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1上田警察署保野分署跡上田警察署保野分署跡塩田郵便局近くの細い道にある跡である。以前から存じていたが、じっくり見ることはなかったため選んだ。明治時代にこの場所に分署があり、非常に短い期間ではあったものの現在でも跡が残っていることに関心を持った。かなり広い範囲の分署であったことから、地域の住民の方々に密接にかかわっていたのではないかと推測した。2021-05-03
2コンビニと足湯コンビニと足湯戸倉上山田温泉街にあるファミリーマートの駐車場に足湯が併設されていた。実際に足湯を楽しんでいる人もおり、人々の憩いの場にもなっていた。2021-05-03
3赤レンガ倉庫赤レンガ倉庫明治33年に建てられた製茶構造の一部である。構造はレンガが主。イギリス積みであり、内部は木造2階建てである。茶産業に関わる建築物として貴重な遺構である。この赤レンガ倉庫は登録有形文化財として登録された。(第22-0194号)静岡県菊川市の街のルーツかつ当時の製茶工場の様式を現在に伝える日本で唯一の産業資産。2021-05-03
4[14/09/11]真田氏記念公園[14/09/11]真田氏記念公園真田氏記念公園については改めて触れることもありません。公園前に「真田三代ゆかりの地マップ」が建てられていました。また「信州上田 幸村街道」の幟が新しいものになっていました。 この公園、駐車場が狭すぎてここに降りて何を見るのか、いまひとつ中途半端な印象は否めません。真田三代(幸隆、昌幸、幸村)のレリーフ肖像画があるのですが、いまひとつつまらないというのが正直な感想です。 私が最も普遍性があると感じるのは「真田氏発祥の郷」という呼び方。この書は池波正太郎によるものです。真田氏といえば幸村にのみフォーカスが当たりますが、幸隆、昌幸にも遡って三代にフォーカスを当てているのはよい。しかし、信綱、昌輝は軽く扱われています。信之は無視されています。信之を主人公にした物語『真田太平記』の2021-05-01
5[14/09/11]上州街道・石の道しるべと分され[14/09/11]上州街道・石の道しるべと分され上州街道石碑群の場所から旧上州街道の道筋を車で移動して下りました。その途中、またしても真田自治会による説明板と出会いました。 見るからにY字路です。街道の分岐点であることがわかります。群馬につながる道、上田につながる道、まさに真田氏の所領でもあった沼田方面と小県がここでつながっていたことがわかります。2021-05-01
6[14/09/11]上州街道石碑群[14/09/11]上州街道石碑群上州街道石碑群の場所をやっと見つけました。道が意外に狭く曲がっています。これが上州街道であることがわかり、昔の集落の位置関係などもこの街道筋から捉え直すと、この地域の構造がさらによく理解できるものになることがわかりました。これまで、車道としてバイパスされた道路だけを通っていることに改めて気づかされます。2021-05-01
7[14/09/11]長小学校周辺を通る[14/09/11]長小学校周辺を通る傾斜地に広がる真田の集落は私には迷路のようです。「上州街道石碑群」を次の目的地に移動してみましたが、入る道がわからず山家神社・長小学校周辺をぐるぐる回ってしまいました。道が意外に狭く、曲がっていて、わかりにくい。2021-05-01
8[14/09/11]ようこそ真田の郷へ、途中伊勢山バス停[14/09/11]ようこそ真田の郷へ、途中伊勢山バス停真田氏発祥の地「真田」は上田の市街地からはやや遠く、菅平高原に行く途中にあります。上田市街から行くとずっと登り坂になります。そうした坂の途中に伊勢山バス停があります。 このバス停は映画『サマーウォーズ』で描かれたことから同映画の聖地巡礼の地として知る人ぞ知る隠れスポットとなって久しくなります。 伊勢山バス停を過ぎると「ようこそ真田の郷へ」の看板が見えてきます。ここからがいよいよ「信州真田」です。上田市に真田町が合併する前の町域となります。2021-05-01
9[14/09/11]上田市常盤城の街路樹「しだれ桑」[14/09/11]上田市常盤城の街路樹「しだれ桑」上田市常盤城(ときわぎ)の国道18号線沿い、向源寺前に緑地帯があります。ここにしだれ桑が植えられています。信号待ちのせいで、街路樹のしだれ桑に目をやる余裕ができました。蚕都上田にふさわしい環境美化にブラボー!です。2021-05-01
10伊香保温泉伊香保温泉伊香保温泉は群馬県でとても有名な温泉の一つ。伊香保温泉のシンボルでもある「石段街」は飲食店や土産屋などが多いため、誰もが楽しめる場所だと思う。さらに伊香保神社は子宝や縁結びの御利益があるとされている。2021-04-30
11明治28年の海野町を記録した写真明治28年の海野町を記録した写真海野町のすや(酢屋)呉服店が所蔵している古い写真の一枚。写真の裏面には「明治二十八年」との書き込みがある。1895年(明治28年)は、日清戦争が終結、勝利した年に当たる。旭日旗や「送小林」の旗などが見える。出征兵士を送り出す情景の記録ではないだろうか。海野町商店街の沿道に大勢の人々が繰り出し、人々の目線が写真機の方を向いている。向かいの店の看板「酢屋本治郎」が読み取れる。 驚くことにその軒先の屋根上に楽隊が陣取っている。大太鼓、小太鼓、クラリネット、チューバ、ホルン(他にシンバルも?)が確認できる。明治のこの時代にこれだけの楽器を有する音楽隊があったことを物語る貴重な証拠写真である。当時、上田が西洋文明をいち早く吸収した先進的な文化都市であったこと、経済的にも反映していたことを雄弁に物2021-03-26
