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1社会学習ができる施設の来場者数を考えてみて社会学習ができる施設の来場者数を考えてみて主に地方博物館にフォーカスをあてた内容です。 SNSの活用はもちろん、展示方法を考えました。 地域情報メディア論期末課題をPDFファイルによる提出とします。2022-08-06
2上田市における地域メディアと活用法について上田市における地域メディアと活用法について◎まず地域メディアとはなにか 地域=区切られた土地。土地の区域。(広辞苑より) メディア=媒体、手段。特にマスコミュニケーションの媒体(広辞苑より) とあり、合わせると特定の地域を対象として行っているメディア、つまり媒体のことです。 代表的な例として挙げると、テレビのローカル局があります。ローカル局ではその地域について特化した番組を制作していたりと、全国ローカル局ではあまり取り上げられない話題にフォーカスを当てて、限定した話題に注目を当てることが多いです。 では、上田市ではどんな地域メディアを実践しているのか調べられたものの一部を挙げてみます。 週刊上田:新聞 広報うえだ:フリーペーパー(インターネットでも閲覧可) 上田ケーブルビジョン:ケーブルテレビ 丸子テレビ:ケーブルテレ2022-08-05
3『本はどのように消えてゆくのか』を読む『本はどのように消えてゆくのか』を読む書棚にあった本の一冊『本はどのように消えてゆくのか』(津野海太郎著、1996年)を自炊しタブレットで読みました。4半世紀も昔の本ながら、久しく置いておくだけになっていました。このように存在し続けている書籍という紙媒体の恩恵はそのようなところにあるのかとそのありがたさを改めて感じました。当時、デジタル化されていたらおそらく今手に取ることもなかったのではないか。デジタルデータの保全・継承の難しさは紙媒体をはるかに超える困難があります。 四半世紀経つと、当時、あるいはそれ以前当たり前だったことが忘却の彼方へと遠ざかりかねない危険に改めて気づかされました。木版から活版印刷へ、さらに写植オフセットへ。そういう変化があったか。記憶を新たにしたのは「ガリ版刷り」。そういえば私も大学生の頃までガリ2022-08-04
4SNSの発信力について考えるSNSの発信力について考える大洗町の商店街にある店舗のほとんどがSNSを使用した情報発信を行っています。 私が調査しただけでも大洗町に関するtwitterアカウントの数は247個あり、店舗によってはそのフォロワー数は20000人を超えていました。 そして、各店舗の発信内容は店舗のイベント情報だけでなく、「ご来店ありがとうございました」、「また来てください」といった来店した人々との直接的なやり取りがあります。 この直接的な交流は来店者と店舗の心理的な距離を近くする。そして継続して訪れるお客さんが出てくる。 つまり、その地域にいないにもかかわらず、インターネット上で常連客を生むことが出来る。 また商店街のイベントに関しても、商店街のアカウントが発信した情報を各店舗がさらに拡散することで非常に大きな拡散効果を持ちます。 これはS2022-07-25
5create owarai サンドアートcreate owarai サンドアート私が参加した大洗町の地方創生プロジェクト「create owarai」において行ったサンドアートです。 大洗海水浴場サンビーチにおいて行いました。 サンビーチは年々砂浜の面積が拡大しており、駐車場からビーチへの距離や、広大な砂浜の利用が課題としてありました。 そこで広大な砂浜を利用したイベントとして開催したものがこのサンドアートです。 訪れた人々は写真を撮影したり、自分たちもと砂浜に絵をかいていました。 このイベントでは3グループが大洗町内の異なる場所でイベントを開催していたのですが、これは大洗町の観光客が分断されている状況を加味したイベントです。 そのため、サンドアートをSNSに投稿して頂き来客を増やすと共に、他の箇所のイベントに訪れて頂くことで地域内を循環してもらおうという狙がありました2022-07-25
6同じ価値観を共有する繋がりとは同じ価値観を共有する繋がりとは研究を進める中で、「同じ価値観を共有する繋がり」という言葉に出会いました。 私はこの言葉が「持続的に行われる地域活性化策」に深くかかわる概念ではないかと考えています。 実際、大洗町には様々なコミュニティスペース(ファン同士が交流する場所)が存在します。 例えば、画像は大洗町にあるヨネカワ酒店にある飲食スペースです。 ここは町を散策した旅行者が、一種の名物でもあるビワミンという飲み物を飲みに訪れます。 そしてここがファン同士の交流の場となり得るのです。 ここでの交流はコミュニティの拡大に繋がり、地域活性化に良い影響を与えます。 また、この名物というのも、店主がSNSを利用し宣伝していった結果であり、コミュニティの作成を地域側から働きかけている一例です。 このことから、地域からの2022-06-13
