







この神社は天文十七年に上田原合戦により兵火にあい、記録等が消失し、建立年が不詳となっている神社です。御祭神である建御名方命が、出雲から信濃国に御下降の際に生島足島へ行く途中、この地に留まり活水や産業を興し、命が留まったとして御着、神の幡が神畑と呼ばれるようになったそう。
住民老若男女が子孫繁栄、無病息災、五穀豊穣、商売繁盛などを祈願し、建てられた社で、住民の懇親の場でもあったそうです。
他にも境内には5つの社があり、水・雨ごいの祈願社である「阿夫利社」、天然痘の疑神化とされた疱瘡神を祀る「疱瘡社」、養蚕の神である豊宇気毘売神を祀る「蚕影社」、天照皇大神を祀る「神明社」、火防の神・火之迦具土命を祀る「秋葉社」があります。
| 地区コード | 上田地域(上田市) |
|---|
| 管理番号 | 6 |
|---|
| カテゴリ名 | 私の地域探究2024 |
|---|