12上田松本電鉄計画上田松本電鉄計画1951年に運輸省告示第二百四十八号にて告示されたものである。 国立国会図書館デジタルコレクションのURLを以下に張り付けておく。 https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2963979/4 この計画は「上田松本電鉄」という会社のもので、一説によるとかなり本格的なものであったとされる。 以下、内容を要約する。 申請の理由 ・もともと国鉄信越本線、篠ノ井線が開通するまでは松本~東京間の街道筋に当たっていた ・現在は急峻な峠を越えて往復する1日4回のバスがあるだけである ・上田~松本間が3時間以上かかる ・冬季は降雪に阻まれて運行不能となる不便さがある ・輸送力が少ない ・沿線の産業、文化、観光資源の開発などに、非常な障害となっている 開通のメリット ・上田~松本間がわずか1時間半で到達される ・沿線住民が多大な利便を2021-02-27
13長大サミット発表団体/登壇者紹介長大サミット発表団体/登壇者紹介

①MIZUMATCH →プレゼン資料

「ミズとマチ(水と街)をマッチさせよう」をコンセプトに、上田市、千曲川を拠点に活動する団体。最近は菅平高原でのスカイランタンイベントをクラウドファンディングで実行するなど幅広く地域貢献活動に取り組んでいる。
Twitter:https://twitter.com/mizumatch?s=11 Instagram:https://instagram.com/mizumatch_wkwk?igshid=15je1ichh0kim

②NIC →プレゼン資料

長野大学の国際活動を行う団体。外国人を招待してイベントを開催するなど日本と外国のつながりを大切に活動する。
Instagra2021-02-21
14運の石運の石これは2021年2月10日に撮影した運の石の写真である。 この運の石は海野町商店街の高市神社に祀られている。 高市神社のご神体は、海野宿の隣にある白鳥神社にあった霊力のある石であり、真田昌幸が築城する際に祀られたといわれている。このとき祀られたご神体には直接触れられない。そのため、真田昌幸と関係がある高野山九度山の神石が触れられる運の石として祀られている。2021-02-10
15海野宿と海野町商店街の共通点海野宿と海野町商店街の共通点海野宿と海野町商店街について調べて、以下の共通点があることがわかった。  まず、真田昌幸が海野郷の豪族の海野氏の子孫だったことから、海野町商店街は海野郷にいた住民によって作られた。そのため、海野宿と海野町商店街は海野氏という豪族に関係があることがわかった。  また、海野宿の横に位置する白鳥神社にあった霊力がある石を、真田昌幸が築城する際に海野町商店街の高市神社に祀ったことがわかった。そのため、高市神社と白鳥神社には、ありがたい石でつながっているという関係があることがわかった。2021-02-09
1620年度ゼミ活動20年度ゼミ活動私の本年度の主な取り組みは、昨年度に行なわれた上田市の西部地域まちづくりの会の方々と地域の魅力を再発見とともに地元の知らなかった歴史を探求するフィールドワーク「まちあるき」の動画制作(西部地域デジタルマップサイトへ投稿)です。 動画作成の目的は、住民の方々に向けた地域への興味関心を持つ架け橋の一つとなることです。コンテンツの形態は多岐にわたりますが、現在はわかりやすさや影響力、手軽に利用できるものとして動画が効果的であると考えたからです。 現在、西部地域の住民自治の方々は、部会員の方々一人一人が地域に関して発見した書物、地域の歴史的スポットを写真で撮影してデジタルコモンズで情報共有を行っています。このような能動的に地域に関わる意識が特定の人たちではなく、住民全体に広がるこ2021-02-02
17花のマリモ花のマリモ【高校2年生に息子を持つ主婦へインタビュー】 海野町で生まれ育っているので、とても愛着を感じているそうです。 昔は、七夕祭りにミス七夕というイベントがあったり、30年前には毎週日曜日の9時ごろから5時まで海野町商店街の通りを交通規制して、パラソルやいすを並べたり、風船おじさんが来たり、マジックをして街を盛り上げる日曜広場というイベントが行われていた。 また、海野町にはマンションが急増している。その中でマンションの住人と海野町商店街に住んでいる方々は交流があるのかを聞いてみたところ、子供がいても親同士の関わりはない状態であるということが分かった。しかし、商店街同士の関わりはあって、イベントの打ち上げを行ったり、母親同士のつながりは徐々に強くなっているそうだ。 今後どのような街になっ2021-02-01
18長野県にはどうして美術館多いの?長野県にはどうして美術館多いの?長野県には美術館が多いとよく聞きます。実際どのくらい美術館があるのか、どうして美術館が多いのかを調べてみました。 〈美術館の数〉 全国の美術館数は1,064館で、人口10万人あたり0.84館です。美術館数が最も多いのは長野県で人口10万人あたり5.24館(偏差値96.1)と全国平均の6.3倍。総数ベースで見ても長野県の110館は全国最多で、日本の美術館の約10%が長野県に集中しています。 〈どうして美術館が多いのか〉 ◆振興策 戦前、長野県が教育県と謳われた時代の名残からか、現在でも芸術・文化の振興に関しては精力的です。県民の意識調査でも、学力実態に伴って教育県としての自覚が削がれている一方で、芸術・文化面での関心は高いです。そのため、内部からの需要が高いです。 ◆避暑地 長野県は全国の中でも比較的乾燥した中央高地式2021-01-31
19海野町史-海野町の誕生海野町史-海野町の誕生海野町は、真田安房守昌幸が先祖の地である海野郷から住人を移住させて、街並みをつくらせたのが起源である。また、三年遅れて、原の郷から招致したのが原町である。この海野町と原町を上田城下の元町という。海野町と原町は、真田・仙台・松平時代から明治・大正・昭和まで上田の中心枢要な位置にあり、共に商業経済の発展に貢献している。 海野町へ移住して来た人々は、海野郷大平寺村の住人で、氏神様の深海神社の祠(ほこら)だけを残し、全村挙って五十八家族が移住した。その人々は、思い思いに農村風の家を作り、大方南側に向き、従来に出入り口のない家や瓦をのせず床もない素朴な家に住んでいたという歴史が残っている。(海野町史第1章より)2021-01-31