7(5/9 ゼミ記録)共有する事の楽しさとは?リアクション?いいねボタン?(5/9 ゼミ記録)共有する事の楽しさとは?リアクション?いいねボタン?デジタルマップに記事を投稿した時、ふと情報を共有する楽しみとは一体何だろうと疑問に思った。「アーカイブ」として当時の街並みの記録や学習の成果をインターネット上に保存し、全国の人たちと情報を共有し合う楽しみとは何だろうか? 個人的には、記事に対する評価、すなわち閲覧者からのリアクションがあれば、投稿者のモチベーション促進や、学習の励みになるのではないか?と考えている。 ではどんなフィードバックの方式があるだろうか?一般的にリアクションを伝える機能は次の二つだろう。 1、コメント欄の設置 2、いいねボタンの設置 二つのうち、ワンクリックで記事に対する評価が行えるいいねボタンが一番簡易でポピュラーだろう。ツイッターやフェイスブック等のSNSが市民権を得ている今日なら、使用者もすぐ馴染める2022-05-10
8分散型地域デジタルコモンズ d-commons.netの開発分散型地域デジタルコモンズ d-commons.netの開発
▲デジタルアーカ犬
前川道博 d-commonsプロジェクト/長野大学
【1】はじめに 分散型地域デジタルコモンズは、地域デジタル知識循環型プラットフォームのコアとなる知識・データの共有地である[1][2]。その中核のクラウドサービスとなるd-commons.netを開発した。現在も地域資料のデジタルアーカイブ化、地域学習支援など多目的的で柔軟な運用、長期にわたる運用ができる課題解決の支援にd-commons.netを適用し、サービスの機能強化を図ってより実用性の高い、使いやすいサービスを目指している。 デジタルコモンズはさまざまな知識や学びの成果をどの地域からでも、誰でもが載せ合えるクラウドサービス上の「ネット上の本棚」(デジタルアーカイブ)、クラウドサービスと
2022-03-13
9Twitter運営の経過報告Twitter運営の経過報告Twitterでの活動として、 大洗の写真展(https://twitter.com/oarai_photo)というアカウントでの活動を行っています。 フォロワーは839人になりました。 こちらのアカウントでは、大洗町に関連する人々がどのような情報をどの程度の頻度で発信しているかや、どのようなコミュニティが形成されているかといった研究のためのアカウントです。 私の今年度のアウトカムの一つであるため、掲載いたしました。2022-02-10
10上田紬×町歩きイベント実行委員会上田紬×町歩きイベント実行委員会上田紬×街歩きイベント実行委員 大学生が実行委員となり、上田紬を着て柳町や上田城跡公園で街歩きをするイベントを開催している。 こういった上田紬が現代の日常に溶け込むよう様々な取り組みが数多く行われている。特に若者に向けての着付けのイベントや、上田紬が使われた小物などの販売が多い。若者をターゲットにすることで質の良い紬の良さがSNSなどで広まり、良い宣伝効果になるだろう。しかしまだまだ上田紬の認知度は低い。認知度をあげるには、実際その質の良さや繊細な作りを肌身で感じてもらえることがやはり大きいと考える。ゆえに着付けのイベントは普段味わえないことが楽しめる貴重なイベントだと感じる。また一回きりで終わるのではなく、リピートしてもらうことも大切だ。例えば二度目以降の参加で着付けの料金割2022-02-09
11上田紬について④上田紬について④上田紬の現在 上田紬はまだまだ認知度が低い。しかし現代で上田紬が親しまれるように、以下のようなものが行われている。 ○上田紬イベントのインスタhttps://instagram.com/kimono_ev?utm_medium=copy_link 〇サントミューゼ 好きな色の糸を使いオリジナルコースターがつくれる上田紬の手織り体験ワークショップhttps://www.santomyuze.com/museumevent/morris_uedatsumugi/ 〇小岩井紬工房 キモノマルシェや着物塾など、年間を通して様々な世代の人と関われるイベントを開催している。このキモノマルシェでは長野大学や信州大学の繊維学部など多くの大学生も参加した。 http://www13.ueda.ne.jp/~koiwai-tsumugi/ibent.html https://ueda-navi.jp/archives/614 〇上田紬×街歩きイベント実行委員 大学生が実行委員となり、上田紬を着て柳町や上田城跡公園で街歩きをするイベントを開催してい2022-02-09
