい私たち砥石伊の会の思いが教育委員会に通じ、6月、水の手の発掘調査が行われることになりました。 発掘調査により何が見えてくるか、今からワクワクします!
2020-05-30
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小市保育園
増築を重ねていて、少子化と言われる最中教育に力を入れている素晴らしい保育園です。obです。夏は毎年夕涼み会を一般公開で行っていて色々楽しめますが、カレーが人気ですぐ売り切れちゃいます。
2020-05-26
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明治時代を体感!旧中込学校
佐久市に現存する擬洋風学校である。明治8年に完成し、日本国内に現存する擬洋風学校としては最も古い建築物の1つでもあり、長野県宝・国重要文化財に指定されている。また、敷地を含めて国史跡にも指定されている。移築や改変等が少ないため、当時に近い姿で残っている点が特徴であり、気軽に明治の雰囲気を感じる事ができる。 正面から見て横長でなく縦長な形をした校舎、八角形の塔の部分には太鼓が吊るされている点が興味深い。他にも、カラフルなガラスが目を引き、魅力を感じる。
2020-05-26
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小学生が地域探検で書いた高橋靴屋のポスター
私の住んでいる亀田では、このように小学生の時から地域学習をします。商店街を歩いて、街の人とふれあいながら学ぶことで、心も育てることが出来たと思います。
2020-05-26
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蚕都上田まちあるき2009(1)~西塩田・別所編~
【日時】 2009年9月19日(土) 【ルート】 上田駅温泉口→飯沼(高札場跡、郷蔵、飯沼公民館、古文書保管庫)→カネタの煙突→近代工業百年記念公園→丸子郷土博物館→丸子公園(依水館で昼食)→大屋駅(石碑)→上田駅温泉口 〈内容〉 かつて製糸業のまちとして活況を呈した旧丸子町を中心にまちあるきを行った。飯沼では、幕末・明治期に横浜貿易で活躍した生糸商人の足跡をたどる。その後、器械製糸工場で発展した丸子の史跡・歴史をめぐる。 〈案内人〉 阿部勇氏(上田歴史研究会代表、上田飯沼史学会会員、上田教育委員会) 奥村栄邦氏(上田飯沼史学会会長) 〈制作〉 企画・制
2020-05-24
51
蚕都上田まちあるき2008
企画・制作:蚕都上田プロジェクト 2008/10/25の記録 竹内秀夫さん(都市・建築工房、建築設計) 斎藤功さん(長野大学環境ツーリズム学部教授、地理学) 新津新生さん(上田小県近現代史研究会) 小野寺芙美子さん(梅花幼稚園園長) 三田育雄さん(長野大学地域連携センター長)=まちあるきの企画者 <まちあるき探訪先リスト> リンクを選ぶとその部分を頭出し再生できます。 1.
上田駅前に集合
2.
往時の駅前の状況
3.
曳家した繭倉 木造4階建(笠原工業)
4.
2020-05-24
52
天満宮
1771年(明和8年)の創建と伝えられ、舟形の地形が特徴です。古い絵馬や俳句の額が掲げられています。明治6年に村社になり、かつては春秋の例祭には村人の踊り、大々神楽、相撲等が奉納されました。敷地内には、福島安正書の「菅公一千年記念碑」もあります。 出典:『上田 しおじり』/塩尻地区近代化遺産活用ガイドブック編集委員会/ 発行 上田市教育委員会 2003年3月 学問の神様とも呼ばれている菅原道真を祭神とする神社の一つであり、正月にはここで年を越す方もいます。昭和時代からありながらきれいなまま現存しているのが面白い。
2020-05-21
53
水天宮
下塩尻字日月地籍に舟人の守護神、水の神、安産の神として水天宮が祀られています。千曲川水系では比較的大きな社殿と言われ、毎年9月には神主が来場して区民が例祭を行っています。 出典:『上田 しおじり』/塩尻地区近代化遺産活用ガイドブック編集委員会/ 発行 上田市教育委員会 2003年3月 少子化という地域課題がある中でこういった神様が祀られていることにより地域の方々に安心と安寧を与えているという歴史的な効果が素晴らしく、興味を持たせてくれる。
2020-05-21
54
旧土浦中学校本館
山形県出身の建築家・駒杵勤治(こまぎね・きんじ)による名建築、旧茨城県立土浦中学校本館(1904年施工)は、1976年、重要文化財に指定されました。 近代の木造洋風建築の校舎として絵になる外観のよさ、建物の様式美、気品があります。NHK朝のテレビ小説『エール』(2020年)では昭和初期の音楽学校の校舎として使われています。 本館前に掲げられた重要文化財説明板(茨城県教育委員会)には、建物の特色として次のように書かれています。 「平面構成は、凹字型の左右対称で、正面を重視した古典的な手法をとっている。廊下を教室の西側に配した点は、当時の学校建築の基本に従ったものである。意匠的にはゴシック様式を基調とし、正面中央玄関の三進突燭アーチ・左右の突燭・切妻破風・屋根窓などの直線的な意匠が特徴になっている
2020-05-18
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