20隠れた魅力の発信 上田のelaboration 最終隠れた魅力の発信 上田のelaboration 最終上田探検、中間発表、個人の調査を経て最終的に「隠れた魅力の発信」というテーマで自分の活動をまとめました。たった数か月の活動でしたが、そこで見つけたことは自分の経験になったと思います。至らない点や説明不足の部分があるとは思いますが、ぜひご覧ください。これらは次の活動に活かしたいと考えています。2021-01-29
21上田のelaboration 最終まとめ上田のelaboration 最終まとめ課題発見ゼミナールⅡを通じて、また上田市内の様々な地域を訪れたことによって発見した上田市の良い点、改善点のまとめです。 以下、スライド(画像)には載せていない自分自身で今後やりたいと考えていることを箇条書きで載せておきます。 ・上田市を中心とした、東信・長野県域の旅行 ・↑について、自身のブログやこのサイトを活用して発信する ・プログラミング技術を用いたサイトの改良、より上田市を宣伝するための何かを作る(可能なら) 最後に、上田市に引っ越してきてから1年が経ちますが、この街は感覚で非常に良い所だなというのが分かります。人々は暖かいですし、空気も綺麗で、都会過ぎず田舎過ぎずのバランスの取れた場所だと思います。 大学の為の引っ越しではありましたが、このような場所に来れて良かったなと感じて2021-01-28
22私の地域探求テーマ一覧(情報通信文化論2020)私の地域探求テーマ一覧(情報通信文化論2020)長野大学の講義科目「情報通信文化論2020」(講義担当:前川道博)では、情報通信文化の根幹をなす文化伝承・知識伝承を概念的に学ぶだけではなく、受講生たちに自ら文化伝承・知識伝承による「キュレーション型」の学びを実践してもらいました。地域循環型社会にシフトしつつ現代においては、自ら問いを立て、一次資料に当たったり、地域に赴いて自ら得たデータを新たな一次資料とし、主体的に探求していくことが求められます。その学習プロセスが文化伝承・知識伝承に他なりません。 それらの課題探求テーマと成果を以下のマイサイトからカテゴリ「私の地域探求」を選んで御参照ください。 <私の地域探求テーマ一覧> 1 舌喰池の名前の由来(LGTMのサイト) 2 2021-01-28
23上田市シティプロモーション 旅RUN上田市シティプロモーション 旅RUN上田市のシティプロモーション活動として様々な動画が投稿されている中の1つ「旅RUN」。 上田市の資源である、歴史ある建造物、自然豊かな道なり、レトロな街並み、東京から新幹線で一時間半という立地を生かし、「ランニング」に繋げている。 ただ走るというだけでなく、その中で休憩として、建造物の観光や食事に立ち寄っていて、自然な地域の雰囲気が見れる。 ▼上田市PR動画「旅RUN」 2021-01-27
24海野町商店街の起源海野町商店街の起源 海野町商店街の始まりには、真田幸村の父の真田昌幸が関係している。真田昌幸は現在東御市本海野の海野宿がある地にあった、海野郷の豪族、海野氏の子孫だった。真田昌幸は1583年(天正11年)に上田の千曲川の支流にあった尼ヶ渕という地名の場所に城を築くときに、海野郷大平寺村にいた住民に町を作らせた。これが、海野町商店街の起源である。 参考資料 「海野町史」中澤好冨 「海野町商店街の歴史」 ナガブロ URL「http://unnomachi.naganoblog.jp/e1286383.html2021-01-27
25現在の海野町商店街(2021年)現在の海野町商店街(2021年)2021年1月27日に撮影した海野町商店街の写真である。 海野町商店街がある場所は海野町通りとも呼ばれている。 また、お茶所喜光堂という看板が見える。喜光堂は1882年から操業している、歴史のある店である。 喜光堂の少し先には高市神社がある。 昔(1913年)の喜光堂 URL「http://www.d-commons.net/uedagaku/detail.php?id=3875」 海野町通り(1913年) りらっくすさんのサイト みんなで作る信州上田デジタルマップ2021-01-27
26六月の常會(『西塩田村公報』第9号(1943年6月15日)1頁)六月の常會(『西塩田村公報』第9号(1943年6月15日)1頁)食糧增産國民皆働ノ件の記事。 中学校や市街地、工場などからも食糧増産のために人が集められていることが分かる。 ▼この記事は以下から参照できます。 #941 『西塩田村公報』第9号(1943年6月15日)1頁2021-01-27
27上田わっしょいサマーウォーズ連上田わっしょいサマーウォーズ連一九七二年(昭和四十七)より開催されている市民のお祭りである上田わっしょい。中心市街地を会場に、真夏の夜空に響く「わっしょい!」の掛け声の元、約一万人の上田市民が集い爽快に歌い踊り、市民有志による生バンドの演奏も見どころの一つ。自治会やグループ、学校、企業などが「連」になって踊りと衣装を披露し、神輿や太鼓も祭りを盛り上げる。 数年前からアニメ映画「サマーウォーズ」に関連した当日参加できる飛び入り連が登場し、お祭りがより一層にぎやかになっている。2021-01-27
28前橋市にある日本一安い遊園地「るなぱあく」前橋市にある日本一安い遊園地「るなぱあく」「るなぱあく」は群馬県前橋市にある「にっぽんいちなつかしいゆうえんち」。1954年に開園して以来、三代にわたり群馬県の人に愛されている。テレビ番組等で日本一安い遊園地とも紹介されており、その価格は、なんと10円から乗ることができる。10円木馬という乗り物があるもくば館は国の登録有形文化財に指定されている。移動する国産の木馬としては、日本一古い木馬である。 『こどもにもどりたい、おとなたちのために』というコンセプトのもと、毎年夏の夜には限定で夜間開園されている。遊具で遊ぶことも、お酒を飲んで楽しむことも可能。 ~実際に行ってみて感じたこと~ 遊園地内は一般歩行者が通る通路につながっていて、出入りが自由になっている。実際に敷地内を歩いてみると、そこまで広くなかったためすぐにぐるりと一周回る2021-01-27