12上田紬の現在上田紬の現在上田紬の現在 上田紬はまだまだ認知度が低い。しかし現代で上田紬が親しまれるように、以下のようなものが行われている。 ○現代の上田紬イベントのインスタhttps://instagram.com/kimono_ev?utm_medium=copy_link 上田紬の魅力をもっと知ってもらうために サントミューゼ 好きな色の糸を使いオリジナルコースターがつくれる上田紬の手織り体験ワークショップhttps://www.santomyuze.com/museumevent/morris_uedatsumugi/ 小岩井紬工房 キモノマルシェや着物塾など、年間を通して様々な世代の人と関われるイベントを開催している。このキモノマルシェでは長野大学や信州大学の繊維学部など多くの大学生も参加した。 http://www13.ueda.ne.jp/~koiwai-tsumugi/ibent.html https://ueda-navi.jp/archives/614 上田紬×街歩きイベント実行委員 大学生が実行委員となり、上田紬を着て柳町や上田城跡公園で2022-02-08
13上田紬の現在上田紬の現在上田紬はまだまだ認知度が低い。しかし現代で上田紬が親しまれるように、以下のようなものが行われている。 ○現代の上田紬イベントのインスタhttps://instagram.com/kimono_ev?utm_medium=copy_link 上田紬の魅力をもっと知ってもらうために サントミューゼ 好きな色の糸を使いオリジナルコースターがつくれる上田紬の手織り体験ワークショップhttps://www.santomyuze.com/museumevent/morris_uedatsumugi/ 小岩井紬工房 キモノマルシェや着物塾など、年間を通して様々な世代の人と関われるイベントを開催している。このキモノマルシェでは長野大学や信州大学の繊維学部など多くの大学生も参加した。 http://www13.ueda.ne.jp/~koiwai-tsumugi/ibent.html https://ueda-navi.jp/archives/614 上田紬×街歩きイベント実行委員 大学生が実行委員となり、上田紬を着て柳町や上田城跡公園で街歩きをする2022-02-08
146.若者に蚕を知ってもらうには6.若者に蚕を知ってもらうにはこれまで蚕について様々なトピックを紹介してきましたが、蚕糸業の衰退を止めるためには若者の力が必要不可欠です。 若者に蚕を知ってもらうための策を幾つか考えました。 5の記事で紹介した蚕糸を使ったアートを通して蚕を知ってもらう策。 近年、SNSの普及に伴い若者の影響力が絶大的な権限を得ています。日本の世の中の流行は若者のスマホの中から始まっていて、何気ない投稿がその年の流行を決めるとも言われています。 SNSに蚕を使ったアートを載せたり、アリオやサントミューゼなどの大型施設で展示会をするなど人の目に触れさせるようにしなければならないと感じました。 蚕の飼育を流行にする案。 蚕という虫は品種改良されたため、人の管理がないと生きられません。そのデメリットを逆手にとって若い人が蚕を飼育しや2022-02-03
15リンゴの新たな可能性リンゴの新たな可能性台風19号災害をきっかけにSNSを活用した事で、リンゴの新たな可能性を見出した農家の方。SNSという地理的距離がない媒体を利用することで、今までして来なかった洋菓子店とのコラボレーションを通して長沼(信州)のリンゴを全国に広げる活動を始めている。2021-11-29
16台風19号災害から2年…りんご農家の今台風19号災害から2年…りんご農家の今2019年10月13日、台風19号により千曲川の氾濫が引き起こされた災害から2年が経った。当時、千曲川から水と共に流れてきた泥などが地面に堆積、あるいはリンゴが水に浸かるなど、リンゴ農家にとって甚大な被害となったが、その後数ヶ月に渡るボランティア活動によって堆積した泥は撤去された。しかし、収穫時期真っ只中だったこと、住居・農機具様々なものが被災したことは想像以上に深刻なものだった。 復興していく中で、ある農家の方が方法の1つとして始めたのがSNSだった。当時は現状を伝えるものでしか無かったが、次第に励ましの声やオンラインでの販売など、SNS活用の可能性が広がっていった。農家の方によれば、そういった励ましの声が一番の復興の力になったそう。 2年が経過した現在、さらにSNSの可能性が広がり「復興りんご」2021-10-26
17大洗町から見る地域活動について大洗町から見る地域活動について私の研究における現状のテーマと内容、仮説や展望になります。 今後は取材等で現地の声を反映することや、他地域における地域観光業との比較から、研究内容を高めていきたいと思います。 また、SNSを利用した地域マーケティングについても、様々なデータを取得、研究していこうと思います。2021-11-08
18夏季休暇中の活動報告夏季休暇中の活動報告夏季休暇中の活動報告になります。 宣言下ではフィールドワークをすることが出来なかったため、SNSでの活動が主なものとなりました。 今後は夏季休暇中に進められなかったフィールドワークを中心に、SNSと並行しながら活動していきたいと思います。2021-10-03
19りんご農家のデジタル化りんご農家のデジタル化りんご農家の方にSNSの活用やブログといったインターネットを活用するメリットについてお話を伺った。 ・オンライン販売など今まであった地理的距離がなくなった。 ・SNSで「ジャム、アップルパイを作りました!」といった今までなかった消費者の購入後の反応を知ることができ、モチベーションに繋がる。 ・コラボ商品など新たなリンゴの利用先が見つかった。(イノベーション)2021-07-26