29温泉街の課題①温泉街の課題①現状、GOtoトラベルも一時終了し、どの旅館も宿泊客が少ないのが現状である。1月現在、上田市でもコロナ感染者が多くなってきた。そのため、宿泊客の大幅な減少が見られた。高齢層から根強い人気があることは大きな事実である。そのため、新たな客層を開拓する必要があるように感じる。今後温泉街とは長い付き合いになりそうだが、大学生としてどのようなアプローチができるか楽しみである。2021-01-26
30だるまとつながりのある群馬県の主なお祭りだるまとつながりのある群馬県の主なお祭り高崎だるまの歴史についてまとめた前編はこちらから↓ 高崎だるま ①前橋初市まつり 毎年1月9日に国道50号の本町二丁目で行われるお祭りで、前橋では三大祭りの一つとして有名である。別名「だるま市」と呼ばれ、その名の通りたくさんのだるまが売られている。50号沿いだけでなく、すぐ近くの中央通りアーケード(前橋の商店街)でも屋台の出店やイベントが開催されるので非常に賑やかである。 1番の名物は古いだるまを供養して燃やす「お焚き上げ」で、当日はお昼ごろまで多くのだるまと、火と煙を見ることができる。市民の間で、この行為を「どんど焼き(どんと焼き)」と呼ぶことが多い。群馬県では、新年になると各地でこのどんど焼きが行われる。 ②高崎だるま市  毎年1月1日から22021-01-26
31海野町通り(1913年)海野町通り(1913年)1913年(大正2年)に撮影された海野町通りの写真である。 海野町商店街がある場所は海野町通りとも呼ばれている。1913年の海野町通りは海野宿を思わせる町並みをしている。 この写真は、西側から東側に向けて撮られており、荷車や着物姿の子供が多く見られる。 また、左側に「喜光堂茶舗」という名前が見える。これは、現在もあるお茶屋喜光堂の店舗である。 画像は海野町通り,「写真集上田いまむかし:上田市・丸子町・真田町/郷土出版社編」,郷土出版(1980年2月18日),P50より引用 現在の喜光堂 URL「http://www.d-commons.net/uedagaku/detail.php?id=3954」 現在の海野町商店街(2021年) りらっくすさんのサイト みんなで作る信州上田デジタルマップ2021-01-26
32明洞通りを調べた内容と写真明洞通りを調べた内容と写真明洞通りは巨大ショッピング都市を連想させる空間です。地下鉄4号線の明洞駅近くの約1kmほどの距離です。ここには様々なブランドの売り場、デパートなどが密集しています。流行に気を使う若者におすすめの街です。衣類、靴、アクセサリーなど様々な商品を購入できます。 各種ブランドショップが中央通りをはじめ、サイド側に密集しています。 デパートはロッテデパート、新世界デパートがあり、街には明洞ミレオレ、M Plaza のようなショッピングモールがあります。 ショッピングだけではなく食べ物も多いです. ファーストフード店はもちろん、洋食、韓食、和食など様々で、その中でも'明洞餃子'という食堂の明洞カルグクスが最も有名なおすすめのグルメ店です。 その他にもヘアショップ、銀行、劇場など多くの便宜施設があります。2021-01-26
33進化する商店街の形進化する商店街の形ゼミ活動による半年間の成果物です。2021-01-25
34ナオミナオミ1枚目が2012年、2枚目が現在の外見を表した写真である。 お店の雰囲気も建物全体の雰囲気も変わった様子はないが、商店街の雰囲気にとても馴染んでいるように感じる。 (2012年の写真→Googleマップ・ストリートビューより引用)2021-01-24
35旧美容室いちばん星Loop's・現cafebosso/Nofy旧美容室いちばん星Loop's・現cafebosso/Nofy1枚目が2012年、2枚目が現在の外見を表した写真である。現在は1階がカフェ、2階が美容室となっており、2012年の時点であった美容室いちばん星Loop'sは反対側の通りに移転している。 (2012年の写真→Googleマップ・ストリートビューより引用)2021-01-24
36ヨロズヤヨロズヤ1枚目が2012年、2枚目が現在の外見を表した写真である。 利用している人はあまり見たことないが、雰囲気が現在もそのまま残されていて、歴史を感じる建物である。 (2012年の写真→Googleマップ・ストリートビューより引用)2021-01-24
37フードショップみやしたフードショップみやした1枚目が2012年、2枚目が現在の外見を表した写真である。 雰囲気というのはほとんど変わらないが、このような食料品が売っている小さなお店というのはなかなかないため、とても貴重であると感じる。 (2012年の写真→Googleマップ・ストリートビューより引用)2021-01-24
38但馬軒但馬軒1枚目が2012年、2枚目が現在の外見を表した写真である。 一部塗り直したたところもあり、外見自体少しきれいになった感じもするが、もともととてもおしゃれな雰囲気もあり、まるで見た目では精肉店のような雰囲気ではない建物 のように感じる。 (2012年の写真→Googleマップ・ストリートビューより引用)2021-01-24
39万年筆の庄村万年筆の庄村1枚目が2012年、2枚目が現在の外見を表した写真である。 現在も営業しているお店であり、外見も変わらずそのままで、そして、看板の字も変わらず昔の雰囲気を感じる。 (2012年の写真→Googleマップ・ストリートビューより引用)2021-01-24
40旧玉井フルーツ店・現VACILANDO COFFEE旧玉井フルーツ店・現VACILANDO COFFEE1枚目が2012年、2枚目が現在の外見を表した写真である。 2012年の時にはあった玉井フルーツは現在移転し、今はカフェとして使われている。建物の茶色の部分とはだいぶ違う真っ白な壁となっており、とてもきれいな雰囲気を感じる。 (2012年の写真→Googleマップ・ストリートビューより引用)2021-01-24
41アサヒカメラ堂アサヒカメラ堂1枚目が2012年、2枚目が現在の外見を表した写真である。 見たことがあるのみで、実際お店の中には入ったことはないが、約10年経ってもそのままの形で残されている。 (2012年の写真→Googleマップ・ストリートビューより引用)2021-01-24
42ホケン堂藤岡薬局ホケン堂藤岡薬局1枚目が2012年、2枚目が現在の外見を表した写真である。 目印となる左上の看板は少し雰囲気は変わったが、建物自体はそのまま残されている。 (2012年の写真→Googleマップ・ストリートビューより引用)2021-01-24
43千串屋千串屋1枚目が2012年、2枚目が現在の外見を表した写真である。 現在も1階にある焼き鳥屋は特に変化がないが、2階に関しては、今では居酒屋ができていたり、一番上の広告のようなものも新しいものに変わっている。 (2012年の写真→Googleマップ・ストリートビューより引用)2021-01-24
44旧むぎの里・現Nakamura旧むぎの里・現Nakamura1枚目が2012年、2枚目が現在の外見を表した写真である。 ピンク色でとても目立つ建物だが、それ自体には特に変化がない。しかし、左下のお店が2012年ではむぎの里だったのが、現在はNakamuraという居酒屋に変わっている。 (2012年の写真→Googleマップ・ストリートビューより引用)2021-01-24
45旧らーめん邦心・現串まる旧らーめん邦心・現串まる1枚目が2012年、2枚目が現在の外見を表した写真である。 現在は串まるという居酒屋さんに変化したが、2012年ではラーメン屋さんであった。こう見ると、お店が変わるだけでなく、雰囲気も大きく変化している。 (2012年の写真→Googleマップ・ストリートビューより引用)2021-01-24
46メガネのヤジマメガネのヤジマ1枚目が2012年、2枚目が現在の外見を表した写真である。 このお店は大きな看板も建物も特に変化がないことが分かる。とても大きく目立つ建物であるが、特に眼鏡の形をした看板には歴史を感じる雰囲気がある。 (2012年の写真→Googleマップ・ストリートビューより引用)2021-01-24
47小池水産小池水産1枚目が2012年、2枚目が現在の外見を表した写真である。 現在も営業しているのかは分からないのだが、特に大きな変化はなく、そのまま残されている。 (2012年の写真→Googleマップ・ストリートビューより引用)2021-01-24
48清水書店清水書店1枚目が2012年、2枚目が現在の外見を表した写真である。 全体的に変化していないのが特徴であり、まさに歴史を感じやすいお店・建物である。 (2012年の写真→Googleマップ・ストリートビューより引用)2021-01-24
49いけだ薬局いけだ薬局1枚目が2012年、2枚目が現在の外見を表した写真である。 変わった点としては、2012年の時点ではカタカナでイケダと書いてあるのが、今はひらがなに変わっている。しかし、特徴があり目印ともいえる緑と白の屋根はそのまま残されている。 (2012年の写真→Googleマップ・ストリートビューより引用)2021-01-24
50旧上田情報ビジネス専門学校3号館・現有料駐車場旧上田情報ビジネス専門学校3号館・現有料駐車場1枚目が2012年、2枚目が現在の外見を表した写真である。 2012年の時点であった上田情報ビジネス専門学校3号館は現在1号館の横に建てられており、そして、写真からも分かるように、今は有料駐車場になった。 (2012年の写真→Googleマップ・ストリートビューより引用)2021-01-24
51学志ゼミナール学志ゼミナール1枚目が2012年、2枚目が現在の外見を表した写真である。 建物自体は特に変化がないが、2012年ではDSKパーソナルクラスだったのが、現在は学志ゼミナールに変わっている。 (2012年の写真→Googleマップ・ストリートビューより引用)2021-01-24
52bb(ブラウスビューティフル)上田店bb(ブラウスビューティフル)上田店1枚目が2012年、2枚目が現在の外見を表した写真である。 特に大きな変化というのはないが、現在はお店の入り口の上にも看板が付けられていて、屋根の部分があるだけでも、また雰囲気が変わるように感じる。 (2012年の写真→Googleマップ・ストリートビューより引用)2021-01-24
53ル・カドルル・カドル1枚目が2012年、2枚目が現在の外見を表した写真である。 現在はフランス料理店として経営している建物であるが、2012年の時点では特にお店はなかったことが写真から分かる。壁の色も茶色から白に変わり、とてもおしゃれである。 (2012年の写真→Googleマップ・ストリートビューより引用)2021-01-24
54昭和商事株式会社 上田支店昭和商事株式会社 上田支店1枚目が2012年、2枚目が現在の外見を表した写真である。 2012年の時点では何も利用されていない建物だったが、今では2階には昭和商事株式会社、そして、1階には学習塾や不動産屋として利用されている。 (2012年の写真→Googleマップ・ストリートビューより引用)2021-01-24
55信学会 上田予備校信学会 上田予備校1枚目が現在、2枚目が2012年の外見を表した写真である。 私も一時期通っていた学習塾だが、今も多くの学生が利用しており、建物自体はほとんど変化がないことが分かる。 (2012年の写真→Googleマップ・ストリートビューより引用)2021-01-24
56旧レオパレス旧レオパレス1枚目が2012年、2枚目が現在の外見を表した写真である。 現在は特にお店としては使われてないが、2012年時点ではレオパレス21となっていたことが写真から分かる。 (2012年の写真→Googleマップ・ストリートビューより引用)2021-01-23
57理容タケウチ理容タケウチ1枚目が2012年、2枚目が現在の外見を表した写真である。 現在も営業されているのかは正直不明であるが、建物自体そのまま残されており、看板もそのままとなっている。 (2012年の写真→Googleマップ・ストリートビューより引用)2021-01-23