20地域メディアの在り方地域メディアの在り方 地域メディアの種類、特徴、課題を調査し、在り方を探る。  地域メディアとは、一般的には日本全国ではなく、特定の地域を対象として情報を伝達する媒体とされている。  「地域」の範囲として、都道府県や市区町村を1つの範囲とする分け方だけでなく、東北地方・九州地方といった広範囲な地域ブロックや、尾張地方・三河地方、県北・県南のような地理的・文化的背景で分けた地方、小さいものでは学区まで様々な分け方が存在している。  「メディア」の種類には、新聞やフリーペーパーのような紙媒体、ラジオやテレビなどの音声を含むもの、ブログのようなwebが存在しており、それぞれ情報の発信者や情報量などに特徴がある。  メディアの種類と特徴として、 ・新聞は、一般的に情報の信憑性が高いと思ってもらいやすい、情報2021-07-17
21りんご農家のデジタル化についてりんご農家のデジタル化について一昨年の台風19号で被災した、長沼地区のりんご農家がSNSやインターネットの活用といったデジタル化をすることにより、どのようなメリットがあるのかを研究しています。その中間発表を紹介します。2021-07-05
22荘内神社 花手水荘内神社 花手水鶴岡市の中心地にある荘内神社で、昨年からSNS等で話題になっている花手水(はなちょうず)の写真。 手水とは神様にお参りをする際に手などを洗って清めるために用意された場所である。しかし、ひしゃくなどを多くの人が共有しなければいけない点などが近年の社会状況から見直され、きれいな花を見ることで心を清めてもらう、ということで取り入れられた。 また、同じく荘内神社には水に御御籤を浮かべることで結果が浮かび上がる水御籤もある。2021-05-05
23りんご農家の復興りんご農家の復興2019年10月 台風19号災害で被災したりんご農家の方にインタビューをしました。  当時、家や農機具だけでなく精神的にも大きなダメージを受けたという農家さん。そんな中、支えとなったのがボランティアの方やSNSでの励ましのメッセージだったそうです。毎年りんごを楽しみにしてくださっている人をはじめ、今回を機に初めて関わる方々。色んな人からの応援がとにかく励みになったそうです。 今年無事実ったりんごを「恩返し」という形で多くの人に届けたいと仰っていました。2021-01-25
24信州上田学A2020①ガイダンス信州上田学A2020①ガイダンス

講座概要・受講ガイダンス(市民の皆様へ)

地元上田(またはあなたの地元)を再発見してみませんか?
新しい地域の学びをスタートさせる講座
自由なテーマで自由な時間にデジタルコモンズで
・eラーニング講座 ・eポートフォリオ学習
全国どこからでも受講できます! ▼開講のご案内

記録日: 2020/04/23 ▼市民向け講座概要
記録日: 2020/04/23

受講ガイダンス(学生向け)

2020-09-02
25第二代上田市長・勝俣英吉郎の像第二代上田市長・勝俣英吉郎の像上田が興隆した背景には蚕糸業の興隆があります。蚕糸業で発展した上田は1919年に市制を施行し、その頃から「蚕都上田」と呼ばれるようになってきました。歴代市長の政治的貢献も顕彰すべきものでしょうが、歴史的には第3代・成澤伍一郎、第4代・伊藤傳兵衞のネームバリューの大きさからかどうも第1代、第2代の影が薄いのは否めません。 市制施行からもかれこれ100年近くが経ち、当時の市長を知る人などはこの世に存在しなくなりました。上田城跡公園の中にひっそりと佇む銅像があります。それが、第2代市長・勝俣英吉郎の像です。 勝俣こそ蚕都上田の絶頂期に市長を務めた人物です。1929年の世界恐慌で蚕糸業のみならず、日本が一挙に大不況に陥った直後の1930年に逝去したというあたりも不思議に象徴的です。 この顕彰像、面白2020-07-18
26野球と蚕糸業野球と蚕糸業1927年に建設された上田市営野球場。蚕都上田の隆盛があって、地元に野球場が出来る。キモノマルシェで旧常田館製糸場の鉄筋繭倉庫を現存する長野県最古の鉄筋コンクリート造の建物(1926年=大正15年)として紹介したばかり。なるほど、この野球場の建物に接する鉄筋コンクリート造の橋はその竣工年がその翌年(1927年=昭和2年)になっています。蚕都上田の隆盛を背景に当時としてはまだ数少なかった鉄筋コンクリートの建造物が建造されたことがわかります。 野球と蚕糸業。この視点で知り得ているのは諏訪蚕糸学校(現岡谷工業)の甲子園での輝かしい準優勝の記録。校名に「蚕糸」とあることからもはっきりとその学校の背景がわかります。蚕糸業による経済的繁栄があって、野球が盛んになったことが物語られています。 (2016/10/28投稿2020-07-18
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