58コエダ時計店コエダ時計店1枚目が2012年、2枚目が現在の外見を表した写真である。 外見はほとんど変わらないが、入り口の左側にあるガラス張りのところに飾られているものを見ると、歴史を感じる。 (2012年の写真→Googleマップ・ストリートビューより引用)2021-01-23
591976と今の別所温泉街の比較1976と今の別所温泉街の比較1976年の別所温泉と今の別所温泉の違いを、俯瞰写真から感じてみましょう。 別所温泉駅の近くに建物が増え、大きな建造物がならぶようになりました。 参考文献 地図・空中写真閲覧サービス https://mapps.gsi.go.jp/maplibSearch.do#1 googleマップ2021-01-23
60若林陶器若林陶器1枚目が2012年、2枚目が現在の外見を表した写真である。 このお店も外見の雰囲気はそのままであり、そして、入り口の横のガラス張りに飾られているものも少しの変化はあるが、雰囲気というのはあまり変わらないように感じる。 (2012年の写真→Googleマップ・ストリートビューより引用)2021-01-23
61旧大正館えんぎや旧大正館えんぎや1枚目が2012年、2枚目が現在の外見を表した写真である。 タイトルにも旧と書いたように、現在このお店はもう閉店してしまったのだが、今でも看板だけがそのまま残されている。 (2012年の写真→Googleマップ・ストリートビューより引用)2021-01-23
62三井住友銀行上田支店三井住友銀行上田支店1枚目が2012年、2枚目が現在の外見を表した写真である。 銀行ということで、とくに建物なども変わってはいないが、とても立派な建物である。 (2012年の写真→Googleマップ・ストリートビューより引用)2021-01-23
63松尾町フードサロン松尾町フードサロン1枚目が2012年、2枚目が現在の外見を表した写真である。 大きく変わった様子はないが、とても入りやすい雰囲気を感じる。 (2012年の写真→Googleマップ・ストリートビューより引用)2021-01-23
64別所温泉の夜の姿別所温泉の夜の姿別所温泉の風景をあえて夜の時に撮影してみた。少し見にくいですが、普段とは一風変わった別所温泉街を楽しむ事ができる。2021-01-23
65えんぎや京町家えんぎや京町家1枚目が現在、2枚目が2012年の外見を表した写真である。 この建物は全くというほど変化がないことが分かる。このお店は居酒屋だが、歴史的でとてもおしゃれな建物のように感じる。 (2012年の写真→Googleマップ・ストリートビューより引用)2021-01-23
66松尾カメラ松尾カメラ1枚目が2012年、2枚目が現在の外見を表した写真である。 左上のフジカラーの看板がお店の名前の松尾カメラに変わったくらいで、その他はほとんど変化がないことが分かる。歴史を感じる建物である。 (2012年の写真→Googleマップ・ストリートビューより引用)2021-01-23
67やまぎわ薬局やまぎわ薬局1枚目が2012年、2枚目が現在の外見を表した写真である。 この薬局も外装が古くなっていることから、塗装しきれいになっていることが分かる。古い外見のまま残すのも歴史的であり魅力があるが、外装塗装をするのもまた雰囲気が変わるため、このように写真で比べると塗装も悪くないと感じる。 (2012年の写真→Googleマップ・ストリートビューより引用)2021-01-20
68プラザホテル第一駐車場と旧クリーニング松屋プラザホテル第一駐車場と旧クリーニング松屋1枚目が2012年、2枚目が現在の外見を表している写真である。 プラザホテル第一駐車場はそのまま残っていて、建物の外見はほとんど変わらないが、2012年の第一駐車場の右側には、その当時クリーニング松屋というクリーニング屋さんがあった。今は特に何も使われていない様子である。 (2012年の写真→Googleマップ・ストリートビューより引用)2021-01-20
69旧安田たばこ店旧安田たばこ店1枚目が2012年、2枚目が現在の外見を表した写真である。 今は特にお店とかはなく、一階は住宅のようになっているが、もともとは安田たばこ店というたばこ屋が存在していたのが分かる。 (2012年の写真→Googleマップ・ストリートビューより引用)2021-01-20
70上田プラザホテル上田プラザホテル1枚目が2012年、2枚目が現在の外見を表した写真である。形としては時に変化していないが、さすがに古くなってきていることもあり、現在はきれいに塗装されており、古さを感じさせない、また新しい雰囲気のように感じる。 (2012年の写真→Googleマップ・ストリートビューより引用)2021-01-20
71みすゞ飴本舗 飯島商店みすゞ飴本舗 飯島商店1枚目が2012年、2枚目が現在の外見を表した写真である。 見て分かる通り、この建物もほとんど変化がなく、歴史ある建物として大切に残り続けている。 (2012年の写真→Googleマップ・ストリートビューより引用)2021-01-20
72リンズコーヒーリンズコーヒー1枚目が2012年、2枚目が現在の外見を表した写真である。 このカフェは約10年経っても外見に関しては特に変化がないことが分かる。 (2012年の写真→Googleマップ・ストリートビューより引用)2021-01-20
73魚民 上田お城口駅前店魚民 上田お城口駅前店1枚目が2012年、2枚目が現在の外見を表した写真である。 今では魚民の上の階にKATEKYO学院があり、2012年当時はなかったことがわかる。そして、その上の大きな看板には、2012年から変わらず長野大学を表す看板があることも分かる。 (2012年の写真→Googleマップ・ストリートビューより引用)2021-01-20
74松尾町商店街について松尾町商店街について歴史的変遷の説明の前に、まず松尾町商店街について調べたことを少し紹介しようと思う。 松尾町が誕生したのは明治21年(1888年)であり、今年で133年目を迎える。別名真田坂とも呼ばれている。上田市の玄関として、これまで多くの人が行き来している商店街である。 また、松尾商店街についての情報がまとめられたフリーペーパーがある。2005年から発行されており、今現在も発行され続けている。そのホームページもあり、誰でもネット上で見ることができるため、興味がある方はぜひ見てみて欲しい。 今回改めて自分の目でも松尾町商店街を見てみたが、長い歴史がありこれまでたくさんの人に親しまれてきた商店街と知り、この商店街は上田市にとってとても大切であり欠かせない存在であると感じた。 【参考文献】 フリーペーパー真田坂ホ2021-01-20
75上田はどんな街か(中間発表)上田はどんな街か(中間発表)2021-01-14
76商店街を盛り上げよう商店街を盛り上げよう2021-01-14
77過去記事まとめリンク+α過去記事まとめリンク+α生島足島神社 上田市内のローカルレストラン探訪 #1 ミルキーウェイ 【エモい】夜のローカル鉄道無人駅 【道なき道】くらます山散歩道 上田市内のローカルレストラン探訪 #2 拉麺酒房 熊人 上田市内のローカルレストラン探訪 #3 隠れキッチン 上田駅周辺市街地 上田市内のローカルレストラン探訪 #4 刀屋 2021-01-14
78北向観音堂+足湯「ななくり」北向観音堂+足湯「ななくり」別所温泉街の奥の方、安楽寺の反対側にある寺院です。 その手前には伊勢のおかげ横丁の規模をかなり小さくしたような場所があり、コロナの影響かあまり賑わってはいませんでしたが、お土産がかなりの数売られていました。 お堂自体は普通のお寺という感じです。夫婦杉?があるのが目立つポイントというくらいでしょうか。 その後近くの足湯に30分程度浸かりました。ただの足湯ですがかなりリラックスできました。 別所温泉は、肝心の温泉が地元民専用の場所みたいな雰囲気を醸しだしていて、観光客が入りづらいのが大きな難点だと思います。近くのあいそめの湯のような場所がもう少しあるとより観光客も増えるような気がします。2021-01-11
79安楽寺+三重の塔 【鏡面池】安楽寺+三重の塔 【鏡面池】別所温泉街の若干奥地、常楽寺を更に西に行った場所にあるお寺です。 三重の塔を観るには入場料300円がかかりますが、払う価値は十分にあります。三重の塔も勿論壮観ですが、個人的にはどちらかと言うと入って直後にある池の反射がとても綺麗で、底が深いからかまるで異次元を見ているようなものが映し出されます。 写真にもありますが、実際に見てみないと分からないと思います。次は雪が積もった時か、春あたりにもう一度訪れたいです。2021-01-11
80【微絶景】常楽寺+付近からの景色【微絶景】常楽寺+付近からの景色別所温泉街北部の高台にあるお寺です。近くには甘味処があるようです。 また、美術館もあるようですが、入館料500円と規模の割に高値な気がしたので断念。高台なので上田市とその北西部の山々を一望できるスポットですが、木やフェンスが若干邪魔だったのが勿体ないポイントです。2021-01-11
81隠れた魅力 上田のelaboration 中間発表隠れた魅力 上田のelaboration 中間発表上田探検の3回を通して、私が感じた商店街の良い点や改善点を見つけました。良い点はさらに良く、そして改善点は探求を重ねてアイデアを考えています。最終的なまとめは今後、最終発表で載せます。2020-12-24
82海野宿と海野町商店街の関係性海野宿と海野町商店街の関係性・なぜその探求テーマを選んだのか  私の住んでいる長野県東御市には、江戸時代に北国街道の宿場だった海野宿がある。また、長野県上田市には、海野町商店街という商店街がある。海野宿も海野町商店街も隣り合っている市にあるため近く、海野という名前が共通しているため、何か関係があるのか気になった。そのため、この探求テーマを選んだ。 ・何を探求しアウトプット化するのか  海野という名前の由来や関係する人物、事柄に関して調べ、海野という名前から東御市の海野宿と上田市の海野町商店街の関係性を探求し、アウトプット化したい。 ・具体的にどのような資料を調べるか  長野大学附属図書館の資料と東御市や上田市の市のWebサイトを調べる。  長野大学附属図書館にあり、調べる予定の資料  ・上田市誌 / 上田市編さ2020-12-21
83私の地域探求私の地域探求*地域探求テーマ 群馬県で有名な伝統工芸品「だるま」の歴史 *なぜそのテーマを選んだか 大学1年生の時から、群馬から上田に通学していて、主な生活拠点が群馬になる。上田に行って何かを詳しく調べるということがしにくいため調べる地域を群馬としたい。群馬には、いたるところに大小さまざまで片目がないだるまが置いてあって、「高崎だるま」と呼ばれている。群馬でだるまで有名であるその背景や、現在のだるまの使われ方、街のどこに置いてあるかなど、調べてみたいと思ったから。 *何を探求しアウトプット化するか ・群馬のだるま文化の歴史・現在のだるまの在り方について(種類や用途など) *具体的にどのような資料を調べるか ・文献(群馬県立図書館) ・街にあるだるまの実物 *補足 余裕があれば 上田市の農民2020-12-21
84私の地域探求私の地域探求私は上田市の商店街のルーツについて調べようと考えています。 商店街の歴史やどのようにしてできたのか。また現在の商店街と比べてどのような所が違うのかなどを資料と実際の商店街を照らし合わせたいと考えています。2020-12-18
85松尾町商店街の歴史的変遷松尾町商店街の歴史的変遷この探求テーマを選んだ理由は、私自身生まれも育ちも上田で、長年上田に住んでいることから、昔のから今現在までの地元の街の歴史の変化について知りたいと思ったからである。しかし、上田市全体となるとなかなか調べきれないため、今回は通勤者や通学者など比較的多くの人が通ったりする松尾商店街に焦点を当てて、歴史的変遷を調べていきたいと思う。 歴史的変遷ということで、主に上田駅の目の前にある松尾町商店街を中心に街の様子はどのように変化してきたのかを調べて、場所ごとに細かくその変化が分かる写真をマイサイトに投稿していきたい。 具体的な資料については、ネット上で歴史の変化が分かる地図や資料などをもとに調べていきたいと考えている。2020-12-16
86宗吽寺宗吽寺街中を歩いていたらお寺を見つけたので寄ってみました。こじんまりとしたお寺でとても雰囲気が良いと感じました。また、お寺の門は迫力があり圧倒されました。2020-11-19
87上田探検3 まとめ上田探検3 まとめ今回は商店街も歩いたが、どちらかというとまだ上田の行っていない所へと行った。自然目当てで歩き回った感じである。駅近くの商店街はこれで3回目だが、何回行っても寂れておらず盛り上がっていた。これほどとは思わなかった。ちゃんと盛り上げるように真田十勇姿の像も上田各地にあり、飽きさせないようにしていることがわかった。思ったことはこれだけではまだ上田をもっと盛り上げるための材料にはならないと思うので別の材料若しくは別の何かを探していけたらと考えました。2020-11-19
88上田探検3 まとめ上田探検3 まとめ前回の上田探検2に続き上田市街地を散策したが、今回の探検では特に地域の人の温かさや地域の活発的な一面を発見できたように感じる。今までの散策でも上田市の活発的な一面を捉えることができたが、今回はゆっくり散策できたというのもありより活発的な一面を捉えることができたと感じる。 普段は自転車で市街地を通り抜けるだけでゆっくりと散策することはないので、ゼミの上田探検を通して、上田市の良い一面や課題面をじっくりと探すことができたことはよい機会だったと感じる。 3回の探検を通して上田市の良いところ、悪いところのそれぞれが何となくだが浮かび上がってきたので、これらを自身の地元と比較することでより具体的な課題発見をおこなっていく。2020-11-19
89上田探検3 まとめ上田探検3 まとめ今回もたくさんの所を回ることができたが、歩いて市内を回ることで、普段は気づかないような商店街の多くの魅力や工夫の数々が施されていることに気付くことができたと思う。2020-11-18
90日輪寺 観音堂日輪寺 観音堂日輪寺は北国街道の先にあるお寺で上田駅から徒歩十分くらい。 観音堂は外観からは全く想像がつかないくらい、天井が派手できれいなものだった。2020-11-18
91上田の夜景上田の夜景これはゼミのあとに行ったんですが、綺麗な街がみえるとのことで行くことになりました。本当に想像以上でホントに綺麗なとしか言えませんでした。それほどここから見る夜景は最高でした。2020-11-18
92日本遺産日本遺産日本遺産のレイラインだ。前回もこの発表にいれました。今回も商店街を散策しましたが、色んな所にありました。これなら認知度が上がりそうです。2020-11-18
93高市神社高市神社商店街の途中にある神社。上田市の神社を何個か見たが 「神馬舎」というのが併設されていることが多く、 県外民としては興味深かった。2020-11-18
94石窯パン ハル石窯パン ハル商店街にあるパン屋、長野県産小麦100%、自家培養発酵種を使用している。私はベーグルを買った。密度が半端なく一つでも十分だった。味はほんのり甘い感じだった。とてもおいしかった。2020-11-18
95石窯パン ハル石窯パン ハル商店街にあるパン屋。ここのパンは、長野県産小麦を100%使用しているそう。店内に入ってすぐにパンのいい香りがした。パンだけでなく、ラスクやクッキーなどもたくさんあり、手ごろに購入できるものが多かった。2020-11-18
96まとめ記事11/12まとめ記事11/12今回は自分のお気に入りの場所含めて商店街の周りを回って見ました。日常では車で見過ごしてしまったりしてあまり深く興味をもたないようなところも歩いて回ることで一つ一つに集中して観察することができました。また、探求も三回目ということもあり、その単体の問題や特徴だと思っていたものが地域全体としてのものだったりすることもあったためいろんな良い動きがある中でそれらを市内で拡散していくべきだなと思いました。2020-11-18
97松尾町のベンチ松尾町のベンチこれもふと思ったことです。一般的に休息するためにあるベンチですが、このベンチは向かい合って四人が座ることができます。なかなか珍しいと思いました。いまはコロナのせいでソーシャルディスタンス的にはあまり良くないかもしれませんが、人と人が気軽に話せるようなオープンな場所があるのはとても良いことだと思いました。スペースもとり、お金もかかってしまうかもしれませんがこのようなベンチが増えて商店街にお客さんがきて新しい出会いがあって気軽に話せるような環境になればいいなと思いました。2020-11-18
98横町内山魚店横町内山魚店ふと気づいたことです。探索したあたりは商店街などが多く比較的お店があり発展している場所でした。その一つのお店としておさかなやさんがありました。そういえば魚の専門店て上田市や長野県では見なくなってきたなと思いました。もともと長野県には海はないですし、だからかなともおもったのですがそのほかにスーパーやショッピングモールが増えたことも原因なのかなと思います。この先の時代で専門店がいろんなものが一度に揃うようなお店に対抗するためにはなにがあるかと考えるきっかけになりました。2020-11-18
99信州アップルパイ研究所信州アップルパイ研究所海野街にある信州アップルパイ研究所にいってきました。比較的新しいお店で、内装も落ち着いたコンクリート作りでとてもきれいです。そこで食べたアップルパイはすべてが地元のリンゴを使っています。その中の一つの新世界という品種に興味を持ちました。なぜならスーパーや市販ではうられていないからです。調べるとふじとあかぎを交配したものだそうです。またこのお店はマンションの一階になっています。これからの商店街にマンションが増えてくるためこのような形の商店街もよいなと思いました。2020-11-18
100見晴らしの丘公園からの上田市の夜景見晴らしの丘公園からの上田市の夜景上田菅平ICのすぐ近くにある見晴らしの丘公園からの景色。高台になっており、上田市街地、真田地区、丸子地区などを一望できる。とても綺麗でずっと景色を見ていることができた。今回は夜だったので今度は昼間に行って上田の街を一望したいと思った。2020-11-18
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